第四百一話
二日目、二話目の更新です。
第四百一話です。
救命団で研究ができる、と魔力回しの新しい技術の詳細についてウェルシーさんに伝えたら、その翌日に来てくれることになった。
いや、来てくれるとかそういう生半可な表現じゃない。
もう強行突破とかしそうな勢いで来てくれた。
待ちきれなかったのか朝早くから魔眼持ちの部下……確か、ヴェリアさんと呼ばれていた方とやってきたウェルシーさんと訓練場にやってきた僕は、すぐさま研究を始めることになった。
僕以外には先輩とネアがその場におり、近くで興味深そうに眺めている。
「……今も回し続けています」
「やはり……」
なにか僕を見て部下と話してからウェルシーさんはこちらに向き直る。
「では最初の技術についてですが……」
「治癒診断ですね。こちらは結構単純です」
ウェルシーさんが差し出した手に触れ、魔力回しを行っている彼女に治癒の魔力を送り込む。
一瞬で循環した魔力が彼女の肉体的に疲労している部分を癒す。
「どうでした?」
「寝不足。腰痛、肩、首の痛み……あの、とりあえず、休息をとることをおすすめします」
「は、はい……」
この人、えぐい疲れ溜めてたんですけど。
治癒魔法で癒したけれど、それでもきっちり休みを取るべきなんですけど。
ちょっと引いた僕の反応にウェルシーさんは視線を横に逸らしながら言い訳を口にする。
「け、研究に没頭してしまうと休むのを忘れてしまってですね……。寝る時間も勿体ないと思って……」
「ウサト君。城の者に頼んでウェルシーを休ませるように手配しようか?」
「頼みます」
「そ、そんなぁ……」
さすがにこれは見過ごせないです。
これローズの言ってた通りなんじゃないか……? 研究のことに没頭すると好奇心の赴くままにやりすぎちゃう人なのかもしれない。
僕の視線にウェルシーさんははっとした様子でコホンと咳ばらいをする。
「この技術は魔力回しと魔力感知の応用ですね?」
「はい。その通りです」
「私の魔力回しに合わせて、魔力回しを合わせる。その上で魔力感知により、治癒魔法が発動した箇所を感じ取る……うぅん、本当に興味深い」
「こいつ、自分で魔力回しを広めておいて、対魔力回しの技を作り出すとかえげつなすぎるわ」
考察するウェルシーさんと、半目で僕を見て呆れた声を漏らすネア。
観察していた先輩はパチンとそれらしく指を鳴らし、僕を見る。
「これは治癒魔法でしかできない技だね」
「まあ、そうですね。肉体に作用する治癒魔法しか効果が発揮できないと思いますし、そもそも魔力回しを使う相手にしか使えません」
そういう意味では現状僕にしか使えない技ともいえる。
傷ついた部分を癒す治癒魔法でしか分からないので、他の魔法だと効果が発揮されないか、普通に攻撃しちゃうことになるからね。
「魔力回しに干渉されるというのは不思議な気分です」
「不快感とかあるんですか?」
「むしろその逆。滅茶苦茶安らぎます」
そ、そうですか。
でも治癒魔法だから当然か。
「でも戦闘中に無理やりこの感覚にさせられるのは素直に嫌でしょうね……。こう、無理やり戦意を削がれるというかなんというか……」
「そこらへんは治癒崩しと似てますね」
相手のペースを乱す治癒崩しと近い技ではあるのかもしれない。
でも相手の魔力回しに僕の魔力を合わせられるのなら……。
「わざと相手の魔力回しを乱して魔法を出させないって使い方もできそうですよね。治癒ジャミング……みたいな感……」
「「「……」」」
「じ……ってのは冗談ですよぉ。やだなぁ、もう」
やっべ、先輩を除いた全員にやばい奴を見るような目で見られてしまったぜ。
本当に冗談で言ったのに……。
「その話は置いておくとして……問題は次です」
コホン、と咳ばらいをしたウェルシーさんが次へ促してくる。
僕もそれに頷き、ネアに声をかける。
「ネア、今から魔力弾を渡すから僕から離れた場所で割ってくれない?」
「……なにをするかは知らないけど、まあ、いいわよ」
フクロウに変身したネアが僕から魔力弾を受け取り、ここから離れていく。
彼女が見えなくなったところで僕は再び、ウェルシーさんと先輩へと向き直る。
「ではスズネ様。お願いします」
「え、これナチュラルに実験台にされた……? 私、あえてウサト君がなにをするか聞いてなかったんだけど!?」
「先輩、覚悟してください」
「覚悟!? 今からなにされるの私!?」
さすがに冗談だけど、慌てふためく先輩の後ろに移動し、彼女の肩に両手を置く。
「先輩、魔力回しをお願いします」
「あ、ああ」
今、先輩が魔力回しを発動させたところで僕も先ほどのウェルシーさんの時と同じように魔力を流し、その上で———僕の魔力回しと繋げ循環させ続ける。
「ウサト君……?」
「目を瞑っていてください」
「きゅん」
なぜ今ときめき音を……?
謎の擬音を口にする先輩に困惑しつつ僕も目を瞑ると———ここから少し離れた場所で爆ぜた魔力が広がる感覚が伝わってくる。
しかし、今それを感じ取ったのは僕だけじゃない。
「!!? ウサト君、これって……!?」
「分かりましたか?」
「う、うん。今、離れたところの何かが分かった気がする」
「これが僕が治癒感知で感じ取っているものです」
今、僕がやったことは治癒感知の共有、だと思う。
先輩の魔力回しに僕の魔力を流し、こちらと同調させることで彼女にも治癒感知で得られた情報を共有させたわけだ。
「これが君の見ていたものか!? 私のミジンコみたいな魔力感知範囲とは雲泥の差じゃん!! うわぁー遠くにいるネアの形がくっきり分かるよ!!」
「嬉しそうでなによりです」
先輩は先輩で近距離特化みたいなところがあるから別に悪いってわけじゃないけど……。
テンションを上げる先輩だが、その一方で傍で見ていたウェルシーさんはどこか悟った表情で、彼女の部下の方はもうすごい目でこちらを観察しながら、手元の手帳に色々書きなぐっている。
「魔力を感じ取る器官。脳か、肌か、はたまた別の場所か。いくつか仮説を立てたつもりですがその答えは魔力そのものだったとは……ですが、辻褄は合います」
一周回って冷静になっていたウェルシーさんはそのまま言葉を発する。
「魔力回しは我々が忘れていた感覚を目覚めさせる手段。壁を隔てて存在していた人間と魔力の垣根を取り払うことで、新たな段階へ引き上げることに成功させた……」
「なるほどねー」
と、ここでフクロウの姿のネアが返ってきて僕の肩に降りてくる。
「ウサト、私にも同じことができる?」
「君も魔力回しができれば」
「いいわよ」
肩と接している部分から先輩と同じように魔力を繋ぎ、系統劣化の魔力を全身から放射状に放つ、
一瞬驚いたネアだが、すぐにその表情を真面目なものにさせる。
「貴方、こんな感覚で周りを見てたの? 目で見ていないのに周りの状況を把握できるってものすごく気持ち悪い感じ」
「慣れれば目で見るより便利ではあるよ」
なんというかダイレクトに頭に情報がやってくる感じだ。
最初の頃は少しは戸惑うかもしれないけど、慣れればより分かる範囲が増えていく感じだ。
「でもこれ貴方しか分かっていなかった情報が即座に私やフェルムに伝わるやつじゃない」
「うん。魔物の領域でこれを思いついてたら探索がもっと楽になっていたんだろうけどね……」
僕だけしか分からなかった情報を共有できる。
攻撃性能とかそういうのは皆無だけど、ものすごく大きな利点だと僕は思う。
「ウサト君。私はこれを治癒同調と名付けたい」
「最高。それ採用です」
治癒シンクロか。
さすがは先輩、いい技名を考えてくれる。
「変な技名はいつものことね……。治癒診断に治癒同調、仕組みは同じでも敵と味方でかけた効果にこんなに違いがあるなんてねぇ」
「まあ、活用できる場面があるかどうかは分からないけどね」
「逆に使われる相手がかわいそうすぎるわ」
そこまで言うか。
現状、治癒診断は攻撃のために使うつもりはないけど。
「スズネ様が戯れに口にした新たな感覚、魔覚。もしかすると冗談で済まなくなりそうですね……」
「魔力を感じ取る器官が存在するのではなく、魔力そのものが感覚を有するようになった。おかしな話だけど、面白い話だよね」
「ええ」
先輩の言葉にウェルシーさんが微笑む。
彼女は次にこちらを見る。
「ウサト様の技術は私達にはまだできません。現状不可能といってもいいでしょう」
「え、なぜですか?」
会得難易度は高そうだけど、不可能とまで言われるとは思いもしなかった。
「ウサト様の魔力回しは最早別物です。私たちが意識的に行っている魔力回しを、貴方は今この時も無意識に使い続けている。恐らく、眠っている時でさえも」
……否定は、できないな。
僕自身、今ではこの状態が当たり前だ。
「確かに、私もカズキ君でさえも魔力回しを常に行っているわけじゃないからね」
「救命団という環境で培われた精神性。スズネ様やカズキ様のような天賦の才で会得することとは異なる……異常とも思える繰り返しにより貴方は今に至った、と私は考えています」
僕としてはできることを常にやり続けたという認識だけど、やっぱり救命団で培った習慣でやり続けたってこともある。
これからはそこらへんを自覚していかなきゃな。
「ウサト様ほどの練度まで魔力回しを高める必要はないでしょう。いや、系統劣化すらも一部の方を除いて必要ないのかもしれません」
「まあそれは……そうでしょうね」
普通の魔法を持っていれば僕みたいにやる必要はない。
僕は治癒魔法だからあれこれする必要があったから編み出しているだけだから。
「ですが、ウサト様はこれからも遠慮をする必要はありませんよ?」
「はい? 遠慮って?」
「自分が周りと違っていると考え、合わせようとすることです」
一瞬だけど、魔力回しが出回っていないうちに新しい技術をぽんぽん出さない方がいいかなとは考えていたけど……。
鋭いな、ウェルシーさんは。
「貴方は誰も歩んだことのない領域を進み続けることができるお方なのです。むしろ、周りと歩幅を合わせる必要もなく、あなた独自の道を進んでいくべきです」
独自の道、か。
特に深く考えていなかったけど周りを気にせずに僕は突き進んでいけばいいってことか。
「私もそこらへんは諦めたわね」
ネアがぺしぺしと僕の頬を翼で叩いてそう言う。
「最初はこの人が奇天烈な技を編み出したりして変な癖がつくか心配してたんだけど、そもそもが存在自体が変だったからもう受け入れるようになったわ」
「酷い……」
肩を落とす僕にネアが笑みを零す。
なんだかんだで苦労をかけているから何も言えないけど。
●
研究も終わりウェルシーさん達が城に戻った後、僕と先輩はまだ訓練場に残っていた。
ネアは今日の昼食を作るべく一旦宿舎に戻ってしまったので、この場には先輩と僕しかいない。
「君は本当にすごいな」
「いきなりどうしたんですか?」
ただ雑談するのもアレなので10メートルほどの距離で5つの治癒魔法弾を使ったキャッチボールを行っている。
その際に、先輩が雷獣モード0、僕が治癒感知を発動させる。
お手玉のように僕と先輩の間を行き来する魔力弾の存在を正確に感じ取り、それらを掴み、投げていく。
「君の考えた技を身につけたと思っていたら、もう君はその何歩も先まで行ってしまっている」
「鍛えていないと落ち着かないだけですよ」
救命団自体が地獄の一種みたいなものですし。
そんな場所に先輩は入って、普通に適応しているわけだが。
「そういえば先輩、ナギさんから相談を受けましてね」
「なに!? 一番の親友である私を差し置いてウサト君にだと!?」
いつのまにか一番の親友になってる……。
ナギさん的にはどうなんだろ。
「毎日先輩から襲撃を受けると」
「ほ、ほら、あれだよ? 軽いスキンシップだよ?」
「具体的には?」
「セ、セセセクハラだよウサト君!!?」
「あんた5秒前のセリフ思い出してみろ」
軽いスキンシップだって言いましたよね今?
僕のツッコミに先輩めっちゃ声が震えているし、雷獣モード0もめっちゃ揺らいでる。
それでも魔力弾を返してくるのはさすがだけど。
「ナギさんへの過剰なスキンシップは控えた方がいいですよ」
「ウサト君。……。……私だぞ?」
「せめて説得するのを諦めないでください」
いやに生々しい沈黙の後に潔くならないでほしい。
そしてたった一言でこちらを納得させてしまうのもずるいだろ。
「先輩のことだから理由があってのことだってのは分かります」
「ウサト君……!!」
「そして確実に欲望もあったのも分かります」
「くぅーん……」
人付き合いが苦手なナギさんが救命団に溶け込めるようにしてくれていたんだろう。
この人は空気を読まないが読めない人じゃないからな。
「でもあまりやりすぎると、化石みたいに壁にめり込むことになりますからね」
「じゃあ、ウサト君に突撃してもいい?」
「おかしくない?」
なにが“じゃあ”なんですか? 全く意味が分からないんですけど。
思わず敬語が吹っ飛んだ僕に先輩はおかしそうに微笑む。
「カンナギは周りに遠慮しがちな性格だからね。多少なりとも強引に交流を持つべきだと思ったのさ」
「やり方ってもんがあるでしょう」
「ウサト君。私がまともな方法でカンナギと交流したとして、周りはどう思う?」
……。
「……僕が、悪かったです」
「ふふん、よろしい」
なんだろう、なんか本当にすみません。
しかもなんでそんなに誇らしげなんですか、貴女は。
「話は変わるがカームへリオに向かうメンバーは決まったかい?」
「メンバーというか……ネアとフェルムですね」
ローズに推されたフェルムと僕の使い魔であるネアは当然ついていくだろう。
むしろ連れて行かない方が怒るだろうし。
「ネアはともかく、フェルムは大丈夫?」
「フェルムは人目のあるところでは同化しているので多分問題ないかと。僕と別行動する時はネアと同化すればいいわけですし」
「私もいるよ」
同化できそうだけどフェルムも素直じゃないのでやらなさそう……。
しかし、カームへリオか……。
「目的そのものはシアの故郷を調べるというものですが、勇者集傑祭というのも大事そうですよね……」
「各国の象徴的な存在である勇者を集めるお祭りだからね。集いし勇者を称え競わせる、そんな催しさ」
「競わせるって……」
「そんな複雑なものじゃないよ」
命を賭けた勝負ってわけじゃないからそこまで心配する必要はないか。
そもそも僕は勇者じゃないので出ないと思うし。
「もうそろそろ出発の日取りが決まるはずだ。それまでに私たちも色々と準備をしていかなくちゃね」
「そうですね」
悪魔勢力との接触の可能性があるので、カームへリオに向かう人員は制限することになる。
下手に悪魔の影響を受けて、味方が操られるなんてことがあったら大変だからな……。
「カームへリオってどんな国なんですか?」
「リングル王国と似ているよ。自然はこっちの方が多いけど。でもまあ、皆優しい人だったよ。勇者信仰が篤いとは言っていたけど過激なものじゃないし、最初は静かな国の印象だったけど意外に俗っぽいところもあってね」
「俗っぽい?」
「噂話が好きってところとか……あ」
……噂話、という言葉で僕も先輩も思い出す。
思い出してしまった。
あの、今でもカームへリオ内で広まっているであろう例の噂を。
「……」
「……」
そのまま奇妙な沈黙が僕と先輩の間に続く。
ただただ魔力弾をキャッチボールする音だけが響くが、それでも僕達は言葉を発さない。
多分、僕と先輩も今同時に同じことを思い出したはずだ。
現在進行形でカームへリオという国で流れている“僕と先輩の噂”のことを……。
「なにか忘れているような気がしてますが、特に気にしないようにします」
「うん。そうだね、その方がいい」
だがあえて僕たちはそれを口に出さないようにした。
てか今、何をどうしたとしても噂は全然沈静化することないし、最終的に僕と先輩がダメージを受けるだけだからだ。
治癒同調は、ネアに治癒感知の情報が共有されるところがやばい部分だったりします。
今回の更新は以上となります。