第四百六話
お待たせいたしました。
今回はナイア視点です。
私は王女らしくない王女だ。
普通の王女は親交のために他国へ訪問したり、カームへリオへ訪れる国賓をもてなしたりするのだけど正直私はどうにもそれが肌に合わなかった。
他国へ行くならば見て回るより交渉事を率先して行ったり、剣や魔法といった本格的な戦闘技術を学ぶことが好きだった。
本来は国民から寄せられる報告、発生した事件を確認する必要もない。
だけど私は責任ある立場としてやらなければならないと判断し、お父様の許可をいただいて公務としてそれらを行っている。
そんな勝手を許してくれたお父様には本当に頭が上がらない。
だからこそだろうか。
時には現地に赴き、多くの民と交流してきたからこそ感じた違和感。
普通ならば他愛のない事件として処理されるであろうその案件に、私は得体のしれない不安のようなものを抱いたのだ。
四件の正体不明の気絶事件。
勇者集傑祭の準備期間の間に発生したその事件は非常に奇妙な内容であり、それでいて不気味なものだった。
結果からすれば人が死んだわけでもないし、重大な後遺症があったわけでもない。
だがその不可思議さに、私は何かしらの危機感を抱いたのだ。
『……』
脳裏によぎるのはミアラークで姿を現した悪魔の姿。
人とは異なる悍ましい悪意と気配を持つあれらのことを考え、考えうる限りの最悪の事態を想像する。
生半可な人間では悪魔に太刀打ちできない。
それは戦いに明け暮れていた過去の歴史が証明しており、もしカームヘリオで起こっている事件が悪魔によるものだったならば……私はおろか王国の精鋭の騎士ですら戦うことすらできずに無力化される可能性がある。
『この悪寒が気のせいであったならそれでいい。ですが、そうではない場合に最悪の事態を引き起こさないように行動を起こすべきでしょうね』
そこまで思考した私はすぐに悪魔に対抗できるウサト様とスズネ様に協力を仰ぐことにした。
●
結果として私が抱いた危機感は正しかった。
悪魔が関わっているだけではなく、他ならない私自身が悪魔の影響を受けていたという恐ろしい状況に陥っていたのだ。
本当に気づかなかった。
まるで、思考に靄がかかっていたような……後から思い返せばなぜ気づけなかったのか疑問に思えてしまうほどの異常。思考の隙間に挟み込むような暗示をかけられていたことに底冷えするような感覚に陥ってしまう。
「魔力の影響を受けた自覚すらないとは、本当に恐ろしい存在ですね……悪魔とは」
「そうだね。悪魔は人間の心の隙間に入り込むような恐ろしい存在だよ」
リングル王国を出発してからの夜。
魔具の明かりに照らされた馬車の中でスズネ様とウサト様の使い魔であるネアさんと向かい合うように座っていた私は悪魔について話していた。
「ウサトが特に影響なく対処しているのがおかしいのよ。本当なら念入りな対策をしなくちゃ無理なんだから、そこまで気落ちする必要はないわ」
落ち込む私をネアさんが慰めてくれる。
吸血鬼とネクロマンサーの混血種。最初にそれを知ったときは驚いたけれど、実際に言葉を交わしてみると人間味に溢れた魔物に見えた。
「ウサト様はミアラーク以外でも悪魔と交戦したのですか?」
「ええ。今となっては本格的に恨みを買っているようなものよ」
我々の知らないところで彼は悪魔と戦っていたということ、か。
悪魔の脅威を身をもって知った今、彼の存在は非常に重要なものになった。そう考えると、早めに彼らに接触してよかった。
「ここに来て正解よ。対悪魔においてウサト以上の適任はいないわ。だって精神力が強すぎて悪魔の影響をまっっったく受けないんですもの」
「そ、そこまでですか? なにか理由があるんですか?」
「ちょっと事情があって何百人分の精神攻撃を受けて鍛えられただけよ」
それはちょっとではないのでは???
幾分か寛容な私でも聞き逃しちゃいけないことをしているような気がするのですが。
もしかして冗談? とネアさんの隣にいるスズネ様を見れば、彼女もちょっと引いている。
「あと私も魔術で対策できるし、スズネも性格とか存在が悪魔の苦手にしてるタイプだから安心してちょうだい」
「ねえ、ネア。私存在からして悪魔に苦手とされてるのかな?」
「貴女は勇者な上に思考が異次元過ぎるからよ。ウサトと別方向でおかしいって自覚しなさい」
「くぅーん」
なぜか子犬のような声を出すスズネ様。
多分こういうところのことを言っているのはちょっと理解できた。
そんな彼女をネアさんが雑に扱っていると、馬車の扉からウサト様が戻ってくる。
「外にいる護衛の皆さんに治癒魔法をかけてきました」
「どうでしたか?」
不安に思いながら訪ねると彼はすぐに答えてくれる。
「確認した限りは悪魔の影響を受けている方はいませんでした。恐らく、カームへリオの王城……もしくはそれなりの立場にいる方が影響を受けているのかもしれませんね」
……王城内に侵入されてる?
だとすれば状況的にかなりまずい事態かもしれない。
「ふむ。カームヘリオ王国内の重要な位置にいる者たちが悪魔の魔力の影響を受けている可能性があるかもしれないってことか……」
「私と同じように悪魔の魔力を払う……のはあまりいい手段ではないですね」
「ええ」
私の呟きにネアさんが頷く。
「潜伏している悪魔に私たちの行動を気取られるのは得策ではないわ。バレるにしても悪魔がなにをしようとしているのか突き止めた時ね」
「僕達も立場上派手には動けないし、慎重にいかなくちゃならないね」
「悪魔の動向を探りつつ、私たちは勇者集傑祭に参加していくって感じだね」
カームへリオに帰ってからの方向性が定まってきたところで、スズネさんがこちらを見る。
「ナイア王女」
「スズネ様もウサト様も、ここは公的な場ではないので王女はつけなくていいですよ。私としても皆様のことは好ましく想っておりますので呼び捨てでも構いません、私も皆様のことをさん付けで呼ばせていただきますね」
「ではナイアと呼ばせてもらうね。それで……カームへリオで私たちと接触する時なんだけれど、王族が一つの国の勇者を応援するということは可能なのかい?」
……なるほど、スズネさんの質問の意図が分かった。
「可能です。八百長や金銭を用いた賭け事を行うことは禁止ですが、あくまで応援するという形であるならば私たちが接触しても怪しまれることはないでしょう」
私とスズネさん達が接触する理由が必要。
現状、悪魔側からしてみれば私はそこまで脅威に思われていないはず。
「フッ、ならばカームへリオではナイアの推しはこの私とウサト君になるということだな……!!」
「はい?」
「ナイア王じ……ナイアさん。先輩は言動が飛躍するのでスルー推奨です」
いきなり「おし」? とかいう意味の分からないことを言い出したスズネさんに困惑するが、ウサトさん的にはこれもいつもの彼女なんでしょう。
「そういえばカームへリオには何人の勇者が来るのかな?」
「今回の祭りの運営を管理しているのは私ではないので人数までは把握しておりませんが、注目を集めている勇者は知っています」
スズネさんやカズキさん以外の勇者として名を馳せている者。
私はスズネさんに見えるように三本の指を立てる。
「一人は水上都市ミアラークの勇者。彼女については皆さまもご存じですね?」
「レオナだね。彼女も今回の一件で協力することになっているんだ」
「え、そうなのですか?」
そうか、ミアラークは神龍であるファルガ様がいるから悪魔と先代勇者に関わる件に協力してもおかしくないのか。
ミアラークの協力を得ていたことに安堵しつつ、続けて勇者を紹介する。
「北に位置するネーシャ王国の勇者。風の魔法を用いた槍と弓の名手と言われる者だそうです」
「槍と弓の名手……遠近に対応する勇者ってことか。ふむふむ、他には?」
「海に面した国、ミルヴァ王国の勇者。とてつもない魔力を有した者で、風聞によれば自身の魔法で嵐を押し返した、と」
「とてつもない魔力かー」
そのどの国も離れた場所にあることから噂の真偽は定かではない。
「ミルヴァ王国の勇者は先天的に魔力の濃度が濃く、その上魔力量そのものが異常に多いせいか肉体的に弱いと聞いております」
「……先天的に、ですか」
「そのため、常にその者の傍には治癒魔法使いがいる、というのは有名な話らしいです」
これも本当かどうかは分からない。
でも治癒魔法使いと聞いて思うところがあったのか、ウサトさんは少し思い悩むそぶりを見せている。
「恐らくですが、カームへリオにやってくる勇者は皆、配下や従者を連れてきております。祭りの内容によっては従者も参加することになるので、その時はウサトさんが参加することになるかもしれませんね」
「先輩についてきているの僕一人しかいないんですけど」
ウサトさんがものすごい面倒そうな様子で肩を落とす。
反対にスズネさんはどこかうきうきした様子だ。
「つまりウサト君はカームへリオでは私の従者となるわけだ。……ふむ、ウサト君、私のことをすずたんって呼ぶことを許可しよう」
「分かりました。すずたん」
「え!? あ、え! ……」
「照れるくらいならやらなければいいのに……」
普通に呼ばれてものすごい慌てて石のように固まるスズネさんをウサトさんは呆れた様子で苦笑する。
なんとなくだけど、この二人の関係性が分かってきたかもしれません。
「……」
傍目からウサトさんを見て、ふと思う。
悪魔とかそういう厄介ごとがなければ、彼をカームへリオに引き込みにかかりたい。
……だけれど、彼らが私を信頼してくれている以上、そのような無粋な真似はするつもりはない。
カームへリオ内でも彼らを無理に勧誘させないようにこちらで手引きするつもりだ。
「? なにか?」
「いえ、なんでもありません」
私の視線に気づいたのか怪訝な表情をするウサトさん。
彼は完全に暗くなった外の景色を見ると、席からおもむろに立ち上がる。
「それじゃ、夜も更けてきたので僕は外で見張りをしてきます」
「いえ、ウサトさんは国賓の立場なのでその必要はありませんが……」
「悪魔側が暗殺者を仕向けてきてもおかしくないですから。むしろ馬車の中よりも野営の方が落ち着くので気にしないでください。……ネア、ここは頼むぞ」
「任せておきなさい」
ネアさんにそう言って、彼は馬車の外に出て行ってしまった。
窓から外を見れば護衛の騎士たちが集まっている焚火へ近づき、輪に加わるように腰を下ろしている。
「なんだか申し訳ないです……」
「気にするだけ損よ。あの人、意味不明なところで常識的だから色々と気を遣ったんでしょ。……ま、野営に慣れてるのは本当だし、そこまで気にする必要ないわ」
だとしても立場的に申し訳ない。
でも彼の行動も間違っていないのも事実だ。
悪魔の接近に気づけるのは彼だけだし、彼が警戒してくれているだけで無防備な状態を晒さずに済む。
そう納得してしまっていると対面に座るスズネさんが真面目な表情で腕を組む。
「さて、ウサト君が外に行ったことだし……女子トークでもする?」
「……なんだか嫌な予感がするので、拒否します」
「私もパス」
「なんでぇ?」
いや、本当にどうしてそのような話を?
がびーん、とショックを受けるスズネさんに、そういえば弟のカイルに聞いた印象と大分違うなと考えてしまうのであった。
あまり名有り勇者を増やすと個性の渋滞になってしまうもどかしさ。
今回の更新は以上となります。
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活動報告にてコミカライズ版『治癒魔法の間違った使い方』第11巻の活動報告を書かせていただきました。
第11巻の発売日は今月、10月25日を予定しております。




