第三百八十七話
二日目、二話目の更新です。
第三百八十七話です。
ラム達は無事に保護者たちの元へ送り届けることができた。
遅くまでラムの身を案じていたグレフさんには、涙ながらの感謝をされてしまったし僕としては非常にむず痒い出迎えをしてもらった。
無事に助けることができてよかった。
心からそう思う。
「今回のお前の奮闘を劇にしてもいいか?」
「ブチギレていいですか?」
出合頭にぶっとんだ冗談を放ってくる魔王に、額に青筋を浮かべながらそう返す。
当の魔王は書斎のテーブルに肘をつきながら愉快そうに口元を歪めている。
「冗談はやめてください」
「冗談で済ますには傑作だったぞ」
「……もしかして見ていたんですか?」
「当たり前だろう?」
そう言って魔王は傍らに魔術を浮かべ、カラスのようななにかを召喚する。
これは……最終決戦の時に僕を監視していたやつか。
魔術を見て思い出していると椅子に座っている僕の前にシエルさんが淹れてくださった紅茶が差し出される。
「ウサトさんの姿、すごかったですね」
「は、はぁ」
「暗闇から現れたり消えたりして、まるで幽霊みたいでした……!」
僕、幽霊が大の苦手なんですけど……。
まるで映画の感想のように僕にそう言ってくるシエルさんに笑みを引きつらせながら、紅茶を飲む。
「しかしお前はアレだな。下手に指示せずに泳がせた方がうまく動いてくれるな」
「誉め言葉と受け取っておきます」
でも今回はいい方向に事が運んでくれたからよかったものの、この独断専行で何かしらの問題が起こってもおかしくはなかった。
……そこはちゃんと反省しなくちゃな。
「イノシシのように突撃するお前を遠隔で見ていたが、結果としては愉快なものが見れて満足だ」
「ご期待に添えて何よりですよ……」
肩を落としながらそう言うと魔王はさらに上機嫌になる。
「なにはともあれよく動いてくれた」
「結果的にいい結果になっただけで勝手に動いてしまったことには変わりないです」
「それでもだ。お前が幼い子供を救い出した事実は変わらん。———感謝する」
え……?
魔王の口から出た言葉に僕と魔王の傍に控えていたシエルさんが目を丸くする。
「貴方に感謝される日が来るなんて……」
「魔王様が感謝の言葉を口にしたの、初めて見ました」
「貴様ら失礼すぎではないか?」
僕とシエルさんの反応に眉間を押さえため息をつく魔王。
いや、本当にびっくりした。
でも魔王にとっても今回起こった事件は厄介なことだったんだろうな。
「捕縛した連中についてはあちらに引き渡すことになる」
「尋問に僕が立ち会うとコーガから聞いていますが?」
「ああ、その方が都合がいいからな」
それは分かっているので特に何も言うことはない。
僕としても魔王領への侵入方法と下手人を雇ったやつの情報を知りたい。
「今回、未然に防ぐことはできなかったんですか?」
「それについては私の落ち度だ。言い訳するつもりはない」
「……いえ、こちらこそ責めるような言い方になってすみません」
魔王が大変なことは分かっているので、軽率な発言を謝罪する。
魔術で魔王領の環境を安定させ、且つ都市の復興の中核を担っているのがこの人だ。
「拡張させた都市の輪郭もできたことから、今後は警備に人員を割く予定だ。私自身もようやく一つの作業が一段落つくので、感知型の魔術も発動することができる」
「それなら、今後は安心ってことですね」
今回の事件は本当に間が悪かったんだな。
魔王が警備に力を入れる前に行われたから成功したようなもので、本来は近づくことすらできないんじゃないか?
「警備の総括はネロに任せる予定だ」
「え、えげつない……」
都市に近づくどころじゃない。
でもネロさんが警備を任されるのは頼もしすぎるな。
「ここまでが今回の騒動の話だ」
「まだなにか?」
「ああ。楽にしていいぞ」
と、いうことはここからは個人的な話か。
一度紅茶を飲んで気分を落ち着け、魔王の話に耳を傾ける。
「キーラという娘についてだ」
「はい? キーラがどうしました?」
以前話した時も彼女のことを注目した様子だったけれど、なにかしらの話が……?
不思議に思う僕にテーブルに肘をついた魔王は続けて言葉を発する。
「その少女をリングル王国に預ける」
「……は?」
何段階か段階を飛ばした提案に呆気にとられる。
え、キーラをリングル王国に? 冗談でもなさそうだし……なんで魔王がそんなことを言っているんだ?
「前にも言ったが、あの娘の魔法の希少性は計り知れん。今回の件を含めて改めてそう認識させられた」
「そこまでですか……」
「ああ、娘の有用性を悪魔側も理解している。お前への人質として、駒として攫いにくる可能性も低くはない」
……低くはない、か。
キーラの魔法はそれだけの可能性を秘めている。
「私自らが護ることもできるだろうが、見ての通りこちらは手が足りん状況だ。もしものことがないとは限らん」
「僕もずっとリングル王国にいるわけじゃないんですけど」
リングル王国に戻ったら次に向かうおおよその場所は決めている。
その場合、リングル王国に連れてきたキーラを放置する形になってしまうのであまりいい話ではないはず。
「勘違いするな。お前個人に預けるわけではない」
「え?」
「お前の所属する救命団に預けると言っているんだ」
「……なるほど」
魔王の言葉に僕は納得する。
僕ではなく救命団に、か。
「確かに団長の近くならどんな存在がやってきても返り討ちにできますね」
「お前の師匠はネロと並ぶ傑物だからな」
問題はローズがこの話を受けるかどうかの話だけど……これに関しては大丈夫だろう。
さすがにあの人の性格は分かっているので、面倒くさそうにしながらも受け入れてくれるはず。
「とりあえずキーラに説明します」
「ああ、どうせ了承するだろうがな」
「え……そうでしょうか?」
「むしろ喜んでついていくだろうよ」
最早確信しているようだ。
でもいくら魔王の提案とはいえこればっかりはな。
あくまでキーラには魔王から出された提案として説明しよう。
●
魔王のいる館を出てアルクさん達のいる宿舎へと帰ると、そこには人攫い共を都市に連行し終えたブルリンとネアがいた。
僕を待ってくれていたのかブルリンの背中に座っていたネアはこちらに気づくと手を振ってくれる。
「今戻ったわよ」
「グァー!!」
「おかえり。僕も今魔王に報告を終えたところだよ」
既に人攫いたちは連行し終えたようで後は休むだけのようだ。
「今日は大活躍だったなブルリン。後は休んでもいいぞ」
「グルァ!」
ブルリンがいなかったら子供たちを早く見つけることもできなかったからな。
頭をなでられ目を細めたブルリンは一声鳴いた後に厩舎に入り、ごろんと横になる。
見慣れた姿に微笑ましい気持ちになりつつ、次にネアへ話しかける。
「君はこの後どうする?」
「疲れたしこっちで寝るわ。ハンナはあっちに戻るだろうし事情も説明してくれるでしょう」
もう夜も遅いしそれがいいか。
ネアの言葉に頷き、いつも泊っている宿舎へ入ると居間にはウルルさんがいた。
どうやら彼女も僕たちの帰りを待ってくれていたようだ。
「ウサト君!! 子供たちは大丈夫だった!?」
僕を見るなりにすごい勢いで詰め寄ってきたウルルさんに気おされながら答える。
「はい。すぐに助け出したので怪我もなく無事です。今は保護者の元にいるのでもう大丈夫です」
「そっかぁ……よかったぁぁ」
そう言って息を吐き出し、ウルルさんは脱力するように椅子に座ってしまった。
ずっと子供たちの身を案じていたんだろうなぁ。
「アルクさん達は?」
「あ、言うの忘れてたけれどアルク達は人攫い連中を連行するときに見かけたわよ。多分、そっちの監視とか確認とかじゃないかしら?」
「ネアちゃんの言う通り、ウサト君がここに来るちょっと前に捕まえた人たちのところに行っちゃったんだ」
なるほど、そういうことだったか。
相手が相手だし挑発とかして魔族の人たちを怒らせたりしたら大変だもんな。
そういう時に備えてアルクさん達も向かったってのも分かる。
「ウルルさんは一人で大丈夫でしたか?」
「私は大丈夫だよ。それにすぐにウサト君が戻ってくるだろうから、ここで待ってたんだ」
戻ったら誰もいないのは寂しいからね! と朗らかに笑うウルルさん。
僕のために待っていてくれたのか……。
少し感動しているとぱんっ、と手を叩いたウルルさんが僕とネアを見る。
「あ、ウサト君、ネアちゃん、お腹空いてる!?」
「え、はい」
「お腹めっちゃ空いてるわね」
そういえば昼から何も食べてなかったな。
ふと意識すると猛烈にお腹が空いてきてしまったな。
「私も心配過ぎてなにも食べられなかったから今から作るね!!」
安心して元気になったのか一転してばたばたと台所に駆けていくウルルさんを見送る。
「あの子は本当に元気ねぇ」
「だからここに連れてきたからね」
誰に対しても分け隔てなく接することができるのは彼女の長所の一つだ。
僕自身、彼女のソレに助けられている部分もある。
台所でウルルさんが夕食を作る音を耳にしながら、暫し静かな時間が流れていく。
僕も特になにも考えずに目を瞑り、魔力回しをして暇を潰していると———、
「ねえ、ウサト」
「ん?」
———不意にネアが声をかけてくる。
テーブルに肘をついている彼女を見ると、やや気だるげに言葉を発してくる。
「もうすぐリングル王国に戻るのよね?」
「うん、そうだね」
ここで僕たちがすることはもうほとんど何もない。
魔王の手伝いも終わったし、部隊の訓練も僕なしでできるようになっているからな。
もう少しここにいたい、って気持ちもなくはないけれど決まりは決まり、僕の一存で滞在期間を延ばすことはできない。
「なんだかんだでここの生活も楽しかったなぁ」
「そりゃあ、楽しそうだったわねぇ……いろいろな意味で」
……なんか含みがあるな。
じろり、とネアを見ると彼女はやや慌てながら話題を逸らしてくる。
「次はどこに行くつもりなの?」
「次?」
「魔王領の次よ。リングル王国に一旦帰るのは分かるけど、なにか決まってないの?」
気が早すぎるだろ。
僕としてはリングル王国にいる先輩の様子が気になるし、オルガさんの診療所にいるナックがどれだけの成長をしたのか確認したいのに。
「……すぐに行くわけじゃないよ?」
「でも決まっているのよね?」
分かっていた、とばかりに笑みを浮かべるネアに肩を落とすしかない。
仕方ない、ネアには話しておくか。
「次に向かおうと思っているところはカームへリオ、かな」
「理由は?」
「シアの故郷だからってのが理由の一つ」
以前、魔王の力が封印されていた毒の大地でシアと話した時、彼女の故郷とその家族について聞いたことがある。
もしシアの家族がカームへリオのどこかに住んでいるのなら、シアの無事と、彼女に憑りついているなにかについての情報がないか調べたい。
「あとシアは故郷の近くでヒサゴさんの遺体を見つけたと言っていた。そこから彼女に記憶を植え付けられたとも」
「確かに、それは調べるべきね」
ヒサゴさんの遺体。
仮にあったとすればなにかしらの手がかりはあるはずだ。
「でもさすがにすぐには移動できない。今日、魔王にまた頼まれごとをされちゃったから」
「えぇ、今度はなによ」
「キーラをリングル王国に連れていくこと」
「……はぁ!?」
僕とほぼ同じ反応をするネアに同じことを説明する。
最初は訝し気な様子だったが話を聞くとすぐに納得してくれる。
「私としては文句もなにもないけれど……」
「けど?」
「ナックが大変ね」
「あー、そうだね」
いきなり同年代の仲間が増えてナックも困ってしまうかもしれないんだよな。
ルクヴィスでは周りの環境のせいでそういう友達があまり作れなかったのかもしれないし。
「あとスズネも」
「……。先輩なら大丈夫だ」
「ねえ、ヴィーナとハンナで麻痺しているのかもしれないけど、スズネも相当だからね? むしろ貴方相手に遠慮しない分、一番大変よ」
キーラをリングル王国に連れて行った時の先輩の反応がちょっと怖い。
しかも救命団預かりになるので必然的にキーラも先輩のいる宿舎暮らしになるから……うん……ネアとフェルムに頑張ってもらおう。
「……なんか悪寒がするんだけど気のせいよね? ウサト? どうして目を逸らすの? ウサト?」
「そういえばお腹空いたなぁ」
「こっちを見なさい……!!」
身を乗り出して僕の頭を両手で挟むように掴んだネアが僕を前に向かせようとするが、それに対して僕は首の筋肉に力をいれて抗う。
「ぐぐぐ!! ぜ、全然こっち向けられないんだけど!?」
フェルムもどうしているだろうか。
あの子もなんだかんだで先輩とうまくやっていそうだけど……帰ったら僕に殴りかかってきそうだなぁ。
キーラ、リングル王国行き確定回でした。
シアの故郷については第三百三十六話あたりでウサトに話していました。
今回の更新は以上となります。




