第三百六十二話
お待たせしました。
第三百六十二話です。
湖に隣接する遺跡。
捨てられた街とも言えるその場所にシアはいるかもしれない。
ルーネに案内されたそこに向かいながら、僕たちは一層警戒しつつ先を急いだ。
「ここは、どーみても街だな」
「ああ」
目の前の立ち並ぶ廃墟の光景を目にしたコーガの言葉に頷く。
湖に隣接する朽ちた街。
なにかしらの災禍に見舞われたのだろうか、若干の破壊の跡が見える廃墟を見据えながら僕たちは警戒を強め足を踏み入れる。
「ヴィーナさん。僕が周囲の魔力感知に集中するので、貴女は前に出て前方に広く感知できるようにしていてください」
「分かりましたー」
「それと、悪魔の気配とか分かりますか?」
「いえ、全然。……役立たずと罵ってくれても構わないんですよ?」
頬を染めながらそう言ってくるヴィーナさんを無視し、僕は襲撃に対応できるように魔力感知の範囲を隊の周囲にのみ円状に広げるように意識する。
「ルーネ、なにか分かる?」
ブルリンの背中に乗りながら予知魔法に集中していたアマコが、一緒に後ろに座っているルーネに話しかける。
ルーネはどこか困惑したように首を傾げながら周りをきょろきょろと見回している。
「……。分からない。でも、魔物の気配を全然感じない」
「たしかここにも魔物がいるって言ってたよね?」
「ああ。でもいない。それがおかしい」
……じゃあ、なにかしらの異常事態が起きているってことか。
「ウサト」
「ナギさんはなにか感じ取りましたか?」
「残念ながらなにも。……でも嫌な感じはする」
「奇遇ですね。僕もです」
確証はない。
なんの変哲もない廃墟が並ぶ遺跡だけど、漠然とした悪寒がする。
「……」
「……。ナギさん、僕が嫌な予感を感じるって聞いてさらに顔を険しくさせるのはどういうことなんですか?」
「え!? いやぁ、君の勘は当たるからね! だ、断じて君が事件に巻き込まれやすいとかそういう風に思っているわけじゃないからね!?」
いや、語るに落ちているじゃないですか。
自覚はあるけれども。
……ん? そういえばさっきまで肩にいたネアがいないな?
「わー、魔物の領域に住む民族の集落跡地! ここでもエルフと魔族の建築が使われていますねぇ!」
「見なさいよ、ハンナ。地面に大きな窪みがあるわよ」
「これはここには元は水路が流れていた感じですか? 興味深いですねぇ」
声のする方を見れば廃墟を観察しながら盛り上がっている悪女二人の姿が。
「……あー、ウサト」
「ええ、はしゃがないように注意してきます」
歴史的価値のある遺跡を前に興奮しだすハンナさんとネアに頭が痛くなる。
知的好奇心が刺激されるのは分かるけれども、もうちょっと緊張感を持って欲しい。
「とりあえずは警戒しつつこの廃墟を調べていきましょう」
「じゃあ、三つに分かれるか」
「ああ。戦闘をこなせる僕、コーガ、ナギさんで別れるとして……」
僕 (キーラ)、アマコ(ブルリン)、ルーネ、ネア
コーガ、ヴィーナさん、ウォルさん、セインさん
ナギさん、ハンナさん、ノノさん、エルさん、ケヴィンさん
この三チームに分かれるとしよう。
感知と戦闘をこなせる面々をバランスよく分けつつ、且騒ぎが起こったらすぐに駆け付けられる距離を意識するようにさせる。
僕のチームに関しては……ルーネと年の近いアマコとキーラが一緒にいるからな。
「じゃあ、お前ら行くぞ」
「勘違いしないでください。私、別に罵ってくれるなら誰でもいいわけじゃないんですからね!」
「なあウサト、こいついらないからそっちにやってもいいか?」
「僕もいらないかな」
「ひぃん! 欲しいものをこんなに分かってくれる……!」
面倒くさいムーブをするヴィーナさんに笑顔で言い放つと笑顔で痙攣し始める。
いらない、というより魔力感知役は僕がいるから、彼女には索敵能力のないコーガをサポートしてほしいだけなんだけど。
———と、普通に言ってもまた面倒くさいことを言い出しそうなのでここは彼女の喜びそうなことを言って満足させておく。
「よろしくお願いします。大きいアマコさん」
「ぐはっ……」
……なんだかハンナさんに言葉のボディブローを叩きつけられているナギさんが見えたが……うん、なんだかんだで大丈夫だろう。
ハンナさんは幻影魔法が強力だし、ナギさんは強い。
なにか起こったとしても安定して対処できる。
●
探索してみて分かったことはこの廃墟は比較的新しい……っていうのも変だけど、百年前くらいに滅んでしまった場所らしい。
住む場所を追われた人々は散り散りになりそれぞれの生活を送ることになった。
その散り散りになった人々の中の子孫がルーネになる……というのがネアの見解だ。
「ここって、わたしの故郷……だったらしいね」
「実感はない?」
「……正直。わたしの故郷は森の中だから」
廃墟を眺めていたルーネ。
実感はないにしても思うところはあるように見えるけど、その感情を自分でもよく分かっていないのかもしれない。
「シアと会えたらどうする?」
「……わかんない。苦しんでいるなら、なんとかしてあげたい」
闇魔法云々は関係なくルーネはシアに懐いているのだろう。
初めて会った実の両親以外の人間だからか、その理由は分からないがそれは執着とは違った感情だと僕は考えている。
「シアと君は友達なんだろうな」
「ともだち? 言葉だけは母に教えてもらった」
「どんな風に教えてもらったの?」
アマコの質問にルーネは思いに馳せるように前を向く。
「一緒にいると楽しくて、安心できる存在……」
『優しいお母さんだったんですね……』
キーラの呟きに僕は彼女のいるマントに目を向ける。
キーラの両親は彼女を騙して魔物の餌食にさせようとした。
そのことを知っている僕がさりげなく彼女を気遣おうとすると、キーラはマントの中で「私は大丈夫です」と答えてくれる。
『私にはグレフと……ウサトさんがいますから』
そこはどうして僕と聞きたいところだけど、あれかな?
僕は兄的な存在とか頼れるおじさん的な感じで見られているのかな?
「シアは、わたしと同じだ。ひとりぼっち」
「なら、君が一緒にいてあげなくちゃな」
「……うん」
こくり、とルーネが頷く。
素直な子だ。だからこそシアも安心して一緒にいれたのかもしれないな。
さて……。
「ネア、なにか気づいたことはあった?」
「いくつかあったわ」
先ほどから空から街を観察していたネアが僕の肩に降りてくる。
「まず考えるべきは、どのような災厄に見舞われたかということよ」
「魔物の襲撃とか? ここじゃありえない話じゃないだろう?」
「いえ、魔物って可能性は低いわ」
え、低いの?
首を傾げる僕とアマコにネアがこの廃墟のある街の端の方を指さす。
「あそこ、かなり朽ちているけど石柱と壁の残骸があるでしょう?」
「ん? ああ、確かにあるな」
「あれ、街の内側じゃなくて外側に倒れているの。一部だけじゃなくてほとんどが」
……あ、なるほど。
「魔物の襲撃を受けて壊されたんなら、壁は内側に倒れるか壊されているはずだもんな」
「ええ、それと……ウサト、空に上がりなさい」
飛べってことか?
「分かった。ブルリン、アマコとルーネを少し頼む」
「グァ!!」
ブルリンに地上を任せ、マントの能力で空を飛ぶ。
ある程度の高さまで上がるとネアがストップをかける。
眼下には朽ちた廃墟が並ぶ街の光景が映り込む。
「ここらへんでいいわ。ウサト、キーラ、廃墟の破壊のされ方と、さっき説明した外壁と石柱の残骸を見てみなさい」
『むぅぅ……なにかおかしなところでもあるのでしょうか?』
ネアに言われたとおりに空から廃墟と化した街を見下ろす。
木々もなく、白く朽ちた廃墟が並ぶ街。
魔物対策のために高く造られたであろう外壁はそのほとんどが壊れはて……ん?
「破壊が一方向からのもの、か?」
『あっ、確かに。倒れている建物とか、壊れているものの瓦礫がみんな同じ方向に落ちています!』
「そういうこと」
その方向の逆を見てみると、あるのは大きな湖だ。
だとすると湖が氾濫して一時期街が呑み込まれたってことか?
それで説明がつくけど……。
いや、待て。
よく見るとこの街の形、不自然じゃないか?
湖に隣接しているというよりまるで……。
「半分、沈んでいる?」
「気付いたかしら?」
「……下で確認してみよう」
理解できたところで地上に降りてアマコたちと合流し、街の湖側へと向かう。
「ここが境目っぽいな」
「時間が経って劣化してるけど、たしかに街の半分が湖に沈んだようにも見えるね」
湖と街の狭間で半分に崩れるように朽ちている廃墟を見たアマコが頷く。
……水は綺麗なように見えるけどかなり底が深いな。
「湖に沈んだ街ってか。まるで幻の都とかそういうオカルトめいた話になってきたな……」
悪魔や魔王の力が関わっていなかったらワクワクしていたところだけど、そうもいかない。
というより、このミステリーとロマンあふれる状況を先輩に見せてあげたいなぁ。
「問題なのが今のところこの遺跡になにもないってところなんだよな」
「絶対なにかがあると思うのだけどねぇ……ウサト、なにか感じない?」
うーん……。
ネアの言葉に唸りながら、素直な感覚を口にする。
「嫌な予感がする」
「なにかあるね、これ」
「確実になにかあるわね」
『き、気を引き締めなければ……』
「グァ!!」
だから僕が嫌な予感を感じると途端に戦慄するのはやめてくれよ。
ルーネはアマコたちの反応に素直に引いてしまっている。
「とにかく、まずは皆と合流して情報共有だな」
「ええ、そうね」
コーガとナギさん達もなにか見つけているかもしれないからな。
とりあえずは情報を共有した後で野営の準備を進めよう。
●
情報共有こそはしてみたが僕たちが見つけた街の情報以外はめぼしい成果はなかった。
結果としてこの街自体はただの朽ちた廃墟でしかなかったわけだ。
考古学者の人たちにとってはとんでもない歴史的価値のある場所だろうけど、生憎魔王の力やシアの行き先とは関係のない場所だった。
「じゃあ、とりあえず潜ってみるか?」
「よし、それで行こう」
「いいわけないだろう」
コーガの提案に同意するように人差し指を立てた僕をナギさんが止める。
それに対しては僕とコーガは至極真っ当に抗議する。
「いやいや、カンナギさんよ。とりあえずこの怪しい湖調査しなきゃ始まんねぇだろ」
「コーガの言う通りです。安心してください訓練の一環で息止めも得意です」
「そういう問題じゃないからね!? ……湖になにがあるか分からないんだ。もし大型の魔物や悪魔の罠があったらどうするんだい?」
たしかにナギさんの言うことにも一理ある。
しかし、どうしようか。
このまま湖を眺めていても状況が変わるわけじゃない。
うーん、と悩んでいるとおもむろにネアが翼を挙げる。
「じゃあ、ウサトをロープかなんかで巻き付けて湖に放り込めばいいんじゃない? 危なそうだったらカンナギとコーガで引き上げればいいだけだし」
「いいわけないよねぇ!?」
「……なるほど」
「ウサトも納得しないの!!」
ロープはコーガの闇魔法を組み合わせればできるし、酸素問題もキーラの闇魔法で解決できるかもしれない。
思わぬ提案に思い悩んでしまうが、ナギさんが半泣きになって止めてくるのでさすがに却下となった。
「であれば、コーガの分身を潜らせて疑似餌にしてみる方法が……」
「俺の分身、武器になるんだからやろうと思えば魚の形になれんじゃね?」
「コーガ君、これもう完全に割り切ってますよね」
「こういうところで闇魔法って変質していくんでしょうねぇ」
ネアとハンナさんがなにか言っているが、とりあえずはコーガの分身に偵察をさせてみるか。
なにかが食らいつけば収穫もあるし、なければ安全が確認できて潜ることができるってことだ。
そうと決まればと思い、僕達は早速湖を調査する準備へと取り掛か———、
「ッ!!」
「アマコ?」
前触れもなく近くにいたアマコがブルリンから飛び降りるように僕の背中に飛び掛かってきた。
勢いよく首にしがみついてくる彼女に困惑よりも、なにかしらの異常が起きたことを察する。
「ネア、悪魔の魔力に対しての耐性の呪術!」
僕にしがみついてきたアマコの声。
その直後に僕の魔力感知に、なんらかの魔力の干渉を感じ取る。
「ウサトさん! 悪魔の魔力です!!」
やや遅れたヴィーナさんの声と同時に周囲に溢れだしたのは濃密な淀んだ色の魔力。
濃厚な悪魔の魔力に耐性のない面々が顔を顰めながら地面に膝を突いた。
人の心を惑わし、麻痺させる悪魔の魔力。
それが街のどこかから湧きだし、湖に朝もやのような霧を出現させながら僕達を取り囲んだ。
疑似餌にされかけるコーガ(分身)でした。
次回の更新は明日の18時を予定しております。




