第三百六十五話
たくさんのお祝いの感想ありがとうございます……!!
昨日に続いて二話目の更新となります。
第三百六十五話です。
悪魔と逸れたというアウルさんの言葉。
彼女と闇魔法使いの双子の片割れが一緒にいるという不可思議な状況の説明にもなるけれど、それを信じていいかどうかはまだ判断できなかった。
「なぜ悪魔と逸れたんですか?」
まだ悪魔側が仕掛けた罠という可能性もある。
やつらの狡猾さは良く知っているので無条件で信頼できない僕に、アウルさんはどこか呆れと投げやりな様子で続きの言葉を口にする。
「そもそもですね。この遺跡の罠に悪魔側もまんまとひっかかっちゃったんですよ」
「……まさか湖のタコの脚みたいな仕掛けに?」
「ええ。悪魔共もなんも知らなかったのかそのまま呑み込まれて、ついでになぜか私も命令の強制力で突っ込まなくちゃいけなくなってですね。それで今の状況に」
「悪魔ってバカなんでしょうか?」
ハンナさんの歯に衣着せぬ物言いにアウルさんも引きつった笑みを浮かべるばかりだ。
……あの仕掛けは悪魔側のものじゃなかったのか。
「つまりは現状僕たちと敵対するつもりはない、と?」
「命令そのものの優先度が上書きされちゃいましたからね。“ウサト君を殺せ”より“悪魔を守れ”っていう命令が上回ったので今はそっちに強く縛られている感じです」
この場にネアがいてくれたらなぁ。
彼女のネクロマンサーの力でどうにかできたかもしれないが……。
「……え、それってつまり貴女はまだウサト君を攻撃したい衝動に駆られているってことですか?」
ハンナさんの言葉にアウルさんは頷く。
とてもそうは見えなかったが、今も抗っているということなのか……?
「こちとら生前は鬼の隊長の元で地獄を見てきた身ですよ。我慢するなんて訳ないっすよ」
「……なるほど」
「ウサト君、ちょっとこっちきてください」
ハンナさんに腕を掴まれ、アウルさんから少し離れた場所に引っ張られる。
なんだろう、と思っていると不意に彼女が僕に指を突き付けてきた。
「ウサト君は少しは疑うことを学んだ方がいいです。あれ、見た目は貴方の先達らしいですけど悪魔の手で目覚めさせられた操り人形ですよ? 固有の意思があるとはいえ迂闊に信じるのは危険すぎます」
ハンナさんの言うことは正しい。
僕は騙されやすいし、嘘をつくことも苦手だ。
「それは分かっています。でも……」
「でも?」
「多少危険を冒してでもアウルさんから情報を引き出したいんです。彼女とその仲間を悪魔から解放する手段と、悪魔がなにを目標にして行動しているのか……」
これは一種のチャンスなのだ。
アウルさんから情報を引き出せるし……なにより今の状況やローズのことをどう思っているのかを彼女自身の口から聞いてみたかった。
僕の言葉にハンナさんは額に手を当てて肩を落とす。
「はぁ。ウサト君って本当に面倒な人ですね」
「……すみません」
「謝らないでください。私の方でも警戒しておくので貴方も油断しないように」
「ありがとうございます」
ハンナさんには面倒をかけさせてしまうな。
僕としてもアウルさんには気を付けつつ、ハンナさんとルーネに危険が及ばないように細心の注意を払っておこう。
「相談は終わりましたか?」
「ええ。とりあえず仲間と合流するために遺跡の中に進みます。勿論、貴女達も一緒で」
とりあえずはネアと合流するべきだな。
彼女がいればなにかアウルさんの状況をなんとかできる手段が見つかるかもしれないし。
「……もしかすると、私の意思で押さえられなくて君を攻撃してしまうかもしれないけど……」
「その時は僕だけを攻撃してください。……フッ、安心してください。同僚の襲撃を受けるのは割と日常茶飯事なことなので」
救命団では強面どもと幾度となく喧嘩し、ローズにボコボコにされた身だからな。
そういうのは慣れている。
「あ、今のところでもそんな感じっすか? いやぁ、なら安心っすね」
昔もそうだったのかな?
「それに魔力感知で常に警戒していますし、なにより守りに関してはキーラがいますからね」
『えっへん。守りは任せてください』
「……前の襲撃の時も気になりましたけど、マントの中に魔族の子供が入っているなんて不思議ですねー」
キーラの能力については詳しく言わない方がいいだろうな。
アウルさんから悪魔側に情報が渡ってキーラを狙うようなことになるのは避けたいし。
「それよりも、次はそっちの子です。ルーネ」
「ウサト、こいつ全然動かない。目は開いてるけど死んでるのか?」
黒い炎に包まれた豹の姿のまま双子の闇魔法使いの片割れを押さえつけるルーネ。
押さえつけられている本人はぐったりとしたまま動く様子はない。
「もう押さえつけなくてもいいよ。……アウルさん、この人はいったいどうしたんです?」
「どうしたもなにも命令されなきゃ操られた亡骸は大抵こんなもんですよ。加えて言うなら、この子は双子の姉がいなきゃもっと無気力になってしまうようで……ついさっきまで私もしがみつかれて大変でしたよ」
つまり今の時点では特別脅威ではない、ということか?
ルーネの拘束から解放され、のそりと起き上がった双子の妹の方はゆっくりと歩き———なぜかハンナさんの腕にしがみついた。
まさか自分に関係ないと思っていた人物の突然の行動に彼女の顔が真っ青になる。
「え、あの、どういうことですか? 私、悪魔側の勢力の亡骸さんにしがみつかれているんですけど」
「おや、気にいられたみたいっすね」
「そういう厄介なのはウサト君の仕事でしょう!? あ、あの離れてくれませんか?」
「……」
ハンナさんが声をかけても反応は無し。
うーん、意識はないとはいえ生前の行動に引っ張られているということなのだろうか?
「君がお姉さんに似ていたからじゃないっすかね?」
「……ッ」
「アウルさん。話はここまでにして先に進みましょう」
その話は駄目だ。
ハンナさんは実の妹を喪っている。
動揺する彼女を見かねて話を遮った僕はルーネに目配せをしてから先へ進むように促す。
「あ、それとアウルさん。これ」
「へ? なんですか? 魔力弾? うわー、もちもちしてすごいっすねこれ!」
先に進む前にアウルさんに治癒魔法の魔力弾を渡しておく。
弾力付与により形を球体へとどまらせたもので、これで道を照らすこともできる。
「でもなんだかそこのお二人の魔力弾より色が薄いような気が……」
「え、そうですか? まあ、明かり自体は変わらないので」
「……ま、それもそうっすね」
特に気にすることでもないと思ったのかそのまま系統劣化で作られた治癒魔法弾を触るアウルさん。
そんな彼女を横目で見ている僕を、まるで外道を見るような目で見ているハンナさんに気づきつつ僕は真っ暗な遺跡を治癒魔法で照らしながら先へ進むのであった。
●
私が最期に見た記憶は隊長———ローズさんの腕の中で命を落とした時のことだ。
ネロ・アージェンス。
彼が持つ“魔力を断ち切る魔剣”により切り裂かれた私は治癒魔法で傷を癒すこともできずそのままあっけなく死んでしまったわけだ。
魔族に対しての恨み……と聞かれても正直ピンとこない。
あっちも私達もどちらも相手を殺すつもりで戦って、共倒れになって死んだ。
その結果はどうあっても変えられないし、隊長が最後に生き延びてくれていただけで私は満足だった。
私達の死は意味のないものじゃない。
この時代に、隊長という最強を残らせただけでも最良の結果とも言える。
それで私達の人生は終わり。
そのはずだった———、
「ままならないなぁ」
死んだと思ったら生き返ってしまった。
厳密には死んだままで魂だけ戻った状態だけど最悪なことには変わりない。
悪魔の命令に従わなきゃならないし、同僚たちは未練もなにもないのか意思無き亡骸ゴリラと成り下がっている始末だ。
だが、こんな最悪だらけの状況の中で一ついいことがあった。
それは———、
「キーラ、ルーネお腹空いてない? 大丈夫?」
『大丈夫です!』
「心配ない」
隊長が見つけ鍛え上げた治癒魔法使い———ウサト君。
闇魔法を使う魔族の子供と、マントに話しかけている彼を見て私は目を細める。
絶っっっ対にいるとは思えなかった隊長と同じ治癒魔法使いに会うことができたことが数少ない良いことと言える。
「ウサト君、私となりが怖いんですけどどうしたらいいんですか!? 全然離れてくれないんですけど!?」
「う、うーん、大人しいのでとりあえず今は好きにさせてみましょう」
「……。あの提案なんですが! この人、闇魔法使い使いなのでそっちにくっついた方がいいですよ!!」
「僕に押し付けようとしないでください……」
賑やかだなぁ。
魔族と人間が仲良くしているという光景だけでも驚きなのに、当の彼はそれを少しも不思議に思っていない。
私が死んでいた間になにが起こっているのか凡そ知っている。
魔王軍が復活して、
リングル王国が勇者を召喚して、
リングル王国が魔王軍との三度の戦いに勝利して、
最後に勇者達が魔王を倒し降伏させて、戦争は終わりを迎えた。
その中心にはリングル王国の勇者達と、ウサト君がいたという。
「隊長の後継者……」
治癒魔法を用いて戦う人間。
間近で見ると本当に普通の少年だ。
でも私は知っている。この普通そうに見える少年がとんでもない動きをしながら治癒魔法を爆発させたりしてくることを。
使う戦法こそ違うけど、この子は紛れもなく隊長の弟子だ。
そう確信できるほどのデタラメさがこの子にはあった。
「それっ」
ウサト君が手に浮かばせた魔力弾を通路の先へと投げつける。
光が暗闇へと突き進み、ぱーん、と弾け音が木霊する。
「反応はなし。先に進みましょう」
「そこまで分かるんですか……?」
「動くものと生物なら探知できますね。特に生物に関しては治癒魔法が発動するのでそっちの方が分かりやすいです」
悪魔どもが最も警戒しているのがこれだ。
ウサト君の持つ感知能力。
世界から存在を隠すという魔術すらも見破るその異様な技術は、悪魔にとって天敵になりうる能力でもあり、奴らが目の敵にするほどのもの。
「ウサト君と隊長ってどんな感じで会ったんですか?」
「え、どんな感じでですか? ……そうですね、こっちの世界に召喚された直後に攫われて救命団に放り込まれましたね」
「あー、なるほど」
分かる分かる。
私の時もいきなり首根っこ掴まれて部隊にいれられたなぁ。
「私、最初に部隊に放り込まれた時やばかったですもん。リングル王国内のやべー奴らが集まってもう魔窟って感じで恐怖でしかなかったです」
「僕の時は盗賊としか思えない強面共がいてですね。あの時は本当に怖かったなー」
強面……? 今の隊長の部下達のメンツが気になるところだけど、ウサト君も私と同じような感じだったようだ。
「僕の場合は、それから訓練が始まりましたけど、まあなんとか乗り越えました」
「乗り越えちゃったんですか」
「ええ、乗り越えちゃいました」
「苦労したんですねぇ」
「え?」
「え?」
途中まで意気投合していたのに途中からなにか外れた……?
い、いかん、この先の話は体温のない私ですら青ざめそうな闇の深い話になりそうなので話題を逸らそ———、
「あ、でも回避力を鍛えるために団長の拳を受け続けるってのはヤバかったですね。いや、本当に死ぬかと思いました」
「なんで生きているんですか君……?」
隊長の拳を受け続ける……? いったいあの人はなにをやっているのだろうか。
あの人のことだから下手な手加減はしないだろうし、逆を言えばこの子はその訓練を乗り越えてここにいるってこと。
「治癒魔法に頼らない回避力を身につけろ……というのが訓練の目的らしいですからね」
「それは……」
「今思えば、ネロさん……ネロ・アージェンスとの戦いを経た団長が僕に教えようとしたんだと思います」
私を殺した魔族の名前。
動揺を表に出さずに私はおちゃらけたように肩を竦める。
「じゃあ、私達が死んだのも無駄じゃなかったってことですね」
「……」
「……ごめんなさい。この言い方はあまりよくなかったようですね」
生前結構な頻度で無神経と呼ばれていたので、ウサト君が顔を顰めたことにすぐに気づけた。
死人の私は死に意味を持たせたいと思っても、生きている彼や隊長はそもそも私達には死んでほしくなかったと思うはずだろう。
「ウサト君は私が魔族を恨んでいると思っていますか?」
「それは分かりません」
即答した彼にそりゃそうだと、我ながら苦笑する。
「僕は貴方のことを言伝でしか知りません。団長の信頼する部下で、副隊長を任された人だと」
「……隊長からは?」
「信頼する部下、副隊長を任せていたと。後……性格が僕と似ている、と」
「君と?」
「負けず嫌いなところとか。団長に食って掛かるところとか」
「あはは。確かに似てます」
だから隊長はこの子を選んだのか……とちょっと思ったりするけど、多分違うのは分かってる。
「だから聞かせてください。アウルさんは魔族を憎いと思っていますか?」
「……思ってませんよ」
思っているはずがない。
もう終わった話なんだ。
私を蘇らせた魔術の影響で無理やり憎悪を煽られてはいるけれど、そんなことは関係ない。
「そもそも魔族憎しで戦っていたわけじゃありませんからね。私達は……隊長の部下だったから戦ってきたんです」
「そう、ですか」
「隊長は……ネロ・アージェンスとは決着をつけたんですよね?」
私の質問にウサト君は頷く。
「ええ、ちゃんとぶっ飛ばしていましたよ」
「隊長がちゃんとケリをつけてくれたなら本当に言うことはなにもないですね。私も安心してあの世に戻れますよ」
未練は元からない。
そう思い儚げに微笑んでデキる先輩っぽい貫禄を出してみる。
「え、いやいや、貴女はちゃんと団長の前に連れていきますよ?」
……あっ。
「か、堪忍です。私結構ここまでやらかしているので隊長の前に連れられたら死んじゃいますから……!!」
「嫌です」
「君、私の後輩ですよねぇ!?」
確固たる決意と善意を感じる。
性質が悪いのはこの子は私がどんな理不尽な目に遭うかしっかり分かっていることだ。
「アウルさん。いいですか、僕と貴女はローズという同じ上官の元で働いてきた身です」
「え、あ、ほら、先達への情けとかそういうものとか……ほら、私先輩!!」
「団長の怒りを前に先達への情けとか意味ないですね。僕は全力で保身に走ります」
「くそう! 私が死んでも変わってなくて安心しましたよぉ!!」
すがすがしいくらいの笑顔で言い放たれてしまった。
逆の立場だったら私も絶対同じことをするのでなにも言えねぇ……。
「……はは」
でも安心してしまった。
隊長はまったく変わっていないんだと。
私達が尊敬しついて行ったあの人のままなんだと。
なにより隣を歩く少年がそれを証明してくれている。
「———止まってください」
色々と言葉にならない感情になってしまっているとウサト君の足が止まる。
「この先の開けた空間になにかいます。人ではありません……これは魔物? すごい数だ」
『どうしますか?』
「……避けられそうにない。アウルさん、ハンナさんにしがみついている方は走れたりしますか?」
「いえ、ふらふらしているだけなので無理だと思いますよ?」
少し思い悩む仕草をしたウサト君だが、彼は自身の身に纏ったマントを変形させる。
ウサト君が何かを言う前にハンナと呼ばれた魔族が、しがみついた双子の妹さんと共に彼のマントへと足を踏み入れ、飛び乗った。
「いっそのこと常時私のこと運んでくれません? これ馬以上に乗り心地が楽なので」
「……。貴女は僕の後ろで幻影魔法を放つ固定砲台になっていてください」
「あ、あれ? 一気に扱いが雑に……? う、ウサト君? もしかして怒ってます? ウサトくーん?」
彼の着ているマントはいったいどういう原理なのだろうか?
……まあ、悪魔の命令に逆らえない私にはむしろ教えない方がいいので説明しなくてもいいのだけど。
そう思っていると、もう一人いる魔族の子供———ルーネと呼ばれた子が前触れもなく黒い炎に包まれる。
思わず驚いてしまうと黒い炎は徐々に小さくなっていき子猫ほどの大きさになるとウサト君の肩に飛び乗った。
「え、ルーネ……そんなに小さくなれるの? こ、子ライオン……?」
「いつもお前の肩にいるちっちゃいフクロウを真似た。わたしは夜目が利かないから動くのはお前に任せる」
「あ、ああ、分かった。振り落とされないように気を付けて」
「おう」
……。
え、これ私ツッコんじゃ駄目ですか?
さっきまで5人で集団行動していたのに実質2人にまで減ったんですけど!?
私以外誰も疑問を抱いていない時点でおかしくないですか!?
「ではアウルさん、先に進みましょう」
「ウサト君はある意味隊長よりびっくり人間っすね……」
「……まあ、自覚はあります」
自覚があるのは救いなのかな……?
結構短いやり取りしかしてないけどもうお腹いっぱいな気分だ……。
飛行と幻影魔法と炎で強襲型ウサトとなりました(?)
今回の更新は以上となります。




