第三百九十八話
更新が遅れてしまい本当に申し訳ありません。
お待たせいたしました。
第三百九十八話です。
今後の進路を見定めるためにルクヴィスの授業の一環で行われる他国への留学。
王国ごとに騎士団、研究職など様々な選択肢が学生たちに与えられる中、あたしがリングル王国へ向かおうと思った切っ掛けはアマコとウサトの存在が大きかった。
恐らく……いや確実にこれまでと今後の人生において最も衝撃的な人間であるウサトとの出会いと、リングル王国の人々に受け入れられて生活しているというアマコの言葉を聞き、リングル王国を選んだわけだがまさかハルファもいたとは思わなかった。
しょうがない話だけれど獣人であるあたしに与えられた選択肢は少ない。
もしリングル王国で駄目だったら故郷の隠れ里に帰ってルクヴィスで学んだ知識を生かそうと決めていた。
だけれど、希望が通っていざリングル王国に留学してみればアマコに聞いた通り……いや話以上にここはいいところだった。
獣人であるあたしに偏見の目を向けてこないし、なにより少し前まで戦争していたと思えないくらいに街の雰囲気が穏やかなものだったからだ。
「これから街の見回りに向かいますので皆さん離れて行動しないように私たちについてきてくださいね」
「「「はい!!」」」
留学生であるあたし達の担当をしてくださっているリングル王国の騎士、アルクさんの声に全員で返事をし、城外近くの宿舎から街の方へと向かっていく。
「しかし、話に聞いていた以上でしたね」
「なにが?」
独り言のつもりだったのだろうか。
小さく呟いたハルファにそう尋ねると、彼は苦笑しながらこちらを見る。
「リングル王国の騎士の練度、というべきでしょうか。甘くみていたつもりはなかったのですが……穏やかな国風と裏腹に想像以上に苛烈なもので驚きました」
「あぁ、確かに……」
表面上は穏やかな雰囲気で騙されそうになるがリングル王国の騎士団はすごかった。
よく考えれば何年も魔王軍との戦争の最前線を戦ってきた選りすぐりの人材が集まった騎士団なのだ。
「生還者が多いというのも練度の高さの理由の一つなんですよ」
「! 申し訳ありません」
「も、申し訳ありませんっ」
先頭を歩くアルクさんの声に、ハルファと私が謝ると彼は軽く手を横に振る。
「いえいえ、大丈夫です。城内では注意しますが今は肩の力を抜いても大丈夫です」
「は、はい……」
「リングル王国は度重なる戦いを魔王軍と繰り広げてきましたが、救命団の活躍により犠牲者を最小限に留めてきました。なので我々騎士にとっても救命団の皆様は恩人なのです」
「なるほど……」
生きて帰る人が多いということは、それだけ戦いの経験を積んでいるといってもいいのか。
「救命団ですか。アルク殿、質問よろしいでしょうか?」
「構いませんよ」
「救命団の見学は予定に入っているでしょうか?」
あっ、あたしもそれはちょっと気になってた。
ハルファだけではなく他の面々も興味があったようでどこか期待するような視線をアルクさんへと向けている。
「「「……」」」
ハルファの質問に先頭を歩いていたアルクさんと共に行動していた騎士のみんなが一斉に無言になる。
その無言になにかまずいことでも言ってしまったのかと冷や汗をかくハルファだが、すぐにアルクさん達が先頭に集まり小さな声で相談を始めた。
「おい、アルク、どうすんだよ……!!」
「救命団の訓練を若い子に見せて大丈夫かしら……!?」
「……見せよう」
「「!!?」」
「そもそも、街中で彼らの姿を見ることになるだろうからな。騎士団所属なら……誰もが通る道だ」
……獣人の聴力で聞こえてしまった。
え、騎士団が見せるのをためらうほどのことをやっているの……?
「分かりました。では見回りの後に救命団に行ってみましょう」
にこやかに笑ってそういうアルクさんに喜ぶ私以外の面々。
え、なんか見るのが怖くなってきたんだけど。
まさかウサトがナックにしていた訓練以上のことが救命団で起こっているの?
●
「ここが大通りです。人の通りが盛んな場所なのでぶつからないように気を付けてください」
まず最初に来たのが街の大通り。
リングル王国の象徴である城まで一直線で行ける道で、たくさんの人々がいる場所だ。
ルクヴィスからの留学生である私達に街の人々は物珍しそうな視線を向けているが、そこに嫌悪感とかはなく、単純に見慣れない集団を珍しがっているように見えた。
「ここはルクヴィスと同じ感じなんだなぁ」
「確かに。さすがにこちらの方がにぎわっていますけれどね」
まあ、ルクヴィスは学生が多い場所だからね。
だけれどこういう人がにぎわっている場所を見るだけでもいい場所だってすぐに分かる。
『あ、そろそろ来る頃かな?』
『もうそんな時間かぁ』
『一応道を空けとけー』
「え、な、なに?」
慣れた様子で唐突に道をどきはじめるリングル王国の人々に戸惑う。
困惑するあたし達にアルクさんは道の先をみて笑みを浮かべる。
「お、丁度いいですね。皆さん、端の方によりましょうか」
「い、いったいなにが来るんですか?」
あたしの言葉にアルクさんがにっこりと微笑み、道の先を軽く指さす。
そちらを見ると、綺麗に空いた道の真ん中を———猛烈な勢いで走ってくる集団の姿が見える。
「ウサト同情するぜぇ!! このあと姉御と殴り合いだってなぁ!!」
「うるせぇ僕からお願いしたんだよ!!」
「え、まじか正気か? とうとう脳みそまで筋肉に浸食されたのかよ!?」
「いくとこまでいっちまったなぁ!!」
「自分からとかマジドン引きだわ!!」
「素面で姉御に手合わせ申し込むとかやべぇだろ」
「まず先にお前らを殴り倒してやろうかァ!!」
やってきたのはウサト?……ウサトが魔物みたいな恐ろしい形相の男たちと一緒に走ってくる光景であった。
いつかのルクヴィスの時のようにウサトの背にはブルリンがのせられており、とんでもない勢いと速さで目の前を通り過ぎて行ってしまう。
なんかルクヴィスでナックがブルリンを背負ったウサトに追いかけられる光景が思い浮かんだが、今のはそれ以上の衝撃だった。
「これがリングル王国名物の一つですね」
「どんな名物なんですか!?」
ルクヴィスの時以上にやばくなかった!?
パッと見、魔物が街中を爆走しているようにしか見えなかったんだけど!?
あまりの光景にハルファも硬直してしまっているじゃないか!!
「あ、次がきましたね」
「次があるの!?」
バッと後ろを見ればウサトと少し間を空けて別の集団がやってくる。
今度は男ではなく女性が5人ほどやってくるようだ。
「キーラ、辛くなったらスズネお姉さんとカンナギお姉さんにいうんだぞー」
「お、お姉さん……?」
「スズネうるさいわよ」
「なんでお前はそんなに元気なんだよ……」
「だ、大丈夫です! 走れます!!」
……いや、メンツがおかしくない?
見た目、人間が二人しかいなくて魔族二人と獣人が一人なんだけど。
「むむむ!!」
こちらへ走ってきたスズネが私に気づき満面の笑顔になる。
「やっほキリハ、また後でねー!!」
立ち止まるかと思ったが止まらずそのまま先へ行ってしまった。
通り過ぎる瞬間、先頭を走っていた獣人の女性が横目であたしを見たけれど……ものすごくアマコにそっくりだった。
いったいあの人は誰なんだろう?
なんとなく本や像で見たカンナギ様に似ていたような気がするけど……。
「まさか、アマコのお母さん……?」
……その可能性はありえる。
元気になったって聞いたし、見た目アマコが成長した姿っぽかったし。
「では皆さん、先に進みましょうか」
「「「はいっ!!」」」
アルクさんの声に頷き、あたしたちはウサト達が走っていった先へ進んでいく。
まだまだ見回りの方は見るところがありそうだ。
●
時間をかけて街を一周し見回りを行ったあたしたちは、アルクさんが最初に言ってくれたように救命団の見学へ向かっていた。
「見回りをしている間に見学の許可をいただきにいかせましたが、快く受けてくださったそうです。ですが、くれぐれも救命団の皆さんの迷惑にならないようにお願いします」
もう見慣れた後ろ姿のまま先頭を歩くアルクさんは不意に立ち止まり、こちらへ振り返る。
その表情はどこか真剣なものだった。
「ルクヴィスでウサト殿が行っていた以上のことが日常的に行われている場所なので決して……決っっしてパニックにならないように」
「「「……」」」
なんだろう、ものすごく不安になったんだけれど。
アルクさんの言葉が冗談でも誇張したものではないことが分かるので全員が沈黙しながら救命団へと続く道を進んでいく。
街にいたときと比べるとかなり静かな雰囲気だけれど……。
「ん?」
「どうしました?」
「いや、なんか言い争いみたいな声が……」
道を進んでいくと声が聞こえてくる。
林に包まれた景色が開け、救命団の宿舎と思われる建物とその前で訓練のようなことをしている二人の子供の姿を見つける。
「あれは、ナックじゃないか」
「久しぶりですねー」
救命団に入るべくルクヴィスを出た治癒魔法使いの少年。
ルクヴィスを出る際笑顔で送り出したナックの姿に懐かしい気分になり———、
「キーラァ!! なんで毎回お前は俺を巻き込むんだァ畜生!!」
———かけたが、ナックから飛び出してきた怨怒の声にすんってなる。
腕立て伏せをしている彼の近くで腹筋をしていた魔族の女の子はにこやかな笑みを向ける。
「え、ナック君いつも訓練したそうな顔をしているから……」
「許すまじ……許すまじ……!!」
「そういうナック君こそ動けない私をスズネさんに引き渡そうとしましたよね? 許さないのはこっちのセリフなんですが???」
「その仕返しがこれかァァァ!!!」
魔族の女の子は知らないけれど、ナック……あんた少し見ないうちに随分とまあ……。
「……ナック君も成長? ……成長しましたね?」
「ナック、変わっちまったね……」
本当にウサトみたいなことになってるじゃん……。
汚い罵りあいをしても腕立て伏せをやめないナックと、腹筋をやめない魔族の女の子という珍妙な組み合わせに私たちも唖然とするしかない。
「うん? キリハさん!? ハルファさん!?」
どうやらあたしたちに気づいたようだ。
大人数に驚きながらも立ち上がったナックはこちらに駆け寄ってくる。
「お久しぶりです! ウサトさんから来ているとは聞いていましたがまさかここに来てくれているなんて……あ、すみませんアルクさん! お仕事中ですよね!!」
「いえいえ、今回は彼らに救命団の様子を見学させていたので問題ないですよ」
あたしたちがここにいる理由はウサトから聞いているようだ。
見学のことはナックも初耳だったようで驚いた様子だったがすぐに嬉し気な表情を見せる。
「久しぶりにお二人に会えて嬉しいです」
「あたしもだよ。少し見ないうちに背伸びた?」
ナックの頭の位置に手を上げてみるけど……うん、少しだけ背が伸びている感じはするね。
「見違えましたよ。身のこなしもそうですが魔力の流れも以前と比べて別人のようです」
「え、そうですか?」
見た目は少し身体の線が太くなったようには見えるけど、背以外それほど変わった様子はない。
だけれど目の良いハルファがそういうのなら彼には明確な成長が分かるのだろう。
……まあ、さっきの豹変具合を見れば別の方向で成長しているってことはしっかりと理解出来ちゃったけど。
「救命団でうまくやれているようで安心したよ」
「はい。毎日しごかれて地獄のような目にあっていますけどうまくやれてます!!」
「それは果たしてうまくやれているのでしょうか……?」
笑顔でそう言うナックにさすがのハルファも困惑を隠せないようだ。
……なんだかここに来てからあたしとハルファばかり知人にあってばかりだな。
さすがに一緒に来ている学生たちにも申し訳なくなってくるから、話すのは後にしようか。
「ナック、また後で———」
———話す時間を作ろう、と口にしようとしたその時、私たちが来た道とは別方向から“ドゴォ!!!”というなにかが激突したような音が響いてきた。
その轟音にざわつく私達だが、ナックともう一人の少女は同時に音の響いた方向へ振り返り顔を見合わせる。
「え、これもう始まった?」
「そのようですね……!!」
なにが始まったんだ?
そうしている間にまた“ゴォ!!”やら“バゴォ!!”という轟音が聞こえてくる。
アルクさんを見れば彼は、なにやら察したような顔で頭を抱えている。
「私のノルマは終わったのでお先に!!」
「ハァァ!? 魔法で飛んでいくのはずるいだろ!!」
足元から黒い影のようなものをマントのように纏った魔族の女の子は、あろうことかそのまま宙を浮いて音のする方へ飛んで行ってしまう。
見たこともない魔法を使う少女に驚きながらナックを見ると———彼はどういうわけか、その場で鬼気迫った表情で腕立て伏せをしていた。
「……なにやってんの?」
「ノルマが終わらなきゃ見にいけないんです……!! 畜生、あの小娘ぇ!! これ幸いとばかりに黙々とやりやがってぇ……!!」
「ナック、顔がすごいことになってるよ……」
もう本当に染まっちゃったんだなぁと思っていると、すぐに腕立て伏せを終えたナックにアルクさんが声をかけている。
「ナック君、あちらでどのような訓練が行われているか聞いてもいいでしょうか?」
「えーっと、ウサトさんとローズさんが手合わせをしているんです。滅多に見れるものじゃないんで、見に行った方がいいかもしれないですよ……!」
ローズって……ウサトの師匠の?
同じ治癒魔法使い同士の手合わせでこんな轟音を鳴らしているの……?
「……今のうちに慣れさせた方がいいかもしれないな。……ナック君、ウサト殿とローズ殿が訓練をしている場所まで案内をお願いしてもいいですか?」
「構いませんよ! それじゃあ早く行きましょう!!」
アルクさんの不穏な呟きがまたばっちりと耳にしてしまった。
今のうちに慣れさせるって言われるくらいのやばいことが日常的に行われているとか、救命団って本当にやばい組織なんだ……。
「結構近くですよ」
ナックの案内の元、やや小走りで宿舎から離れた開けた場所———訓練場と思われる空間に到着する。
そこですぐに衝撃的な光景が私たちの視界に映りこんだ。
『オラァッ!!』
『ぬぐぅ!?』
バゴォ!! というえげつない音を響かせて胴体を蹴り飛ばされるウサトが、そのあまりある威力で訓練場の端から端を弧を描くように吹き飛ばされる光景。
それだけで一大事なのに、そのあとに回転しながら地面へ叩きつけられ、どういうわけかそのまま異様に地面をバウンドしながら減速せずに訓練場外の林の一本に激突———木々をへし折りながら見えない位置にまで破壊音と共に消えていった。
「「「……」」」
え、死んだ? 死ぬよね、今の?
もしかして今、あたしは幻を見せられている?
少なくとも訓練場の端から端まで吹っ飛ぶくらいに蹴り飛ばされて地面をバウンドした後に、木に全身を激突しながら視界から消えていくってのを見せられたら自分の正気を疑ってしまう。
『ふっ、これぐらいは防ぐようになったか』
ウサトらしき人物を蹴り飛ばした緑髪の女性。
以前、聞いていた通り本当に肉食獣のような気配を纏ったウサトの師匠は、どこか満足そうな笑みを浮かべ林の先に消えていったウサトを見据えている。
『ね、ねえ、今人が……』
『に、人形だろ? ……むしろそうであってほしい』
『もしかして正気じゃないのは私たちの、ほう?』
私以外の学生たちも私とほぼ同じ心境でちょっと安心した。
この衝撃的な光景にナックはどう思っているのかと隣を確認してみると、彼は安堵に胸を撫でおろしていた。
「よかった間に合ったぁ……」
「手遅れの間違いじゃないのか……?」
「え?」
「え?」
待って、この半年間で常識も書き替えられた?
純粋無垢な目で見上げてくるナックに改めて救命団という環境の恐ろしさを再認識していると、ウサトが消えていった林の方からなにかが砕ける音と共に———半ばから砕かれた樹木がぶっとんできた。
『まだまだァ!』
飛んできたそれをウサトの師匠が拳で軽く弾き飛ばすと同時に、林から全然ぴんぴんとしているウサトがとんでもない形相で飛び出しながら攻撃を仕掛けにいった。
「……ハルファ」
「……なんですか?」
「ここ、すごいな」
「……ええ」
思わず同意してしまうくらいに衝撃的な光景。
これが救命団の日常なことは知ってしまったが、現実として受け入れるにはもう少し時間が必要なのかもしれない。
「ナックも間に合ったか」
と、黄昏かけているところにもう一人救命団員らしき女性がやってくる。
アマコと同じ狐の獣人で、しかもあの子をそのまま大人にしたような綺麗な人だ。
「はい!! キーラのあんちくしょうは抜け駆けしましたけどね!!」
「あ、相変わらずの仲なんだね……。君たちもすごい時に来たね」
こちらを見たアマコ似の女性に声をかけられ思わず委縮してしまう。
……近くで見れば見るほどアマコにそっくり。
ものすごく若いように見えるけど……緊張するけどちょっと聞いてみようかな。
「あの、カノコさん、ですか?」
「……え? 今なんて?」
「アマコのお母さんの」
そう聞いた目の前の彼女は笑みを引きつらせてぷるぷると震え始める。
……もしかしてやらかした?
挙動不審になる彼女に弁明しようとした瞬間、さらなる轟音が訓練場から鳴り響く。
そちらに目を向けると———先ほど以上の勢いで空を舞いながら林の方へ落下していくウサトの姿が映りこんだ。
こっちも大変だけどあっちはもっと大変だぁ!?
完全に染まってしまったキーラと、カンナギに最大ダメージを与えたキリハでした。
次回の更新は明日の18時を予定しております。




