第四百五話
二日目、二話目の更新です。
前話を見ていない方はまずはそちらをー。
リングル王国を出てすぐに馬車に乗り込んで来た謎の女騎士は、カームへリオ王国の第一王女であるナイア王女であった。
彼女を見て「なぜ王族である彼女が身分を隠してここに?」という真っ当な疑問を抱いたが、一国の王女様を立たせたままにするわけにはいかないのでまずは席に座ってもらうことになった。
「リングル王国の勇者であるスズネ様と、救命団の副団長であるウサト様は私にとって数少ない友人です」
僕と先輩の対面の座席に腰を下ろしたナイア王女が最初にそう語りだした。
現状フェルムのことはバレるわけにはいかないので彼女とは同化したままだが、肩にいるネアには人型に戻ってもらい一緒に話を聞く。
「カームへリオ国王であるお父様にお願いして、身分を隠しお二人を迎える馬車に同行した……というのが私がこの場にいる表向きの理由となります」
この口ぶりからしてカームへリオで何かしら起こっているのか?
王女である彼女自身が僕たちに接触しにくるということはそれだけ厄介なことが起こっていると考えてもいいのかもしれない。
「なにかあったんだね?」
「……いえ、厳密にはまだ騒動自体は起こってはいません」
「んん? ではなぜ君はここに? ストレートに私たちに会いたかっただなんて言わないだろう?」
「そのようなことはありません。こちらに事情がなくても、どちらにしろお忍びでこの場にいたいと考えていたくらいです」
か、かなり気に入られているようだ……。でも騒動が起こっていないならどうして僕達に?
首を傾げる僕と先輩にナイア王女は続けて口を開く。
「ここ一か月の間にカームへリオでは奇妙な事件が起こっているのです」
「奇妙な事件……?」
「国民が意識を失う事件。短い期間で4件も起こっています」
意識を失う、気絶するってことだよな?
もしかしてその人たちは目覚めていないから僕の治癒魔法の力を借りたい……ってこと?
僕の考えを察したのか、ナイア王女はゆっくりと首を横に振る。
「それほど深刻なものではありません。意識を失ったものは気絶する前後の記憶がなく、目を覚ました後も特に問題なく元の生活に戻っています」
「なら問題ない……というわけじゃないんだね?」
「はい。こちらで調査したところ気絶した者達は飲酒したわけでもなく、原因が分からないまま意識を失い、問題なく目を覚ますのです。外傷も後遺症もなく、確認された全員が路地で意識を失い夜を明かしただけ」
そう聞くと不気味だな。
疲れたり、ぶん殴られたりして気絶することは救命団で日常茶飯事だけれど、突然意味もなく気絶することは全くない。
なにかしらの病気とかならありえるけど、ナイア王女の話的にその可能性も除かれているはずだ。
「結局、勇者集傑祭を前にして浮足立った国民が意識を失うほどにハメを外した、ということで解決ということになりました。誰も怪我しているわけでもありませんでしたから」
「その4件以外に事件は起こっていないのかな?」
「ええ。国が勇者集傑祭の準備に追われる期間にのみ起こり、その後少なくとも私がカームへリオを発つまでは事件が起こることはありませんでした」
祭りの準備期間に起こったってことか。
うーん、騒ぎに乗じて悪魔どもが動き出したとも考えられるけど……悪魔とは限らないし、人間がやったとしてもやったことが不気味すぎるんだよな……。
「……お祭りの準備期間を隠れ蓑にして誰かが動き出した、とも解釈できるわね。それでも考えすぎじゃない?」
「そうかもしれません。でも……ミアラークで悪魔が起こした事件のことを考えれば、違和感ですら見逃すべきではないと判断しました」
「……あー、そういうことね……」
……すごいな。
異変に気づいてからすぐに僕達に接触しようとする行動力もすごい。
彼女の用心深さに感心していると、ネアがナイア王女に話しかけていた。
「他になにか違和感を覚えたことはあったかしら。貴女の懸念も分かるけれど、それだけの情報じゃまだ判断しかねるわ」
「……あくまで私の感覚なのですが城内の空気が少し変わっているような気がして……っ」
ん? ナイア王女が疲れを見せるように顔色を変えた。
先ほどまで普通に話していた彼女の異変に目を細める。
「特に、変わったところはないはずなんです。ですけれど、慣れ親しんだ城内とはちょっとズレた感覚で……でも、なにが気になっているのか私にも分からないんです」
「……ナイア王女? 大丈夫かい?」
「いえ、すみません。少し視界が霞んで……旅の疲れでしょうか? 慣れているはずなのですが……」
額を押さえ調子が悪そうにするナイア王女を見かねた先輩が隣に移動し、その身体を支える。
なにかの影響を受けている? ……もしかして、城のことを話題に出したから?
……少し診てみるか。
「ナイア様。治癒魔法かけます。肩に触れてもよろしいですか?」
「は、はい……」
「魔力回しは使えますか?」
そう尋ねるとナイア王女は怪訝な表情を浮かべる。
「え、身に付けていますが……なぜ?」
「では、治癒診断も行います」
「治癒……え、治癒なんですか?」
彼女の肩に手を触れ治癒診断を行う。
ナイア王女の魔力に治癒の魔力を流し込むと———ほんの僅かだけど、彼女の魔力になにかが混ざっていることに気づく。
「! これは……」
頭部付近に薄い霞のようなもの。
その正体をなんとなく察した僕はネアに声をかける。
「ネア、ナイア王女に耐性の呪術を」
「なにか見つけたのね? 耐性の対象は?」
……。
「悪魔の魔力」
ネアがナイア様に悪魔の魔力に対する耐性を付与する。
すると、彼女の頭を覆っていた霞が消し去られ、具合が悪そうだったナイア様の顔色が良くなる。
「既に、悪魔の手が入り込んでいたようですね……」
「どうやらそのようだ」
「……まさか、私は悪魔の影響を受けていたのですか?」
強い洗脳ではない。
どちらかというと認識を阻害する程度のものか?
引き続きナイア王女に治癒魔法をかけ、全快にまで治療したところで席に座りなおす。
「見たところ、潜んでいる悪魔の存在に気づかないようにするものなのかな?」
「ナイア王女、心当たりは?」
「い、いえ……」
気づかないうちに接触されていたか、なんらかの形で悪魔の魔力の影響を受けたとみるべきかな。
どちらにせよ悪魔が関わっているのは明白なので、気を引き締めなければ。
「私が知らぬうちに悪魔の影響を受けていたということは……まさか、お父様も悪魔に……」
「いえ、その可能性は低いわ」
ナイア王女の呟きをネアが否定する。
「多分、カームへリオに入り込んでいる悪魔は極力正体がバレないように動いているはずよ。悪魔という存在が各王国に露見した今、王族を洗脳するだなんて自分の正体をわざわざ晒す真似をするとは考えにくいわ」
「ですが、悪魔なら……」
「仮に悪魔がカームへリオの国王を洗脳していたとしたら、ここにナイアを同行させないはずよ。悪魔側はウサトの危険度を認識しているでしょうし」
「僕は悪魔にとって猛獣かなにかかな?」
僕のツッコミにネアはきょとんとした顔をする。
「? 貴方は悪魔にとっての悪魔でしょう? まったくなに言っているのかしらこの人は……」
「え、これ僕が悪いの?」
『半分くらいはお前が悪いな』
ようやく喋ったフェルムの言葉にちょっとだけ落ち込む。
僕たちのそんなやり取りを他所に、一人顎に手を当てて考えていた先輩が口を開く。
「でも相手は悪魔だよ? 君たちの話を聞くと、そこまで考えているのかすら怪しいと思うんだけど」
「……たぶん」
基本人間を見下し、同族意識の欠片もない悪魔がそんな真っ当な警戒をするか疑問である。
若干、自信なさげに言い直したネアだが、状況はあまりよくはない。
だが、ナイア王女がこの場に来てくれたことは逆にこちらにとっては好都合ともいえる。
「……これは隠密に事を進めるべきだね。少なくとも、ナイア王女が隠れている悪魔のことに気づいていることは知られないようにするべきだ」
「どこに潜んでいるか分かりませんからね」
先輩の言葉に頷く。
「……不甲斐ない話ですが、現状信用できるのは皆さましかおりません。下手をすれば、今護衛している護衛騎士も悪魔の影響を受けているかもしれませんから」
「そこは僕が確認しておきます」
『スルーしてたが、お前普通に悪魔の魔力察知してなかったか?』
やったらできてしまったのだからしょうがない。
さりげなくだけど、治癒診断を使うことで悪魔の影響を受けている人が判別できることが分かったからね。疲労を癒す名目で悪魔の影響を受けた護衛を見つけ出し、ネアの耐性の呪術で弾いてもらおう。
「先輩」
「こちらは構わないよ」
一度先輩に声をかけておく。
僕が何を言いたいか理解した先輩が快く頷いてくれたところで、僕は改めてナイア王女に向き直る。
「悪魔が関わっている以上、見過ごすわけにはいきません。僕たちにも協力させてください」
「こちらとしては願ってもないのですが……」
ナイア王女としては悪魔に詳しい僕たちに相談をしたかっただけなのだろうが、事態が彼女の想像していた以上に悪く、カームヘリオとは関係のない僕たちに助けを求めることを申し訳なく思っているのかもしれない。
沈痛な面持ちの彼女を見かねた先輩が人差し指を立てる。
「ならば交換条件といこうじゃないか」
「交換条件、ですか?」
「私たちはシア・ガーミオという少女の出自を調べるためにカームヘリオに向かっているんだ。勇者集傑祭もカームヘリオに行くための名目のようなものだ」
なるほど、シアのことを調べてもらうことを交換条件に出すのか。
「その方は、カームヘリオの国民なのですか?」
「話が事実ならばいたはずだ。だがこちらも悪魔が関わっている可能性のある厄介な案件でね。悪魔に対処できる私たちしか動けないってわけさ」
「なるほど、だからスズネ様もウサト様も祭りに……。そういうことでしたら、こちらもシア・ガーミオという少女について調べましょう」
「契約成立だね。……っと、成立しておいてなんだけど、シア・ガーミオのことを話さなければならないが……ウサト君、構わないだろうか?」
説明しなくてはならないだろう。
ナイア王女は勇者信仰に篤いカームヘリオの王女だが、彼女自身は信仰に目が眩むような人ではない。
そこまで考え頷いた僕は、ナイア様にシアのことを説明する。
ミアラークで遭遇した赤と黒の髪の少女。
光魔法を扱い、ヒサゴさんの記憶を持つこと。
そして、なんらかの存在に体を支配されており、魔物の領域で戦ったこと。
なるべく簡潔にそれを説明し終えると、ナイア王女は端正な顔を引き攣らせていた。
「ウサト様って本当に勇者ではないのですね……?」
「何回も勘違いされましたけど、勇者ではないです……」
「現在進行形で魔力革新してる人外の間違いでしょ」
『むしろ勇者より性質が悪いだろ』
好き勝手言ってくれるネアとフェルムの呟きをスルーする。
だが、僕は勇者ではないことは確実に言える。
僕は勇者召喚の際に、鐘の音も聞いていないし、そもそもの才能自体先輩とカズキに遠く及ばないからな。
「いえ、ですが行っていることがあまりにも普通ではないのですが。魔王打倒、魔力回しの件、魔物の領域の探索の功績……どれか一つでも国が諸手を挙げて勇者に推し挙げるようなものですよ?」
「リングル王国の勇者はカズキと先輩ですから。あと、僕自身勇者よりも今の立場の方が性に合っていますし、気に入ってますから」
救命団の肩書は一番しっくりきているし、まだまだローズの部下をやめるつもりはない。
「こちらも一方的に頼るわけにはいきませんので、シア・ガーミオの件は任せてください。必ず、皆様が求める情報を集めます」
「ええ、こちらも協力は惜しみません」
時期的に潜んでいる悪魔は勇者集傑祭で何かをしようとしているのかもしれない。
それ以外の目的だとしても、カームヘリオの王様の身に危険が迫っているとしたら見過ごすわけにはいかない。
……元より、悪魔は僕たちにとっても放置できない存在だしな。
さらっと治癒診断で悪魔の魔力を感じ取るウサトでした。
今回の更新は以上となります。




