第三百六十話
お待たせしました。
第三百六十話です。
今回は二日に分けて二話ほど更新いたします。
物心ついた頃に父は死んだ。
森での生き方を、知恵を授けてくれた母も三年前にびょうきで死んでしまった。
わたしはひとりだった。
わたし以外にも元々はこの森にはたくさんの人がいたらしいというのは母から教えてもらっていたけど、今はもういない。
天災というものに見舞われて生き残りはほとんどいないらしい。
他に生きている人も森のどこかで生きているかもしれなかったけれど、唯一の拠り所だった母を失ってからは一人で生きようと決めていた。
わたしは、強い。
わたしの魔法は大きな火の獣。
大きいということは強いってことだ。
だからわたしはこの森の縄張りで一番強かったし、誰にも負けることもない。
わたしは一人で生きていける。
これからも、ずっと……。
『———え、こんな森の中に人……?』
そう思っていたはずなのに、わたしはシアと出会った。
縄張りに踏み入れた耳の短い女。
ヌシとして威嚇してやろうとしていたわたしは父と母以外に見たことのないヒトという存在に呆気にとられるしかなかった。
『ルーネも一人なんだ……』
『一人じゃない。ここ、私の縄張り。ここにいる奴ら全員わたしの僕』
『すごいね』
シアは不思議なヒトだった。
わたしの知らないことを教えてくれたし、食べたことのない美味しいものを食べさせてくれたりもした。
何日もシアと一緒に生活して、話したりしてわたしの毎日は変わっていった。
はじめての感覚だった。
言葉を交わすことがこんなに楽しいだなんて思いもしなかった。
『シア、どこかに行きたいのか?』
『……ううん。本当は、オレどこにも行きたくないんだ』
シアは時々苦しそうな顔をする。
その理由を教えてくれないし、尋ねてもシアは困ったように笑うだけ。
わたしは、シアを困った顔も、苦しそうな顔をさせるのが嫌いだった。
『じゃあ、ここにいればいい!』
『……。ありがとう、ルーネ』
わたしの頭を撫でるシア。
母と一緒にいた時を思い出しながら、わたしはシアに寄り添うように目を閉じる。
『ッ、う、うぅ……嫌……嫌だよ……』
『……シア』
『ぅ……どうして、私が……こんな……』
シアはいつもうなされている。
自分の身体を抱き、寒さに凍えるように震えながら涙を流しながら苦しんでいた。
わたしにできることは、ただ震えるシアに寄り添うことしかなかった。
『ウサト……助けて……』
『……』
それが誰かの名前だということは頭の足りないわたしでも分かった。
わたしじゃない誰か。
シアはそいつに助けを求めている。
なんだか無性に腹が立って、夜にウサトとかいうやつのことをシアに尋ねてみた。
『ウサトって誰だ』
その質問にシアはまるで聞かれてほしくなかった、みたいな顔をしていた。
そんな顔はさせたくなかった。
『彼は、オレを助けてくれた人だよ』
『強いのか?』
『強い、よ』
『どんな風に』
そう聞くとシアは唸るように腕を組む。
『こ、言葉で言い表せないかなぁ……』
『??? 見た目はどんな奴だ』
『どうして気になるの?』
『シア、寝言で会いたがってた』
『……えっ!? あ、え、嘘!?』
『だから見つけたら攫ってくる』
『攫っちゃ駄目だぞ!?』
黒い髪に白い服を着たやつ。
それだけ覚えておいた。
シアが会いたがっているから会わせてやろう。
そう決めて、わたしはいつものようにシアに寄り添うように眠る。
―――次の朝、シアが寝床からいなくなっていた。
シアの荷物もなにもない。
残されているのはわたしが好きだった食べ物がたくさん詰め込まれた包みだけ。
なにも言わずに消えたシアに、わたしは取り乱した。
ずっと森の中を探し回ってもシアは見つからない。
シア、どこにいったの?
わたしのせい?
わたしが悪い子だからどこかにいなくなったの?
おいしかった食べ物も全然美味しく感じない。
落ち込んだわたしを仲間の魔物たちが心配そうに見てくれているけれど、それでも気分は全然晴れてはくれなかった。
だけど———そんな時に、わたしの縄張りにシアと同じヒトが足を踏み入れた。
「誰だ、あいつら」
シアと同じヒト。
それもたくさんのやつらがわたしの縄張りに入ってきた。
手下のサル共に追いかけられている奴らを遠目でじっくりと観察する。母曰く、わたしはえるふ族の血を引いているらしいので目はものすごく良い。
遠い場所もはっきりと見えるので、サル共に追いかけられているヒト共もよく見える、
「……んー」
そのほとんどが角が生えていて、私と同じ肌の色をしている。
動物のような耳と尻尾を生やした奇妙なヒトもいる。
その中心で走っているのは———、
「黒い髪……白い服……!」
あいつだ。
あいつがウサトだ……!!
「見た目は全然弱そう……」
シアも見た目は弱そうだったけれども。
でも彼女が言うほど強そうには見えなかった。
そう思っていると、そいつは隣にいた黒いヒトの腕を掴むと———そのままサル共の方へと放り投げた。
「えっ!!?」
慌てたように四肢を動かし、サル共に襲われる黒いヒト。
信じられない行いにわたしは喉からかすれた声を漏らす。
「仲間を、囮に……?」
その少し後に黒髪の奴がくっつけた緑色のなにかが破裂して、サル共が吹っ飛ばされた。
「な、なんだ……あれ……」
異様だった。
躊躇なく仲間を群れの中に生贄にするように放り込み、挙句の果てに爆発させるなんて理解すらしたくなかった。
「仲間、なのに……」
縄張りにおいて上下関係は重要だけど、それ以上に仲間と言うのが大事なのは知っている。
わたしには家族はもういない。
だけど、同じ魔物……ヌシとして従える仲間はいる。
だからこそあの黒髪の人間のやったことが恐ろしかった。
「危ない奴……!!」
シアは助けを求めていたんじゃない。
あいつを怖がっていたんだ!!
あいつのせいでシアはわたしの前からいなくなった!
もしかしてあいつがシアをどこかへ連れて行ったのかもしれない!!
「捕まえて、シアのことを聞きだしてやる」
そう決めたわたしはまずはウサトを観察することにした。
魔物もヒトも変わらない。
狩りをする上で、まずは獲物を観察することから始まる。
———あいつ空から緑色のなにかを降らしてきたんだが!?
●
気絶させた少女をマントで包むように拘束した僕は、魔物と交戦している仲間達と合流した。
既に魔物自体は撃退しており、本来ならこのまま道を進むべきなんだろうけど、まずはこの謎の少女———エルフと魔族の特徴を併せ持つ闇魔法の少女から話を聞くべきだと判断し、一時的に野営を築くことになった。
「お前本当に闇魔法使いを引き寄せるな」
「偶然だろ……」
眠っている少女を見てそう言ってくるコーガに頭が痛くなる。
「いっておくけど僕は別に闇魔法使いを引き寄せる体質じゃないからな。魔王にも煽られてはいるけど、ただ結果的に闇魔法使いと縁があるだけだ」
「うん、ウサトの言う通り。コーガ、ウサトは闇魔法使いを引き寄せるんじゃなくて、事件に巻き込まれやすい立ち位置にいるだけなんだよ」
「アマコ。フォローしているつもりなんだろうけどできてないからね?」
聞き方によっては闇魔法使いを引き寄せるより性質悪くないそれ?
コーガも納得すんな。
がっくりと肩を落としながら近くで興味深そうに少女を間近で観察していたハンナさんとネアを見る。
「やっぱりエルフと魔族の混血っぽいわね。かなり小さいけど魔族としての特徴の角があるわ」
「この年齢でこの大きさですと、これ以上大きくなることはなさそうですね。魔物の領域で独自の生活環境を築く亜人とは……うーん、興味深いですねぇ」
知識欲が迸りすぎて二人とも凄い目になっているけど大丈夫だろうか?
少女の方は年齢的にはアマコと同じくらいだろうか。
フェルムやキーラに近い銀の髪に緑の髪がメッシュのように入り混じった特徴的な色をしており、戦っている時の言動と同じようにその顔立ちも強気そうだ。
「あえて名付けるなら魔族エルフ? 闇エルフ?」
「僕たちの世界にはダークエルフなんていう架空の種族があるけど、それはどうかな?」
「は? なにその面白そうな話。あとで聞かせなさいよ」
そんなキレ気味に言わなくても……。
相変わらずの知識欲だなぁ、ネアは。
とにかく仮の名前としてはダークエルフと呼ぶことになりそうだ。
「とりあえずウサトはこの子が目覚める時は、見えないところに移動した方がいいかもね」
「その方がよさそうだ。また、リンカの時みたいな状況になるのも面倒だし」
アマコの友達のリンカが僕を彼女を攫った人間と間違えて襲撃した時のことを思い出す。
あの時も事情を説明するのも大変だったし、まずはアマコ達の口から僕達が敵じゃないことを説明してもらわなければならない。
「とりあえずは何か食べるものでも探してくるか。近くに川があるのも確認したし……コーガ、分身貸して」
「いいけど、どうするつもりだ?」
「投網する」
「……なるほどなぁ」
「コーガ君が自分の闇魔法の扱いを受け入れつつある……」
どこか虚ろな目で頷くコーガにハンナさんが引いている。
いや、かなり便利なんだよね。
色々言いつつもコーガは闇魔法の分身を貸してくれる。
「ナギさんもついてきてもらってもいいですか?」
「え? あ、うん」
ナギさんにも話があるので彼女についてきてもらおう。
彼女と近くの川へと移動し、食料になる魚を獲りにかかる。
「こ、これって大丈夫なの? ウサト」
「大丈夫です。僕は手の方を持つんでナギさんは足を持って……はい、じゃあ、変形させながら引っ張りますよ」
僕とナギさんで闇魔法の分身の手と足を持ってそのまま引き延ばす。
ぐいーんと伸びた分身はそのまま網目状に変形し、川に投入する。
「よし、一緒に引いていきましょう」
「私は今闇魔法の神秘に触れているのかもしれない……」
コーガの分身を変形させた投網を僕とナギさんで持ち、川にいる魚を一網打尽にする。
あくまで今日の食料分なので食べきれない量の魚は逃がすけれど、一匹ずつ取るよりは効率的だ。
ばしゃばしゃと網に何匹もの魚が跳ねているのを見て、マントにいたキーラが顔を出す。
「わあ、大漁ですね!」
「キーラ、マントを桶の形にできるかな?」
「やってみます!!」
マントをくるくると変え、端っこを少し大きめの桶のような形に変える。
それで川の水を掬った後にそこに獲った魚を放り投げていく。
「ウサト、闇魔法使いこなしすぎじゃない……?」
「これは僕じゃなくてキーラがすごいんですよ」
「えへへ」
ここまで闇魔法を扱えるようにしたのは他でもないキーラだ。
僕はただそれを操っているだけに過ぎないので、褒めるならこの子を褒めてほしい。
「よし、これで新鮮なまま運べる。他は逃がして……っと、行きましょうか」
「そうだね」
ナギさんと共に野営へと戻る道を歩く。
「あの女の子、シアと会っていたみたいです」
「そのようだね。でもいったいシア・ガーミオはどこに向かっているんだろう」
「ナギさんには心当たりとかはないんですか?」
「うーん。魔物の領域は封印される以前もそれほど関わっていなかったからなー。やっぱり、魔王の力の断片に引き寄せられているんじゃないかな?」
やっぱり、そうですよね……。
むしろそれしか考えられないというか……。
「危険な状態、かもしれませんね」
「早く接触するべきなんだろうけど、ここで迷えばさらに時間がかかる。まずはあの女の子が目覚めるのを待って、森の案内をしてもらった方がいいかもしれない」
「……なるほど」
確かにここらの地形に詳しいかもしれない。
それにはまず僕の誤解を解かなきゃいけないんだろうけど……どうして僕はいきなり敵意剥きだして襲い掛かられたんだろうか。
先日の治癒拡散弾で敵意を持たれてしまったのか……?
「なにはともあれあの子は貴重な情報源だ。なるべく刺激しないように話さなきゃね」
「ですね。そこらへんはアマコと……キーラに任せようと思います」
同じくらいの年頃だし、警戒も解きやすいだろう。
そんな会話をしながら野営拠点にまで戻ると、ぼっ!! という大きな音と共に黒い炎が吹き上がるのが見えた。
「ナギさん」
「目覚めたようだね」
思っていたより早く目覚めたな。
まあ、あの場にはコーガがいるし大丈夫だろうとは思うけど、急いで向かった方がいいな。
●
野営に戻ると、寝起きで暴れていたであろう少女はコーガによって鎮圧されていた。
まあ、コーガと似通った闇魔法ではあるもののその厄介さとパワーで言えば圧倒的に、コーガに軍配が上がるのでむしろ当然の結果とも言えた。
今は先ほど捕ってきた魚の下ごしらえをし、串焼きにしながら闇魔法のマントで包むように拘束した少女に尋問を行っていた。
「……ふんっ」
ぷいっ、と僕から顔を逸らす少女。
これは相当嫌われているなぁ。
苦笑いしながら、僕は少女と視線を合わすように屈む。
「僕達はシアを助けるためにここに来たんだ」
「信じられるか。お前みたいな奴」
「……うーん。君から襲ってきたんだけどなぁ」
いったいどうしてここまでこじれたんだろうか。
シアがこの子になにかしら僕のことを言ったのは分かるけれども……もしかして嫌われていたとか?
「お前、平気で仲間を囮にする」
「? そんなことした覚えはないんだけど……」
仲間を囮……?
首を傾げる僕に後ろのアマコとネア、ハンナさんが揚々と出てくる。
「ウサトは囮にするというよりなりたがるタイプだと思う」
「治癒魔法とゲテモノ身体能力で相手をスタミナ切れにさせるような化物がこいつよ」
「そして普通に何事もなく合流してくるんですね。分かりますよ」
『実際、私の時はそうでしたもんね……』
君達あれかな?
僕の敵なのかな?
やばい。
ネアとアマコ、ハンナさんに続いてキーラが入ってきて心が折れそうになってくる。
あんまりな擁護に少女の方が困惑した様子になってしまってる。
「き、昨日してた! サル共に追いかけられてるとき。仲間を囮にして逃げた!」
「……あっ」
もしかしてコーガの分身を囮にした時のことを言っているのか。
遠目だったから僕が味方を囮にしたと勘違いさせちゃったのか。
「ははは、誤解だよ。コーガ、分身出して」
「なるほど。そういうことか」
すぐ近くにいたコーガが闇魔法の分身を作り出す。
自分を拘束したそれを目にした少女は顔を青ざめさせるが、すぐに分身に目を凝らすとハッとした表情を浮かべた。
「こいつ、昨日囮にされた」
「これは俺の魔法だよ。お前さんと同じ闇魔法でもう一人の自分を作り出すモンだ」
「……わたしと同じ? どういうことだ」
闇魔法を知らない、か。
知らないで使っていたことも十分にありえるし、むしろ知らないからこそうまく扱えていたってこともあるからな。
「じゃあ、わたしが間違っていただけ……なんだ」
誤解は解けた……よな?
すると、少女は地面をジッと見つめたまま、ぽろぽろと涙を零し始める。
突然の涙に僕は慌てて少女を拘束していたマントを外す。
「え、えーと、大丈夫?」
「……ごめんなさい」
「え?」
「母が、間違ったことをしたら謝るって言ってた。だから、ごめんなさい」
この子は必死なだけだった。
……僕も謝らなくちゃな。
「僕の方こそ、怖い目に遭わせてごめん」
「……っ、うん……」
まだ話して短いけれど、この子がシアのことを心配しているのは伝わっている。
そうじゃなきゃ魔物をけしかけたり、あんなに必死になってまで僕と戦おうとしないはずだ。
「うっ……うぅ……ぐすっ……」
でも、泣いている子になんて声をかけていいか分からない。
単純に慰めればいいわけじゃないだろうし、ここは落ち着くまで待ってあげるべきか。
膝を抱えて嗚咽を漏らしている少女を見てそう考えていると、ふとハンナさんが僕の隣にやってきていることに気づく。
「ハンナさん?」
「ウサト君もコーガ君も子供相手に威圧しちゃだめですよ。ここは年長者である私が大人の余裕というもので、この子をあやしてみせますよ」
「お前、俺らより三つか四つくらいしか変わらないだろ……!」
コーガの指摘をスルーしたハンナさん。
まあ、子供好きなのはキーラと、ラムとロゼへの対応を見て分かっていたけれども……。
「私達は怒ってないので大丈夫ですよ」
ぺしり、と少女の手がハンナさんの手を弾いたことで彼女は石のように固まる。
デジャブ。
ブルリンを撫でようとした先輩の姿がよぎった。
「子供は純粋ですからね」
「ああ、心が汚い奴が分かるんだな」
「え、すみません。手ごろな石を探してくるので席を外します」
笑顔のまま表情を固定したハンナさんが席を外す。
彼女の背中を見送ったネアが、呆れた表情で僕を見る。
「ウサト。ハンナが貴方達を撲殺するための石を探しに行ったけどどうするの?」
「石ころより僕達の方が硬い」
「……それもそうね」
「そこで認めるのは少し違うと思うぞネア……!!」
「カンナギも硬そうよね」
「ねえ、私女の子!!」
まあ、冗談なのは分かっているので放置で。
ハンナさん、メンタル的に結構打たれ弱いから……。
「まずはこの子のことを知らなくちゃな。……キーラ、頼めるかな?」
『はいっ!』
キーラを呼ぶとマントから彼女が顔を出してくる。
いきなり飛び出してきたキーラに少女は目に見えて動揺する。
「っ!!? な、なんだお前!? どこから出てきた!?」
「はじめまして! 私はキーラ! 貴女の名前を教えて!!」
「なんでお前に名前を教えなきゃならないんだ!!」
「じゃあ、なんて呼べばいいの?」
「ぐっ」
僕達と違って歳が近いキーラの純粋な瞳に狼狽える少女。
少し逡巡した彼女は、口元をまごつかせながら、ぎこちなく声を発する。
「わたしは、ルーネ。父と母に名付けられた名だ」
「仲間を囮にした」←勘違い
「仲間を爆発させた」←勘違い
「ウサトは危ない奴」←正解
ルーネがウサトに敵意を向けていたのはシアを心配するあまりのものと、勘違いによるものでした。
次回の更新は明日の18時を予定しています。




