第四百八話
二日目二話目の更新となります。
前話を見ていない方はまずはそちらをー。
第四百八話です。
レオナさんがカームヘリオに既に到着しているということは聞いていたが、まさかこんなタイミングで会うことになるとは思いもしなかった。
しかもまさかカイル王子が口説いていた相手だったとは……。
「正直、君たちが来てくれて助かった……!」
僕と先輩の前に歩み寄ってきたレオナさんは疲れた様子でそう呟く。
レオナさんからカイル王子の方を見れば……。
「曲がりながりにも王族の貴方がなにをしているのですか?」
「ひぃぃぃ!?」
「誘いを断れない状況を作り出すその姑息さと性根の悪さはどうやったら矯正できるのでしょうかねぇ……」
「え、違っ、そんなつもりはががが!? 姉上減り込んでる!? つま先が減り込んでるぅぅ!?」
「無意識なのがより性質が悪いことに気づきなさい」
……うーん、もうちょっとかかりそうだな。
僕はレオナさんへと視線を戻し苦笑しながら声をかける。
「えーっと、災難? でしたね」
「気持ちは分かるよ。私も同じような状況になったことがあったからね……」
自分の時の状況と重ねているのか先輩もどこかげんなりとしている。
肩にいるネアもカイル王子を見て溜息をついているあたり、この状況に呆れているのかもしれない。
「レオナさんはいつここに?」
「昨日の夜ごろにな。君たちは……ついさっき到着したように見える」
「ええ。この状況で言うのもなんですけど早めに会えてよかったです」
予想外ではあったけれど、レオナさんと合流できたのはいいことだ。
できることならすぐにでも情報共有したいけれど……。
「そういえばレオナさんは一人なんですか?」
「いや、私の部下として一人……」
「私がいるわよー」
その声と共にレオナさんがやってきた方向から一人の女性がやってくる。
ミアラークを連想させる青を基調とした制服に身を包んでおり、亜麻色の髪とおっとりとした雰囲気をした女性は僕も知っている人であった。
「ウサト君、私のこと覚えてる?」
「ミルファさんですよね? カロンさんの奥さんの」
「ええ、そうよ。覚えていてくれて嬉しいわ」
ミアラークで行われた大規模会談で会ったカロンさんの奥さんのミルファさん。
騎士を引退したイメージだった彼女がレオナさんの部下としてやってきたことに僕が驚いていると、レオナさんがじとーっとした目でミルファさんを睨みつける。
「おい、さっきはどうして助けてくれなかったんだ」
「普通じゃありえない状況だから面白くて……」
「お前、本当に私の友達か!?」
レオナさんが声を潜めてミルファさんに話しかけている。
声が聞こえないけれど、ミルファさんがニコニコしているから深刻な話ではなさそうだ。
「一応部下なんだから助ける素振りくらい見せろ……!!」
「もちろん、やばそうだったら助けたけれど……白馬ならぬ白服の王子様に助けられたんだからいいでしょ?」
「なぁっ……」
なにかを言われたのか僕を横目で見て狼狽えるレオナさん。
そんな彼女を怪訝に思っていると、ミルファさんが僕と先輩に向き直る。
「はじめましてリングル王国の勇者様。私はミルファ、ミアラークの勇者レオナ率いる騎士隊の一人。此度は祭典に際しての護衛としてこの場におります」
と、そこまで先輩に挨拶したあとに、ミルファさんは口元に手をあて周りに聞こえないように小声で話しかけてくる。
「私を含めてレオナに同行する騎士は三人だけ。私だけはファルガ様から事情を聞いているわ」
「なるほど……。あれ? それじゃあカロンさんは……」
「私はカロンの代わりね。私も現役を退いていたけど、レオナの信頼できる人間として選ばれたのよ」
そうか、見知った相手であれば悪魔に影響されてもすぐに分かるのか。
ミルファさんの選抜理由に感心していると、カイル王子のお仕置きが終わったのかナイアさんがこちらへ戻ってくる。
「本当に申し訳ありません。勇者レオナ様」
「あ、い、いえ、そこまで大事にはなっておりませんので……」
「十分に大事です。我が国に来ていただいている勇者様になんて失礼を……はぁぁ、もう、ただでさえ問題が立て続けに起こっているのに……」
悪魔問題に加えて、カイル王子に心労をかけさせられているのは流石にかわいそうに思えてくるな……。
カイル王子も悪気はないんだろうけど、絶望的なくらいに間が悪いんだよな……。
●
カイル王子を衛兵に預けたナイアさんは、そのまま僕と先輩を宿へと案内してくれた。
ナイアさんは先に城に自身が帰ったことを伝えなくてはならないということで、とりあえずの説明を聞いた後に彼女とは別行動をすることになった。
僕たちが泊まることになったのはえげつない広さの部屋。
もう広さからして部屋というより屋敷みたいな空間であり、ロビーのような空間のほかにいくつもの部屋が備え付けてあり、そのすべての部屋に寝泊りできるベッドやテーブルなどが備え付けられていた。
「これは部屋の中にたくさんの部屋があるというアレだね。まあ、お嬢様だった私には慣れっこだけど……ね!」
「お嬢様なのは分かりましたから……僕はこれでも慣れませんよ……」
一旦荷物を置いてからリビングに戻る。
ここには僕と先輩以外の人の目もないのでネアも人の姿、フェルムは同化を解除してソファーで休んでいる。
「ようやくちゃんとしたベッドで休めるわねー。フェルムもずっと同化していたから疲れたでしょ?」
「それほどじゃないな。同化している間は結構快適だし」
「あー、たしかにねー」
……いったい同化している間の不思議空間はどうなっているんだろうか。
自分では確かめようがないんだけど、本当にどうなっているか気になる。
「食事はどうなっているんだ? ボクは人目につくところじゃ食えないぞ」
「直接部屋に運んできてくれるようね。毒を盛られる可能性があるけど、ウサトに毒見してもらえば平気でしょ」
「君はもっと僕に罪悪感を持て」
やるかやらないかで言えばやるけど。
最悪、僕以外の誰かが毒を食べたとしても即座に治せるし、なんならネアの耐性の魔術で毒に対する耐性を持たせることもできる。
「お風呂もあるし、使用人に頼めば洗濯もできる。滞在する上で生活には困らなさそうだね」
「専用の大浴場とかやりすぎなところもありますけどね」
さっき見たけど、びっくりした。
勇者をもてなすためとはいえちょっとお金をかけすぎではないか?
「後は身体を鍛えるところがあれば完璧ですね」
「あるらしいわね」
「あるの!?」
宿の施設について記されている見開きに目を通していたネアの言葉に驚く。
さ、最悪魔力操作の訓練に集中しようと思っていたけど、あるのか、訓練施設が。
「私たちが入った入口とは別の裏手に屋内型の訓練場があるらしいわ。多分、今回のお祭りで参加する人たち限定のところなんじゃないの?」
「いたれりつくせりだな……」
お祭り前のウォーミングアップ的なことのために使う施設なのかな。
ちょっと見に行きたいけど、今は後回しだな……っと。
「……来たな」
「レオナたち?」
「うん」
扉の周辺まで薄く張り巡らしていた治癒の魔力に反応。
それを感知した直後に備え付けられた呼び鈴が鳴り、すぐに出口へと足を運び扉を開ける。
「レオナさん、ミルファさん」
「すまないな。部屋に着いたばかりなのに」
「いえいえ、荷ほどきは後でいくらでもできますから」
レオナさんとミルファさんの二人を部屋に迎え入れ、ソファーとテーブルが並ぶロビーに座ってもらう。
「待ってたわよ。ほら、紅茶」
「ありがとう。ネア」
「貴女が噂の使い魔ちゃんね。人の姿でもかわいいわね」
「ふふん、そうでしょうそうでしょう」
ミルファさんに褒められ気分を良くしたネアが二人に紅茶を差し出す。
「まずはこちらの情報を共有します」
「ああ、頼む」
ナイアさんと同行していたこととカームヘリオ王国の現状。
既に悪魔が関わっていることを話すと、その深刻さが分かったのかレオナさんの表情も険しいものになる。
「祭典に乗じて暗躍する悪魔か。かなり面倒な事態になっているようだな」
「ええ。本当はシアの故郷を調べるだけのはずだったんですが……」
「そのシアにとりついた悪魔が関わっているということは……」
「それは、まだ分かりません」
シアは先代勇者であるヒサゴさんと関わりがあるから無関係とはいえないけど……。
正直、今のところ全然なにも分かっていない。
「まずこの国に潜む悪魔に私たちが気づいていることを気取られないことだ」
「了解した。ならば、私たちが接触するのも最低限の方がいいかい?」
「いや、露骨すぎるのは駄目だろうね」
レオナさんの言葉に腕を組んだ先輩が首を横に振る。
「私たちは魔王との戦いで共に戦った戦友、決して浅くない関係。そうだろう?」
「あ、え、そ、そうだな」
「先輩、レオナさんを困らせないでください」
「あれ?」
でも言いたいことは分かる。
関係としては決して浅くない僕たちが、不自然に距離をとったら逆に怪しまれるかもしれない、と先輩は言いたいのだろう。
「ま、現状は私達はナイアからの情報を待ちつつ、祭典に関わっていくってことね」
「そうか……」
「そういえば、レオナさんはこれまで勇者集傑祭に参加したことがあるんですか?」
「いや、私も今回が初めてだ」
ということは、レオナさんも祭典でなにをするかは知らないのか。
うーん、悪魔のことも気がかりだけど、お祭りでなにをするのか分からないのも怖いな。
「だが、祭典の内容によっては各国の勇者同士で競い合うものもあるようなので、その時は私たちは競争相手ということになるな」
「フッ、望むところだ、と言っておこう。ね、ウサト君」
こちらを見て握りこぶしを作る先輩に、僕も笑みを浮かべて頷く。
「ええ、レオナさん。一緒に頑張りましょう」
「えっ」
「ウサト君そっち側なの!?」
いや冗談ですけどね。
これ僕も参加する流れなのかなぁ。
争いとか関係なく、障害物競走とか走る系にならないかな。
「さて、堅苦しい話は終わりにして……これからどうする?」
「これからってなんだよ……」
ネアの言葉にフェルムが面倒くさそうに尋ねると、彼女は人差し指を立てて揚々と口を開く。
「せっかくカームヘリオに来たんだから街を散策しましょうよ」
散策て。
……一瞬、先輩を横目で見て、前を向く。
先輩も同じことを考えたのか表情が硬くなっているのが分かった。
よし、ここは僕が……。
「ネア、僕たちはここに遊びに来たんじゃない」
「街の様子を確認することも大事よ?」
……。
「そんな浮かれた気持ちを悪魔に付け狙われたらどうする?」
「貴方がいれば問題ないじゃない」
……。
「ねぇーウサトぉ、本音はぁ?」
くっ、分かっているくせに訊いてきやがる……!!
ものすっごいにやにやしながら猫なで声で聞いてくるネアに自身の敗北を認める。
「街で曲がりに曲がり曲がった偶像化された自分がいると思うと震えてくる」
カームヘリオに未だに囁かれているという僕と先輩の噂。
ナイアさん曰く、先輩が僕とともにカームヘリオにやってくるという話で話題が再燃してしまったとのこと。
「わかってないわねぇ。それを確かめに行くのも目的の一つよ」
「くっ……」
「そこで無言で部屋に隠れようとしている勇者もよ」
「ウッッ!?」
音もなく部屋に避難しようとしていた先輩は挙動不審気味に言い訳を口にする。
「わ、わわわ私勇者だし顔も知られているわけだからあまり外に出歩くべきじゃないと思うんだよね? だから散策に行くのはネア達だけで十分だし……」
「変装しなさい。髪型変えるなりフード被るなりすればいい話でしょ」
「わん……」
いつもは押しが強い先輩が今回ばかりは弱弱しい。
ネアは肩を落として俯いた先輩から次に戸惑っているレオナさんへと視線を変える。
「レオナはどう?」
「……いや、遠慮しておこう。私が行くと変装しても目立つだろうからな”ぁ!?」
断ろうとしたレオナさんだが隣にいたミルファさんが指で脇腹を小突いた。
「なにやってんの。断らないで行けばいいじゃない」
「しかし私は……!!」
「どうせ変装するんだから大丈夫でしょう? さっきはヤンチャ王子様のせいで有耶無耶になっちゃったけど街を見に行くつもりだったんだからちょうどいいじゃない」
「うっ」
「貴女、真面目なところで損することが多いんだから。ちょっとくらいズルくなってもいいじゃない」
なんというか、初めて見る一面だな。
いつも冷静で頼れるレオナさんがたじたじになっている。
「この堅物も同行するってことでよろしくね」
「ええ、護衛もウサトがいるから大丈夫でしょ。……一応聞いておくけどフェルムは?」
「同化すれば問題ないだろ」
仕方ない。
嫌ではあるけど、一度都市の様子は見ておかなきゃいけないからな……。
「ウサトは……普通の顔に変装できる?」
「おかしくない?」
あれ、僕とネアで変装の認識が違ってる感じ?
まさか今の僕って普通の顔をしていない……?
「冗談よ。貴方は団服じゃなければ大丈夫でしょ」
「はぁ、分かったよ……」
なんだかんだで印象的にこの団服を着ていることが多いからな。
仕方なしに団服を脱いでいると、一旦部屋に戻っていた先輩が後ろ手に髪を結いながらこちらに戻ってくる。
見ればいつもかけていない黒縁の眼鏡をかけている。
「ねえねえウサト君、どう? 伊達メガネにポニーテイルだよ!」
「なぜに伊達メガネを……?」
「一応、こういう状況を予測していたからね……ははっ」
すごい乾いた笑みを浮かべて視線を逸らす先輩に僕も苦笑する。
だけどまあ、恥ずかしくて言葉にはしないけれど……似合ってはいるな、うん。
真面目すぎるレオナを後押しするミルファさんでした。
今回の更新は以上となります。