第四十四話
「私、城に入るの初めて」
僕の隣で城を見上げ感嘆の声を上げている狐の獣人、アマコ。彼女を連れて僕は昨日、ローズに言われた通りに早朝の城へ訪れていた。
いつも入る時と同じように守衛さんに挨拶してから城の中に入る。入ると直ぐに二人のメイドさんが、一礼して僕達を城へ迎え入れる。
「ウサト様……と、お連れ様、ですね。ロイド王の元へお連れいたします。」
「ウサトって凄かったんだね」
「意外そうに言わないで、僕も似合わないのは自覚しているから」
様付けに慣れていない僕は、ぎこちない笑みを浮かべる。そのまま見慣れた通路を歩き、すぐさま王様の居る広間へ案内される。メイドさんが扉を開け促された通りに中に入ると、ロイド様とセルジオ、多数の騎士さんとシグルスさんにウェルシーさん。そしてカズキと犬上先輩がいた。
「おお、来たかウサト殿」
「数日ぶりです」
「彼女が件のアマコか?」
ロイド様の優しげな瞳が隣にいるアマコへ向けられる。僅かにビクついた彼女だが、ロイド様を見据え小さく頷く。
「……そうか……さて、全員揃ったようなので今日、皆を集めたその理由について話したいと思う。ウサト殿、お主達もカズキ殿の居る場所で聞いて欲しい」
「はい、ほら行くよアマコ」
「う、うん」
緊張していたのか、軽く肩を叩くとピーンと尻尾を張らせこちらを見て返事をする。やっぱり一国の王に会うのは緊張するものなのだろうか、僕としては何度も会っているからあんまり緊張しなくなっちゃったんだけどなぁ。
アマコと共に犬上先輩とカズキの居る広間の端の方へ移動する。
「やあ、ウサトくん」
「よ、ウサト」
「久しぶり、二人とも元気そうでなによりだよ」
何だろうか、二人ともこの十日間で少しばかり変わった気がする。些細に思えるものだが二人も訓練でもしていたのだろうか……やっぱり、旅に出るかもしれないと聞いたからかな?
「皆に集まって貰った事……それは他国への協力を要請する書状をもう一度送ろうという事についてだ。これは私を含めた大臣、並びに軍団長と共に出した結論だが……二度目の魔王軍との戦いは、一度目の戦いと比べ苦しいものになった。私達の助けとなってくれた勇者達も死の危険に晒され、救命団の存在がなければ、死傷者は数え切れないほどになっていただろう」
表情を鎮め、一旦そこで言葉を切ったロイド様が広間を見渡す。僕も軽く見渡してみるが、誰も王様の言葉に反対するような表情を浮かべていない……むしろ覚悟を決めた様に引き締めている。
―――本当に慕われているんだなぁ、裏表もない真っ直ぐなロイド様だからこそ、沢山の人が付いてくる。そして一つの国を形作り、主であるロイド様の性格を体現したような国となった。
「私達も行動を起こそう。目先の脅威に怯える事はさんざんしてきた、例え拒絶されようとも、魔王という脅威に晒された私達はその脅威を伝え団結しなければならない。書状を送るのは十五日後、大陸に存在する大多数の国に送る予定だ」
大陸の大多数か、そうなると一つの書状を出すのに大勢の人は動かせないな。
しかも一度目は協力を断られた、となると只書状を送るだけでは効果はないと見ても良い。だとすると―――
「イヌカミ殿、カズキ殿―――」
特別な位置にいる者即ち勇者。
「そしてウサト殿」
「そうこの僕が……って、あれ」
うんうん、と頷いていると名前を呼ばれ、呆けてしまう。
犬上先輩や一樹、そしてシグルスさんも当然とばかりに何故か頷いている所からどうやら誰も反対する者はいない。いや、書状を送るのは分かっていたけど、僕の場合はそれほど影響力の少ない国に送られるとばかりに……。
僕と同じように呆けていたアマコが「ウサト……凄かったんだ……」と呟いているのを聞き流しながら、王様に一言物申そうとするが―――。
「すまない、お主達には苦労ばかりさせてしまって」
「いえ、俺達もこの国の人達が大事ですから、喜んでその任、受けさせてもらいます」
「ふふふ、色々な国に行けるのか……大変だけど、楽しそうだ。ウサト君もそう思うだろ?」
「………はい、そうですね」
行くことには異論はないが、重要な役目を任された事に、周りにばれないように小さなため息を吐く。
そんな僕の気持ちを知らずか、嬉しそうに口元を綻ばせたロイド様が、僕とアマコに視線を向ける。
「ウサト殿もすまない。しかし、お主が書状を送る場所は幾分か特殊でな」
「特殊……?」
「それは後に説明するが、取り敢えず……これで皆に伝えるべきことは伝えた。これでこの会合は終わりにするが……勇者たちとウサト殿にアマコ、そしてウェルシーとシグルスは此処に残ってくれ」
其処でロイド様は話を切り上げ、この会合を終わりにした。
列となって出ていくが、僕とアマコ、そして犬上先輩とカズキ、シグルスさんとウェルシーさんは出て行かずその場に残り、ロイド様に視線を向けていた。……ん?三人ほど見慣れない人たちがいるけど……誰なのだろうか。
首を傾げながら、その三人組を見ていると、その一人と目が合いウィンクされる。やけにフレンドリーさを感じられる人だなぁ、という感想を抱きつつ王様の言葉を待つ。
●
「まずは、アマコよ。国を破滅の未来から救ってくれたこと、感謝する」
「え!?」
あれほど居た人が居なくなった頃に、ロイド様が突然アマコに頭を下げ感謝の言葉を放った。ロイド様の突然の行動に、セルジオさまもウェルシーさんも大慌て、でも一番慌てていたのは他ならぬアマコである。
「皆の前では公には言う事は無理だったが、恩返しとはいかなくとも精一杯助けになりたいと思っている」
「……じゃあ」
「ウサト殿が最後に書状を送ってもらう場所は、水の国、ミアラーク」
「!……そこって―――」
「この大陸を横断する大河の中心に位置する水上の都市、その対岸の遙か先に位置するのが―――獣人の国」
成程、だからこそロイド様は僕をそのミアラークと言う国に書状を送らせるという名目で、獣人の国へ行けるように便宜を図ったのか……。
「しかし、道のりは険しい……ウサト殿には申し訳がないが……」
「僕からの頼みでもありますので、喜んで引き受けさせていただきます」
「……ありがとう」
むしろ礼を言わなくてはいけないのはこちらの方だ。きっとロイド様にはこの無理な願いを叶えさせてくれる為に結構な苦労をさせてしまった、感謝してもしきれない。
……それにしても水上に位置する国か……川の上にあるってことはそんなに大きくない国なのかな?それとも湖みたいに凄い大きな川でその中心に位置しているって事なのか……。
「では、書状を送る国についてだが……アルフィ、お前はウサト殿に」
「はいっ、仰せつかりました!ウサト様と……アマコ様でしたね。こちらへー」
学者然とした服を着た亜麻色の髪を三つ編みに結った女性が、広間の外へ僕達を促す。
この人、初めて会う人だな。城には何度も来てるけど会った事ないって事は、外の人なのか。それとも偶然顔を合わせる事の無かった人なのか……。
ロイド様と犬上先輩達に一礼して、城の通路に出ると、前を上機嫌に歩く女性は弾むような声で僕とアマコに振り返った。
「会うのは初めてですね。私はアルフィ、この国でお抱えの学者をさせてもらっています。まー、学者といっても研究している事は結構幅が広いんですけど、簡単に言うとこの国の発展につながる文献をまとめ一つの事案としてロイド様に提案したり、有事の為に知識を蓄えている……つまり基本的に暇な感じの人と思ってくれて構いませんよ!今回はウサト様が書状を渡す国についての地理を一通り教えたいと思います。あ、でもそんなには難しくはないですよ。道はちゃんと作られているのでモンスターや盗賊に気を付けていれば大体数か月程度で全て渡し終えると思います。」
「ウサト、この人話長い」
矢継ぎ早で全ての用件を話し終えたアルフィさんは、アマコの言葉に対してもニコニコと笑いながら前方を歩いている。やけにキャラが強いなこの人。でも、用件とか諸々は理解できた。要するにこの人が僕に書状を渡す国とか地理とかについて色々教えてくれんだね。
前を歩くアルフィさんは、僕がまだ行った事の無いような城の端の方へ歩いていく。城の窓が少ない場所に出てきた頃に、大きな木製の扉の前で立ち止まった彼女が笑顔でこちらへ振り向き、手で木製の扉を指し示した。
「ここでーす。一応、私に与えられた私室なのですが、他の部屋は恐らく同僚が使っていると思うので遠慮せずに入ってくださーい」
「はぁ……」
案内されるがままに部屋に入ると、恐ろしい程の量の紙と本が天井に届く寸前にまで積み上げられている凄まじい部屋の光景が広がっていた。
僕達に道を作る為か、床に散らばっている紙と本を手で払いながら、椅子とテーブルを用意してくれる。
困惑しながらも僕とアマコは椅子に座ると、本棚のようなものをガサゴソと漁っていたアルフィさんが、ひとしきり大きな書物から一枚の大きな紙を取り出し埃を払っていた。
「さーてと、地図地図地図……っとこれだ。うん、じゃあ説明させて貰います」
雑に机へ広げられた地図?を指さしアルフィさんは地図を説明し始める。
「今、私達が住んでいるこのリングル王国は、魔王領から最も近いこの場所です」
大きな緑色の場所、恐らく魔王軍と戦った平原地帯であろう所から離れた印を指さしそう言う。周りには森や小さな村と思われる場所がちらほらと見られるが確かに近くには大きな国は無い。
「そして魔王が支配する場所は、平原地帯を通る大きな川の向こう側にあって、やつらは川を越えてやってきました……」
「成程」
「初めに言っておきますが、ウサト様と勇者様たちが向かう場所は最初だけ同じことになっています」
「同じ?」
それぞれが書状を渡しに行くなら別々に行った方がいいのではないか?
「疑問に思うのは分かります。しかしリングル王国からだと、道中険しい道を通る必要があるので、安全を重視させる方向で、やや遠回りしても安全な道から行ってもらいます。よって書状渡しの旅はここ、魔導都市ルクヴィスからって事になっています」
魔導都市、ルクヴィス。確かその国の治癒魔法使いが一人居るという場所だったかな?それにアマコを匿ってくれた獣人さんがいるらしいとか……。
「勿論、ルクヴィスに書状は渡します。あそこも魔法に関しては大陸でも随一を争う人達がいますから。でも、魔法の素質による差別も激しいからウサト様は気を付けてください。……ローズ様に治癒魔法の教えを受けた貴方がうっかり学生をぶっ飛ばしたりしないか心配ですから」
茶目っ気がきいたようにニヘラと笑ったアルフィさんの言葉にアマコがクスリと笑う。
僕は笑えないんですけど。
「冗談きついですね。僕はそこまで化け物じゃないですよ」
「……え?」
今、隣で意外そうな声が聞こえたけど無視無視。僕は断じて人間だ。ローズみたいに人間をピンボールみたいに飛ばせるほど怪力じゃないし、気絶した人間を治して走らせるような鬼畜でもない。
全く、救命団の皆は僕とローズが同じに見えるとかおかしいよ。
「ローズ様を化け物呼ばわりとは、評判通りのお人のようです。さて、ルクヴィスで書状を渡したら貴方は三つの国に訪れ書状を渡さなくてはなりません」
「三つって、獣人の国を加えると四つか……」
「ああ、違います。獣人の国込みの数です。名目としては二つなのですが、ウサト様の場合は幾分特別なので獣人の国も数へ入れさせてもらいます。一つは一応の最終目的地であるミアラーク、此処にある国です」
続いて指差したのは、大きく広がった大河が円形に肥大化している場所、その中心に国らしきマークが置かれている。
―――リングル王国から遠いな。
「此処を統治する女王に書状を渡すのと……後は、ルクヴィスから少し離れた場所にある……ここです。祈りの国、サマリアール」
「サマリアール……っ」
その名を訊いてビクリと震える様に尻尾をピンと晴らすアマコ。この国に何かあるのか?……何だろう。凄く嫌な予感がする。
「ここは……ある意味最も協力をしてくれそうな国なのですが……少し亜人に対しての苦手意識が」
「過剰、という訳ですか」
「そう言う訳です。なので、この国に入る際、アマコ様には細心の注意を払ってもらいたい……入る分には大丈夫かと思われますが、やはり王に謁見する場合は連れて行かない方が良いでしょう……事情を知る私達にとっては誠に申し訳ない話しなのですが、カズキ様とイヌカミ様が向かう国とは別方向の場所にサマリアールが存在するので……」
「いい、謝らないで。助けてくれるだけで私は嬉しいから」
祈りの国か、宗教的なものが強そうだけど……大丈夫かな。僕って無神論者だから、そういうのに影響はされないと思うんだけど、王様がバリッバリの亜人排他主義で加えてアマコの事がバレた暁には大変な事になりかねないぞ。
「でも意外と少なくないですか?僕達が送るのが三つだけなんて」
「あまり時間は掛けられないですからね。他の国々には別の立場にある騎士様方が責任を持って送ってくださるでしょう。そして勇者様やウサト様が直接渡しに行く国々の王は皆、気難しい方ばかりでそう簡単には協力してくれるような性格ではありません。でも、彼等からの協力を得ない限り魔王との戦いなんて無理な話」
「……」
「だからリングル王国はこの国の主力である勇者様方とウサト様を派遣させるという行動を以て、誠意と覚悟を見せているのです」
……凄い責任重大じゃないの僕。
「……僕が出たくらいで誠意を見せられるか分からないんだけど」
「それは、貴方の腕次第です。気付かれていないようですが、この国で貴方を知らないものは居ません。救命団は皆の命の恩人ですからね。他国にも噂程度には伝わっているのではないでしょうか?信じられているかどうかは別ですが……」
「僕は有名になってもちっとも嬉しくないよ……」
ため息を吐きながら肩を落とす。噂が独り歩きしなければいいけど。
まあ、その時はその時か。
「それで、獣人の国についてなのですが……正直言うと私どもは獣人の国についてはあまり知らないのです。ミアラークの船で対岸まで送ってもらう所までしか……」
「其処は大丈夫、ウサトには私から説明しておくから」
「そうですか、それならば安心です。何分閉鎖的な国ですから資料も一昔前のものしか無かったんです」
それはそうだろうな。なにせ人間という存在に苦渋を舐めさせられている一族の一つだ。交流なんてあったもんじゃない。
でも、その獣人の国はかなり遠くにある。その場合、一緒に来る人は何人くらいになるだろうか。正直、僕と連れていく予定のブルリン、そして獣人のアマコにいざとなったら対応できるような人、欲を言えば常識人についてきてほしい。
「旅には何人ほどで行く予定なんですか?」
「できるだけ少数が好ましいので五人ほどですね。でもウサト様はもっと少ない方が好ましいかもしれません。戦場を駆ける程の貴方は人が多いと動きにくいでしょうし」
「いやまあ……そうなんですけども」
見事にいい当てられてしまった。
この人結構僕の考え分かっちゃってるぞ。
「それに……勇者様と同行させるという話も出たのですが、最終的に向かう獣人の国は近年目立ってきた奴隷や差別により、警戒心が増している、という理由から潜在的に高い戦闘力を持つ勇者様方ではアマコさまが居たとしても敵対されているとみなされ即座に攻撃される可能性があるので……結局はウサト様を中心に一人か二人ほどになってしまいました……」
「いえ、僕の場合、ある程度知識と常識がある人がついてきてくれれば大丈夫です。あまりに多くの人で押しかけちゃうと獣人側の対応も過激になりそうだし」
うんうんとアマコが頷いている限り僕の言っている事はあながち間違いではないようだ。そうすると誰が来てくれるだろうか……盗賊にも負けないような強い人がいいんだけど……。
………あ。あの人なら、信頼できるかも。
「あの、一緒に来てくれる人に関して何ですけど……アルク・ガードルさんはどうでしょう?」
「アルク・ガードル……あ、守衛の!成程、彼ですかー。彼なら意外と博識ですし……うーむ、ウサト様は良い眼をお持ちです」
赤髪のカッコいい守衛さんこと、アルクさんなら、盗賊にも負けないし魔王軍との戦いの時も僕達救命団を守ってくれた信頼できる人だ。それに、あの人凄いし明るい常識人だ。
「この後、確認を取って見ます。彼ならその場で請けてくれるでしょう……えーと、説明は終わって……もうない、って……あああ、忘れてました。獣人の国を行った後の話です」
「行った後の……?そうか、僕達はここに帰らなくちゃいけないんだな」
完全に忘れてた。
そうだ、僕達はここに帰らなくちゃいけないんだ。ずっと獣人の国、獣人の国って考えてたから失念していた。
「帰りは単純、またルクヴィスへ戻り、そこから帰るだけですね。帰りも合わせ書状を送ってもいいのですが、流石にそこまではさせることはできません」
「なんとも味気ない帰りになりそうだね……」
まあ、行きよりは……楽、かな?ちゃんと使命を全うできる目処もたっていない状況で言うのもなんだけどね。
一通りの事を話し終わったのかアルフィさんは、僕とアマコに一礼してからロイド様の居る広間へと報告しに行ってしまった。
とりあえず今日の所は帰ってもいいと言われたので、大人しく帰らせて貰った。
先輩やカズキにも顔を合わせたかったけど、二人も旅の話を聞いて何か思う所もあるだろうから機会はまた別の日にしておこう。幸い出発は約半月後なのでまだまだ時間はある。
「―――という訳です」
「ふぅん」
アマコをサルラさんのお店へ送り届けた後、僕は訓練場でフェルムの訓練を見ているローズにロイド様が言っていた事と僕が旅をする国とかについて伝えておく。
「随分と、面倒臭ぇ国に行くことになっちまったな。ま、お前なら大丈夫だろ」
「そんな楽観的でいいんですか……」
「何だ、不安か?」
二ィと笑みを浮かべこちらを見るローズに、諦めに似た感情と共に思わず溜め息を吐いてしまう。
「初めて此処に来て団長と訓練してるよりかは不安じゃないですよ」
「言うじゃねぇか」
「ちょ、ちょっと、ボクは、無視か……」
カラカラとおかしそうに嗤った団長の下で苦しそうに腕立て伏せしているフェルムを見て、頬を搔く。まだローズが乗っているだけなのに、何でそんな苦しげなんだ。ボクも君くらいの時は岩だったよ岩。
「まあ、頑張りなよ。僕はもっと厳しかったし」
「っ!?……クッ、お前にできたんならボクにもできるに決まってるだろ……ッ」
ジワリと汗をかきながらも必死に腕を動かし腕立て伏せを行う。フェルムの上に乗っているローズは呆れた様に髪をかき上げ脚を組むと……。
「そろそろこいつ連れて『森』へ行くから、その間留守を頼むぞ」
「……早くないですか?」
「コイツは直ぐに楽をしようとしやがる。一度そうできないような場所に叩き込むしかねぇ」
この鬼は強制的に怠け癖を矯正するつもりか。
「……いやぁ時期はどうあれ、誰もが通る道なんですね」
「お前の時が特別だ。コイツは少し根性が足りねぇからギリギリまで放置するつもりだけどな」
腕立て伏せに夢中で気づいていないが、明日フェルムは地獄と理不尽を知るだろう。でも僕よりは酷いことにならないと思うので其処は安心なはずだ。……南無。
「か……はっ……」
急なオーバーペースで運動してしまったからか、バタンと崩れ落ちる様に地面へうつ伏せに倒れるフェルム、彼女が崩れ落ちた事で必然的に座っているローズも椅子に座るような体勢から、座椅子に座るような感じになるので―――。
「……チッまたか……これで何回目だぁ?起きろッ、腕立て500回追加だこの無駄飯ぐらいがぁ!」
「ぐふぇ……」
「うわぁ……もう何度も起き上がってるのに無理しちゃったのかこの子……」
立ち上がったローズは、倒れ伏し僅かに肩を震わしている彼女を治癒魔法が纏われた足で踏み罵詈雑言を吐きだし始めた。
次第に泣き声のようなものが聞こえてきたので、僕は無言でローズにお辞儀してその場を後にする。このままだと巻き込まれそうだ。訓練するのは構わないが、多分フェルムは僕をずっと恨み続けるような悲しい事が起きかねないだろう。
「……うん、頑張れ」
僕のこの声は彼女には聞こえる事は……多分ない。




