第三百七十一話
お待たせしてしまい申し訳ありません。
第三百七十一話です。
悪魔という種族は変な人しかいないのだろうか。
魔王領に入ってから何度もそう思わされてしまう。
ヴィーナさんは群を抜いて変な人だけど、このレアリって悪魔も相当だ。
「なんでこんなことになっちゃったかなぁ」
「な、なに! なにもしてないわよ!!」
共闘、とまではいかないがレアリの同行は許すことにした。
勿論信用はしていないし、同行するにあたっての条件はしっかりとつけている。
現在は一時休戦ということでスケルトンを避けながら、広間の通路———レアリがスケルトンに追われ引き返してきたであろう道を進んでいる。
「僕から一定以上の距離を離した時点で僕はお前を敵とみなす」
「う、うぅ」
「お得意の魔術を使ったとしても僕には分かるし、お前より僕たちの方が走る速度も、飛ぶ速度も速い。逃げるだけ無駄だ」
「なんで空を飛べる悪魔より速いのよこいつ……」
フッ、キーラとルーネのジェット形態を以てすれば容易なことよ。
「ハンナさん、いつでも幻影魔法を放てるように準備していてください」
「もう状況が滅茶苦茶すぎて慣れてきちゃいましたよ……」
心なしか背中のハンナさんの声に諦めが入ってしまっているが正直僕も辟易としている。
こんな迷宮、早く脱出したいところだ。
「結局、双子の闇魔法使いは動かなくなって僕が運ぶことになってしまったし……」
『がっちりとお姉さんが抱きしめているので動きにくそうですもんね』
暴走していた姉の闇魔法使いが、妹さんを抱きしめたまま動かなくなってしまったのでしょうがなくまた僕が背負うことになってしまった。
さすがにハンナさんとは分けて背負っているわけだが……というより、これハンナさんが下りればいいだけなのでは?
「あ、そうだ。これを一応渡しておこう」
「な、なによ……」
唐突に思い出して、傍にいるレアリに治癒魔法弾を渡す。
「爆発しないわよね?」
「何言っているんだ? 治癒魔法が爆発するわけがないだろ」
「アウル、私こいつ怖い!!?」
「ええ、確かに恐ろしいですね。素知らぬ顔でソレを渡すあたりとか」
アウルさんは別の意味で引きつった笑みを浮かべている。
系統劣化の魔力弾を知っている彼女からすれば、種は分かっているわけだし引いてしまうのも当然なはず。
「ナルカ、ベス」
アウルさんの声に反応したナルカさんが魔力を白煙に変え、僕たちの進む方向と周囲を煙で覆い隠す。
次にベスさんが半透明の白い魔力弾を周囲に放り投げ、キィーンという音を響かせた。
「ガカッ」
「カカカッ!」
するとスケルトンは音の響いた方向に身体を向け、僕たちに目もくれずに音のする方へ向かっていく。
「レアリさんってマヌケですよね」
「は? なによ」
「このゴリラ同僚共の魔法を組み合わせればスケルトンなんて簡単に対処できたんですよ。こいつらは音と微かな視界に引き寄せられるんですから」
僕も戦闘中で気づいたがスケルトンは音に引き寄せられていたからな。
でも、それでも目も見えないわけじゃなく、視覚的に動くものを優先的に狙うようにしているから多少とも目が見えるのだろう。
だがそれもアウルさんの同僚たちなら難なく対処できる程度のことでしかない。
「でも」
それでも音と目晦ましに引っかからなかった個体もいる。
煙をかきわけ目の前に現れたスケルトンに無音で近づき、腕を掴み取り後ろへ放り投げる。
「治癒爆裂弾」
空中に投げ出されたスケルトンにくっつけた治癒爆裂弾が破裂し、バァン! という大きな音を鳴らす。
その音に引きつけられてまたスケルトンが集まり、僕たちから離れていく。
「いったいなにが見えてんのよこいつぅ……」
「先に進みましょう」
レアリの使う魔術の天敵みたいなものだからな、僕は。
魔力感知で視覚以上のものが分かる僕に彼女が怯えるのも無理はない。
「人間を侮り、今まで私達をただの人形と認識していたツケが回ってきたんですよ」
「……くっ、うぅぅ……」
アウルさんに煽られてレアリが悔しそうな顔をする。
その姿を見て僕は今一度冷静になるために深呼吸をする。
この悪魔はアウルさん達の遺体を利用した。
それは許せないし、そう簡単に流してはいけない事実だが———今は私情に囚われず、冷静になろう。
「ここには君を除いて何人の悪魔がいる?」
「……カイラだけよ」
「アウルさん」
「事実です。少なくとも私の認識では」
あの乱暴そうな悪魔か。
僕は彼にかなりの恨みを買っているだろうから、接敵次第すぐに襲われそうだけど……。
「彼の使う魔術は? 一緒に行動している君なら知らないまでも能力の一部くらいは知っているはずだろう?」
「……ぅ、魔術そのものは知らないけどぉ。多分、カイラの魔術は……相手を混乱させる魔術、だと思う」
「相手を混乱?」
「一度だけあいつが人間相手に使っているのを見たことがあるわ。魔術をかけられた人間は我を忘れて暴れまわったり、身体を動かせなくなっているようだった」
「……幻影魔法みたいなものか?」
僕の声にレアリは怯えながらも首を横に振る。
……いや、魔術ってのはそもそもできることが多いものだ。
レアリはあくまで混乱って表現しただけで、何かしらの精神への影響を与える魔術か、身体の動きを阻害する魔術の可能性だってある。
そこまで考えていると、未だに背中の箱に収まっていたハンナさんが僕の左肩に手を置くように背中からよじ登ってくる。
「なるほど。ではウサト君には意味のない魔術ですね。つくづく悪魔の天敵みたいな生態してて笑えてきますよ」
「ハンナさん、もういい加減僕の背中から降りてくれませんか?」
「は? 嫌ですよ。ウサト君は私に死ねと言っているんですか?」
なぜに僕が責められるんですかね。
正直、僕としても今の状態は逸れる心配もないので安心できるけど……。
「レアリさん、そのカイラは先に向かったんですか? 仲間の貴女を置いて」
「うっ、そうね。あいつ私を見捨てて、魔王の力を取り込みにいったんでしょうね。ついでにあの勇者もどきの小娘も殺そうとしているんじゃないかしら?」
「……シアのことか?」
「ひっ」
僕が睨みを利かせるとレアリはまたもや情けない悲鳴を漏らす。
僕に合わせて右肩にいる子ライオン状態のルーネも威嚇しだす。
「な、なによ! あんたらもあの勇者モドキを探してるの!? そ、そそそそれなら聞いても無駄よ! だってあいつの存在は私たちにとっても予想外だったし、私だって悪魔を滅することができる奴のところになんていきたくなかったのよぉ!! だからもう睨むのはやめてよぉ、怖いからぁ!!」
「……はぁ。ルーネ、この悪魔はなにも知らないようだ」
「ふんっ」
でもこの口ぶりからしてシアはもう先に進んでいるのか。
カイラのことも気がかりだし、早く魔王の力のところに向かうべきかもしれないな。
「ウサト君」
「はい? なんでしょう、ハンナさん」
「そういえば私気になったんですけど、この遺跡に入る時、悪魔の魔力による襲撃を受けましたよね? 私も影響されてしまうくらいに強力なやつ」
「……ええ」
ハンナさんの言いたいことは分かる。
僕も正直、そのことに関して気がかりだった。
「そこの悪魔。レアリって言いましたよね?」
「な、なによ」
「この遺跡の前に仕掛けた悪魔の魔力を用いた罠。仕掛けたのは貴女ですか?」
「……は?」
目を丸くするレアリ。
この反応からして彼女にとっても寝耳に水だったようだ。
「……悪魔の魔力? なに、それ。私もカイラもそんな罠仕掛けてないわよ……?」
「……」
「嘘じゃないわよ!? それじゃあなに!? 私達以外の悪魔が私達諸共あんた達を罠にかけようとしたってこと!?」
「貴女の素振りが演技でなければそういうことになりますね」
これが演技じゃないならなんなんだ?
この遺跡に住んでいた人々が人間にのみ反応する罠を作ったか、レアリ達が入った後に別の悪魔が仕掛けたか。
色々と可能性は考えられるが……。
「第三勢力がいるかもしれない……ってことか。面倒だな」
ここにきて新たな敵とか本当に勘弁してほしい。
「……でもこの危険極まりない遺跡の迷宮にも終わりが近づいているようだ」
今、少しだけど風が吹いた。
それが意味するのはどこか外に繋がっている場所があるということだ。
気づけば広い通路の先に光が見える。
「出口、なのか?」
通路の端を流れる水路の水もそちらに流れている。
一応警戒しながら光のある方へ出ると……視界に地下空間の光とは別の、太陽の光が降り注いできた。
「……また遺跡?」
石柱や石の壁で作られた真っ白い遺跡。
頭上のところどころ壊れた屋根からは、見慣れた太陽の光が明るく差してきており、その眩しさに目が眩みそうになる。
「外? いや、僕たちはずっと地下に進んでいたはず……」
「いえ、確かにここは地上です。恐らく、ここは遺跡のあった場所より地盤の位置が低い場所なのでは?」
ハンナさんの指摘にハッとする。
そういうことなら別におかしくはないか。
今出たこの場所は最初に入った遺跡のある場所よりもかなり低い位置ということか。
『でもなんというべきか……聖堂とか何かを祀っているような場所にも見えますね』
「キーラ、こういう遺跡に見覚えってある?」
『似たようなものは魔王領にいくつかは。でも似てるだけで根本的に全く異なっています』
天井はかなり高い位置にあるな。
キーラの言う通り聖堂っぽい。
「スケルトンの姿も見えませんね。てか、いつの間にいなくなっているし……レアリさーん、ここには来ましたかー?」
「……」
「レアリさん?」
反応を返さないレアリに首を傾げるアウルさん。
僕も様子を見てみると、どういうわけか彼女は怯えたように視線を一点に固定させていた。
「この先に、魔王の力を感じるわ」
「道は間違っていなかったってことか……。なら早速向かおう」
レアリの反応が気になるところだが、まずは魔王の力を確認しなければ。
まだここにあるということはまだ悪魔の手中には収まってはいないようだ。
白を基調とした聖堂のような場所を抜けて、吹き抜けになり瓦礫だらけの扉を進んでいくと———僕にでも分かるくらいの覚えのある圧を感じ取る。
「ッ!」
そしてその先に見えた光景。
宙に浮かぶ黒い禍々しい力を発する球体と、そのすぐ傍にいる二つの人影。
粗暴な印象を抱かせる短髪の悪魔、カイラ。
そして男装をした黒髪の少女、シア。彼女は光を放つ半透明の球体のようなものに包まれ、その中で膝を抱えるように眠っている。
「シア!!」
シアの姿に気づいたルーネが人型に戻りながら彼女の名を強く呼ぶ。
閉じ込められているのか? それとも単純に声が届いていない? 今、シアの身になにが起こっているんだ……!!
「今度は、お前かよ」
ゆっくりとした動きでこちらを振り向いたカイラに警戒する。
なんだ? この前に遭遇した時となにかが違う。
「治癒魔法使い、随分と丁度いい時に現れたなぁ」
「……どういう意味だ」
「テメェを殺してやりてぇと思ってたんだ……! この茶番劇の中で、テメェだけは純粋に俺を虚仮にしてくれたからなァ! あぁ、本当に丁度いいぜ、テメェはよぉ!!」
……何を言っているか分からない。
殺されるのに丁度いいと言われていい気分はしないし、そもそも———、
「好き勝手しているお前ら悪魔にキレているのは僕も同じなんだよ」
「ヒェッ」
前髪をかきあげカイラを睨みつける。
凄む程度で僕が怖気づくと思ったら大間違いだぞ。
「シアになにをした?」
「知らねぇよ。俺がここに来た時からこいつはこうなってたんだよ。でなきゃ今頃、殺しているところだ」
「……」
とすると彼女の今の状態はカイラに何かをされたわけではないということか。
「……。シアは既に魔王の力の一つを持っている」
もしかしてその魔王の力が、今この場にあるもう一つのソレと共鳴して今のようになった……?
「気にいらねぇ」
「は?」
「ア、アァァ……!! その目が気にいらねぇ。俺を見ても少しも怖がってねぇその目が!!」
……様子がおかしい。
精神に異常をきたしているのか感情の起伏が激しいし、口調もおかしくなってきている。
「憎い!! 憎い憎い憎い!! 俺たちは人間を支配する悪魔だぞ!! それがこんなぬるま湯につかったクソッたれな世界に放り出されて! 挙句の果てに悪魔ですらない人間に恐怖を奪われる!! ふざけるな、ふざけるなふざけるな!! 下等生物が!! 戦え、醜く争い合え!! 疑い、欺き、裏切り、口汚く罵りあう!! お前たちはそういう無様な生き物のはずだァ!! アァ、うるせぇ!! 話しかけんな!! テメェに用はねぇ!!」
カイラが叫ぶ方を見るがそこには浮かぶ球体に包まれたシアしかいない。
その異様すぎるカイラの姿にさすがのレアリも口に手を当てて呆然としている。
「……あいつ、頭でもおかしくなったの……? 元からおかしい奴だったけど、今は本当に普通じゃない……」
誰かシアの傍にいるのか?
さりげなく治癒感知を発動させてもそこには誰もいない。
レアリのように魔術で隠れている様子もなければ、透明になっている誰かもいない。
「やってやる……テメェに言われなくても、俺はあの野郎をぶっ殺してやる……!」
ッ! カイラが魔王の力の断片を手にした!?
瞬時に作り出した治癒飛拳を放ち、黒い魔力を帯びたソレを口元へ運ぼうとしたカイラの胴体に直撃する。
「ッッ、が、は、はは」
「なっ!?」
治癒飛拳で吹き飛ばされ地面に叩きつけられてもカイラは不気味な笑みを浮かべたまま、その手から魔王の力を手離さなかった。
それどころか不自然な体勢のまま奴は魔王の力を口に入れようとする。
「! カイラ、やめなさい!! 魔王の力を取り込むなんて自殺行為よ!! いくら悪魔が不滅の存在だからって無理があるわよ!?」
レアリの制止を無視しカイラは魔王の力の断片を口に放り込み、そのまま呑み込んでしまった。
変化はすぐに現れた。
ドグン!! とカイラの身体が大きく震え、そのまま痙攣する。
「……ァァァァ!! が、がァァァ!? アアアアア!?」
「カイラの身体が、膨れ上がって……」
奴の身体の内側から何かが膨れ上がり、収縮を繰り返す。
魔王の力が、暴れているのか?
大きく身体を痙攣させながら次第にカイラの髪の色が銀髪へと変わり、その角も大きくねじ曲がり肥大化していく。
身体は一回り大きくなった上に血管が浮き上がっていき、先ほどと比べ大きな変貌を遂げたカイラは跳ね上がるように身体を起こすと獣のような唸り声をあげ僕を睨みつけてくる。
「グ、ウゥゥ」
理性があるようには見えないな。
徹底的に僕を敵視しているように見える。
「ぢゆ、ばほう、づかいぃぃいいいいいいいい!!!」
「ッ!」
『すごい声です……!!』
空気を震わすほどの声。
魔力が籠められたそれに拳を構えると———僕の傍にいたアウルさん達が一斉に地面に倒れ伏した。
「アウルさん!?」
「ご、ごめんなさいウサト君。どうやら、カイラの魔力の影響で私達は動けないようです……!!」
表情こそは動いているが身体は地面に倒れ伏したまま動かない。
アウルさんは悪魔の命令に逆らえないようにされているとしたら……暴走したカイラに影響されてアウルさん達の身体になにかしらの不具合が起きてしまったということか?
「レアリ! アウルさん達に命令を出してこの場からっッ……て、いねぇ!?」
すぐ傍にいたはずのレアリがいない。
周りを見ると僕たちが入ってきた扉の影に隠れている!?
あいつ、なんの躊躇もなく見捨てたな!?
即座に逃げ出すレアリと、魔王の力で肉体改造をし始めたカイラでした。
次回の更新は明日の18時を予定しております。




