第三百七十七話
お待たせしてしまい申し訳ありません。
第三百七十七話です。
カイラは魔王の力を取り込んだ末に消滅。
魔王の力はシアが持ち去り、彼女自身も何者かに憑りつかれルーネと共に転移魔術により姿を消した。
アウルさん以外の6人の亡骸は回収できたけれど……肝心の彼女も連れ去られてしまった。
結果だけ見るなら散々なものだった。
「……ウサト、もう食べられるよ」
「ん、ありがとう」
周囲が石造りの建物に囲まれた場所の中、焚火を囲みながら僕たちは休息をとっていた。
今日は結構な魔力を使ったからな……。
アマコから受け取った木の串に刺して焼いた魚を口にしながら周りの景色を見る。
「朽ちた街、か」
遺跡を脱出した先は入った街とはまた異なる街。
都市、というには少しばかり小さくはあるが規模も大きく、なにより迷宮の出口となっていた聖堂のような大きな建物があった。
だが、街の周囲は深い森におおわれており、その構造はどこかヒノモトを連想させるようなものだった。
そんな場所に脱出した僕たちはすぐに出口近くに待機していたアマコたちと合流し、街の中で野営テントを設置し休息をとっていたわけだ。
「今日は本当に大変だったね」
「ああ、全くだ」
隣に座っているアマコの言葉にそう返す。
コーガ、部下たちは野営テントで休息をとらせ、僕の傍にいるキーラもフクロウ状態のネアを抱くようにしてマントにくるまり眠っている。
「キーラもよほど疲れたんだろうね」
「僕のせいで無茶させちゃったからなぁ。この子には本当に助けられたよ」
ブルリンは今僕とアマコが背中を預けている後ろで眠っている。
今、この場で起きているのは僕とアマコ、そして焚火を挟んだ対面に座っているナギさんだけだ。
「さっきの話だけど……シアって人の意識はちゃんとあるの?」
「憶測でしかないけど、意識そのものはあると思う」
シアに憑りついている存在はかなり慎重な性格で、そしてある程度の駆け引きも得意としている。
そんな彼女が僕やナギさんに対して人質としての効果があるであろう、シアの精神をそう簡単に消し去るとは考えにくい。
「私もウサトと同じ意見だ」
焚火を挟んだ前に座っていたナギさんが同意する。
「シア・ガーミオに憑りついている輩はかなり計算高い。今の今まで魔王やファルガ様にまで存在を気取らせなかった時点でかなり厄介な存在だと思う」
「……ナギさんのことを知っている様子でしたが」
「少なくとも私は彼女を知らない」
……。
「シアのあれは、ヒサゴさんの人格なんですか?」
「……」
僕の問いかけにナギさんは目を伏せる。
彼女にとって恩人といってもいいヒサゴさんのことを疑いたくはないが、状況が状況なのでこれは絶対に確認しておかなければならない。
僕たちはあくまで魔王の力でヒサゴさんのことを知っているだけで、あくまでそれは一側面だけだ。
「あいつは曲がりなりにも勇者だったんだ」
少しの沈黙の後にナギさんが口を開いた。
「ぶっきらぼうで何を考えているか時々分からない奴だったけれど、困っている人は見過ごせなかったし……なにより、罪のない人間を人質にするようなことは絶対にしない。あと……」
そこまで語ったナギさんが額を押さえる。
その様子はどこか苦悶しているように見える。
「正直に言うなら、女の子の身体を乗っ取るような奴がヒサゴだなんて思いたくないんだ……」
「切実だね……」
「あんな、かたっ苦しい話し方しかしない親父が私より年下の女の子の口調を真似していると考えるだけで泣きたくなるんだ……」
「あ、あはは……」
割と本気でへこんでそうな様子のナギさんに苦笑していると、不意に彼女の肩が震え顔を上げる。
顔を上げた彼女の瞳は紫色の光を帯びていた。
「シアのアレはヒサゴ本人じゃない。おおむね、私の言う通りだよ」
「……もう一人のナギさん?」
「ああ。今しがた代わった」
すくり、と立ち上がったもう一人の人格を表に出した彼女は、おもむろに空いている僕の隣に移動し……何事もなかったかのように腰を下ろす。
「ん?」
「ん?」
「え?」
「話しやすいように近づいただけだよ。気にしなくてもいい」
「あ、そう……」
なにか意図があったわけじゃないのか。
確かに焚火を挟んで会話するのはちょっと不自由だったからな。
僕から気づくべきだった。
「奴のことはカンナギと共有する視界で見ていた。ウサト、君には敵意を向けていなかったけど……シアの中にいる何者かは私達に明確な敵意を向けていたんだ」
「敵意?」
「怒り、殺意、嫉妬といってもいい。それだけの感情、ヒサゴにしてやられたカンナギが奴に向けるならまだしも、ヒサゴの人格が悪感情をカンナギに向けるとは考えられない」
ナギさんがここまで言うのならヒサゴさんの記憶が人格として表に出たということはないと見ていいな。
「なら、あれは誰なんだろう……」
「それは私にも分からない。あちらは情報を小出しにしている節がある。核心的な部分を明かさないことでこちらを混乱させようってのが魂胆だと思う」
「本当に厄介だな……」
悪魔以上に狡猾、か。
いっそのこと彼女の言葉すべてに疑いを持ってかかった方がいいかもしれない。
「……ん、そろそろ人格を戻す」
話を終えたのかフッと力が抜けるように目を閉じたナギさんが、こちらによりかかるように倒れるので慌てて彼女の肩を支える。
僕の肩に頭を預けるような体勢に移った彼女は、数秒ほどして目を開ける。
「———ハッ!?」
「大丈夫ですか?」
「な、なななななんでもないよ!?」
驚くべき速さで起き上がったナギさんに苦笑する。
戦っている時は頼もしいのにこういう時は年相応の表情を見せてくれるんだよな。
まあ、年下の僕が言えたことでもないんだろうけど。
「カンナギ、いつまでもその調子じゃ駄目だと思うよ?」
「分かってる。分かってるけれども……!!」
両手で顔を押さえたままアマコに返事をするナギさん。
そんなやり取りを見ていると、この場にのっそりと近づいてくる気配に気づく。
「ヴィーナさん、まだ交代には早いですよ?」
「なにやら私を罵倒する楽しそうな会話が聞こえてきたので」
……。
「ヴィーナさん、まだ交代には早いですよ?」
「あ、あれ? 今、時間巻き戻りましたか?」
相変わらずエンジンフルスロットルなヴィーナさんのボケを先輩に鍛えられたスルースキルで華麗に回避する。
こういうのはまともに反応するから喜ばせてしまうのだ。
円滑な会話には多少の無慈悲さが必要なのである。
「丁度いいのでヴィーナさんからも意見を聞かせてください」
「え、心当たりはまるでありませんけど……」
まあ、そうだろうなぁ。
アウルさん達を預けていたあたり悪魔となにかしらの協力関係はありそうだが、そこで尻尾を出すほど甘い相手ではないだろう。
仕方ないと思っていると、なぜか慌てた様子のヴィーナさんが口を開く。
「え、えーと、多分、私達を集めた悪魔がそのシアって物騒な人と裏で通じていた可能性があったり……とか?」
「結構、曖昧ですね。集められた時はヴィーナさんもいたんですよね? 気にはならなかったんですか?」
そこでヴィーナさんは気まずげに視線を逸らす。
「集められたといっても誰が集めたとか気にもしませんでしたし……正直、誰が私達を集めたかなんて誰も分かってなかったと思いますよ?」
「……」
「ウサト、絶句するのは分かるけど悪魔ってのはこういう生物なんだよ。本当に信じられないくらいに仲間意識の欠片もないんだよ」
分かっていた、はずだったが改めて見ても酷い悪魔側の杜撰すぎる集まりに呆れるより唖然としてしまう。
不死だからかいい意味でも悪い意味でも刹那的な生き方をしているのか……?
「安心してください。私、貴方にお仕お……教えを受けて変われました」
今、お仕置きって言おうとしたか?
怪しい言動をしたヴィーナさんを見ると、彼女は晴れやかな笑顔を浮かべていた。
「人を慈しみ、喜びを共に分かち合う心を学んだのです。今や隊の皆さんは私にとって苦楽を共にした唯一無二の友です」
「ヴィーナさん……。そこまで変われたなら僕がリングル王国に帰っても大丈夫ですね」
「え。……」
ぴしり、と硬直するヴィーナさんに首を傾げる。「?」
「実は私、隊の皆さんに対して邪な気持ちを抱いてます!! ウサトさんにはもっと!!」
「一瞬でも貴女を見直した僕がバカでした……」
割と本気で見直したのに……。
まあ、ヴィーナさんは変われたことは訓練を見ていた僕がよく分かっているのでこれ以上はなにも言わないが。
「魔王領に戻ったらすぐにリングル王国に帰るの?」
「いや、まだ何日か滞在する時間はあるはずだよ。ま、その時間も報告やら諸々でなくなるだろうし」
魔王への報告が憂鬱だ。
魔王の力を回収できず、シアも救出できなかったからな。
幸いなのは表の目的である魔物の領域の探索が成功に終わりそうってことだけか。
「文明があるというだけで人が住める環境があるってことだもんな。もしかしたらルーネのように森の奥で暮らしている人たちもいるかもしれない。……それを調べるのは僕の仕事ではないけどね」
僕はあくまで道しるべを作っただけで、後は魔王領にいる人たちに任せることになる。
それこそコーガやアーミラさん、そしてネロさんの仕事になるだろう。
「私とカンナギもリングル王国に一緒に戻るよ」
「カノコさんとはもういいの?」
「うん。元気なのは分かったし、私もカンナギも送り出されちゃったからね」
ナギさんを見ると彼女も苦笑しながら頷く。
時間ができたら僕ももう一度ヒノモトに行きたいな。
「……それと、リングル王国に遺体を運んであげないとな」
アウルさん以外の6人の遺体。
魔術を扱う上でなにかしらの手が施された彼らの遺体は、まるで人形のように生前の姿を保ったまま朽ちることなく、腐ることもなく存在している。
今はキーラのマントの中に入れてもらっているけど、魔王領に帰ったらすぐに出してあげないとな。
「はぁ……」
自身の右手を見る。
今はない籠手。
これまでの防御の要を失ってしまった事実を受け止め、僕は焚火を見つめる。
「……僕もするべきことがある」
「ん? するべきこと……?」
「籠手を失った今、本格的に籠手を使わない戦い方を模索するべきだなって」
伊達にミアラークから今日まで僕の戦いを支えてきたわけじゃない。
自分では意識しないまでも、籠手を失った事実は多くの障害を生むだろう。
そのために僕は今一度、自分の戦い方を見つめ返す。
「弾力付与」
弾力を持たせた魔力弾を掌から作り出す。
その上で前腕を覆うように魔力弾を引き延ばしてみる。
傍目から見れば右腕を治癒魔法の緑色の膜が覆っているように見えるが……試しに焚火に手を近づけてみると熱さは伝わってこない
「ウサト、それはなに?」
「失った籠手の代わり。名付けて治癒コーティングだ」
「「……」」
なにか言いたげだな、アマコ、ナギさん。
「わあ、素晴らしいセンスです。私好みで壊滅的ですね!!」
ヴィーナさんには大絶賛されるが、なぜか褒められている気がしない。
こいつはあくまで急ごしらえのもの。
籠手ほどの防御力はないし、腕全体を覆っているこの状態じゃ手から魔力弾を作れない。
その代わり、打撃に合わせて相手にくっつけたり壁に張り付いたりすることもできる……ってのを今考え付いた。
当分は、これでなんとかしていこう。
「よし決めた。リングル王国に帰ったら――」
「帰ったら?」
今まで漠然と魔力を使ってきたし、なんならそれで困ったこともなかった。
だけど魔力回しという新しい技術を使う上で僕はもっと自分を見つめなおさなければならない。
「改めてウェルシーさんに魔力の扱いについての教えを受けに行こうと思う」
「ウェルシーさんが可哀そうだからやめてあげて……」
教えを受けにいくだけなのになぜ止められる……?
そもそも魔力回しの応用の件で呼び出しを受けているので行かなければならないわけなんだけど。
ウェルシーに迫る危機……!
第15章は以上となります。
二話ほど閑話を更新した後に第16章へ移ります。
次回の更新は明日の18時を予定しております。




