第三百九十二話
お待たせしました。
第三百九十二話です。
はじめての外の世界。
魔王領とは違う場所で見る景色は私にとって驚きの連続だった。
活気のある街並みに見たことのない食べ物。
全てが未知だらけの中で私はこれからお世話になる場所、救命団へとやってきた。
救命団は宿舎が二つあって、一つは年季の入った大きな建物で、もう一つは最近建てられたような一回り小さい建物。
小さいほうの建物が私がこれから寝泊まりする場所のようだ。
「お風呂は魔具で湯を温めて入るけど、それは当番制ね。ま、慣れるまでは私たちが助けてあげるわ」
「はいっ」
今はカンナギさんと一緒にネアさんに宿舎の案内をしてもらっている最中。
浴場と呼ばれるところで魔具の使い方とかを教えてもらっているけど、お風呂というものを見るのは初めてだ。
「基本的に朝食と昼食はあっち……ウサト達のところとこっちで別々ね。主に私かスズネが作るから朝寝坊しないように」
「了解した」
「早起きは得意です!」
「なら心配はいらないわね」
元気に返事をする私にネアさんは微笑ましそうに笑う。
「おーい、カンナギの訓練服は見つかったが、キーラのはこの一番小さいやつでいいのか?」
私とネアさんが話していると後ろから畳まれた服を抱えたフェルムさんが顔を出す。
多分、私がここで着る服を持ってきてくれたんだろう。
「それでいいわよ」
「でもこれ明らかにでかいぞ? 大丈夫なのか?」
「フッ、そこは私に任せてほしい」
やや遅れてフェルムさんの後ろからスズネさんが出てくる。
彼女は服ではなく布団を抱えながら、自信ありげに笑みを浮かべる。
「このイヌカミ・スズネにかかれば裁縫の一つや二つお茶の子さいさいさ……!!」
「本当にできんのかよ」
「フッ、自慢ではないが私は基本的になんでもできる」
「本当になんでもできるのが腹立つな……」
スズネさんは勇者だったらしいからなぁ。
知ったときは本当に驚いたし、魔王領で恐ろしい存在として噂されていた勇者がこんな愉快な人だとは想像もしていなかった。
「服は私とスズネがやっておくわ。まずはキーラとカンナギを部屋に案内しましょう」
ネアさんの言葉に頷き、私たちはそのまま宿舎の二階へと上がる。
通路にはいくつもの扉があり、その数だけ部屋がある。
「私とスズネとフェルムで三部屋埋まっているけど、それ以外なら好きな部屋を選んでいいわよ」
「あ、ネアとウサト君が留守にしている間にローズさんが三階に移動したよ」
「え、それ本当?」
ネアさんが上階を見上げて顔を青くさせる。
「ふ、普通に怖いわね……」
「訓練以外の時間はよほど騒がなければローズは怒らないからそんなに気にしなくてもいいぞ」
「……。そういえば、なんだかんだで訓練とそれ以外できっちり分ける人なのよね……。むしろ、騒いで怒られてるのウサト達くらいだし、うん」
でも確かにローズさんは怖いと思った。
怒ったウサトさんみたいな雰囲気があるし、なによりただそこにいるだけで存在感がすごかった。
まるで魔王様を前にしているときのような感覚だった。
「気を取り直して、キーラ、カンナギ、部屋を選んでいいわよ」
「あ、はい。ん~っと……」
多分どこも同じ部屋だから、特に悩むことでもないかな。
なんともなしに目についた、真ん中から二つほど奥の部屋を指さす。
「じゃあ、ここにします」
「私の隣の部屋だね」
……。
「やっぱり、ここにします」
「なんで一つずらしたんだいキーラ? なんで目を合わせてくれないのかな?」
スズネさんからは若干ハンナさんと同じ雰囲気がするので少し距離を置こう。
……なんでスズネさんもウルルさんも私を妹にしたがるんだろう。
「では私がスズネとキーラの間の部屋に入ろう」
「私が隣だと危険みたいな言い方はどうかと思うんだが?」
危険人物ではないけど警戒するべき人ではないかとは思う。
一瞬ショックを受けるスズネさんだがすぐに笑みを浮かべて手をわきわきとし始める。
「だが、カンナギ……!! 私は狐っ子なら君でもいいんだよぉ……!!」
「ひっ、見境なしか君は!! きゃっ、やめぇ———」
スズネさんがカンナギさんにじゃれかかってる……。
あんなに強いカンナギさんを怖がらせているのは素直にすごいと思うけど、やっぱりこの人も変な人だとは思う。
「まずはキーラの部屋を先に荷物をいれちゃいましょっか」
「そーだな」
ネアさんとフェルムさんはスズネさんの行動に慣れた様子で、私が選んだ部屋に布団を運び込んでくれている。
選んだ部屋は私一人で住むには広すぎるくらいにいい部屋だった。
ベッドに服をしまう棚、机に椅子など色々揃っていて、本当に一人で使っていいのか疑問に思ってしまうくらいにはびっくりした。
「荷物とか出していいわよ」
「あ、はい」
まずはマントの中に収納していた私の荷物を出しちゃおう。
既に他の荷物は下ろしているので、マントを解除すると足元から私の鞄が浮き上がってくる。
「……前に見た時と能力が変わってるな」
「はい。空を飛ぶ以外に色々できるようになったんです」
「無茶苦茶だなおい……」
私の魔法を見て呆れた様子のフェルムさん。
でもフェルムさんの魔法も無茶苦茶だと思う。
「キーラはここの訓練に参加するらしいわね」
「はい。元よりそのつもりでしたから」
ベッドに布団をしいてくれたネアさんの声に頷く。
「そうだろうなぁとは思っていたけれど……まあ、貴女ならそんなに心配はいらなそうね」
さっき私が救命団の訓練に参加することは話したけれど、ネアさんは分かっていたようだ。
「お前もまだ子供だしな。訓練方針もそこまでえげつないもんじゃないだろ」
「そ、そうでしょうか……」
「……。いや、今の言葉は忘れろ。どちらにしろここの訓練はえげつないわ」
なんだかフェルムさんが怖いこと言っているんですけど。
ウサトさんの訓練なら近くで見慣れているけれど、まさか同じ感じなのかな……。
「とにかく訓練に関しては明日にならないと分からないわね。多分、貴女を指導するのはローズさんだろうし」
「え、ウサトさんじゃないんですか!?」
「部分的にはウサトが見るでしょうけど、おおまかな訓練内容はローズさんが決めるわよ。貴女の成長を邪魔しないように指導できる経験は、ウサトにはまだないし」
そ、そうか……。
あまり無理に鍛えすぎちゃうとこれから身長とか伸びなくなっちゃうかもしれないんだ……。
そこらへんは全然考えてなかった。
「……頑張ります」
自分で決めたことなんだ。
絶対に途中で投げ出すつもりもないし、なにより私はここに来ることを望んで来た。
「そういえばさ。お前、いつの間に闇魔法に潜れるようになったんだ?」
静かにそう呟いているとフェルムさんがそんな質問をしてきた。
マントの中に潜ることを言っているのかな?
「気づけばできるようになっていたんです」
「……お前の魔法はウサト以外に装着できるようになってるのか?」
「いえ、ウサトさんだけです」
私が答えるとフェルムさんは額をおさえる。
「経緯が経緯だから仕方ないのが厄介なんだよな」
「フェルムさんと同じですねっ」
「お前分かって言ってるだろ……」
何度目か分からないため息をつくフェルムさんを弾む気持ちで見上げる。
これから新しい土地、新しい居場所で私の救命団としての日常が始まっていく。
一つ不安なことがあるとすれば……。
「勢いで宣戦布告みたいなことしちゃいましたけど……大丈夫でしょうか」
ナック……ナック君には初対面で失礼な態度をとってしまった。
正直、色々気持ちが先走りすぎて思い返せば酷い顔合わせになってしまったと思う。自分でもまだまだ感情を抑えられないところがあるのを自覚させられる。
「ん? なんかやったのか?」
「あ、はい。実は……」
私はフェルムさんに同い年の団員として紹介されたナック君との邂逅について話す。
「あいつならそれほど気にしないだろ。むしろ受けて立ってやるってタイプのやつだぞ」
「そ、そうなんですか……?」
「性質が悪いことにウサトに似てきてるのよねぇ。さすがにあの人ほど変な方向にいってないだけマシだけど」
ネアさんの言葉にフェルムさんもうんうんと頷く。
「次に会ったら改めて自己紹介したいと思います」
「ま、それがいいわな。なにかこじれたらボクが助けてやるよ」
「フェルムさん……!」
やっぱり優しい人だ……!
照れくさそうにそっぽを向いてそう言ってくれるフェルムさんを見上げ感動する。
●
ネアたちがキーラを宿舎へ案内している間、僕も自分の荷物を部屋に運んだ後に訓練から戻ってきた強面たちと久しぶりに顔を合わせていた。
アレクは夕食の準備をしているので、いつもの食堂のテーブルには僕とトング、ミル、グルド、ゴムルがついている。
「おう、ウサト。魔王領はどうだったよ」
「思いの外普通に過ごせたよ」
「本当かぁ? ぜってぇなにかやらかしてんぜこいつ」
僕の言葉にグルドが疑ってくる。
どちらかといえばやらかしているので僕はポーカーフェイスのまま話を進める。
「失礼な。僕はリングル王国と変わらない日々を過ごしていたぞ」
「駄目じゃねぇかよ」
「お前がいつも通りでいたら大騒ぎだろ」
「お前、自分を客観視できてねぇのか?」
「リングル王国と魔王領を一緒にすんな」
自分たちが住んでいる国の扱いが酷い気がする。
「魔族の連中はどんな感じだった?」
「……僕たちと変わらなかったよ。協力し合って毎日を生きていた」
僕の返答にトングは腕を組んだまま椅子に背中を預け、上を向く。
「なら、意味があったっつーことだな」
「なにが?」
「お前が魔王領に行った意味」
思いもよらないトングの言葉にちょっと驚く。
任務とか諸々の目的はあったけれど、魔王領とそこに住む人々の暮らしをその目で見ることは僕にとっては確かに大きな意味になったと思う。
「お前はただでさえ人生経験が少ねぇクソガキなんだからな」
「先輩も敬わねぇしな」
「クソ生意気なのはずっと変わらねぇし」
「お前が普通だったの最初の二日だけだったぞ」
一瞬でもこいつらを見直したことを後悔したぜ。
僕はお前らにとって後輩なんだぞ。
少しは優しくしてくれてもいいのでは? したらしたで不気味すぎて疑ってかかるけれども。
「ウサト、魔物とか珍しいやつはいたのか?」
「いや、お前らほどすごいやつは……」
「ぶん殴るぞテメェ!!」
怒鳴るグルドに冗談冗談、と宥めながら僕は魔物について考え……ふと、魔物の領域で遭遇した数々の魔物のことを思い出す。
「魔物の領域の探索に入ったときは、見たことのない魔物ばっかりだったな」
「お前、んなところまで行ったのかよ」
遭遇した魔物についてはハンナさんがスケッチをしてくれた上に、簡単な特徴と生態について書いてくれているので改めて僕がまとめて、報告書と一緒に出すつもりだ。
多分、僕たち人間の住む領域では絶対に確認することのできない場所にいる魔物の情報だから……ん?
「……あれ、もしかしてこれってやばい発見?」
「そりゃやべぇだろ」
「今まで魔物の領域に深く入った人間自体いねぇしな」
「ぬぅ……」
やばい、それはちょっと面倒くさい……。
だけど誰かに丸投げするわけにもいかないし、報告書はきっちりと出しておかないと。
ハンナさんもノリノリで魔物のスケッチまで書いてくれたからな……。
「ただいま戻りました!!」
「やあ、みんな」
と、ここで食堂に元気な声と共にナックがやってくる。
その後ろにはオルガさんもおり、柔らかく微笑みながら軽く手を挙げている。
「おう、オルガにナック。こっちに座れよ」
「ありがとう、トング」
トングに促されオルガさんが空いている席に座る。
ナックも僕の隣の空いた席に腰を下ろし、きょろきょろと周りを見回す。
「ウサトさん。彼奴は何処に?」
「きゃつ……? キーラのこと?」
きゃつにいずこって凄い口調になっているな。
「キーラはネアに宿舎に案内されてるところだよ。もう少しで来るんじゃないかな」
「なるほど」
「やっぱり最初がまずかったかな……」
ちょっと不安になってきたのでそう尋ねてみると、ナックは少し驚いた表情の後に笑みを浮かべる。
「いえ、別に嫌ってるわけじゃないです。多分、あっちもそうなんじゃないですか?」
「そ、そう?」
「ただ俺にも譲れない一線というものがあってですね。あの子が救命団に入るというなら、ライバルです」
なんか険悪って感じではないようだ。
競争相手ということなら別にいいのでは?
負けられないって気持ちはモチベーションにもなるし。
「オルガさんもお久しぶりです」
「うん。魔王領での任、大変だったね」
オルガさんも元気そうでよかった。
昼間は忙しそうだったもんなぁ。
「ナック君はよく頑張っていたよ。教えたこともすぐに覚えて、すごく助かった」
「いえ、そんな俺はそんなに大したことは……」
「謙遜しなくてもいいよ。君がいてくれて本当に頼もしかったんだから」
オルガさんに褒められてナックが照れる。
僕も褒めがてら彼の頭に手を置き、一瞬だけ治癒の魔力を流す。
……うんうん。
「魔力回しもしっかりとやっているようだね」
「わ、分かるんですか?」
「なんとなくだけどね」
魔視ってわけじゃないけど、僕の魔力を通してナックの魔力の流れを感じ取ってみた。
オルガさんの近くで治癒魔法を見て、しっかりと学んできてくれたようだ。
「ウサト君の方はウルルは迷惑をかけなかったかな?」
「それどころか助けられてばっかりでしたよ」
訓練の手伝いを率先してやってもらったり、特に疲れて倒れた部下たちのメンタルケアはウルルさんにしかできない重要な仕事だったし、本当に感謝してもしきれない。
「それで、当のウルルさんは……?」
「あの子はもう一つの宿舎の方に顔を見せに行っているよ。……そのうちあそこに住むとか言いそうで怖いけれど、その時はよろしくね……」
「あ、あはは……」
部屋も空いているらしいし割とありえそうだ。
そうなっても支障はないのだろうが。
「しっかしカンナギの姉御が団員かー」
「しかも魔族の子供も来るんだろ? そいつはフェルムと同じ感じなのか?」
「うん、いい子だよ」
強面たちもナックと同じようにキーラにも優しく接するだろう。
なんだかんだで僕以外の後輩には優しいからなこいつら……。
あまりにも適応が早すぎて強面たちに気遣われなくなったウサトでした。
次回の更新は明日の18時を予定しております。




