第四百三話
二日目、二話目の更新です。
前話を見ていない方はまずはそちらをー。
第四百三話です。
救命団での夕食は基本的に皆で食べることになっている。
朝食はそれぞれの宿舎、昼食は各々自由といった感じで食べているのでこの時間は救命団に所属している団員たちが一つの場所に集まる唯一の時間といってもいいだろう。
新しい宿舎を作るついでに少しだけ広く増築された食堂で、今日も僕達は夕食を囲んでいた。
「ウサト、オメェまたどっか行くのか」
今日、カームへリオへの出発の日程が決まったことを話すと、隣に座っているトングが「またか」と言わんばかりの顔でそんなことを口にした。
「うん。表向きは先輩の付き添いでカームへリオまで」
「落ち着かねぇ奴だぜ」
「一か月もここにいねぇじゃねぇか」
「つかカームへリオかよ。また堅苦しいところに向かうな」
ゴムル、ミル、アレクの声に苦笑いする。
僕としてもリングル王国にはいたいけれど、勇者集傑祭のことがあるからな。
「それじゃ近いうちにお前とイヌカミは留守にするってことか?」
トングがそう呟くと僕の目の前に座っていた先輩が口に食んだパンを豪快に引きちぎりながら不敵な笑みを浮かべる。
「ふっ、私がいなくなって寂しいのかな?」
「どっからその自信がくんだよ……」
「ウサトとは別方向でやべぇ奴だ……」
「逆に怖がられないって得体が知れねぇよ……」
すげぇ、大抵のことに慄かない強面たちが引いている。
強面たちからすれば微塵も怖がったりしないどころか逆に向かってくる先輩が不思議生物に見えているのかもしれない。
「あとは私とフェルムもよ」
先輩を怖がっている強面たちに先輩の隣にいるネアが答える。
「といっても表向きはウサトとスズネだけね。私とフェルムは隠れてウサトについていく形になるわ」
「ま、それが正解だな。カームへリオは少しばかり面倒くせぇところがあるらしいからな」
カームへリオも亜人差別に近いものがあるとは聞いている。
勇者信仰が篤いって聞くし魔族に対してもあまりいい感情を持っていない人がいるのかもしれない。
「俺も昔の仕事の関係で行ったことはあるんだが、あいつら俺の顔を見るなり魔物扱いしやがったんだぜ?」
「「「「……」」」」
「黙るのはやめろよ」
いや、さすがに何回もこすられると……。
グルドの何度目か分からない魔物に見間違えられたエピソードをスルーし、僕はパンをちぎって食べているフェルムに声をかける。
「フェルムも分かっているよね?」
「カームへリオでは僕は人前に出ないようにする。心配すんな。ちゃんと分かってる」
「多分、ほとんどの時間僕と同化しているけど……」
「平気だ」
「いや、でも」
「全然、まったく、これっぽっちも心配ない」
こんなに強く言うってことは大丈夫か。
変に意地を張っているようには見えないし。
そう考えていると、傍にいたキーラが笑みを浮かべながら声を発する。
「フェルムさんの魔法は私と同じ……というより、私の魔法がフェルムさんに近いので大丈夫ですよ」
「確かに、キーラの魔法は長時間維持できていたね」
「……余計なこと言うな」
元よりフェルムの闇魔法の持続力は理解しているし、なんなら同化しながら寝たりご飯を食べたりと割とやりたい放題しているのも知っている。
そう考えると一日中同化しても全然大丈夫そうだな。
「でも私達が出るとキーラとカンナギだけ残してしまうことになっちゃうんだよねぇ……」
「私たちのことは大丈夫だよ。スズネ」
先輩の呟きに返事をしたナギさんを見る。
「まだここに来て日が浅いけれど、ある程度のことはネアとスズネに教えてもらったから」
「そうね。意外とカンナギって家事とかできるから心配はないと思うわよ?」
「い、意外……確かに私は有り余る力だけが目立ってるけど……」
ネアのお墨付きなら平気そうだ。
でも僕としてはそこまで意外でもない。
ナギさんは結構しっかりしているし、旅をしていただけあって荷物の整理とかちゃんとしていたから。
「私も訓練なら大丈夫です! ローズさんも見てくれますし、ナック君も診療所の手伝いからこちらに戻るそうなので!!」
「ナックが? それなら安心だね」
「ナック君がいると巻き込めて負担が減……頑張れますからね!」
今、巻き込めてって言わなかった?
気のせいかな? 満面の笑顔で言っていたから聞き間違いかもしれない。
「これ完全に毒されてるよな」
「ウサトのネチネチしたところが似ちまったなぁ、こりゃ」
「ナックも苦労するぜ……」
「お前らも似たようなもんだけどな」
「テメェもだろ」
強面共がこちらを見てボソボソとなにかを呟いている。
ん? なんだ悪口か?
「なので君たちが留守にしている間は心配ない。ローズさんも手伝ってくれているし」
『え?』
ナギさんの言葉に僕と強面共の呆気にとられた声が重なる。
我関せずと黙々と料理を口にしていたローズへ僕たちの視線が一斉に集まる。
『姉御(団長)が……家事……?』
信じられないといった視線を向ける僕と強面たち。
……いや待て、そういえば僕と強面たちが自らの訓練服などを洗濯しているのだから、当然ローズもそうしているはずだ。
宿舎の団長室は常に掃除も行き届いてて整頓もされていたから別におかしい話じゃない。
だが、その事実に気づいた時には手遅れだった。
「……どうやら」
呆れた呟きをローズが口にした瞬間、予知魔法で何かを見たのか、顔を真っ青にさせたナギさんが食堂の窓を開ける。
食堂内をとんでもない圧が支配し、予知魔法を見るまでもなくこの後の状況を理解した僕と強面たちは手元の夕食を口の中にかっこむ。
しっかりとよく噛み、残さず完食した僕達は揃ってコップの水を飲み干し覚悟を決める。
「テメェらは明日を迎えたくないらしいな?」
次の瞬間、僕と強面たちは食堂の窓から外へぶん投げられた。
これもある意味でいつもの救命団の日常風景であった。
●
さっきは酷い目にあった。
まあ、自業自得だし、今回は失礼な態度をとってしまった僕達が明らかに悪かったので素直に反省している。
「……」
宿舎近くの訓練場。
夜も更け月明かりだけが照らすこの場所で、僕は気紛れに魔力回しを行っていた。
訓練に用いる重り用の岩の上に座禅を組むように座りながら、自身の内側———魔力に意識を落とし込み、ひたすらに魔力を回し続ける。
「……ふぅ」
正直、体感では大きく成長できた感覚はない。
だけどこれでいい。
劇的じゃなく、毎日の繰り返しで着実に成長していくことが大事だ。
訓練と同じく一度の成長で満足しないで継続し続けていく。
……ん?
「ナギさん? どうかしましたか?」
「……ふふ、もう君相手には気配を消しても意味ないようだね」
音もなく背後から近づいてきたナギさんにそちらを見ずに声をかける。
彼女は特に驚いた様子もなく僕の座っている岩の上に飛び乗り、腰を下ろす。
「邪魔しちゃったかな?」
「いえ、訓練じゃなくて趣味みたいなものですから。ナギさんはどうしたんですか?」
「私はちょっと夜風にあたろうかなー……って軽く歩いていたら、君がいたのでちょっと驚かそうと思ったんだけどね」
バレちゃった、と年相応の微笑む彼女に苦笑する。
ナギさんも僕と同じような感じか。
「いつもこうやっているの?」
「今日はたまたまですよ。カームへリオへ行く日程が定まったのでちょっと考えをまとめようかなって」
「なるほど」
僕はトングとの相部屋なので一人で考える時間が欲しかっただけだからね。
「もう一人のナギさんはお元気ですか?」
「うん、元き……むぐっ?!」
頷こうとして不意に息を詰まらせた反応をしたナギさんはげんなりした様子でこちらを見る。
「ウサト、もう一人の私に代わってもいい?」
「構いませんよ」
答えると同時にナギさんの青色の瞳が紫色へと変わる。
もう一人のナギさん……元はヒサゴさんの刀で生まれた意識は、距離を詰め、僕の腕に手を回しながら嬉しそうに微笑む。
「なにかなっ?」
「えーっと、ナギさんとはうまくやれてる?」
「勿論。むしろ私が発破をかけてあげなきゃダメダメなんだよ。今も私の内側で滅茶苦茶騒いでる」
……近くない?
もう一人のナギさんの精神性は幼い子供に近いので変に勘繰らないようにしなければ。
「……ありがとね。ウサト」
「ん?」
精神を集中し冷静になるように努めているとふと、彼女がそう呟いた。
突然のお礼に僕は首を傾げる。
「いきなりどうしたの?」
「遺跡で暴走していた私を助けてくれて。今、普通の人間みたいに生きてとっても楽しいよ」
「……うん。そう思ってくれてよかった。心からそう思うよ」
記憶でしか外の世界を知らなかった彼女がそう言ってくれるのは素直に喜ばしいことだ。
「あ、そうだ。私の名前をつけてよ」
「え? 名前って……えーとナギさんじゃなくて?」
「それはカンナギの名前でしょう? 身体は同じでも人格は違うから私にも名前が欲しいの」
確かにいつまでももう一人のナギさんって呼ぶのもかわいそうだ。
「でも、僕でいいの?」
「ウサトじゃなきゃ嫌。カンナギでも誰でもない、私だけの名前が欲しいの」
……これは責任重大では?
人に名前をつけたことなんてあるはずもなく、本気で頭を抱えそうになる。
そういえば、魔王に見せられたヒサゴさんの過去の中で、幼いころのナギさんと会った時に彼が呟いた名前のような言葉があったな。
ヒサゴさんとナギさんが出会う切っ掛けということもあり、妙に記憶に残っていたので覚えている。
「ヒナギ……ヒナって名前はどうかな?」
「! 全然いいよ。今日から私はヒナ、そう呼んでねっ!」
上機嫌になるもう一人のナギさん……ヒナに僕も一安心する。
さ、最近で一番緊張したかもしれない。
「ん、そろそろカンナギに意識を戻すね」
「またね、ヒナ」
「うんっ」
一層に僕の腕に回す手に力を込めたヒナはそのまま瞳を閉じる。
次に目を開けた彼女の瞳は青色へと戻っていた。
ハッと我に返ったように僕の腕から手を離した彼女は、若干挙動不審になりながらも自身の髪を整える。
「ご、ごめん。もう一人の私が無茶を言って」
「ははは。二人ともうまくやれているようで安心しました」
「うん。……でも頑なに名前をつけられるのを嫌がっていた理由はこれだったかぁ。うーん、強かだなぁ、もう一人の私ぃ……」
ナギさんが小声で何かを口にして少し落ち込む。
「これからは私もヒナと呼ぶことにするよ」
「そうしてあげてください」
あとで皆にも教えておかなくちゃな。
ナギさんのもう一つの人格とはいえヒナだって救命団のメンバーだし。
内心でそう考えながら、その後も魔力回しをしながらナギさんと他愛のない雑談をする。
救命団の訓練のことや宿舎での生活とかを話して、話題はカームへリオのことへと移っていく。
「ウサトはカームへリオ行きが不安?」
「ないといえば嘘になります。正直、集まる勇者がどのような人たちか分かりませんから」
「……確かにね。皆が皆、スズネやカズキ、レオナのような善人とは限らないし」
勇者、という称号を賜るくらいなら精神面も相応なはず、と思いたいがどんな人がいるか分からない。それこそ勇者として召喚された先輩を疎んでいる人もいるかもしれない。
「だけど、それとは関係なしに僕はやるべきことをするつもりです。というより、僕にとっては勇者集傑祭は本来の目的でもないですからね」
ちょっと悪い言い方だけどカームへリオに向かう口実でしかない。
状況によっては僕も先輩のサポートに回るつもりだけど、そこまで力をいれるつもりはない。
「スズネも悪意とかそういうのは全然気にしないだろうね」
「まあ、はい。それは想像できます」
「彼女は周りに流されず自分を突き通すことができる強さがある。そういう精神性は悪魔が苦手とするものだ。なにせ甘言や脅しで惑わされないからね」
「……確かに、魔王と戦った時もそうでした」
戦闘が始まる前に行われた魔王の問いかけ、僕達の覚悟を試すかのように魔王の性格の悪いソレに先輩は微塵も揺らがず、自分を貫き通した。
「そういう意味では、本気になったとき私が一番怖く感じるのはスズネなんだ」
「ナギさん……」
「普段も何をしてくるか分からないから怖いけど」
がくり、と肩を落としたナギさんを見て苦笑する。
「……ヒサゴのことだけど、さ」
数秒ほど地面に視線を落とした後、言い淀むようにナギさんがそんなことを切り出す。
「君はどう思っているのかな?」
「……うーん、とりあえず……」
僕が知っているヒサゴさんのことを今一度思い出す。
数秒ほど思考した後に僕は満面の笑みをナギさんへ向ける。
「一度ぶん殴りたいくらいに思ってます」
「意外と過激!?」
「そりゃあ、邪龍とか魔王とかで大変な目にあってますからね。一回ど突いたって許されますよ」
「は、はは、私としてはもっと違う答えが返ってくると思ってたよ……」
「僕は彼に同情はしていますが、共感はしていません。てか、共感なんてできませんよ。僕は彼が味わった苦しみもなにも知りませんからね」
安易に理解した気になること自体、ヒサゴさんにとって侮辱に他ならない、と僕は考えている。
ナギさんならまだしも、彼の苦しみを当事者ではない……過去の一部を見ただけの僕が勝手に理解した気になるのは駄目だろう。
「彼の苦悩は僕には想像もできない。どうしようもない現実に直面して、あがいた末に彼が選んだ選択が今の状況を作り出しているなら、それをなんとかするのはこの時代に生きる僕達です」
「ヒサゴのせい、とは言わないの?」
「少なくとも僕は言いませんよ。恨み言は言うでしょうけど」
明るくそういうと僕を見て呆気に取られていたナギさんが、視線を外すように前を向く。
どうしたのか、と思い声をかけようとすると彼女が目元を袖で拭っていることに気づく。
「……は、はは。なんというかさ、ヒサゴを君に会わせたかったよ」
「ナギさん……」
「君がいてくれて、私も救われてる。今、心からそう思うよ」
少しだけ声を震わせてそういうナギさん。
どんな声をかけていいか分からないので、とりあえず彼女が落ち着くまで待つ。
「ごめん……取り乱した」
「色々と吐き出せましたか?」
「私の方が年上なのに……頼りなくてごめんね……ごめんねぇ……」
落ち着いたと思ったら無茶苦茶どんよりし始めたんですけど。
ずっとテンションが落ち続けているなぁ、と思いながら話題を変えることを試みる。
「そういえば、僕達が持っている手帳ってナギさんのものでしたよね?」
「ぐふっ!?」
「ナギさん!?」
どんよりしたままさらに崩れ落ちたんだが!?
そのまま岩から落ちそうになる彼女を慌てて支えると、若干過呼吸気味になったナギさんが縋りつくように僕の肩を掴んでくる。
「で……できれば、あの日記のことはあまり思い出さないでほしいっ!」
「え? な、なぜ?」
「だ、だって私が書きなぐった手帳が今でも残っているって相当恥ずかしいんだよ!!?」
内容的に滅茶苦茶乗り気だったし、バリバリ後世に伝えるつもりだったような……。
あれかな? 思い返すと書かなきゃよかった的な……?
「前にネアに処分するから返してほしいって言ったら、ものすごい勢いで拒否されてびっくりしたよ。『こんな歴史的価値のあるものを燃やすなんて正気!!?』……みたいな感じで」
「あー……」
「挙句の果てには私に修復を手伝えって、朗読させられかけたんだよ!?」
む、むごい……。
それは確かに地獄だ。
ネアの気持ちも分かるけど、ナギさんの気持ちもよく分かる。
というより、ナギさんは色々と現代に伝えすぎでは?
「結構、現代にまで残ってますよね」
「ふぇぇ」
「逸話とか」
「ひぃぃ……」
「手帳とか」
「ミィィ……!!」
「カンナギ流とか」
「ねえ、ウサトっ。私をからかうの楽しんでない!?」
ちょっとだけ。
なんというか、反応が面白いのでついつい悪ノリしてしまう。
カームへリオに行く前に、ナギさんと色々と話したわけだけど、彼女のことを色々と知れたのはよかったな。
後半からカンナギ回でした。
ここからカームへリオ編に入ると章が長くなってしまいますので、閑話をいくつか更新した後に第十六章を終わりとして第十七章からカームへリオ編へと移りたいと思います。
今回の更新は以上です。




