第四百七話
お待たせしてしまい申し訳ありません。
最新話を何回か書き直したりして遅くなってしまいました。
第四百七話です。
リングル王国からカームヘリオ王国までの馬車での旅は思っていたより何事もなく送ることができた。
カームヘリオ王国内部に悪魔が入り込んでいる以上、移動に乗じての襲撃があるかと身構えていたけれど、特にそういうこともなく明日にはカームヘリオ王国に到着するというところまで辿り着いた。
「明日には到着、か」
カームヘリオ王国到着前夜。
暗くなった山道の端、野営を行っている馬車から離れた場所で僕は一人遠くに見えるカームヘリオの明かりを目にしながらそんなことを呟いた。
目の前には先ほど自分でつけた焚火があり、静かな森の中でぱちぱちと音を立てて燃えていた。
「あっちは明るいな……」
明日には到着するカームヘリオ王国は夜でも明るく見える。
ナイア王女曰く、先代勇者の象徴である光に倣って夜という暗闇を照らす魔具が都市のいたる場所に配置されていて、日付が変わる時間帯まで都市全体を明るく照らしているらしい。
『あんだけ明るいと昼間か夜か分からなくなりそうだな』
「ん?」
内から聞こえたフェルムの声。
ここに来るまで常に同化している彼女の呟きに僕は返事を返す。
「ごめん。起こしちゃったかな?」
『いや、元から起きてた』
「そう……今なら出ても大丈夫だよ」
『おう』
同化を解いたフェルムが僕の身体から出てくる。
どろり、と闇魔法の魔力を足元から吸収し、その場に座り込んだ彼女は焚火に両手を掲げ温まるようにしている。
「お前も休まないのか?」
「僕ももう休むよ。明日も早いしね」
焚火に折った枝を放り投げてから近くの木の幹に背中を預けるように座る。
そのまま軽く深呼吸をして系統劣化で濃度を落とした魔力をゆっくりと放射する。
「……やっぱりキモいことしてるな」
「キモイは言い過ぎだろ」
「眠っている間に探知用の魔力を放射し続ける変態にキモイって言ってなにがおかしいんだよ……」
「眠りが浅いからできるんだよ。熟睡するとさすがに無理」
多分、熟睡してしまうと魔力の放射がうまく作動しなくなるから治癒感知の意味がなくなっちゃうんだよな。
浅い眠りなら近くの馬車の異変を察知する程度の治癒感知ができるから便利だ。
そのあたりはこれまでの経験でできているんだろうね。
「団長に森に放り込まれた時を思い出すよ」
「うっ、嫌なことを思い出させるなよ」
フェルムも体験しているので顔を青ざめさせている。
リングルの闇という魔物がはびこる森でサバイバル生活をした時、夜の間は熟睡することができなかった。 寝ている場所も木の上だったし、なによりいつ魔物に襲われるか分からなかったからなぁ。
疲れとかは治癒魔法で無理やり誤魔化していたけど、今思い返しても過酷な訓練だったと思う。
「あとは書状渡しの旅で野営をするのが当たり前だったからそのあたりでも慣れたよ」
「ボクがいない間の話をすんな」
「理不尽すぎない……?」
まだ僕がフェルムを置いていったと思っているのかなぁ。
それか単純に旅に連れて行かなかったことを根に持っているだけかな? ……うーん、多分これだな。
「今更だけどさ、言わなくてもいいのか?」
「なにを?」
「ナイアにボクのことをだよ」
「……一応ね」
フェルムの問いかけに腕を組む。
ナイア王女にはフェルムが同行していることを話していない。
明かそうとは考えたけれど、ネアと先輩とも相談してフェルムのことを隠しておくという方針に決めたのだ。
「信用してないわけじゃないんだ。むしろその逆」
「まあ、それはボクも分かってる」
「……君が同行していることを知っている人数は少ない方がいい」
悪魔がどれだけ情けない行動をしても、仲間意識の低さを見せたとしてもその本質は人を簡単に操れることだ。
だからこそ油断できない。
「いわば、君は僕にとっての切り札みたいなものってこと。頼りにしてるよ」
「っ……ふーん」
むすっ、とした表情でそっぽを向いたフェルムはそのまま闇魔法を発動する。
そのまま返事を返すこともなく足元の魔力に沈み込んだ彼女は地面を這って僕に同化してくる。
「もういいの? 外に出れる時間は限られているから無理して同化しなくてもいいんだよ?」
『見つかって変な疑いをかけられても面倒くさいだろ。それに、ボクも眠くなってきたからな』
「……そっか」
フェルムの声に苦笑した僕は遠くに見えるカームへリオへと視線を移す。
勇者を信仰する王国、カームへリオ。
今はその領土内にまで入ってしまっているわけだけど、これからどうなるかは正直僕にも予想できない。
「……明日次第だな」
まずはカームへリオに着いて状況を確認しよう。
なにをするにしてもまずはそれからだ。
●
夜が明けてからすぐに出発した僕たちは無事カームヘリオへと到着した。
昨夜、夜で見た感じはものすごく明るい都市だなぁ、って感じのざっくりとした印象だったけれど、いざ近くで見える位置に来ればこれまで訪れた街とは違ったものを感じられた。
「白いなー」
まず建物が全体的に白で統一されている。
地面は普通に石畳とか普通のものだけど、ちょっと幻想的と思えるくらいに白い景色を馬車の中から見て僕は感嘆の声を漏らす。
「人も多いね」
「勇者集傑祭は伝統あるお祭りですからね。国内だけではなく他国からやってくる方もいるんですよ」
通りはたくさんの人で溢れており、その視線は僕たちの乗っている馬車へと集まっている。
まあ、護衛もいるしどう見ても高級な馬車が走っていたら注目も集めてしまうだろう。旅行客ならまだしも、カームヘリオ国民は馬車に誰が乗っているか知っているだろうし。
「まさに一大イベントってわけだね。私が前に来た時以上に賑わっている」
「この馬車がリングル王国からのものって知られたらさらに大騒ぎになりそうですね」
先輩はヒサゴさん……先代勇者と同じ世界から召喚された勇者だからなぁ。
勇者信仰があるこの国にとってはアイドルみたいなものだろう。
「ナイアさん。他の勇者は既に来ているんでしょうか?」
「報告によりますと、ミアラークと……先日お話ししたネーシャ王国と二か国の勇者は来ているようですね」
「なら、できるだけ早くレオナさんには会っておかなければなりませんね」
不安なのが他の勇者とは由来が異なる先輩にやっかみが来ないかだよなぁ。
変につっかかれても面倒だし、悪目立ちもしたくない。
「ウサト君の考えも分かるよ」
「先輩……」
「ある程度絡まれるのは仕方ないよ。そういうのは———実力で黙らせればいいだけさ」
ちょっとかっこつけながら言った先輩に苦笑する。
でも先輩なら変に言いがかりをつけられてもうまくいなせそうではある。
「あとウサト君の眼力で」
「あっ、それが一番効果ありそう」
『言えてる』
台無しですけど。
先輩とネア、そして同化しているフェルムの声に頬を引き攣らせ、そんな僕たちのやり取りを見ていたナイアさんはどこか楽しそうに微笑んでいる。
「先代勇者様と同じ世界からやってきたというスズネさんとウサトさんの来訪。今回はカームヘリオの歴史の中でも異例な事態です。これまでの祭典と同じとなるとは限らないでしょう」
「祭典の内容はいつ公表するんだい?」
「恐らく、参加予定の勇者が顔合わせする王城にて公表するでしょう」
王城で顔合わせするのか……。
「僕はそれに参加するんですか?」
「……。本来は従者、護衛は参加はしないはずなのですが……ウサトさんには参加するように要請があるかもしれません」
ここで「なぜですか?」と尋ねるほど脳筋になったわけじゃない。
魔王を殴り倒しちゃったし、そこらへんの功績とかで参加をお願いされるかもしれないってことか。
僕としては参加したくないんだけど……。
「フフフ、ウサト君と一緒にパーティに参加というわけか。俄然楽しみになってきたかな……!!」
もし参加することになったらどうなるかなぁ。
ちょっと楽しみにしている先輩を横目で見て、そう思うのであった。
●
カームヘリオ内を馬車で移動すること小一時間。
僕たちはお店屋や家屋の多い区画から、大きな建物が立ち並ぶ区画へと移動した。
相変わらず白い建物ばかりだけど、どこか高級な雰囲気のある場所にちょっと気圧されてしまう。
「皆様にはこちらが用意した宿にご案内いたします」
「ここには他の勇者も?」
周りの建物を見回した先輩の言葉にナイアさんが頷く。
彼女の視線の先にある宿が……てか、見た目ものすごい高級ホテルみたいな感じなんだけど。
普通にでっかいプールとかありそうで怖い。
「建物自体は分けておりますが区画は同じですね。他にも各国からの来賓など一定の身分を持つ方々なども泊まることとなっております」
「王族とかその辺の身分とかが来る場所なのかな?」
「おおよそその認識で合っています」
むしろ野宿とか普通の宿に慣れてしまっている僕は全然慣れてないので浮足立ってしまいそうだ。
不相応すぎて逆にメンタルにダメージを受けてしまいながら、僕たちは目的地であろう宿に進んでいく。
「護衛は?」
「皆様の場合は逆に最低限の方が都合がいいでしょう。完全に安全とは言い難いですが私の信頼する者たちを配備させます」
「助かる」
先輩、なんか慣れてるな。
彼女自身が言っていたけど、やっぱりお嬢様なんだな。
普段の彼女を見るとそうは思えないけど、元の世界の先輩を思い出すとまあ納得してしまう。
「そういえばカイル王子は今どうしているんですか?」
先輩とナイアさんの会話が終わったころを見計らい気になっていたことを尋ねてみると、ナイア王女は「あー」と言わんばかりの微妙な表情を浮かべ斜め下を見る。
「カイルですか。あの子なら今は心を入れ替え王城にて勉学に勤しんでいる……はずです」
「はずなんだ……」
「私が見ている範囲ではしっかりやっているのですが、いかんせんこれまでダメなところを見てきたので」
「ははは……」
なんだかんだで気にかけていそうだけど、それでも心労すごそうだ。
でもカイル王子も頑張っているんだな。
四王国会談の時の僕への啖呵を思い返すと彼にもそれだけの意地ってやつがあったのかもしれな……って。
「……んん?」
なんか宿近くの道沿いに人だかりができているな。
先輩とナイアさんも気づいたのか怪訝な様子で近づいていくと、人だかりの奥から芝居がかったような大き目の声が聞こえてくる。
『凛々しくも美しい騎士殿、我が心は夢中です。少しでいい、今日貴女の時間を俺に分けてはくれませんか!!』
聞こえてくる内容的にこれは誰かを口説いている声なのか?
先ほど馬車で通っていた街中にいた時よりも人が少ないとはいえ、それでも注目を集めてしまっている。
「こんな街中で誰かを口説いているのかしら?」
「……なにやら聞き覚えのあるセリフが。ん? ナイア、どうしたのかな?」
「はぁぁぁぁ……」
ものすごい溜息をついたナイア王女が先ほどのにこやかな笑顔から一転して、怒りの表情を浮かべ人だかりに近づいていく。
周囲の人々もナイアさんのことを見て「あ……」と何かを察したような顔で道を開ける。
「あぁ、そういうことね……」
「即座にフラグ回収だねコレ」
道の先にいたのは地面に片膝をついて手を差し出すように構える少年、カイル王子。
彼の前にいる女性は人の影で見えないが、後ずさりしている様子からしてあまりいい反応ではないのが分かる。
「さあ、返事を聞かせ———」
「ふんっ!!」
「てゅるん!?」
変なうめき声をあげ、ナイアさんに横から蹴っ飛ばされるカイル王子。
地面をもんどりうちながら起き上がった彼は、腕を組み自身を冷たい目で見降ろすナイアさんの姿に顔を真っ青にする。
「あ、あああああ姉上ぇ!?」
「民の迷惑も考えずこのような場所で傍迷惑なことをしている貴方に返事など必要ありません」
か、完全にブチぎれているな。
とりあえず隣の先輩と視線を合わせて静観するスタンスでいこう。
周りの人たち的にもカイル王子とナイアさんのやり取りは見慣れたものっぽいらしいから。
「貴方のおバカさ加減を喜ぶべきか怒るべきか……」
「こ、これは違うんだ!!」
「なにが違うのです? まったく、最近は真面目にしているかと思ったら目を離した隙にこれですか」
「ちゃんと真面目に勉学も作法もがんばってたよ!? でも美人がいたからしょうがないじゃないか!! アッ、やめてわき腹をぐりぐりしないでくれ姉上ぇ!!」
……カイル王子、全然変わってないなぁ。
わき腹ぐりぐりされているカイル王子を見ていると、ふと彼に口説かれていたであろう女性がこちらにやってくる。
一瞬なんだ、と思うがようやく女性の姿を確認し驚く。
「や、やあ、ウサト。スズネ、ネア」
「えっ!? レオナさん!?」
「君だったのかい!?」
カイル王子に口説かれていたのはレオナさんであった。
いや、もうカームヘリオに着いているとは聞いていたけどこんな形で会うとは思いもしなかった。
成長しているはずなのにそう見えないカイル王子でした。
本来はエヴァも登場予定でしたが今回の章の登場人物の多さを考えたら、エヴァの描写がおざなりになってしまいそうなので本格的な活躍は別の章へと変更いたしました。
次回の更新は明日の18時を予定しております。




