第三百六十一話
二日目、二話目の更新です。
第三百六十一話です。
わたしが間違ってた。
仲間を囮にしていたことも全部勘違いで、シアがいなくなったあまりわたしは冷静ではいられなくなっていた。
あの後、我に返ってみると本当に大変なことを仕出かしたと思う。
「……」
目が覚めて起き上がる。
周りには自分と一緒に眠っていたアマコと名乗った獣人と呼ばれるちっちゃい女の子と、キーラという魔族の女の子が小さな寝息を立てて眠っている。
キーラは闇魔法という黒いひらひらした服のようなものに包まれて眠っており、これがわたしと同じ魔法と言われて昨日は驚いたものだ。
「わたしの魔法と全然違うのに……」
人に囲まれた場所で目覚めるのは初めてだ。
最近まではシア、ずっと前に母がわたしに寄り添って眠ってくれた記憶はあるけれど、こんなにたくさんの人の中で眠るのは初めてだった。
「グルゥ……」
「ん」
私達が枕がわりに寄り掛かっていた青色の魔物がみじろぎする。
「お前、本当に私の知るオオグマの魔物か? すごく大人しくてびっくりした」
私の知るオオグマの魔物、こいつらが『ブルーグリズリー』と呼ぶ魔物はとんでもなく凶暴だ。
魔法を使った私にも襲い掛かってくるし、極力相手にしたくないくらいには強い。
「……お前も、あれと同じくらい強いな」
「ぐぅぅ」
縄張りの魔物のほとんどが襲いたがらない理由の半分はこいつのせいだろう。
まだオオグマとしては身体も小さく年も幼いけれど、それを踏まえてもこいつは強い。
そう、本能で伝えてくる確固たる個性がこいつにはあった。
「それを、仲間にしているだなんて……なんなんだろう、あいつって」
「う、うぅん……ルーネ?」
眠っているオオグマを撫でていると、アマコが目を覚ました。
わたしのせいで起こした、かな……?
「ごめんなさい。起こしちゃった、みたいだ」
「ん、いつもこのぐらいに起きるから気にしなくてもいいよ。ルーネもよく眠れた?」
「……うん」
まだ会って一日も経っていないのになんでこんなに仲良くしてくれるんだろう。
わたしは魔物をけしかけた張本人なのに。
「キーラはまだ寝てるから起こさないであげよう」
「わかった」
アマコに頷きながらテントを出ると、焚火の前に欠伸をしている銀髪の魔族の男、コーガが座っていた。
眠そうにしていた奴はテントから出たわたしとアマコに気づく。
「おう、おはようさん」
「おはよう、コーガ。ウサトに起こされたの?」
「ああ。あいつ、しっかり俺を起こしてくれやがってよ。本格的に俺の生活習慣を矯正しにかかって怖くなってくるぜ……」
大きなため息をついた後にまた欠伸をするコーガにアマコが周りを見る。
「そのウサトはどこに?」
「あいつなら、身体動かしてくるっつってそこらに歩いて行ったぞ」
「ちょっと見てこようかな」
「近くの滝あたりにいるんじゃねーか? ……まあ、予知魔法持ちのお前なら別に心配はねぇか」
なぜかわたしもアマコについていく流れでウサトを探しにいくことになった。
野営を出る時に見張りをしているコーガの部下たちに顔を合わせながら、あいつがいるという滝のある場所まで移動する。
「あ、いたぞ」
「ん、本当だ」
茂みを避けると滝つぼの近くに立っているウサトを見つける。
昨日着ていた白い服を脱いでいたあいつは、大きな岩の前で何かをしようとしている。
ざぁー!! という滝の音でよく聞こえないけど……あれを割ろうとしているのか?
『すぅー……ぬんっ!!』
大岩の前で構えた、ウサトの両手に緑色の光が灯る。
それを流れるように構えたあいつは目の前の大岩に拳を振るう。
岩を砕くつもりはないのか、ただ速く、添えるように拳を打ち込むと———どういうわけか大岩には六つほどの緑の魔力弾が張り付いていた。
「ひっ……」
昨日の爆発を思い出して声を震わせてしまう。
私の声に合わせて、大岩にくっついていた魔力弾のうち二つが、時間差で破裂し風を巻き起こす。
動きを止められて、目の前で膨らんでいく魔力弾からすごい振動と、気持ち悪いくらいに場違いな心地よさと安らぎを感じてしまうそれは、忘れたくても忘れられない。
「爆発したのは二つだけ? 残り4つは普通の魔力弾?」
アマコの訝し気な呟きの後、ウサトが銀色の右腕の魔力を振るうと同時に輝かせた。
「あれはウサトの系統強化……?」
アマコの呟きをかき消すように振るわれた輝く銀腕は、爆発しなかった大岩の魔力弾に触れた瞬間———先ほどの爆破より強烈な衝撃波と音をまき散らした。
「な、なに……?」
「い、意味わかんないよぉ……」
泣きそうだ。
ウサトは自分の魔法をヒトを癒す魔法とかほざいていたけど、どこをどう見ても癒すように見えない。
大岩の一部を粉砕させたあいつは左手に薄い緑の魔力、右手に強い光を放つ緑の魔力を纏わせ———さらに連続して緑の閃光と共に爆音を響かせる。
閃光でなにが起こっているのか見えないが、わたしもアマコも想像もつかないやばいことをしていることだけは分かった。
「……いけるな」
右手から発せられる緑色の魔力の残光を煙のように払いながら満足そうに一息ついたウサトは、わたしとアマコのいる茂みへと振り向いた。
「ごめん。うるさかったかな?」
「違うけど……ウサト、また変な技作ってたの?」
「ははは、作るというより応用だけどね。この先、必要になるかもしれないし」
ごく自然にアマコがウサトに近づいて行った!?
さほど驚かないアマコに驚きながら、彼女についていくとウサトはわたしにも声をかけてくる。
「おはよう。ルーネ、よく眠れた?」
「……う、うん」
偽りのない気遣いと、どこか母に似た穏やかな感覚。
戦っている時とまるで人が違うウサトに困惑しながら遠慮気味に頷く。
「で、さっきは何をしていたの? また変なことしようとしてるの?」
「僕の使う技が全部変な技だと思ったら大間違いだぞ。……これはちょっとアレなやつだけど」
「もう言い逃れできないじゃん」
大きく欠けた大岩を指さしたアマコにウサトは自信ありげな表情を浮かべる。
「僕が今やったのは吸着する魔力弾と、爆裂弾で二択の選択肢を強制させ判断力を奪う。攻めの治癒魔法だ」
「ごめん、まったく意味が分からない」
わたしも意味が分からなかった。
「まず説明しよう。系統強化と、先日僕の開発した系統劣化は触れると反発して衝撃波を引き起こすんだ」
「うん。初耳」
「これはその性質を応用させた戦法」
すると、ウサトはおもむろに両手に魔力弾を浮かばせた。
見た目もどちらも同じ魔力弾だが、なんだろう?
「こっちの左手が普通の魔力弾で、右手が爆発する魔力弾だ」
「ひっ!?」
目の前で危険物をさらりと出されてアマコの背中に隠れる。
「ああ、ごめん! これは破裂してもちょっとうるさい程度に弱めたやつだから!」
「う、うん」
慌てて謝るウサトに頷く。
アマコは特に驚く様子も見せずにジッと二つの魔力弾を見る。
「……見た目とか全然違いが分からないけど?」
「そうするように工夫して作ったからね。よく注視すれば違いが分かるけど、僕はこいつを戦闘中に相手に張り付ける」
その言葉通りにウサトが大岩に二つの魔力弾を張り付けた。
「ここで、治癒爆裂弾の存在を知らない相手には二つの選択肢が迫られる」
「選択肢?」
「これを引きはがすべきか、引きはがさないべきか。引き剝がせば爆裂弾は不発。でも引き剥がさなかったら———こうなる」
大岩に張り付いた魔力弾の一つが破裂し、小さな爆発を起こす。
「……爆裂弾を知ってる人だったら?」
「さっきの選択肢にプラスして、前提としての二つの選択肢が増える」
全然理解が追い付かない。
でも、アマコは分かっているみたいだ。
顔は真っ青だけど。
「この魔力弾が爆裂弾か普通の魔力弾のどちらかっていう選択肢だ」
「もし、普通の魔力弾って見破ったら? ……あっ、まさか……」
「うん。君の想像通り」
ウサトが銀の腕の指先を緑色に輝かせ、大岩にくっついている魔力弾に触れる。
瞬間、さっきと同じ爆発が起こる。
「僕が右手の籠手で作り出した系統強化で起爆させる」
「……戦っている間にそれやられるのはすっごい嫌だと思う。やり口がグロすぎる。だってさ、それってウサトも普通に殴りかかってくるんだよね?」
「必要があれば」
「それって選択肢が4つどころじゃないじゃん。ウサトが右腕の系統強化で“触れる”ってところまでブラフにすることができるから、頭が滅茶苦茶になっちゃうよ」
アマコの指摘にウサトが黙り込む。
腕を組んだ彼は小さく笑みを浮かべながら指を立てる。
「……。これぞタイマン専用“攻めの治癒魔法”だ」
「絶対そこまで考えてなかったでしょ……?」
わたしはウサトの爆発する魔力を知っている。
だからこそ、それをくっつけられたら警戒するし、実際に昨日はすぐに引き剥がした。
でもそれが偽物だったら?
爆発しないで、わざわざそれを引きはがすような隙を作ったら……それこそウサトに本物の爆発する魔力をくっつけられてしまうかもしれない。
偽物の魔力を見破って放置しても、ウサトはそれすらも爆発させることができてしまう。
「……ごめんなさい……」
「え、ど、どうしたの? ルーネ、いきなり謝って……」
「悪いことしないから、わたしとシアを爆破しないで」
「いやいや、しないから!! そもそも危なすぎる技なのは分かっているから普通の戦闘じゃ使わないし!! これを使うのはっ……えーっと、悪い人達相手だけだから!!」
慌てたようにそう口にするウサトに少しだけ安心する。
でも、ウサトがこれだけ強い奴ならシアが助けを求めるのも分かる気がする。
●
ルーネと名乗った少女はこの森で一人きりで住んでいたらしい。
両親は既におらず、彼女の一族らしき人々は数十年前に厄災に見舞われ散り散りに分かれて今はその存在すらも分からないようだ。
天涯孤独の身、というわけなんだろうけど彼女自身はそのことに関してはそれほど気にしていないようだ。
「魔物が近づかない場所がある。お前たちの話を聞いて……もしかしたら、シアの欲しいものはそこにあるから向かったのかもしれない」
ルーネと和解した翌日の昼。
僕たちはルーネの案内の元、魔物の領域の中を進むことになった。
彼女がもたらした魔物の領域内での情報はとても貴重なものであり、魔王領にあった資料以上に信用のできるものだった。
『わたしも、シアを助けたい。だからお前たちに協力する』
彼女からの申し出もあり、僕たちは彼女の案内の元魔物の領域の中を進む。
陣形はほぼ変わらず、先頭を歩く僕、アマコ、ナギさんに道案内をするルーネを加えるような形だ。
「魔物の縄張りは場所によって違う。さっきまでいたところ、わたしの縄張り」
「それじゃあ、今いる場所は違うんだ」
「うん。でもわたしがいるから襲われることはないと思う。多分」
力そのものはかなりのものだったからなぁ。
そりゃあ、縄張りのヌシと言われても納得させられる。
「あと、そこのオオグマと……そこのアマコと同じ顔の、身体がでかいやつがいるから大丈夫」
「……えっ、私でかい呼ばわり……?」
ルーネに指さされたナギさんがショックを受ける。
ブルリンは呑気そうに欠伸を零しているけど……。
「オオグマ。お前達がブルーグリズリーって呼んでるやつは別のところの縄張りのヌシと同じ種族。それで同じくらいに強い」
「まあ、こいつは経験値が違うからね……」
「グルァ!」
普段惰眠ばっかり貪っているイメージはあるけど、こいつはこいつで戦争の時は戦場を駆け回ったり、そもそもがグランドグリズリーの子供っていう時点でポテンシャル自体は相当なものなんだよな。
「そっちのデカいやつは気配がやばい。普通じゃない。化物」
「ウサト、子供って素直だね。あ、アハハ」
「ナギさん……! 気をしっかり……!!」
ルーネの悪意無き言葉でナギさんの心が折れかけてしまっている!?
今にも倒れそうなほどの衝撃を受けたナギさんを慰めつつ、さらりと話題を変えることを試みる。
「向かっている先は縄張りのヌシがいるところなのか?」
「分かんない。普通の魔物は近づかないし……あそこは変な魔物ばっかりいるから」
「変な魔物……」
「あと、誰も住んでない家がたくさんある。大きな家もあって、ものすごく怖い」
……。また遺跡か?
魔王の力が封じられている場所と考えればそこらの地面に埋められている訳じゃないだろうから、遺跡にあるってのもおかしくないんだけど……。
「罠くさいよなぁ。悪魔からの待ち伏せを食らうことも考えて動かなきゃな」
「アマコとカンナギがいれば大丈夫じゃない?」
肩のネアがそう言ってくるけど……あまり予知魔法に頼り切りになるのはあまり良いことじゃない。
これには治癒魔法にも同じことが言える。
「まあ、これは今日の野営の時に決めるか」
一度、話し合いの場を設けるべきだ。
少なくとも誰が聞き耳を立てているか分からない森の中で話すべきじゃない。
……とりあえずは目的地まで進んでいくとして、今のうちにルーネの魔法について聞いておくか。
「ルーネ。君の魔法は魔力を自分に纏わせる魔法なのかな?」
「たぶん」
多分て。
闇魔法使い……なんだろうけど、他の人間と関わりがないという状況だからこそ人の悪意にも触れずに暴走することもなかったのかもしれない。
「母も同じような魔法を持っていたし、みんなこういうものばかりだと思ってた」
「黒い炎は燃やす対象を選べるのかしら?」
「たぶん」
ネアの指摘にもこれまた曖昧に返すルーネ。
うーむ、このアバウトさ、まさしく闇魔法だ。
「大きな獣に炎か……」
魔物がはびこる環境で生き残るために、自分自身を魔物と同じ大きく、強い姿にしたって感じか。炎は、動物や魔物が火を恐れるからかな?
闇魔法は周りの環境に影響されやすい魔法だしな。
「ウサト君」
「どうしました?」
隊の真ん中で部下達に警護されながら地形の把握と記録を行っているハンナさんが声をかけてくる。
「そろそろ周囲の地形を見ておきたいので飛んでもらってもいいですか?」
「分かりました。キーラ、起きてる?」
『……っは!? も、もも勿論です!!』
これはもしかしなくても寝ていたのでは……?
普通に起こしちゃって申し訳なく思いながら、フクロウに変身したネアを確認する。
「いいわよ」
「よし。コーガ、下は頼んだぞ」
「おう。行ってこい」
マントを変形させてハンナさんの足場を作る。
慣れた様子でマントに飛び乗った彼女はふと思い出したように僕の肩を叩いてくる。
「ウサト君。丁度いいので、ルーネちゃんにも確認させた方がいいのでは?」
「わたし?」
「これから向かう場所が遺跡のような場所なら空から見つけることも可能でしょうし……なにより、エルフ族の血を引いているから感覚が優れているので丁度いい」
……どうする? という問いかけを籠めてルーネを見ると、彼女は首を傾げながら広げたマントの上に乗る。
「なんだかよく分からないけどいいぞ」
「う、うん?」
まあ、落とすようなことはないし大丈夫だろう。
前みたいにフーバードの襲撃を受けるようなことがあれば、治癒爆裂波で牽制すればいいし。
そう思い、ふわりと軽く浮き上がる。
「わっ……」
「私に掴まってください。抱きしめてくれてもいいんですよ?」
「え、それは嫌だ」
「……」
ハンナさんってもしかしなくてもやばい人なのでは?
限られた状況下で先輩みたいな言動になる彼女に苦笑いしつつ、とりあえずベルトでも作ろうかなと考えていると、後ろにいたルーネが僕の首にしがみつくように腕を回してきた。
「ん?」
「……。どうした? 飛ばないのか?」
……まあ、僕にしがみつく分には安全だから別に構わないんだけど。
「……」
「ハンナさん……そんな目で僕を見ないでください」
ハンナさんの目が怖い。
彼女から視線を逸らしながら僕はゆっくりと浮遊するように跳躍し、そのまま一気に上昇する。
「こ、こんなに高く……!?」
「三人ともなにか見える?」
ネア、ハンナさん、ルーネにそう尋ねながら僕も空からの景色を見る。
相変わらず緑に包まれた大地が広がっているように見える魔物の領域の光景。
前の飛行で見た時と違うところと言えば、遠くに見えた湖のようなものがより近くに感じるようになったことか……って、ん?
「湖の傍になにかあるな」
「あら、本当ね」
湖の隣に遺跡……か?
ナギさんが封印されていた遺跡とは違う、街そのものが朽ち果てたような場所。
ここからじゃ遠く鮮明には見えないけれど、僕にしがみついていたルーネが肩越しから、湖のある方を指差した。
「あそこが、そう」
「あの場所に、シアがいるかもしれないのか?」
「……うん。シアの目的がその……マオウ? の力ってことならあそこ以外考えられない」
つまりは魔王の力も、シアも、悪魔もいるかもしれないのがあそこってわけか。
「———昔、わたしの同族が暮らしていたっていう街。今は誰もいなくて、怖くて不気味な場所」
魔王の力がある、ということは魔王領の毒地帯と同じく何かしら影響を大地に与えているのかもしれないな。
一対一専用の攻めの治癒魔法を編み出したウサト。
普通の治癒魔法弾をくっつけるだけでも戦闘中での駆け引きが成り立っちゃうので結構やばめの技です。
今回の更新は以上となります。




