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第三百八十五話

お待たせしました。

第三百八十六話です。


最初はラム視点。

中盤は別視点でお送りします。

 わたしたちのお父さんとお母さんはもういない。

 わたしたちを守るために魔物に……たった二人で暗い森の中を歩いてたその時に、グレフおじちゃんに助けられた。

 おじちゃんと一緒にいたのはキーラお姉ちゃん。

 今の明るいお姉ちゃんとは比べ物にならないくらい、暗い顔をしていたお姉ちゃんと一緒に暮らしていつしかわたしたちは家族になった。

 それから、わたし達は魔王領を旅するのをやめて都市に住むことになった。

 家にみんなで住むようになって、友達もできた。

 もう、来ることがないと思っていた幸せがそこにあった。


 だけど、そんな幸せな毎日を壊すような人たちがわたし達に近づいてきたことに……気付けなかった。


“都市の外壁を見よう”


 そう口にしたのはここに住むようになってからいつも遊んでいる子の一人、カルだった。

 別に外壁の外に出るわけじゃなくて見るだけだから大丈夫。

 人も少ないし、たくさん遊んでも怒られない。

 そんな思いもあって、わたしとロゼ、友達のカルとミィは外壁の近くで遊ぶようになった。


 何回か同じ日々が続いて、今日もいつものように遊ぼう。

 そう思い、皆でいつもの遊び場へ向かった時———わたし達は顔を隠した誰かに攫われた。


 目を覚ませばわたし、カル、ミィは小さな鉄の檻にいれられて、そんなわたし達を眺める人間たちがいた。

 ウサトお兄ちゃん以外の人間。

 魔族とは全然違う人たちはお兄ちゃんとは違う、濁ったような瞳でにやにやとした顔つきを浮かべている。


「まさかこんな簡単に魔族のガキを捕まえられるとはな!!」


 わたしの目の前で刺々しい髪型の金髪の人間が汚い笑い声をあげる。

 カルとミィも目を覚ましているけれど、わたしと同じように怯えて声も出せずにいる。

 ……ロゼは、ここにいないってことは捕まっていない……んだよね?


「生きてんのか?」

「確かめるか? オラッ!!」

「「「っ」」」


 強く蹴られ、檻が揺らされる。

 声にならない悲鳴を上げ、三人で身を寄せ合うわたし達に人間の男たちはげらげらとまた笑う。


「危険を冒した甲斐があったな」

「ああ、依頼人も満足するだろうな。まさか魔族のガキが三人もだ」

「あとはここを出るだけだな」


 いらいにん……?

 もしかして、この人たちはわたし達を奴隷にするために攫ってきたの……?

 その考えにたどり着いて、身体が芯から凍り付くような寒気が襲ってくる。


「そこは楽勝だろ。痕跡は残してねぇし、よほど鼻が利くやつじゃなきゃ追ってこれるはずがねぇよ」

「追手は確実にくると思うが、そんときは大丈夫か?」

「心配はねぇ、が。まあ、もし来た時には俺が相手してやるよ」


 男たちの中で一際大きな一人がガチャリと鈍い銀色の鉄で覆われた左腕を掲げた。

 見ただけで分かる大きな身体に、怖い顔に長い髪。

 そんな見た目の男は、嘲るようにわたし達に視線を落とす。


「“炎鉄(えんてつ)”のジェフリ様がいるんだからな。木っ端魔族がやってこようが一捻りだぜ」


 ジェフリと自分で口にした人が近くの机の上にある果物を手に取る。

 なにをするの……? と、思っているとその人は果物を掴んだまま力を入れて、そのまま潰してしまった。

 果肉が飛び散り、果汁が床を汚すことも構わずジェフリは手の上にある果物を意地汚く口へ放り込み得意げに笑った。


「この鋼鉄の腕にかかりゃ魔物も形無しよ!!」

「頼りにしてるぜ!」

「あんたには結構な金を払ったんだからな!!」


 また騒ぎ出す男たち。

 わたし達はただ身を寄せ合うことしかできない。

 怖い……助けはきているのかな。

 このままどこかに連れられたら……。

 奴隷にされたら……。

 悪い想像ばかり頭に浮かんでしまう。


「そういえば依頼人がなんか言ってたよな。魔王領に派遣された奴がいるってよ」

「そいつがどうしたんだよ」

「そいつ、魔王軍との戦争でとんでもねぇ功績を上げた治癒魔法使いだから気をつけろって言ってただろ」


 そう口にした男に一瞬だけ静かになるが、少しするとまた大きな声で全員で笑いだす。


「治癒魔法使いって! んなもんどうせ嘘に決まってんだろ!!」

「どーせ、でっちあげの嘘だろ!」

「治癒魔法のなにを気をつけろっていうんだぁ!? あれか!? 殴りながらぴろぴろぴろ~って治してくれんのか! 意味ねぇだろぎゃははは!!」

「た、確かにそうだよな。やけに忠告してくるから気になってな」


 ……ウサトお兄ちゃんの話?

 すごくバカにされているけど、この人たちはお兄ちゃんのことを知らないのかな。


「そんな治癒魔法使いが出てきても俺の相手じゃねぇ。怖がる価値もねぇ」


 ジェフリという鉄腕の男の声で話は終わったようだ。


「出発までまだ時間があるし酒でも飲もうぜ?」

「お、いいな。作戦成功祝いだ!」


 そこから男たちは扉を開けてどこかへ行ってしまう。

 最後の一人が出ようとすると———先に出ようとしていたもう一人がその人を部屋に押し戻した。


「!? なんだよ……」

「見張りがいるだろうが。あとで交代してやるから、先にやれよ」

「ったく、しょうがねぇな」


 舌打ちしながらしぶしぶと部屋に戻ってきた刺々しい髪型の金髪の男。


「チッ、魔族のガキと一緒の部屋なんて不気味だぜ」


 悪態にびくりと震えながらできるだけ視線を合わせないようにする。

 なんとか逃げたいけれど……こんな鉄の檻から出られるわけがない。

 どうすれば……。


「え」

「ミィ、どうしたの?」


 なにかに気づいたのかミィが窓を見る。

 既に夜なのか外は暗くなっており、檻のある下から見たら外の景色がどうなっているか分からない。

 でも、窓際になにか鳥のようなものがいる。


「ふく、ろう?」


 そう呟き、檻に近づいてよく見ようとすると———フクロウだと思った影は、いつの間にか猫の姿へと変わっていた。

 あれ? フクロウだと思ったんだけど……気のせいだったかな?

 ……あっ、器用に窓を開けようとしてる。


『にゃーん』

「お? なんだこいつ? 猫か?」


 かりかり、と開けて欲しそうに窓をひっかいている黒猫さんに男は無警戒に近づく。


「かわいいなおい……別にばれねぇよな?」


 男はにやにやとしながら窓を開いて猫を招き入れる。


「おい、これ、食うか?」


 そのままつまみとして食べようとしていた干し肉を差し出そうとして———不自然に動きを止めた。

 小刻みに身体を振るわせ、眼を虚ろにした男の人にわたしたちは首を傾げる。

 不思議に思って猫さんを見れば猫さんの赤い目が光っているのが見えた。


「———部屋から出ていきなさい」

「分かった……」


 虚ろな目をした見張りの男はふらついた足取りで部屋から出ていく。

 たしかに人の言葉を喋った黒猫さんは軽くため息をつくと、わたし達が閉じ込められている檻の前に降りてきた。


「鉄製の檻ね。私じゃ開けるのは難しそう」

「え、誰……?」

「猫さん?」

「喋ってる……」


 喋る猫さんに驚いている私たちに猫さんはハッとした顔をする。


「あー、黒猫の姿じゃ分からないわよね。ラムにはこっちの姿の方が分かりやすいかしら?」


 そう言うと猫さんは一瞬だけ光に包まれ、見覚えのあるフクロウへと変わる。


「え、君は、ウサトお兄ちゃんの……」

「そ、正体を明かす機会がなかったけど、私はウサトの使い魔のネア。貴方達を助けにきたの」


 ……。ええええ!? フクロウさん喋れたの!?

 普通にそういう魔物かと思ってた……。


「でも使い魔ってことは……」

「ええ、ウサトはここに来ているわ。私はまずは貴方達の安否を確認しにきたのと……」


 フクロウさん―――ネアさんが首に巻いていた小さな布を外し、中から緑色の玉のようなものを取り出した。

 大きさこそは違うけれど、それは三日前にわたしたちがウサトお兄ちゃんにもらった魔力弾と同じものだと気づく。


「これを手で潰してちょうだい」

「ど、どうして……?」

「その魔力弾を潰すことで、ウサトに合図を送るのよ。———“攫われた子供たちの安全を確保した。思い切りやってもいい”……ってね」


 はい、と渡されたウサトお兄ちゃんの治癒魔法が籠められた魔力弾を見て、わたしは同じ檻にいるカル、ミィと顔を見合わせて頷き———魔力弾を両手で叩き潰した。


 その瞬間、ぱんっ、小さな音と共に緑の綺麗な魔力がわたし達を包み込んだ。



 山奥に隠れた廃村。

 誰の目にも止まらねぇ捨てられたその場所に俺らは拠点を構えていた。

 荒れ放題ではあるがしっかりとした家もあるから雨風も凌げるし人の目につかない。なにより魔族共の多い都市からそう遠くないというのがよかった。

 今回の“仕事”をする上でここまで丁度いい場所はないだろう。


「うまくいってよかったぜ」

「ああ、しかも子供だぜ? 価値としても十分以上だ」


 難しい依頼だったが、ここまでうまくいきゃ上機嫌だ。

 少なくともそこらの身寄りのないガキを攫った時と比べりゃ報酬に天と地ほどの差がある。


「しかし、よく魔王領に行く道なんて用意できてたな。あの商人」


 対面に座る一人の声に俺は頷く。


「魔王軍が負けたって聞いて木に紛れさせた橋を作っていたらしいぜ。それも見つからねぇように組み立て式で森の中に隠していたんだってよ」

「下手すりゃ俺達も川に真っ逆さまだったけどな」

「そんくらいの危険はしょうがねぇだろ。川は見張られてんだからよ」


 魔王領と人間の領域の間を通る川はミアラークとリングルが目を光らせている。

 そいつらに見つからねぇようにするにはそれくらいしなきゃならないんだろ。

 おかげで俺もここにいれるわけだが。


「で、報酬貰ったらどうする?」

「酒飲んで好き放題やるに決まってんだろ。それ以外のことすると思ってんのか?」

「だよなぁ」


 真面目に稼ぐのがバカらしくなるくらいには今の仕事は楽だ。

 それに、俺達は身寄りのない人間に仕事を紹介してやってんだ。

 逆に感謝してほしいくらいだぜ。

 魔族に関してもそうだ。


「どうせ相手は魔族だろ。戦争仕掛けてきた奴らがどんな目に合おうがどうでもいいじゃねぇか。戦争で死んだ奴らのために償う機会を与えてやってんだ」

「お前、戦争参加してねーじゃねーか!」


 その声に揃って笑う。

 魔王軍との戦争なんて聞いた時点で被害のない国に逃げ込んでたからな。


「戦争なんて俺らにとっては……ん?」


 そこまで口にしてふと松明の炎が照らされている外に、俺ら以外の誰かが立っていることに気づく。

 太陽が完全に沈み、暗闇の中で赤く照らされた人影。

 頭を覆うフード、全身を覆う黒いマントは暗闇に溶けるように揺れている。


『……』


 不自然にゆらめく黒衣に身を包んだそいつはフード越しに俺たちのいる家を見たまま、動くことなくその場に佇んでいた。


「……おい」


 強張った俺の声に気づいた他の面々も窓の外を見て剣を取り出す。


「追手か?」

「いや、バレるのが早すぎる」

「正義感ぶって子供を助けに来たマヌケかなんかだろ」


 ———不気味だな。

 ちょうど影がかかっていて、かろうじて人だってことは分かるがそれ以外はなにも分からねぇ。

 心のどこかで違和感を抱いていると、手に持っていた酒を乱暴にテーブルに叩きつけたジェフリが好戦的な笑みと共に立ち上がった。


「ガキ攫ったくれぇじゃ物足りねぇと思ってたんだ」


 左腕の鋼鉄製の籠手を鳴らしながら、ジェフリが嗜虐的な笑みを浮かべる。

 あらら、一番厄介なやつがやる気になっちまった。

 あいつもうただじゃ済まないな。


「無謀な野郎だ。俺が始末してやるよ。いたぶった後でな」


 揚々と外に出ていくジェフリから窓の外へと意識を向ける。

 家から出たジェフリが余裕の足取りで人影の前へと歩いていく。

 よく見れば身長差もあり、頭一つ分以上はジェフリの方が上だ。


「ありゃ終わったな」

「見た目でびびらそうとでもしたのか?」

「何発で死ぬか賭けようぜ?」

「ばーか、賭けになんねーだろ」


 ジェフリが左腕を突き出す。

 果実を握力のみで潰し、岩すらも砕く鉄腕が人影へと迫る。

 俺を含めた全員が奴がゴミクズのようにぶっ飛ばされることを予想していた。


———ゴォ……ン


 それは、人が殴られた音じゃなかった。

 ジェフリが叩きつけようとした鉄腕は謎の影が突き出した掌で受け止められたのだ。


「おいおいジェフリ、手加減してんじゃねーよ!」

「遊ぶつもりかぁ?」


 仲間の野次にハッと我に返りながら笑う。

 そ、そうだ、あいつは腕っぷしを見込んで雇ったんだ。

 そんじょそこらの人間どころか魔物にさえ負けるわけがねーんだ。

 ……そのはずなのに、松明に照らされたジェフリの顔が歪んでいるように見えるのは気のせいか……?


『~~~~!?』

『……』


 ジェフリは驚きながら手を引こうとするが、

 どれだけやつがもがこうとしても、突き出された拳は掴まれた場所から動かない。


「お、おいおい」

「なんかおかしくないか……?」


 夕日が完全に山に隠れ、周囲が暗闇に包まれたところで———ジェフリが俺たちにまで聞こえるほどの悲鳴を上げて、掴まれていない右手から炎を吹き出した。


『が、あぁぁぁぁぁ!!』


 瞬間、炎の眩い光と緑の閃光のようなものが俺達の視界に広がった。

 それにより外を照らしていた松明の光が消え、外は完全な暗闇に包まれちまった。


「じぇ、ジェフリ!? なにやってんだ!?」

「外はどうなってんだ!? 明かりをつけろ!!」


 外の様子が分からねぇ!?

 俺たちは慌てて部屋の中の明かりをつけるが———その直後になにかが窓を突き破り、魔具を吹き飛ばした。


「今度はなんだよ!?」


 あの野郎なにを飛ばしてきやがった!!

 もうひとつの魔具で足元を照らすと、窓を突き破ってきたソレが見えてしまう。

 ソレは———、


「こ、これジェフリの……」

「嘘……だろ」


 ジェフリが炎鉄と呼ばれる所以であり、散々自慢していた鋼鉄製の籠手。

 それだけが無造作に地面に転がっていた。


「……!?」


 鋼鉄でできた籠手は見る影もなく歪んでおり、まるで握りつぶされたようにくっきりと手の跡(・・・)が刻み込まれている。

 こ、これを魔族がやったのか……?

 いや! 経験上魔族も鋼鉄を片手で握りつぶすなんて芸当できるはずがねぇ!!


「話が違うじゃねぇか!! あんな化物がいるなんて聞いてねぇぞ!!」

「お、落ち着けっ、大声を出すな!! ———あっ」


 騒いでいる奴の後ろに何かがいる(・・)

 ただ影だけが認識できるソレから黒い何かが伸び———仲間の足を巻き取り、勢いよく奴の身体を引き込んだ。


「あ、ぁぁああぁぁ!? あぁぁあああああああああああああああああああ!?」


 地面をひっかく音を残しながら、仲間はどこかへ引きずり込まれ暗闇の中に消えていく。

 その直後にぷつりと悲鳴が途絶えたところで気持ち悪いほどの沈黙が流れる。

 ここにいる誰もが動けなかった。

 目の前で起きた状況に正常な判断ができずに固まるしかなかった。

 ———瞬間、緑色の光が一瞬だけ迸った。


「げば!?」

「なんだ!?」


 なにかが壁に叩きつけられ、次に地面に落ちる音が響く。

 その直後に暗闇に潜むなにかが仲間達へと襲い掛かった。


「い、いやだぁぁぁ!?」


 緑の光が発せられると同時に仲間が消えていく。

 その姿も動きのなにもかもが分からないまま、集めた腕利きの仲間たちは叫ぶことしかできない。


「な、なにが起きてんだよ!?」

「相手はなんだ!? 魔物か!? 魔族か!?」


 視界が真っ暗でなにも見えねぇ!

 しかもこんな屋内で剣を思い切り振るおうものなら味方に当たっちまう!?

 そもそもどうしてこんな暗さで暴れまわれんだ!?

 お互いに身体をぶつけながら混乱に陥っていると、視界に緑色のなにかが高速で横切り、ちょうど隣にいた仲間に直撃する。


「ひ?! な、なんだ!? なにかっ、くっついて……!?」


 べちょり、とくっついた怪しく光る緑のなにか。

 光を放つそれに顔を照らされたそいつは恐怖に顔を歪めながらそれを剝がそうとして———目の前で破裂した。


「……え?」


 目の前で光と共に吹き飛んで真っ暗な視界に消えていくそいつに呆然とする。

 し、死んだのか?

 あれに触れると爆発するのか?

 生死を確かめようもそいつの声も聞こえなくなってしまった。


「見えない、助け———」

「くそがぁぁぁ!!」

「嫌だ嫌だ嫌だ!!!」

「がぼっ!?」


 なにかが部屋の中を暴れまわり、仲間が悲鳴を上げ泣き叫ぶ。

 頭が理解することを拒否してしまうほどの信じがたい状況。

 そんな中に置かれちまった俺は———、


「あ、あああああああ……」


 ———情けなく、壁際で耳に手を当て子供のように身体を丸くするしかなかった。


「あああああああ!?」


 仲間の悲鳴もなにかが暴れる音も、耳を押さえながらも入り込んでくる絶望に俺の心は耐え切れなかった。


「こ、こんなところにいられるか……!!」


 もう魔族のガキも金もどうでもいい!!

 ここにいたら間違いなく俺は仲間たちの二の舞だ!!

 相手は生き物かどうかすら怪しい化物だ。まともに戦えるはずがねぇ!!

 嫌だ、死にたくない。

 床を這いながら手探りで廊下へと出る。

 化物はまだ仲間達を襲っている。

 なら、囮になってくれているうちに出て……!


「な、なんだよこれ!?」


 そこには目を白目にさせ壁に固定された仲間の姿。

 口には緑色の半透明のなにかが貼り付けられ、背中と壁の間にはこれまた緑色のなにかが。


「ひ、ひぃぃ!?」


 真っ先に頭に浮かんだのは、こいつらが生きたまま餌として縛り付けられているという最悪の想像だった。


「ああ、あ、あぁぁ……」


 暗闇で目立つその緑の光がただただ得体がしれないものに見えてしまう。

 みっともなく後ろに倒れ、後ずさりをした俺の背中になにかがぶつかる。


「———ぁ」


 後ろに壁はない。

 あれほど響いていた仲間たちの悲鳴ももう聞こえなくなっていた。

 静寂が支配する廊下には俺の怯える声と、すぐ後ろから聞こえる俺以外のなにかの悪魔のような息遣いだけが響く。


「あ、あぁぁ……ごめんなさい……ごめんなさい……」


 後ろを見るな。

 見たら終わりだ。

 でも、身体が俺の意思に反するように後ろを振り向いて———、



『うわああああああああああ!!?』


 また誰かの悲鳴が家の中に響き渡る。

 その声にびくりと肩が震えてしまうけれど、怖いとは思わなかった。

 ウサトお兄ちゃんが戦っている。

 それを事前にネアさんから聞いていたからだ。


「派手にやってるわねー」


 ネアお姉ちゃんは足で器用に魔具に明かりをつけ部屋を明るくさせながら、暢気そうにそう口にする。


「あの人、今回ものすごく怒ってるからもう大丈夫よ」

「ウサト兄ちゃんのこと?」

「ええ、貴方達が攫われたって聞いて」


 ……やっぱりお兄ちゃんは最初に会った時から全然変わってない。

 おじちゃんを助けてくれた時も、少しも迷った素振りも見せずに助けてくれた。


「実際、ウサトが本気で怒ることはないんだけど、こういう時は相手に同情しちゃうくらいには怖いわね」

「そ、そうなんだ……」

「サマリアールでウサトがブチギレた時なんて―――」

『う、ああああああ!?』


 ネアさんの声を遮るような悲鳴が近づいてきて、勢いよく扉を開きながら刺々しい金髪の男の人が駆け込んでくる。


「……あー、恐怖で催眠が解けたのね。今のあの人を見たらありえるわ」

「な、なんだあの化物!! クソ、クソクソクソ!! 聞いてねぇぞ!!」


 いやに納得しているネアさんを他所に扉を背中で押さえるようにした男が汚い言葉を吐き出す。

 すぐにきょろきょろと周りを見たその人は檻に閉じ込められている私達を見て、引きつった笑みを浮かべた。


「そ、そうだガキどもを囮にすれば……!!」


 わたし達へ血走った眼を向けられ身体が竦む。

 ネアさんがフクロウの姿のまま鉄格子の前に降りて守ろうとしてくれたけど———不意に、ネアさんは広げていた翼を下ろした。

 疑問に思ったその直後に、男が背中で止めていた扉を腕が突き破ってきた。


「ぎっ!?」


 肘から上ほどまで突き出された腕は、迷いなく男の人の胸倉を掴み、とてつもない力で身体ごと持ち上げてしまった。

 その姿にわたし達も呆けてしまう。


「誰を、人質にとろうだって?」

「ひっ!?」

「ふんっ!!」


 宙に浮かされ足をばたばたと動かしている男を無視し、その声の主は……扉を破壊しながら男を廊下へと引きずり込み、わたしたちの視界から消えた。


『うわああああああああ!?』


 壊された扉の先から緑の光が点滅する。

 そして、何度も聞こえた悲鳴が今度こそなくなる。

 男たちの声が聞こえなくなったところで、かつかつかつ、という靴の足音が響き、黒いマントを着たウサトお兄ちゃんがやってきた。


「ふぅ……片付いたか」


 ウサトお兄ちゃんは、心底安堵した様子でわたしたちの元にきてくれた。

 ……目つきとかものすごいままだけど。


「無事でよかった。よくやったぞ、ネア」

「ウサト、顔が戻ってないわよ」

「おっと、いけない」


 髪をくしゃくしゃと崩すとすぐにわたし達の知っている優しいお兄ちゃんへと戻ってくれた。

 今更怖がったりはしないけど、お兄ちゃんってこんな顔するんだ……。


「キーラ、もう出ても大丈夫だよ?」

「え?」


 お兄ちゃんの声に呆けてしまうが、その直後に黒いマントからお姉ちゃんが飛び出してわたし達の前に現れた。


「ラム!! 無事!? 怪我してない!?」

「お姉、ちゃん」


 檻に飛びつきそうな勢いでわたしが怪我していないか確認してくれているお姉ちゃんに思わず泣きそうになる。


「ウサト、ちょっと檻の鍵探してくるから———」

「ふんっ」


 お兄ちゃんは軽く鉄の檻の扉部分を掴み、ばきんっ! という軽い音で外してしまう。


「あぁ、そうねー。必要なかったわよねー。知ってたわー……はぁ」

「もう大丈夫だ……」


 自分たちを閉じ込めている檻が壊れたことで、ようやく自分たちが助けてもらったという自覚が湧いてきたわたしは安堵のあまり目の前が涙で滲んできてしまう。


「お姉ちゃん!!」

「よかった……本当によかったよぉ……」


 お姉ちゃんに抱きしめられ、声を上げて泣き出してしまった。

 気づけばカルとミィもウサトお兄ちゃんに飛びつき、わたしと同じように泣いちゃっているけど……それくらいに本当に怖かった。

人攫い視点だとホラーすぎるウサトでした。

この視点のウサトは暗闇の中で爆発する緑の粘液を発射する怪物だと思われてます。


今回の更新は以上となります。

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― 新着の感想 ―
[一言] 感想に「ナルガクルガのような立体機動するブラキディオス」ってあって草 爆発する緑色=ブラキディオスはみんな思うことなんだ……私だけじゃなかった……ってちょっと安心
[良い点] 他人視点、ウサトと違って常識のある人物の解説でイカレ具合の解像度が上がるので、日記回に並んで大好きです。 しかし今話を読んで、今まで何だかんだ一定水準の高スペック持ち視点ばっかりだったから…
[一言] 完全にブラキディオスで草
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