第三百八十六話
本当にお待たせしてしまい申し訳ありません……!
第三百八十七話です。
人攫い共の人数は15人。
その全員を鎮圧し、攫われた子供たちを救出した僕はまずは人攫い共を縛り上げ、その上でネアの拘束の魔術をかけ廃屋の一室に閉じ込めておいた。
「これでよしっと」
「じゃあ、子供たちを外に連れ出しましょうか」
ちゃんと閉じ込めたことを確認した僕とネアは、キーラ達を呼びに向かう。
ラム、カル、ミィの三人の子供たちは大分落ち着いたようで、入ってきた僕の姿を見て安心したような表情を浮かべた。
「さぁ、怖い人たちは皆しまっちゃったから外に出よう」
「貴方の言葉が一番怖いわ」
ネアにツッコミをいれられつつ、キーラのいるマントを纏った僕は子供たちをマントにのせるように持ち上げながら廃屋の外へと出る。
周りは大分暗くなっているので、右手に治癒魔法の光を灯し周囲を照らす。
「ん?」
「「「……」」」
興味津々といった様子で光を放つ魔力弾を見上げる子供たちに苦笑しながら、僕はもう三つ作った魔力弾をあげる。
「ありがとう! ウサトお兄ちゃん!!」
「わぁぁ」
「すげぇー」
元気が戻ってきてくれたようで安心だ。
……さっきの体験がこの子たちのトラウマにならなければいいのだけど。
「キーラはもう大丈夫?」
『……はい』
小声でマントの中にいるキーラに話しかけると、やや気落ちした声が帰ってくる。
『すみません、さっきは我を忘れてしまって』
「子供たちを攫った相手だ。無理もないよ」
先ほど人攫い共を取り押さえる際、少しだけキーラの魔法が暴走してしまった。
その時は僕が制御し人攫い共を鎮圧させることができたが……このことに関しては僕はまったく気にしていない。
「子供たちを助けられたのは君の力もあってのことだ」
『……はいっ』
もし連れ去られたら面倒なことになっていたかもしれないからな。
「フッ、最終手段を使わずにちょっとホッとしているよ」
「因みになにするつもりだったの?」
肩にいるネアの声にもしもの事態を想像して苦笑する。
「ありったけの縁を頼って追い込みにかかること」
「うわぁ、貴方の交友関係えげつないから素直に恐ろしいわ……」
特にルーカス様あたりは恐ろしいことになりそうだぜ……。
さすがに気にいられているのは分かるので苦手というわけではないけど。
そんなことを考えながら人攫い共を閉じ込めた廃屋から出ると、すぐに大きな足音と共にブルリンが飛び込んでくる。
「グルァ!!」
「ごめんごめん、でも生半可な奴相手にお前が暴れると大変だからな」
「フンスッ!」
「ああ、後でたくさんご飯差し入れるからな」
ばしっ、と僕の足を殴りつけてくるブルリンに苦笑すると背のマントの上に乗っていた子供たちが顔を出す。
「わっ、ブルリンだ!」
「兄ちゃんがいつも背負ってる魔物だ……」
「一緒に来たの……?」
子供たちの視線を集めふんすと鼻を鳴らすブルリン。
そんなブルリンの頭を撫でながら子供たちに振り返る。
「ブルリンを褒めてあげてくれ。こいつがいなかったら君たちのことを見つけられなかったからね」
「そうなんだ……じゃあ……ブルリン偉い! すごく偉い!!」
「ありがとな!!」
「グルァ~」
実際、ブルリンのおかげでここを見つけられたわけだしな。
子供たちになでられているブルリンを見て微笑ましい気持ちになっていたが、この場に近づいてくる複数の気配に気づく。
咄嗟に子供たちの前に出るが、すぐに誰が近づいているのか分かり構えを解く。
「お、やっぱもう終わってたか」
「早かったなコーガ」
森から飛び出して僕の前に着地したのはコーガであった。
特に疲れた様子もなく僕の前まで歩み寄ってきた彼は後ろにいる子供たちの姿を見て安堵の表情を浮かべた。
「ガキどもは無事なようだな」
「うん。手遅れになる前に助けることができた」
多分、魔王が向かわせてくれたのだろうな。
やや遅れてエルさん達五人と飛竜に乗ったノノさんがやってくる。
……ん? ノノさんと一緒に飛竜に乗っているのはハンナさんか?
「はい、お疲れ様ショーン……ってハンナさん?」
「むむむむッ!!」
無言で飛竜から降りたハンナさんは僕をジト目で睨みながらつかつかとこちらに近づいてくる。
目の前にまでやってきた彼女は子供たちを一瞥してからすぐに僕へ視線を戻し、腕を振りかぶり———、
「このおバカさん!!」
ぽかっ、とグーで叩いてきた。
なんだと思い首を傾げると涙目で手を押さえながらハンナさんがまた睨んでくる。
「あれほど勝手に動かないようにいったじゃないですか!」
「すみません。早く助けにいかないと間に合わないと思ってしまって……」
「ならせめて私に知らせるべきですよねぇ!? それか私を同行させて子供たちを攫った悪漢共に制裁を下させるべきだと思うのですがぁ!?」
思いっきり私情が漏れているのですが。
あれ? 実は一番怒っているのがこの人だったりしない?
「とりあえず貴方が捕まえた人攫い共には世にも恐ろしい悪魔の幻影を見せてやります……」
「ハンナ、それは無理よ」
「え、どうしてですか?」
特徴的なサイドテールが逆立って見えそうなオーラを発したハンナさんにネアがそんな声をかける。
まあ、気絶しているから幻影魔法をかけるどころじゃ———、
「その世にも恐ろしい悪魔はもう見ちゃった後だから」
そっちの意味での無理かよ。
僕としても多少はお仕置きの意味を兼ねて意図してやったわけだが……。さすがにハンナさんの見せる幻影魔法以上だとは思ってないぞ。
「くっ、私の幻影魔法よりも恐ろしいことをしないでくださいよ!」
「こんな理不尽なことあります?」
しかもなんでハンナさんが見せる幻影魔法より恐ろしいことをしている前提なんだ。
それはおかしくない?
悔しそうな顔をする彼女にちょっと引いていると今度はコーガが話しかけてくる。
「俺らの任務は子供の救出と子供たちを攫った連中の確保だ」
「やっぱり魔王の命令で?」
「おう。魔王様も笑ってたぜ。命令する前からお前が動き出してるんだからよ。あとは魔王様の魔術でお前の魔力を追ってここまできたってわけだ」
コーガが親指で後ろを指すと飛竜のショーンの背中に乗っているノノさんの手に、魔王から渡されたと思われる魔術の文様が浮かんでいるのが見える。
矢印を形作った幾何学的な文様が僕の方を向いているのであれで僕を追跡してくれたのだろう。
「それで、次の手順について話すが……」
コーガの視線が僕の後ろの子供たちへ向けられたことに気づき頷く。
この子たちには聞かせにくい話ってわけか。
「ノノさん」
「ッ!!」
後ろから声をかけたら身構えられたんですけど。
バッと擬音がつきそうな勢いで振り返り、謎の構えを取るノノさんを不思議に思いながら要件を伝える。
「少しこの子たちのことを任せてもいいでしょうか?」
「あ、え……ぜ、全然構いませんよ!」
……本当に大丈夫?
まあ、キーラもしっかりしているし余程のことがない限り大丈夫だろう。
飛竜の傍にいたノノさんに子供たちを任せた僕たちは少し離れたところに移動しながらコーガの話を聞く。
「これからあいつらを都市に連行して拘束するってのは分かるよな?」
「ああ」
当然、ここに置いていくということはありえない。
このことは多分都市でも大きな問題になっているからな。
「で、そこで問題なのが今の魔族は他の国から見て不安定な立場にあるってことだ」
「……もしかして尋問とかもできない感じ?」
「俺らだけではな」
ここまで聞くとコーガが何が言いたいのか察した。
つまりは僕が立ち会えば尋問も可能ってわけか。
そう納得していると一緒に移動していたハンナさんが人差し指を立てる。
「まあ、あくまで建前ですよ。なにせ外部の人間のウサト君が自分の判断で拘束しちゃいましたからね。これは私たちが捕まえるのとは大きく意味が違ってきます」
「なるほど……」
魔族だけの判断で捕まえるとその後の問題が起きる可能性があるけれど、今回は僕が先行して捕まえたから人攫い共を悪人として扱うことができるってわけか。
「だからそのために魔王様は最初にお前を向かわせようとしてたんだぜ」
「当の本人は一直線に助けにいっちゃってましたけどね」
「あ、あはは……」
コーガとハンナさんの言葉に苦笑いする。
勢いで行っちゃったけれど状況によってはまずかったかもしれない……。
「尋問の方は簡単に済みそうよね。なにせこの場には私とハンナとウサトがいるんですもの。チャームで吐かせるか、幻影魔法で吐かせるか、恐怖で吐かせるかのフルコースよ」
ナチュラルに僕が入っているのはどうなんだ。
……でも奴らには魔王領への侵入方法と雇った輩を吐いてもらわなきゃならないからな。
「情報を吐かせて奴らの合流地点で一網打尽にしてやるのが一番確実だな」
「あっちもまさか一人残らず捕まっているだなんて思いもしてないでしょうしねー……」
そこらへんに関しては僕の魔力感知とブルリンの嗅覚で確認しているからな。
一人も逃さずに捕まえてやったので、人攫い共が捕まったことを依頼したであろう輩に知られることはない。
「隊長、こいつら連れてきたんですけど……」
「おお……ん? おいおい……」
連れてこられた人攫い共の気絶した顔を見て、引きつった笑みを浮かべるコーガ。
「なにがどうしたらこんな顔になるんだ?」
「訓練後の俺達より酷い顔してますね、これは……」
恐怖の表情で白目を剥いているけど、正直これぐらい怖がらせなきゃまだ繰り返しそうだしな。
でも……。
「気絶以上のことはしてないつもりなんだけどなぁ」
「具体的には?」
「暗闇に乗じて気絶させたり、魔力で壁にくっつけたりはした」
「別方向の恐怖と化してんじゃねぇか。そりゃこんな顔で気絶するわ」
気絶した人攫いの一人を見ながら、うへぇ、といった顔をするコーガ。
もしかしたら無自覚にホラー映画さながらのクリーチャー的なことをしていたのか僕は……?
「で、こいつらの実力的にはどうだった?」
「ほとんど何もさせずに気絶させたから……ちょっと分からないかな」
「ふーん。まあ、お前の口から普通って出てきても基準になんねぇしな。お前が手加減して制圧できるならその程度ってことだろ」
じゃあなんで聞いたんだよ。
実際、一番強かったのが最初に出てきた腕に鉄製の籠手をつけている人くらいだったけれど、特に苦も無く沈められたな。
人攫い共、十五名。
その全員を廃屋から運び出し、未だに気絶している彼らを改めてちゃんと縛りなおした後、コーガが部下たちに指示を出していく。
「おーっし、んじゃ何人か飛竜に積んで、俺らで担いで運ぶぞ」
「僕も手伝うよ」
人を運ぶのは僕の得意分野だ。
ちょっと張り切って手伝おうとすると、それよりも速くコーガが手を横に振った。
「その必要はねぇよ」
「いや、僕本職といってもいいんだけど」
「こいつらは俺らで運んでやっからお前はさっさとガキどもを親元に帰してこい」
「コーガ……」
思わぬ気遣いに驚く。
最初の頃はいきなり喧嘩ふっかけてくる奴だったけど……なんだか感慨深い気持ちになるなぁ。
「お前……丸くなったなぁ……」
「よーっし、明日の早朝訓練で殴り合おうぜ。ボコボコにしてやるからよ……!!」
「は? 上等だ。返り討ちにしてくれる」
「会話の流れ急すぎて転覆しそうだわ」
「この人たちは本当にもう……」
げんなりとしたネアとハンナさんの呟きに構わずコーガとにらみ合う。
てか、なにげに朝早く起きるつもりなのか……。
センリ様の努力が実を結んでいるなぁ。
「そういうことなら君の厚意に甘えることにする」
「おう。……あ、ガキどもを家に返し次第、魔王様のところに行っとけよ」
「りょーかい」
また魔王を愉快な気分にさせてしまっただろうなぁ。今もおかしそうに笑ってるあの人の笑顔が浮かんでくるよ。
溜息をつきつつ、ハンナさんと一緒にノノさんといるキーラ達へと足を運ぶ。
「キーラ、こっちの話は終わったから帰ろうか」
「はい!」
キーラがマントに入り込み、僕の肩に覆いかぶさるように装着する。
マントを変形させ、人が乗りやすいように大きく広げる。
「よし、乗っても大丈夫だよ」
「では遠慮なく」
ものすごい慣れた様子でハンナさんが最初に乗り込んできたんですけど。
それに続いて子供たちも乗ってくる。
この子たちも廃屋を出る時に一回乗っているので戸惑うことなく乗ってくれた。
「ブルリン、君も乗せられるけどどうする?」
「グルァ!」
ブルリンはぶんぶん、と首を横に振り外に運びだされていく人攫い共を頭で示す。
「コーガ達の手伝いをしてくれるのか?」
「グァ!」
暴れたかったのかな……?
でもそういうことなら、と思いブルリンの頭を撫でながら任せようとすると———肩にいたネアがブルリンの頭へと移動する。
「じゃ、私がブルリンと一緒に帰ってあげるわよ。拘束の魔術が解けたときに対処できるしね」
「グルァ!」
「ネアがついてくれるなら安心かな。うん、それじゃ僕はこの子たちを家に送り届けてくるから、気を付けてね」
「ええ、そっちもね」
一応コーガにブルリンとネアが連行を手伝うことを伝え、僕はマントで夜空へと飛びあがる。
月明かりに照らされた空から見る森の風景に子供たちが喜びの声を上げた。
「すげー」
「こんなに高いところにきたの初めて!」
「私も!」
そりゃあ、空を飛ぶなんて経験そうそうないだろう。
それだけキーラの魔法が特別だってことが分かる。
「落ちると危ないです。さあ、私にしがみついていいんですよ?」
ハンナさんは……いや、言うまい。
「ウサトお兄ちゃん」
「ん?」
一人だけ満足そうにしているハンナさんに苦笑いしていると、ラムが声をかけてくる。
「今まで私が会った人間の人ってみんな優しい人だったけど……わたし達を攫った人達はそうじゃなかった」
「……そうだね。君たちには怖い思いをさせてしまった。本当にごめん」
ラムが会ったことがあるのは都市に派遣された僕とリングル王国の人々のことだろう。
でも今日この子たちに悪意を向けたのは別の人間達。
……魔王領の外にはそんな人たちも一定数はいるはずだ。今回はそんな人たちの悪意を見てしまったわけだから、この子たちがそのことで心に大きな傷を負ってしまってもおかしくはない。
「ウサトお兄ちゃんのせいじゃないよ」
ラムが僕の言葉を否定する。
その明るい声にハッとしていると彼女は続けて言葉を発する。
「人間に怖い人がいるのは知ってる。だってわたし達と同じ魔族でも怖い人がいるから」
『ラム……』
「だからウサトお兄ちゃんは怖くないよ! だってわたし達を助けに来てくれたんだから!」
「そうだよ!」
「全然怖くないぜ! それにすげぇ強かったし!!」
ラムに続くように二人も僕にそう言ってくれる。
怖くない、か。
散々人攫い共を怖がらせた後だから、子供たちのこの言葉はちょっとじーんときたな。
「おかしい……ウサト君が怖がられてない……」
「ハンナさん、一人だけ歩いて都市まで帰りますか?」
「私が一人で帰れると思っている時点で貴方の負けでは?」
あれおかしいな、なんで僕が敗北しているんだろうか。
なんだか僕が都市に来た時より精神的に強くなったハンナさんに困惑しながら僕たちは都市へ向かって空を飛び続けるのであった。
少しだけ魔法が暴走気味だったキーラと、指示を出す前にもう突撃しているウサトにびっくりした魔王様でした。
次回の更新は明日の18時を予定しております。




