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第四十話

あらすじを少しだけ変えました。

 私の見える未来はあやふやだ。

 普段見えても十分が限界、それもその場で強く魔力を練らなくちゃ無理だし、突発的に見える予知で一年以上も見ることができてもそのタイミングは私にも分からない。分岐の可能性を持つ人には特別な二つの未来があるけど……それはあまり役にはたたない。

 不安定だが日常的にはかなり便利な魔法。でも私は生まれてからこの魔法に感謝をすることはあまり無かった。


 私が自分の魔法を理解したのは数えで七歳になる頃だった。これから起こる事柄が分かり、寝ている時に見た夢が現実で起こったり、普通ではないことが私に起きはじめた。勿論、喜んだ。なんてすごい力だと得意げになった。


 でも母は……私にその魔法について誰にも言うな、と釘を刺した。私の力は母が持つそれよりも強く危うい力だから、それを狙う誰かに私が狙われないようにするために。

 子供だったからか、よく分かってない私が何で?と聞くと母は『神様がくれた贈り物だから貴方の為に使いなさい』とだけ言われたことは今でも鮮明に覚えている。


 母はすごい人だ。どんな未来でも見通せて、尚且つその予知が外れた事もない。獣人の王とその周りの大人たちは母を、一族を崇めるよう祭り上げた。子供である私はそれを嫌とは思わなかったが、母はそれほどいい顔はしなかった。

 何不自由のない生活。

 周りからの羨望の眼差し。

 大好きな母と一緒に居られる幸せ。

 だからこそ母の力になりたかった。この力を、母の手伝いに使えればいいと思って、10歳の時に今一度母に魔法を使っていいかを訊いた。すると母は――


 ―――『貴方は私の様にはならないで……』


 そう言った母の表情は今でも忘れられない。まるで今生の別れのように悲しい表情で私を痛い程抱きしめて……苦しげにおでこを押さえていた。




 そして、その数日後に……母は―――







「アマコちゃん!」

「はっ」


 聞きなれたハスキーな声に気付き、顔を上げる。目の前には街の大通りを歩く人々の波と、リングル王国名産のアパッチョというトゲトゲした大きな実が視界に映る。そうだ、私は今、店番をしていたんだ……。


「大丈夫?アマコちゃん」

「サルラさん、すいません……ボーっとしてました」


 実は寝ていたのだが、余計な心配を掛けたくないのもあるのでとりあえずは黙っておく。サルラさんはこの国に来て拾って貰った人であり、私の恩人。

 正直ここに来た時はボロボロだった……運よく見つけた馬車に飛び乗ったのはいいがそこで力尽きて寝てしまった。次に目を覚ましたらサルラさんの家のベッドで寝かされていた。


 後から聞いた話だけど、サルラさんのお店に仕入れるアパッチョが積んである馬車に乗り込んでしまったらしい。そんな事を知らなかったその頃の私は、人間不信に陥っていて、サルラさんに対して並々ならぬ敵意を向けていた。

 でも―――。


「本当に大丈夫?今日は休む?」

「あ、いえ……大丈夫です」


 この人と街の人達に救われた。ずっと身を隠して逃げて、逃げて、逃げてきたけどこの場所は違う。色んな人間の国を回ってきたけど……ここまで外と違う国は初めてだった。


 だからここにいると……帰りたくなくなる。

 助けたい母がいる故郷に、私の力を利用しようとするあの国へ帰りたくなくなる。でも母を救いたいと思ってる、なにせそのために国を抜け出して治癒魔法使いを探しに来たのだから。

 でも、母を『使い捨てた』癖にのうのうとしている奴らのいる国に行くのは――――。


「あら、ウサト様じゃないか」

「え?」


 サルラさんの言葉に大通りの方へ視線を向けると、大きめの袋?のようなものを背負いブルーグリズリーの……ブルリン?と言う魔物を連れて外へと続く門の方へ歩いていくウサトの姿が見える。


「何処から見ても普通の子なんだけどねぇ……でもあの子のおかげであたしの甥も助かったっていうのは本当の事なんだよね……」

「普通ではないと思うけど」

「はははは!確かにでっかい魔物背負ってここを走っている時は何事かと思ったよ!でも、ローズ様率いる救命団にとっちゃあそれは普通なのさ」


 自分が来る前の救命団ってどれだけ凄まじい事をやらかしたのだろうか。少なくとも自分がここを任せられたのは一年位前でしかも何時も店番しているという訳ではないので、ウサトくらいしか練習風景を見ていないが……。


 ……よくよく考えれば自分はウサトの事を予知で見た事とかこの場所で走っている所を見ているぐらいしか分からない。

 面と向かって話したのも最近だし、治癒魔法ができ、すごい身体能力っていう結構大雑把な事しかウサトの事を知らないのだ。サルラさんのように優しい人なのは分かる、でも心の何処かで私はウサトを信じていはいない。何時か裏切るんじゃないか、手籠めにして売りさばこうとするのではないか。

 私の心に深く根付いた根本的な恐怖がウサトを信じさせようとしない。


「……サルラさん、ちょっとウサト……様について行っていいですか?」


 このままじゃいけないと思う。

 ウサトはきっと自分が私の故郷へ母を治しに行くという危険をちゃんと理解しているはずだ。それなのに、彼に助けてもらう立場の私がウサトを信じられないのは駄目だ。サルラさんや街の皆が歩み寄ってきたように、今度は自分から歩み寄りに行くことを学ばなくちゃ……。


「ウサト様と?ああ、そういえば昨日話してたね。アマコちゃんはウサト様にお母さんを治してもらえるように頼んだって。いいよ、行ってきな、ウサト様と一緒なら大丈夫だね」

「うんっ」

「でもあまり無理しないようにね」


 今日はあまり人が多く来る日じゃないのが幸いだった。私は急いで部屋へ戻り外へ出る支度をし、門へ向かったであろうウサトの居る所へ向かっていく。

 その際、サルラさんに一声かけるのも忘れない。


 耳と尻尾を隠さないで人間の前を歩けるなんて、前の自分では想像もしなかったのに、今では警戒こそすれど普通に人の居る場所を駆けることができる。故郷の友達が知ったら、どうなるかなぁ、と思い至ったところで自分はもう故郷の友達にすら顔を合わせる資格がないことに気付き、消沈するようにため息を吐く。

 消沈したまま門へと続く道を少し走ると、ウサトとブルリンの後姿が見える。


「待ってっ」

「………ん?アマコじゃないか、どうしたの?」

「グォー?」


 呼び止めると大きめの背負い物があるにも関わらずくるりとこちらを向き不思議そうに首を傾げる。私は少しだけ遠慮気味にウサトの傍に近寄り、ついていきたいという意思を示す。


「え、ついてきたい?駄目だよ、危ないから」

「何処に行くの?……魔物がいる……森?」


 もわっと視界に映りこんだ予知による映像によりウサトが行こうとしている場所が分かる。魔物が沢山いるという『リングルの闇』と呼ばれる魔物の森。其処にウサトはブルリンと共に向かおうとしている。


「やっぱり予知って便利だね」


 そう言いウサトは森へ行く目的を私に話した。それほどの大荷物で大事な用なのかと思いきや、単純にブルリンの親にあたるグランドグリズリーとブルーグリズリーのお墓を建てる為、というものだった。


 魔物は死ぬとその魔力は魔素となり地に還る。そしてその魔素は新しい魔物へと姿を変えそれの繰り返しにより、一種の生態系を形作る。

 考え方によれば魔物にとっての死は死ではない、という事になるということだ。でもそんな考えとかお構いなしにウサトはブルリンの母と父の墓を作ろうとしている。


「やっぱり私も行く」

「遅くまでかかっちゃうよ……?それにお店にいた人も心配するんじゃ……」

「私が居れば魔物にも襲われない、いつ来るか分かるし、それに私もそれなりに戦う能力はある。それにおばさんは、ウサトと居るなら大丈夫だって……」

「大丈夫って言っても……う、うーん、本当に危ないんだけどなぁ。……ブルリン」


 ブルリンの名を呼び視線を合わせたウサトは私にギリギリ聞こえるくらいの声でブルリンに話しかける。……どうやら私を守る様にと言いつけているようだが当のブルリンはのほほーんとした表情をしながら一声鳴くだけ。

 お手上げとばかりに立ち上がったウサトを見かねて、私はブルリンの近くに近づき彼の頭に軽く触る。


「……嘘だろ……っ、ブルリン」


 何やらウサトがこれ以上ないばかりに驚いてはいるど、対してのブルリンはウサトと一緒に居る時のように目を細めて気持ちよさそうに撫でられている。


 私達獣人は、ほんの少しの獣の名残からか魔物や動物から大まかな感情を読み取る事ができるけど、この子は凄く大人しくて、ウサトをとっても信頼している。


「成程、邪な感情に反応するんだな、ブルリン」

「グァ~!」

「犬上先輩とウルルさんはアウトだって事か……お前今まで撫でるの許したの団長だけだもんな。威圧感で黙らせて撫でたようなものだけど……そうだ」


 納得するようにうんうんと頷いていたウサト。しかし何かを思いついたのか私に近づいてきたウサトは、「ちょっとごめん」と一声かけてからブルリンを撫でている私を持ち上げ、のそりと四肢で立ち上がったブルリンの背に乗せられる。


「これなら危険はないだろ、多分」

「……」


 ウサトって実は単純?って言いそうになったのは私の胸に留めておこう。私の方が走れば速いとかそういうことも言わない方がいいだろう、ウサトも心配して言ってくれているはずだから……。


 ブルリンの背に跨るのではなく、寄りかかる形に乗せられた私は意外と安定しているブルリンの背に手を置く。柔らかくて頑丈な体毛、森の王者であり魔熊の頂点に立つグランドグリズリーの息子。

 よく考えればそんな魔獣が人間であるウサトに付き従うのが異常ともいえる。何でウサトについて行くのだろうか、疑問の意味を籠めてブルリンを撫でてみるが返って来るのは気持ちよさそうにする鳴き声だけが聞こえる。


「じゃあ行こう、できれば今日中には帰りたいから」


 よいしょ、と背の荷物を背負い直したウサトは、軽やかな歩調で外へと続く門の方へと移動する。ウサトに合わせてブルリンものっそのっそと歩き始める。

 ゆらゆらと私も揺れるがそれほど苦ではなく、どちらかといえば馬に乗って揺られている感じとすごく似ている。ようするに心地良い……。


「どうもウサトです」

「あ、ウサト様っ。今日はどういったご用で?」

「実は外に行く用があるので……団長からの許可も貰っています」


 衛兵に何か手紙のようなものを手渡したウサト、衛兵はそれを見てにっこりと頷くと後ろに居るもう一人の衛兵に扉を開ける様に指示をした。


「はい、確認いたしました。ウサト様なら大丈夫かと思いますが、どうか気を付けて」

「えーと、トーマスさん、でしたよね?ありがとうございます」


 トーマスと呼ばれた衛兵さんにお礼を言う、こちらに手招きしたウサトは門の外へと歩いていく。ブルリンに乗った私が門の外へ出ると、勢いよく扉は閉まり周囲は一瞬にして王国とはかけ離れた静けさを見せる。


 その中でウサトは何故か腕と脚を伸ばしたりしながら、遠くを見つめる。何で準備運動しているの?と聞きたいが、それよりもウサトには聞きたいことが沢山ある。

 あまりにも勝手な話だけど、ウサトを見極めたい。彼を本当の意味で信用、信じていいかということを……。


「ウサト」

「んっしょ……どうしたの?」

「ブルリンとの話、聞かせて」

「ブルリンとボクの?別に構わないけど……どうして?」

「ウサトの事、凄く信用しているから」


 そう言うと嬉しそうな表情でブルリンを見つめたウサト、その瞳には利用しようとかそういう悪感情はない。純粋にブルリンから慕われている事を喜んでいる。

 若干機嫌が良くなったウサトは、そのまま脚を鳴らすように屈伸させた後に、思い切り背伸びをしながら深呼吸をする。そしてその場で小さくジャンプした後に私とブルリンに視線を向け、これから行くであろう方向を指指す。


「さーって、アマコ。ブルリンにしっかりと掴まっててね。一応、ブルリンに合わせている僕が気にかけておくけど、もしもの事態が起こらないように意地でも張り付くんだよ?」

「……え?ウサト、何を言っているの?ここから走っていくつもりなの?」


 それではまるでここから走っていくようではないか。それは無理な話だ、すくなくとも小走りで何時間もかかる場所に森はあるのだ。そこで襲われる危険もあるのにわざわざ体力を減らすような行為をするのはおかしいだろう。

 まさか……今日中に帰るというのは冗談じゃなくて本気で……?


「え?そう言っているんだけど」


走る事に長けた獣人でさえ長距離での移動は相当の疲労のはずなのに、この男は本気で走ろうとしている。取り敢えず密かに未来を予知してみるが、数秒後に訪れる光景に困惑してしまう。


「じゃあ行くよ、ブルリン!……走れコラァ!!」

「ゲアァ――!?」

「きゃっ……」


 慌ててブルリンに跨る様に乗りブルリンの背の毛を掴む。ウサトの突然の怒声にブルリンが走り出し、一気に城の門から遠ざかる。

 ブルーグリズリーともあって走る速さは相当なものだ、そして4足で歩行する生き物は速い、二足歩行で歩く人間では、身体のつくりからして差があるのだが……。


「このペースなら1時間とちょっとでつくかな……?」

「っ!?」


 ウサトは何食わぬ顔で並走している。救命団の訓練では走る事に重点を置いていると街中で聞いたが、いざ見ると信じられない。

 確かに今まで他の国で見た治癒魔法使いとは違う。何処の国も魔法の優劣による差別により碌な人格を持っている者は少なかった……加えて、決まって己の治癒魔法を嫌悪している節さえあり、私の姿を見たその瞬間に捕まえ奴隷商人に売り渡そうとするものさえ居た。

 そう考えると人格的にはウサトはこれ以上ない位に適任で、しかも旅に耐えられるくらいに体も強い。


「ブルリン大丈夫か?」

「グルァ!!」


 久しぶりに自然の中を走る事が出来たからか、心なしか嬉しそうに地を蹴っている。その間背に居る私はがっくんがっくんと揺れに耐えている訳だけど。


「よし、じゃあこのままの速さで行こう……」

「何で普通にっ……走れるっ……のっ」


 ブルリンに必死に掴まりながらも声を振り絞り精一杯の疑問を並走するウサトに向ける。ウサトは何を思ったのか、走りながら首を傾げ不思議そうに私を見る。


「獣人の君ならこれくらい訳ないんじゃないの……?」

「獣人でもいなくはないけど、私が驚いているのはこんなに速く走る人間がいるってこと……っ!」

「僕より速い人なんていくらでもいるよ。……今はブルリンと一緒に走りがてら鈍っちゃった身体の調子を戻しているからそんなには速く走っていない筈だよ」


 真面目に驚いたような表情を浮かべるウサトに、逆に驚く。

 一体、獣人にどういう認識を持っていたのだろうか。というより明らかに人間の速さを超えておいて調子を戻していると言うあたり、常軌を逸している。


「人の定義が覆りそう……」


 そんな事を考えながら、突風の如く吹いてくる風から身を守る様にブルリンの毛皮に顔を密着させ、目的地である『森』へつくまで待つ。


「そういえば、ブルリンとの出会いについて聞きたいって―――」

「ごめん、今はいいっ」


 ウサトは他の治癒魔法使いとは違う、でも一般的な感性とも違って欲しくはなかった。


日刊ランキングにこの小説があってビックリしました……。

読んでくださって本当にありがとうございます。


第二章もよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 邪な感情に反応するんだなは草 DBの筋斗雲、というより物欲センサーだな
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