第三百八十九話
お待たせしてしまい申し訳ありません。
第三百八十九話です。
魔王領に派遣されてから色々なことがあった。
コーガの部下たちを鍛えたり、募集をして新たな部隊の訓練を任された。
魔王の頼み事である魔王の力の断片を回収したりもした。
思い返してみればかなり濃厚な二か月間だったと思うけれど、その終わりも近づいていた。
「……」
魔王のいる館の傍の建物、ローズの部下達の遺体が安置されているその場を訪れた僕は、彼らが納められている棺に触れ目を伏せる。
「貴方達を故郷へ帰します」
そしてアウルさんも悪魔の手から解放する。
決意の意味を込めてそう呟いた僕は棺から手を離し、傍にいるキーラに声をかける。
「……キーラ、頼む」
「はいっ」
キーラの足元から這い上がった影がマントの形へ変わる。
変形が終わることなく床に大きく広がったマントは底なし沼のように六つの棺を吸い込んでしまった。
「収納しました!」
「ありがとう。それじゃあ、皆を待たせない内に戻ろうか」
「はい!」
元気そうな様子のキーラに微笑みながら建物を出る。
「今から出発だけれど、グレフさんとは話をしたのかい?」
「はい。グレフも快く送り出してくれて……ちょっと寂しいけれどたくさんお手紙を出すので大丈夫です」
「そっかぁ」
「大変なのはラムとロゼも行きたいって駄々をこね始めたことですけどね」
「は、はは」
さすがにラムとロゼはまだ幼すぎるので駄目だろう。
でも二人とも先日の件がトラウマになっていないようでよかった。
「君はあくまで救命団の保護下に入るわけだから訓練とかに参加する義務はないからね」
「はい、頑張ります……!」
「う、うん……?」
分かっている?
なんかものすごい気合を感じるけど。
「アルクさんと合流する前にまずは魔王に……って」
キーラと一緒に建物を出て次に魔王のいる館に寄ろうかと思っていたが、入口の前に立っている大柄な人影を見て僕は笑みを零しながら彼の元へ近づく。
「忙しいんじゃないんですか?」
「ああ。お前のために時間を割いているのだ。感謝しろ」
———こっちが顔を出す前に、魔王は既に館の入口の前で僕たちを待ってくれていたようだ。
背も高いし威圧感もあるので腕を組んで立っているだけでもすごい存在感だな。
魔王は僕からキーラに視線を移すと、スッと目を細める。
「お前がキーラか」
「は、はい!」
相手が相手な上に威圧感マシマシの魔王にキーラも少し怯え気味だ。
無理もないと思いながら僕はキーラに話しかける。
「大丈夫だよ。魔王は言うほど怖い人じゃないし、ある程度の無礼も許してくれるから」
「お前は無礼すぎるがな」
「ほらね」
魔王の言葉をスルーし笑いかけるとキーラもぎこちなくだが頷いてくれる。
多分、この人は過度に敬われるより、砕けた話し方の方が好きなんだと思う。
「次の目的地はカームへリオあたりか?」
「お見通しですか」
「勇者信仰に縁がある国に、奴の遺体があるとはな。どうにも面倒な予感がする」
「変にフラグを立てようとするのはやめてください……」
正直、僕も薄々感じているわけだが。
そもそもあの国には僕と先輩に関係するもっと厄介な事件が起こっている可能性すらあるのだ。
いや、魔王が危惧している面倒ごとももしかしてそれかもしれない。
「お前のことなので特に心配はしていないが、あまり人から外れすぎないようにな」
「すみません元から人間なんですけど」
なんてこと言うんだこの人は。
僕のツッコミに愉快気に口の端を歪める魔王が手を軽く翻し、こちらに背を向ける。
「これからお前が何をしでかすのか楽しみにしているぞ、ウサト」
そう最後に言い放ち、魔王は館の中へ戻っていってしまった。
その場に残されため息をついた僕にキーラが見上げてくる。
「魔王様とウサトさんって仲良しなんですね……」
「はは……」
変に気を遣わなくてもいいということを仲良しと呼ぶのならもしかすると僕と魔王は仲良しなのかもしれない。
多分……いや、絶対に僕と魔王も口では絶対に言わないだろうけど。
●
館から離れ、宿舎へと向かった僕とキーラ。
僕以外の面々は宿舎で先に帰還の準備をしているということなので、僕も戻り次第まとめていた荷物を運ぶべく一旦部屋へと戻っていた。
「ウサト殿、こちらの準備ができました」
「はい。アルクさん」
開いている扉から声をかけてくれたアルクさんに頷きながら僕は荷物を持って廊下へと出る。
「センリ様やヘレナさんとは後で合流する感じですか?」
「そうですね。都市の外門あたりで合流する話となっております。その際に魔族の方々も見送りにきてくださるそうですよ」
見送りかぁ。
そういうのって少し照れくさいな。
アルクさんと共に宿舎の外に出ると既にキーラ、ウルルさん、アマコ、ナギさん、ネアが待っており、その後ろではクルミアさんと騎士の皆さんが馬に荷物を積んでいる。
そしてその中には専用の鞍をつけたブルリンもおり、僕に気づくとのっそりと近寄ってくる。
「グァー!」
「おはよう、ブルリン。クルミアさんの言うことを大人しく聞けて偉いぞ」
「グァ!!」
もう一声鳴きながら足を叩いてくるブルリンの頭を撫でながら、その背中にまとめた荷物をのせるとウルルさんが声をかけてくる。
「おはよう、ウサト君!」
「おはようございます」
「ブルリンもおっはよー!」
「グルゥ」
僕の後にさりげなくブルリンを撫でようと手を伸ばすウルルさん……だけど、すらり、とブルリンがその手を避け鼻を鳴らす。
どうやらブルリンの中ではまだ先輩とウルルさんの扱いは変わらないようだ。
虚空を切った手を一瞬呆然と見た後に誤魔化すように頭に手を置いた彼女は声を震わせながら僕へと振り返る。
「ふ、ふふ……う、ウサト君、忘れ物はない?」
「え、えぇと、大丈夫です。そもそも僕の荷物は着替えと本くらいしかありませんからね」
「私の本もあるんだから絶対に忘れないでよっ!」
ウルルさんに返事をしているとネアがそんなことを言ってくる。
言わなくても本はちゃんと鞄の中にいれておいたから心配ないよ。……てか、君の荷物なんだから君が持てばいいだけなのでは?
「ナギさんも大丈夫ですか? これからリングル王国に向かうわけですけど」
「ん? ああ、その辺については心配ないよ」
なんだかんだで今日まで聞けなかったので、改めてナギさんにリングル王国に帰ることについて聞いておく。
流れとしては獣人の国でゆっくりしているところを呼び出してしまったようなものなのでそこらへんは配慮しておかなければ。
「私の姉とその一族が作り上げ、今の時代にまで紡いできたものをこの目で見ることができただけで十分さ。それに、救命団は私のことを受け入れてくれるようだからね」
「ええ、それは保証します」
ナギさんのことは事前に団長に伝えているので大丈夫なはずだ。
それに、この人ほどの身体能力なら普通に救命団の訓練に参加できるだろうし、その辺も含めて一緒に訓練できるのが楽しみでもある。
そんな会話をしていると不意にウルルさんがナギさんに近づく。
「私もびっくりだよー! 新しい団員さんがこんな綺麗な人だなんて!」
「き、綺麗だなんて……そんな……」
「綺麗だよ!! アマコがそのままおっきくなったみたいだもん!! あ、これからカンナギちゃんって呼んでいい!?」
「ちゃん!!?」
満面の笑顔の彼女のコミュ力に若干引き気味になるナギさんだが、照れているのか視線をそらしてしまう。
そういえば、ナギさんって先輩やウルルさんと同い年くらいだったよな。
「ねえ、ウサト。これはウルルが私を小さいと言っているのか、それとも将来有望と言っているのかどっちだと思う?」
僕の隣でアマコが僕を見上げてそんなことを言ってきているが、非常に答えづらいぜ……。
僕としてはアマコもこれから身長が伸びていく頃だと思うんだけど。
『アルクくーん、荷物は全部積み終えたよー』
「ああ。……ウサト殿、こちらの準備が整ったので移動しましょう」
「了解です。キーラ、移動するけどもうマントに入る?」
「はい!」
どぷん、と自らのマントの中にキーラが入り込み、マントが僕の肩に装着される。
これで僕の方も準備ができたな。
これから合流場所の外門の手前まで向かおう。
●
外門の手前には既にニルヴァルナ王国から派遣されたヘレナさん率いる護衛の兵士たちと、王女であるセンリ様がいた。
そして彼女の前には逃さないように両手を握りしめられたコーガが困惑の表情で立っていた。
「コーガ様、貴方様との蜜月はとても楽しく、甘美な思い出ばかりでした」
「お前が勝手にうちに突撃してきた話だよな?」
「毎朝、貴方様の寝顔を見ることが私の日課となりましたが、明日から寂しいものです」
「お前が勝手にうちに住み着いてきたときの話だよな?」
「日々の鍛錬も激しく―――」
「さっきから表現が怪しいんだがぁ!? お前、周りにあらぬ誤解を植え付けて外堀埋めようとしてるな!?」
「外堀は既に埋まっているので今は追い込みです」
「もっと深刻なことになってんじゃねぇか!?」
なにも知らない人が聞くと本当に勘違いされそうな発言をするセンリ様に荒ぶるコーガだが、僕としては本当にこの二か月間で見慣れてしまったやり取りだ。
部下たちとの別れの挨拶は先日済ませたのでこの場にはいないが、ネロさん、アーミラさん、ハンナさん、キーラと……キーラの見送りに来てくれたグレフさん達がいる。
「リングル王国に帰るようだな」
「ええ。二か月間、鍛錬に付き合ってくれてありがとうございました」
「いや、俺もそれなりに楽しかった」
先日、都市の警備隊を任されたネロさんに僕は改めてお礼を口にする。
この人には訓練で本当にお世話になってしまったからな。
「団長になにか言伝とかはありますか?」
「いや、必要ない。俺も奴も別の道を進んでいるからな」
「そうですか……。まあ、伝えたら伝えたでどぎつい返しが来るのは分かり切ってますけどね」
ネロさんも前を向けるようになれたのだろうか。
それはネロさん本人にしか分からないし、僕もわざわざそれを尋ねるほど無粋でもないつもりだ。
だけど……こうして話している感じ、彼にはもう迷いはないような気がする。
「ハンナさんも色々とお世話になりました」
「まったく、本当ですよ。貴方が来てから本当に大変でした」
「ははは」
ふんっ、とそっぽを向きながらそう口にしたハンナさんに苦笑する。
この人にも迷惑もかけちゃったし世話になったりもしたからなぁ。でも、結構打ち解けられたとは思っている。
「……はぁぁ」
「さすがに人の顔を見てため息は失礼すぎでは?」
「いえ、あのですね。先日、アーミラさんと一緒に魔王様から新たな役職を与えられることになるかもしれないという話があってですね……」
「どんな役職なんですか?」
「魔王領とリングル王国の仲介役に近いものということで……今後は私もちょくちょくリングル王国に足を運ぶことになりそうなんです」
なるほど、確かにこれからリングル王国と魔王領の交流は増えていくだろうから、そういう仕事も増えていくのだろう。
その役目を魔王が信頼しているであろうアーミラさんとハンナさんに任せるのもわかる気がする。
「だからまたウサト君の能天気そうな顔を見ることになると思うとため息が出ちゃいますよ」
「じゃあ、その時は救命団を案内しますよ」
「え、嫌なんですけど……」
さっ、と顔を青ざめさせるハンナさんに僕は笑みを変えずに言い放つ。
「安心してください。ほぼ全員が幻影魔法に耐性を持っているので」
「今、安心してくださいって言いましたよね!? どこに安心する要素が!?」
そりゃあ、わざわざ周りを欺く必要もなく自然体で話せるからという意味でだ。
勿論それに僕の個人的な恨みとかは……ない。
「で、最後はお前か」
「好きで最後になったんじゃねーよ」
最後に言葉を交わすことになったコーガは、横目でニコニコ顔のセンリ様を見てため息をつく。
ついさっきまでずっと話していたもんね。
「朝、早く起きろよ」
「おう」
「真面目に仕事しろよ」
「おう」
「誰彼構わず喧嘩するなよ」
「俺の保護者かなんかかオメーは」
主にこれぐらいしか言うことないんだよなぁ。
なんだかんだでこいつとは会いそうな気がするし、別れって感じがしない。
「いや、思いのほか言うことなにもなくて逆に困惑してる」
「本人目の前にしていうことかよ……」
頭を掻き呆れた様子のコーガ。
こいつもこれから部隊を率いていかなきゃならないんだよな。
第二軍団長の時のような適当ではない、しっかりとした上の立場の人間として行動していかなきゃならない。
僕自身、偉そうなことを言える立場でもないのであれこれ言えるわけじゃないけど……。
「まあ、君ならうまくやっていけるでしょ」
「簡単に言ってくれるなぁ、マジで」
なんだかんだでやってくれるだろ。
少なくともこの二か月でコーガは成長しているしな。
「がんばれよ、コーガ」
「はぁ……わーったよ」
苦笑して頷くコーガ。
その言葉を最後に僕はブルリンの背に乗る。
……色々あったけれど、魔王領での二か月間はそれなりに楽しかったな。
「やはり一番の宿敵はウサトさんなんですね……!」
「ねえ、ウサト。センリが睨んできてるけど……」
「あー、気にしなくてもいいよ。……うん」
もしかするとコーガはこの後の方が大変なことになるかもしれない。
なんとなくそう考えながら、僕はリングル王国へと帰還するべく前へと進み始めるのであった。
長かった魔王領編も終わり、次はリングル王国へ帰還することにないました。
久しぶりに生き生きとした先輩が書けそうです。
次回の更新は明日の18時を予定しております。




