第三百八十一話
三日目、三話目の更新です。
前話を見ていない方はまずはそちらをー。
都市に帰還してから二日が過ぎた。
思いのほか僕は精神的に疲れていたようで、帰還した翌日は昼頃まで眠ってしまった。部隊にはあらかじめ休みということを伝えていたので、この都市に来て初めて“なにもない”一日というのを過ごせたかもしれない。
そして二日過ぎた後、しっかりと休息を取り、心身ともに回復した僕は身体を馴らしがてら早朝訓練を行うことにした。
「ッ」
斬撃が前髪を掠める。
僕の目を以てしてもかろうじてでしか捉えられない攻撃は鋭く、それでいて洗練されており避けるだけでも一苦労だ。
「まだ意識が籠手がある頃に引っ張られているぞ」
「はい……!!」
何度目か分からないネロさんとの早朝訓練。
今日はちょっと事情があってナギさんもアーミラさんも呼んでおらず、僕と彼の二人だけでの模擬戦。
———籠手を失った僕の戦闘方法の矯正。
今回の訓練でネロさんにはそれをお願いしていた。
「その新たな技は確かにある程度の防御力は有しているのだろう。だが、以前の籠手ほどじゃない」
放たれた風の魔法で左腕の治癒コーティングが引き剥がされる。
バク転で横薙ぎを避け、地面に着地した僕は腕に魔力を再び纏わせながら構え、ネロさんが放った風の刃を迎え撃つ。
「治癒流し!」
「……ふむ」
魔力回しを応用し風の魔力を受け流した僕に僅かに驚きを露わにする。
見せるのは今が初めて……! ネロさんの斬撃にこれが通じるなら、多少攻撃的にいってもいい!!
弾力付与の魔力を強く踏みしめ、反動で加速しながら殴りかかる。
「治癒残像拳!」
「相変わらず面白い技だ。だがな」
魔力の残像に目もくれず僕に正確に狙いを定めようとするネロさん―――だが、彼は目視もせず残像拳の中に隠すように置いた治癒爆裂弾を風で吹き飛ばした。
「お前の手癖の悪さには慣れた」
「な!?」
「通じないと言っただろう?」
「ぐっ」
突き出された木剣の柄が僕の腹部に突き刺さった……!
生半可な技は見破られるか! だけど!!
「む?」
ネロさんの木剣の持ち手にくっついた緑の魔力。
弾力付与を調整させ、へばりついた魔力は彼の手の動きを阻害させる!
「治癒吸着拳! ふはは! うかつに僕に触れるべきじゃないですねぇ!!」
「時々お前が人間側なのか疑ってしまうんだが」
さらに両手に魔力で覆い、ネロさんに殴りかかる。
直撃は当てなくていい!!
防御させるだけで魔力をくっつけ、動きを鈍らせてやる!!
「そのすまし顔を変えてやりますよ!!」
「いい気迫だ。こちらも指導のし甲斐があるものだ」
拳を振るい、蹴りを叩きつけ、五体の全てを用いて攻める。
以前までの籠手の防御に重きを置いた戦いとは異なるダイナミックな動き―――僕の師匠であるローズのソレに近い戦い方。
「そうだ。もっと貪欲に攻めろ」
「はい!」
拳を繰り出していくごとにそれを受けるネロさんの身体を風が覆っていく。
これまでは風の鎧を使わず手加減した状態での模擬戦だとしたら、今の彼は僕を魔法を使って戦うべき相手と見定めたということになる。
「それなりの力で叩くぞ、いけるな?」
「上等!!」
動きを阻害させるために付着させた治癒の魔力が風で消し飛ばされ、ネロさんが自由になる。
そのまま僕へ木剣の切っ先を向け、引くように構えた彼は周囲の空気を巻き込むように集約させながら尋常じゃない速さで僕へと攻撃を繰り出してきた。
●
「上出来だ」
模擬戦の結果は変わらずに僕が滅多打ちにされるという結果で終わった。
相手はローズと同じ怪物。
結果自体に悔しい思いはあれど、僕の訓練に付き合ってくれて本当にありがたい気持ちになる。
「最初は籠手を持っていた頃の癖に引っ張られていた節があったが、慣れてきたようだな」
「ええ、なんとか……」
鈍った身体を鍛え直す、という考えもあったが、やっぱりネロさんとの模擬戦はかなり疲れるな。
でも、かなり実りのある時間だった。
「お前は思考が柔軟だ。すぐに新しい戦い方を身に着けるだろう。……既にいくつか奇天烈な技を編み出しているようだしな」
「自覚はあります」
まあ、奇天烈呼ばわりされても仕方がないだろう。
実際相手に魔力くっつけて動きにくくするような陰湿な技だし。
「だがお前らしいとも言える。下手な攻撃以上に厄介だ」
「それ褒めてます?」
「もちろんだ」
真顔だけれど本当に褒めてくれているんだろうなぁ。
実際、ネロさんに面倒な技と思わせた時点で実戦で十分に通用することは分かった。
「籠手を失ったのはいい機会とも言える。これからは拳だけに縛られず、様々な戦い方を模索していけばお前はより強くなれるはずだ」
「様々な戦い方、ですか」
武器を扱うことはあまり得意じゃないんだけど……。
それじゃあ、投げ技とか蹴り技とか?
「先の模擬戦で見せたローズの戦い方を参考にするといい。奴は己の肉体だけではなく、礫や木のような周囲にあるものすらも武器にする」
「……なるほど」
肉弾戦だけで自己完結するのではなく、周りの地形も利用していくってことか。
魔力弾を投げるより、普通にそこらの石ころを投げつけた方が強いからな。……それを人に向けると危なすぎるからやらないけど。
「ありがとうございます。ちょっと掴めた気がします」
「つたない助言だったが役に立ててなによりだ」
つたないだなんて……。
「俺は人になにかを教えるのが下手らしいからな。弟子として成長したのがアーミラただ一人しかいないのがその証拠だ」
「いや、ネロさんは指導相手の実力が一定以上ないと駄目なタイプなんだと思いますよ」
感覚派っぽいとも言える。
相手に求めている実力のレベルが無意識に高いから、指導される側は理解できずに脱落してしまうのだろう。
「少なくとも僕は貴方の助言を受けて助かっています」
「そうか……」
「僕の師匠は既にいるので、弟子入りはできませんけどね」
「ふふっ、そうなればアーミラが取り乱しそうだな」
僕の冗談に微笑んだ彼は肩の力を抜く。
そして、十秒ほど何かを考え込むように沈黙した彼は、改めて僕へと口を開く。
「ウサト、ローズの隊の遺体を取り戻した……と聞いたが」
「……はい」
ネロさんの言葉に頷く。
話を出すかどうか迷っていたけれど、ネロさんがこの話題を出したということは彼も覚悟ができているということなのだろう。
「これから、会いにいきますか?」
「……そうだな。そうさせてもらおう」
彼の心情を察してあまり言葉を交わさずに彼を遺体のある場所へと連れていくことにした。
●
魔王が棺を用意してくれたのは彼の館の近くにある建物、一見して教会に似たその場所にはローズの部下たちが納められた六つの棺が安置されている。
扉を開け、人気のない建物に足を踏み入れると窓から差し込む朝日に照らされた棺が視界に映り込む。
「……」
「……」
ここまでの道中でもネロさんは言葉を発することもなかった。
それは建物に入った後も同じで彼は沈黙を保ったまま、ジッと棺を見下ろしていた。
「ここにはいませんが、アウルさんは魔族のことを恨んでいないそうです」
「……ローズを庇った戦士か」
「ええ」
攻撃を受けようとしたローズをアウルさんが庇って、その傷で……という話は既に聞いている。
「恨んでくれたらいいなって顔をしてますね」
「……そうだな。俺はそれだけのことをしてしまった」
そこまで口にして軽く肩の力を抜いた彼は、また言葉を発する。
ローズはそもそも乗り越えているし、当人のアウルさんも恨みを持っていない。
……僕が言うべきことじゃないのは分かっているけど……。
「後はネロさんが自分自身を許せるか、許せないかの話です」
「……」
「……正直、どちらでもいいと思います。だってどっちにしても貴方がこれから生きていくことには変わりないので」
「そう、だな。その通りだ」
頷いた彼を見て大丈夫と判断する。
僕も軽く吐息をついてから、肩を竦める。
「これ以上は僕からは何も言えません。元より偉そうに言う資格もありませんしね」
「手厳しいな」
「あと下手になにか言って団長に余計なこと言ってんじゃねぇ! って怒られたくないので」
「奴は奴で厳しいな」
そういう人なんです。
人に厳しい人ではあるけど、思うに一番自分自身に厳しい人だと僕は思っている。
僕の言葉に少しだけ微笑んだ彼は前を向き直る。
「少し、一人にしてくれないか?」
「了解です。僕は……ちょっと魔王のところに顔を出してきます」
「ああ」
今の時間帯なら魔王も既に起きているだろう。
僕はネロさんを建物に残してその場を後にする。
「団長と同じで、不器用な人なんだよな……」
タイプこそは違うけど、不器用なところはローズと似通っている部分がある。
そう考えながら建物の隣にある魔王のいる館へ進んでいくと、入口のところに立っている図体のデカい魔族を見つける。
「はぁ、まったく僕たちがここに来るのもお見通しか……」
周囲に威圧感を与えるその姿———魔王を見てため息をついた僕は彼へと近づいて声をかける。
「こんな朝早くから外に出ていていいんですか?」
魔王は建物の壁に背中を預けながら組んでいた腕を解き肩を竦める。
「なに、散歩だ」
「散歩する魔王って面白いですね」
「街を犬のように駆けまわる治癒魔法使いも面白いぞ」
「「……」」
互いの間合いを測るような沈黙。
しばしにらみ合ってから魔王は声を発する。
「ネロも難しい男だからな。そう簡単に己に課した戒めを解くことはないだろう」
「今のままでもいいと思いますけどね」
「ふん、人たらしめ」
なんで今悪態つかれたの僕?
唐突なそれに普通に困惑する。
「ま、尊敬度で言えば貴方よりネロさんの方が上ですけどね」
「お前に敬われるなぞ気持ちが悪いわ」
軽くにらみ合いながらため息をつく。
気持ち悪いとはなんだ、気持ち悪いとは。
「シア・ガーミオが亡骸から何かを吸い取っていた、と聞いて私も少し調べてみた」
唐突に話を切り出してきた魔王に思考を切り替える。
シアは六人から何かを吸い取っていたからな……あれがなにか分からないけど、魔王はなにか分かったのだろうか。
「なにか分かりましたか?」
「魔法を抜き取られていた」
「! 魔法を、ですか? あの魔術は魔法を抜き取るものってことですか?」
「そんな便利なものではない」
首を横に振って魔王は否定する。
「魔力と魂には密接な関わりがある。いくら魔術だとしても生きた人間から魔法そのものを抜き取る場合、それなりの手間と代償が伴う。少なくとも私が知る魔術はそういうものだ」
真っ先に頭に浮かんだのは獣人の国、ヒノモトで“トワ”という魔具に魔力を奪われていたカノコさんのことだ。
彼女は魔力を奪われていたせいで目覚めぬ眠りについてしまっていた。
「では、シアの使っていた魔術は……」
「死者から魔法を奪ったと見るべきだろう。私にもいくつか心当たりがある」
だとすれば6人は持っている魔法を抽出されたってことになる。
「なにがどういう目的で魔法を奪ったのかは知らんが碌なことに使われんだろうな」
「ただ魔法を利用されるだけでは、それほど脅威ではないんですが……」
彼らの魔法はあの六人が連携して使うからこそ強いのだ。
ただ利用するだけではそこまでじゃない……のだが、アウルさんだけを連れて行ったことだけが気がかりだ。
「いつまでもこの話をしても意味はないな」
「……ええ」
「リングル王国帰還までの日数が少ないが、なにかしでかす予定はあるか?」
「聞き方おかしくないですか?」
なにかしでかす前提なんですか?
魔王のあんまりな認識にげんなりとしながら、二日前にウルルさんたちと決めたことを話してみる。
「なんだかんだで街の方々と交流する機会があまりなかったので帰還まで街の手伝いをしようかなと思いまして」
「……。正気か?」
なぜか正気を疑われたんですけど。
街の手伝いをしたいって言ってここまで言われることってありますか……?
言葉で殴り合いながら魔王とコミュニケーションをとるウサトでした。
今回の更新は以上となります。




