第三百九十七話
四日目、四話目の更新です。
前話を見ていない方はまずはそちらを。
実は日記回を先に書いてしまったせいで四話更新になってしまいました。
キーラ視点です。
訓練一日目
き
訓練二日目
きょ
訓練三日目
せっかくウサトさんから日記をもらったのに全然書けてない。
まさか二日も日記を前にして気絶するように眠ってしまうとは思いもしなかった。
今も正直眠たいけれど、なにか書かなくちゃ精神的にももたないと思ったから書くことにする。
甘く見ていたつもりなんてなかった。
だけれど、私の想像を超えるくらいにローズさんの訓練は大変なものだった。
ウサトさんの訓練が心を追い詰めるものだとすれば、ローズさんは徹底的に限界を超えさせようとするものなんだと思う。
それの怖いところはローズさんは私がどれだけできるかを完全に把握してしまっていることだ。
だから手を抜いても分かるし、余裕があればさらに訓練を追加してくる。
本当に恐ろしい人だけど、あの人がウサトさんの師匠だと納得してしまう。
訓練四日目
今日は朝ものすごく早く起きちゃったので書くことにした。
体調は良いけれど、逆に心が重くて気持ち悪い感じ。
多分、ウサトさんに殴られた人ってこんな感覚なんだろうな……。
朝食前までにちょっと宿舎周りを歩こうとしたらウサトさんがブルリンにご飯をあげるところに出会わせちゃった。
それで、一緒にブルリンにご飯をあげた。
今度から毎朝この時間に起きよう。
夜です。
今日の訓練はあばばばば
訓練五日目
昨日は訓練のことを書こうとしただけで身体が書くことを拒絶してしまった。
とりあえずローズさん滅茶苦茶こわあばばばば
訓練六日目
ウサトさんとカンナギさんが模擬戦をしていた。
二人とも武器も使わない組手だったけれど、すごかった。
ずっとカンナギさんが優勢だったけど、時折ウサトさんがたくさんの技を繰り出して、カンナギさんが驚きの声を上げたりしてた。
私もいつかああいう風に動けるようになるのかな。
訓練七日目
今日はフェルムさん、スズネさんと一緒に街中を走ってきた。
その最中、診療所の前でウサトさんがナック君の頭を撫でている光景が頭から離れない。
ずるい
私も頑張っているのに
褒めてほしいのに
もっと頑張ればウサトさんは私のことを見てくれるのかな
●
「……ふぁ」
訓練八日目の朝。
太陽が少し顔を出した時間に目を覚ました私は、半ば寝ぼけたまま着替えを済ませ宿舎から出る。
すると、私が宿舎から出たタイミングで、もう一つの宿舎の扉から桶を持ったウサトさんが出てくる。
「おはよう、キーラ」
「おはようごじゃいましゅ……」
「無理せずにもうちょっと寝ていてもいいんだよ?」
「平気ですぅ」
まだ完全に目を覚ましていない私と違って、ウサトさんは完全に目を覚ましている。
桶の中に目をやると、その中にはブルリンのご飯である野菜や果物などが入っている。
「ブルリン、朝ご飯だぞ」
「グルァ~」
厩舎の奥からブルリンが眠そうに欠伸をしながらやってきて、ウサトさんの差し出した果物を口にする。
そんなブルリンの頭をウサトさんがなでつけていると、どこからともなくやってきた黒いウサギ———ククルちゃんがウサトさんの肩に飛び乗ってくる。
「きゅっ!」
「君も相変わらず元気だね」
「きゅー!」
ウサトさんに頬ずりをした後、一声ないたククルちゃんはそのまま私の肩に飛び乗ってくる。
最初はこの子があのローズさんのペットということに驚いた。……というより、この可愛らしい姿を見て今でも信じられないくらいだ。
「キーラ、ククルにご飯を」
「はい」
ウサトさんの持っている桶から野菜を一ついただき、肩にいるククルに差し出す。
「ククルちゃん、はいどうぞ」
「きゅ」
器用に前足で野菜を挟んだククルはそのままぽりぽりと食べ始める。
「ククルは君のことを気に入っているみたいだね」
「そう、なんですか?」
「僕と団長には全然やらないけど他の人には結構悪戯とかする子なんだよ。だからここまで大人しいのは君が気に入られているって証拠さ」
……そうなのかな?
肩にいるククルを見ると、可愛らしく首を傾げられてしまう。
それからブルリンとククルにご飯を上げる時間だけが過ぎていく。
「私、まだまだ未熟です」
「ん?」
ふと、弱音を吐いてしまった。
脈絡もなにもない私の呟きにウサトさんがこちらを見る。
「……今は訓練をできてはいますけれど、この先どうなってしまうのかが怖いんです。私は、まだまだ自分が思っていることを抑え込むことが……できない……って」
ラムが攫われた時と同じようにふとした拍子で闇魔法が暴走してしまうかもしれない。
ナック君に対抗心を抱いて失礼な態度をとってしまった時もあるし、私は自分が思っている以上に心が不安定だ。
「それでいいと思うよ」
「……え」
「自分を抑え込む方がずっと悪いと思う」
思わぬ肯定の言葉に顔を上げる。
悪い……って、むしろ逆なんじゃ……。
困惑する私にウサトさんはまっすぐに視線を合わせてくる。
「それこそ闇魔法を抑え込もうとしていた時の君と同じだ」
「……あ」
「君は生きているんだから心が不安定なのは当然だよ。闇魔法使いとかそういうのは関係なしに、君ぐらいの年頃で自分の感情を抑え込むことができないのは普通なことだ」
今の私が、普通……。
「でも私、訓練がちゃんと続けていけるか不安で……」
「少なくとも、僕は君が今日まで頑張っているのをちゃんと見ていたよ」
「本当、ですか?」
そう聞くとウサトさんは頷く。
「初日は早速団長の洗礼を受けて原っぱでナックと揃って気絶してたよね」
「えっ、そうなんですか?」
「そして、二人を運んだのは僕と先輩」
「……えっ、スズネさんが?」
ぜ、全然記憶がない……気絶していたから当然か。
スズネさんに運ばれたという事実がちょっと怖いけど。
「二日目も三日目も君は団長のしごきを乗り越えた。四日目なんて団長に殴り掛かっていたからね。意識がなかったとはいえ、あの人に食って掛かれるのはすごいことだぞ」
「……」
「昨日なんてすごい気迫で走ってて、先輩もフェルムもびっくりしてたな」
「……」
お、思っていた以上にちゃんと見ていてくれたことに恥ずかしいやら嬉しいやらといった気持ちがこみ上げてくる。
今まで考えていたことを振り返って何も言えずに悶絶してしまっていると、ウサトさんが真剣な面持ちで声を発する。
「……なにか僕にできることはあるかな?」
「えっ」
「君がなにかで思いつめているのは分かる。それを解消できるかは分からないけど、僕にできることならいくらでも力を貸すよ」
……いくらでも?
……、……よし。
「じゃあ、頭を撫でてもらってもいいですか?」
私の提案にウサトさんは目を丸くする。
「え、別に構わないけど……嫌じゃないの?」
「嫌がられると思っていたんですか……?」
「いや、だっていきなり馴れ馴れしく撫でるのって変じゃないか? 君くらいの年頃は普通に嫌がると思っていたけど」
……そういうことだったんだ。
本当の本当に私のことを考えてくれていたんだ。
「ナック君にはしてましたよね」
「あの子は構わないって言っていたからね」
やはりナック君は私の宿敵なのでは?
内心の戦慄を顔に出さずに私は笑みを浮かべたままウサトさんを見上げる。
「少なくとも私は嫌じゃないです」
「……そう、か」
私の言葉に納得したのかウサトさんが私の頭に手を置く。
ぎこちなくではあるが、笑みがこみ上げてしまう。
「ありがとうございます!!」
「本当にこれでいいの……?」
「今度から遠慮なく撫でていいですからね!!」
「あ、ああ」
今までの不安が嘘のようになくなり、心が軽くなる。
元気になる私にどこか安心したように笑みを零したウサトさんは、不意に私の隣を見る。
「先輩はどうしてここに?」
「え?」
なぜここでスズネさんが?
と、思い隣を見るとすぐ傍で座り込んでブルリンの顔を覗き込んでいるスズネさんがいた。
「スズネさん!? い、いいいいつからそこに!?」
「君が部屋の扉から出たときからさ」
ぞくぞくぞく! と背筋に寒気が走る。
いや、全然気づけなかったし、部屋を出た直後からずっと後ろをついてきていたのが怖かった。
「キーラのことを気にかけていたのは分かりますけど、言い方が怪しすぎますよ?」
「フッ、事実だからね」
「誇るところじゃないでしょ」
ジト目のウサトさんに見られながらスズネさんが私を見る。
態度こそおちゃらけているが、スズネさんの私を見る目はどこか優し気に思えた。
「実を言うと私、フェルム、ネア、カンナギの全員が君のことを気にかけていたのさ」
「そ、そうなんですか……!?」
そこまで心配させてしまっていたのか。
なんだかものすごく申し訳ない気持ちになってしまう。
「思いつめているように見えたからね。ちょっと心配だったんだ」
「す、すみません……」
「謝る必要なんてないさ。君は私達……いや、私にとって妹みたいな存在だからね」
なんだか少しだけ邪な気配を感じたけど、心配されていたことは本当なのでちゃんとお礼を口にする。
……こんな私でもここでは心配してくれる人がこんなにいてくれるんだ。
改めてそう考えてちょっとこみ上げるものがある。
「さて、と。ウサト君、先ほどキーラの頭を撫でる所業についてだが」
「僕、なにか罪に問われるんですか……?」
「……」
多分、特になにも考えていなかったらしいスズネさんが視線を右と左に揺らした後、唐突に自分の頭を指さす。
「私も撫でてみないか?」
「……え、なぜ?」
「撫でてみないか?」
「いや、圧つよ……わ、分かりました」
言われるがままに、ぽんっ、とスズネさんの頭に手を置いた後すぐに引くウサトさん。
撫でるって感じはあまりしなかったのか、スズネさんが抗議の声を上げる。
「なんか違うよ!! 撫でるじゃなくて置いただけじゃん!! どちらかというとお手じゃんそれ!!」
「普通に恥ずかしいですし……」
「ならばよし!!」
め、滅茶苦茶だ……。
あまりの勢いで私も状況についていけないくらいに困惑してる。
「時にキーラ」
「はい?」
「私も頭なでなですりすりしていい?」
「……駄目です」
「なんでぇ!?」
なでなではいいけど、すりすりは猛烈に嫌な予感がしたので駄目です。
やっぱりスズネさんって変な人だなって思う。
だけれど、この人の明るいところは嫌いじゃない。
●
「お前は森に放り込む必要はねぇな」
訓練場で準備運動をしていた私にローズさんは開口一番にそんな物騒な言葉を口にしていた。
も、森に放り込む……?
「うちじゃある程度の実戦を積ませるために森に放り込んでいるんだが、お前は魔王領の出だろ?」
「は、はい」
「ウサトから聞いた話じゃ魔物への対処にも慣れているってわけだ」
小さいころからグレフと一緒に魔王領の各地を回っていたから普通の人よりも魔物の対処や森での生活には慣れている。
「ウサトさん達は森に放り込まれたんですか……?」
「おう。ウサトだけは延長したけどな」
……なぜ?
多くは語らないつもりなのかそれ以上は話してくれなかったけど、どうしてウサトさんだけ延長されたんだろう。
あの人のことだからローズさんが延長するだけのことをしたのかな?
「では訓練はなにを? 走り込みですか?」
「いや、そろそろ趣向を変えてみようと思ってなァ」
……なんだろう。
ものすごく嫌な予感がする。
漠然とした寒気を感じながらローズさんの言葉を待つ。
「魔法を出せ」
「い、いいんですか?」
「さっさとしろ」
ここに来て初めて魔法使用の許可。
不思議に思いながら私は自分の影から闇魔法で作ったマントを作り出し、肩に装着する。
魔法を装着した私を一瞥して、特に反応を示さずにローズさんは地面から小石を拾い———私に向かって指で弾いてくる。
「え」
ビッ、と風を切るようにまっすぐとんできた小石は、私の闇魔法のマントにより弾き落とされてしまう。
突然のことに私は唖然としながらローズさんを見るが、彼女は観察するようにこちらを見ているだけだ。
「その魔法はお前自身を守る効果も備わっている。合っているか?」
「は、はい」
飛んでくる魔法程度なら勝手に守ってくれるくらいには便利だ。
ローズさんは今度はいしころではなく、手の中に魔力弾を作り出しそれを私に見せてくる。
こ、今度はなんだろうか。
「今からこいつをテメェに投げる。対処してみろ」
「え? ……え?」
ローズさんの言葉を理解した瞬間、魔力弾を持つ彼女の手がブレて———同時に私の身体は後ろに吹き飛ばされる。
魔法の防御も私の認識も超えてお腹に直撃した一撃に変な声を出してしまう。
「ふべっ!?」
「見えねぇ速度じゃねぇはずだぞ。さっさと起きろ」
いやいやいやいやいや!? 痛みもないしなんなら回復しているけど、私も魔法も全く反応できなかったのですが!?
投げるそぶりすらも見えないし、そもそもローズさん直立不動だし!!
ウサトさんのやつよりも速———あば!?
「い、いい、いかれてるんですか貴女はァ!?」
「口答えすんな」
「あぷ!?」
さらに吹き飛ばされる。
ほ、本当に全然見えない……!?
空中で顔を抑えて呻く私に、悪びれもせずにローズさんは口を開く。
「これに反応できるようになればちっとはマシになるはずだろ。現状テメェは魔法の便利さに胡坐をかいているにすぎねぇからな」
「そ、それは……」
それは、事実だ。
むしろ私は自分の魔法は使われるものだと思っていた。
ウサトさんが使えば力も速さだって私以上になるし、私もそれが最適だと考えてる。
だけどローズさんの言う通りだ。
「闇魔法に使われてるんじゃいつまでたっても三流以下。テメェの魔法を自分のものにしてみせろ」
「……はい!」
私自身も、魔法も成長させていかなくちゃならない。
それが私がここにいるためにしなくちゃいけないことだ。
そのためにはこの修羅場を乗り越えなくちゃならない……!!
「わ、わわっ」
「避けんな」
「へぶ!?」
———ものすごく大変だけど。
避けたはずなのになぜか直撃した魔力弾に意識が飛ばされそうになる。
空中でくるくると回転しながら衝撃を逃がしている————と、不意に視界の端に遠目でこちらをうかがっている同い年の少年、ナックの姿を見つける。
『うわぁ……大変そうだなぁ』
他人事のような顔で彼は祈りをささげるように手を合わせている。
訓練帰りか、はたまた見物しにきたのかは分からないが、ここでの流儀はウサトさんとトングさん達のやり取りを見て知っている。
なので私もその流儀を見習うことにした。
「ローズさん! ローズさん!! あっちでナック君も参加したそうな顔してます!!」
「……ほう?」
『エッ?』
突然ローズさんターゲットが自分に移ったことに呆気にとられたナック君。
だがすぐになにが起こったのか理解した瞬間には、彼はローズさんに襟を掴まれこの場に連行されていた。
瞬間移動かな?
「よぉ、ナック。暇そうじゃねぇか」
「あ、いえ、俺はオルガさんから貴女に使いを頼まれてですね……。……はい、参加させていただきます……」
「よし」
凄い、圧だけでナック君が諦めた。
そのまま私のいる方へ放り投げられた彼が恨めし気な顔で見上げてきたので、私は笑顔で出迎える。
「地獄へようこそナック君!!」
「キーラァ!! 貴様ァ!!!」
「先輩なら一緒に地獄を見てもいいでしょ?」
「ふざけるなぁ!!」
「続きいくぞォ!!」
私達へ放たれる不可視の魔力弾。
一発だけではなく嵐のようにやってくるそれらを見て、私とナック君は恐怖の叫びをあげ向かっていくのであった。
救命団に順調に染まっていくキーラと巻き込まれるナックでした。
今回の更新は以上となります。




