第三百五十七話
お待たせしました。
第三百五十七話です。
魔物の領域に足を踏み入れてから大体三日が過ぎた。
探索しながらの移動なので時間がかかるのは当然なんだけど、やはり魔物の襲撃を受ける頻度が高い。
一応、夜営の時は襲撃されないような場所を選んで休んでいるわけだけど、それでも何度かは闇夜に乗じて襲い掛かられたりはした。
まあ、その時でも魔力感知持ちの僕とヴィーナさん、予知魔法持ちのアマコとナギさんの誰か一人が見張りをしていたので難なく対処できたけれど……それだけ魔物の領域という場所は過酷な土地とも言えたのだ。
「「「ガァァ!!」」」
そして今、僕たちは魔物の群れに追われている。
緑色の毛色のサルに似た大柄な魔物。
数えきれないほどの魔物が地を走り、木を飛び移りながら追いかけてくる光景を見て今一度ため息をつく。
「ベノムモンキーか。懐かしい魔物だなー」
先輩と一緒に森に落ちた時を思い出す。
今追いかけてきているのはあの時よりも遥かに凶暴でゴリラみたいな体格しているけれども。
どうしたもんかなぁ、と考えていると隣を併走するアマコが声をかけてくる。
「ウサト、どうする? あれ倒しても他の魔物が横やりに入ってくるよ」
「だよなぁ。ここらへん気配すごいし」
「う、ウサト君! あ、あれ毒々しい粘液とかこっちに飛ばしてくるんですけど!?」
背中合わせにするように背負っているハンナさんが後ろを指さしながら叫ぶ。
「エルさん!!」
「分かってるッわよ!!」
僕の声に後ろについてきていたエルさんが風の魔法を発動させ、飛ばされた毒液を落としてくれる。
僕はともかく他の面々が毒を食らったら面倒だな。
「ノノさんの水魔法で滑らすこともできるだろうけど」
「えーっと、多分意味ないと思います。あの魔物は木にも登れるみたいですし」
相手をすれば確実に倒せるだろう。
だけどそれだと他の魔物も相手しなきゃならないと考えると面倒だ。
僕たちは別にここの環境を壊しに来たわけでもないし、戦闘を避けられるならそうした方がいい。
「よし。ここは……コーガ! 分身を出してくれ!!」
「囮にすんのか?」
「ああ!」
ここは囮作戦で行こう。
事前に話しているのでコーガはすぐに分身を作り出してくれる。
見た目はコーガの形をかたどった真っ黒な分身。
「ネア、拘束の呪術」
「はい、どーぞ」
「ありがとう」
……よし、こっちも準備ができたな。
掌から視線を外し僕と並走するように現れたコーガの分身の肩に手を触れ、次にその腕を掴む。
「ん? 今お前なにくっつけ———」
「じゃあ、頼んだぞ!!」
掴んだ腕を大きく振り回し、後ろから追いかけてくる魔物へとぶん投げる。
逃げ遅れたやつと勘違いした魔物がコーガの分身に群がり始める。
「うまく囮として機能してんな。すっげぇ複雑だけども」
後ろを見ながら青い顔でコーガが呟いた瞬間———魔物が群がる場所で緑色の閃光と衝撃波が炸裂し、魔物の山が吹っ飛んだ。
「……は?」
「よし」
僕とネア、アマコ以外の面々が唖然とした様子で後ろを振り向いているけど、とりあえずうまく成功してよかった。
「囮を投げつける前に治癒爆裂弾をくっつけておいた。これで追いかけてはこないだろうね」
「お前今、どれだけえげつないことしたのか分かるか……? 仮にも俺の形をした分身に爆弾くっつけて囮にしたんだぞ……?」
「治癒魔法だから大丈夫だ」
「いつまでも治癒魔法が免罪符になると思うなよ……!」
戦術的には有効だし、なによりこちらの被害もないからね。
まあ、人道的にはどうかなとはちょっと思うけど。
「これが僕とコーガの友情タッグ技。治癒分身爆破だぜ」
「なあ、ぶん殴っていいか!?」
とりあえずは魔物の群れを引き離したので、どこか安全な場所で今いる場所を確認しよう。
「ウサト、コーガ、前になにか見える」
「ん?」
ナギさんの声に前を見る。
これまで木々しか見えなかった魔物の領域の景色とは明らかに異なる人工的な建造物が見えた。
「……ナギさん」
「廃墟っぽいね。長い間、人は住んでなさそう」
近くにまで来て見てみるとかなり古そうだな。
岩づくりの堅牢な建物だが、遺跡と言うにはあまりにも小さすぎる。
「ハンナさん。ここは調査したほうがいいでしょうか?」
「……ええ。時間的にここで野営してもいいのではないでしょうか?」
もうすぐ暗くなってくる頃合いか。
ハンナさんの言葉に頷き、コーガに目配せをする。
「っし、お前ら、周りに魔物がいないか確認してこい」
「「「了解、副隊長!」」」
「いや、隊長は俺だからな?」
周囲への警戒は部下たちに任せよう。
ハンナさんとネアは既にこの廃墟を観察しているようだ。
僕も調査……と行きたいところだけど、まず先に……。
「野営用の荷物を出しておこうか」
『はいっ!』
マントを開くと、内側から野営に使うテントと寝袋が飛び出してくる。
これでよし。
「後は水場があればいいんだけど……」
「近くに川の流れる音が聞こえるからあるよ」
耳のいいアマコが言うなら確実にあるな。
それじゃあ、今のうちに水場の場所も確認しておくか。
「ナギさん、コーガ。僕とアマコで水場を確認しに行くのでここを頼みます」
「おーう」
「うん、任された」
二人がいればハンナさんとネアは大丈夫だろう。
僕はアマコを背に乗せたブルリンと共に川の音がするという方向へと進む。
「あの廃墟の近くに川があるってことは、元々は誰か住むことを目的とした場所で……いいんだよね?」
「そうだと思う。あの大きさからして遺跡ってわけでもないだろうし」
魔物の領域に住むのってちょっと厳しくないか?
少なくとも碌に開拓していないうちは凶暴な魔物がはびこっているしまともに暮らすことすら難しいと思う。
「そんな環境に住む知的生命体……か」
「もういないんじゃないの?」
『あの建物ももう誰も住んでいないようですし』
でもここに建物があったってことは誰かしら住んでいたってことは確かなんだよなぁ。
素人目ではあるけどあの遺跡は何百年も前の建物って感じはしなかったから。
「ネアとハンナさんの考察次第だな。あれがどれくらい前の建物かで色々と変わると思う」
「そうだね。ネアならなにかしら見つけてくれるだろうし、あいつに任せよう」
ネアの優秀さは僕もアマコもよく知っているからな。
ちょっと抜けているところもあるけど、肝心な時に彼女が失敗したことはない。
「……っと、話をしている間に。川が見えてきたね」
僕の耳に川の音と……その近くから響いている滝の落ちる音も聞こえてくる。
木々の間を抜け開けた場所に出ると、滝つぼらしき広い場所を見つける。
「お、結構広いところに出たね」
「うん。水も綺麗だし、深さもそこまでじゃないから水浴びもできそう」
煮沸すれば飲み水も確保できるし、ここで水を確保できるのはかなりいいぞ。
すると早速アマコを乗せていたブルリンが水に口をつけて飲み始める。
「ブルリン、飲めそうか?」
「グァー!」
「……大丈夫そうだな」
元気に鳴くブルリンに頷くと、キーラもマントから出て水面を覗き込んだ。
「綺麗な水ですね。お魚さんもたくさんいそうです」
「自然が豊かってところも魔王領と違うってことだね」
それはここまで来る道のりで分かっていたことだけれども。
でも魔王の力が取り除かれた今となってはいずれ魔王領の大地も他と同じように普通に戻ることだろう。
まあ、自然のことだしそれが何年後になるか分からないだろうけど。
「さて、水場も確認したことだし一旦戻ろうか。あまり長居すると水を飲みに来た魔物と鉢合わせするかもしれないからね」
「はい」
「それもそうだね」
僕の言葉に頷いたキーラがマントに入り込み、アマコもブルリンの背に乗る。
戻ったらネアとハンナさんに経過を聞いて……それから———、
「……ん?」
チクリとした感覚に後ろを振り向く。
なにかに見られている……ような気がする。
魔物……ではないな。
「ウサト?」
『ウサトさん?』
「なにかに見られてる。アマコ、予知で警戒を」
「! うん」
肌がざわつくというか、観察されているような奇妙な感覚に苛まれた僕は掌に複数の魔力弾を浮かばせる。
僕達を襲おうとしているのか分からないが、まずは探ってからだな。
「治癒魔法乱弾・応用版」
———を、治癒爆裂弾の要領で包み込む。
半透明の魔力弾の中に複数の魔力弾が詰め込まれていることを確認し、僕はバレーボールほどの大きさの魔力弾を思い切り振りかぶる。
「治癒拡散弾!!」
目を瞑り、あてずっぽうで魔力弾を放り投げる。
キーラの驚きの声の後に斜め上へと飛んでいく魔力弾。
数秒ほど山なりに飛んだ魔力弾は空中で破裂し———中から飛び出した治癒魔法乱弾が地上へと弾けるように落下していく。
地面へと落ちた治癒魔法の粒子がその場にいた生物に作用し、その感覚が僕へと伝わってくる。
「……人?」
いくつかある反応の中で明らかに異質なもの。
それは魔物とは違ったまるで人間のような人型が、慌てるようなそぶりで走りだそうとしているものだった。
そこまでなら亜人かなにかだと判断できるけど、その人型は突如として姿形を変えてしまう。
「……なんだ? 悪魔か? それとも別のなにかか?」
投げつけた治癒魔法の粒子に触れた“何か”の姿が大きく膨らみ、獣のような動きと共にその場から走り去っていくのが分かる。
「人間離れした速さだ。強面どもに匹敵するぞ」
「ねえ、ウサト。強面さん達人間……」
アマコのツッコミをスルーしながら思考に耽る。
「……追うか?」
マントを広げ、足に力を籠める。
いる方向も逃げた方向は分かっている。
僕の足とキーラの魔法なら追いつけるだろうけど……。
「……いや」
ここは追うべきじゃないな。
アマコとブルリンを置いていくわけにもいかないし、なにより単独行動は駄目だ。
ただでさえ右も左も分からない土地で逸れるのはマズい。
「ウサト、なにか見つけたの?」
「なにかが僕たちを見ていたみたいだ。もう感知の範囲外に逃げているから追うだけ無駄だろうね」
「……ここでもなにか一波乱起きそうだね」
おい、なんで僕を見てそんな遠い目をしているんだ。
確かになにかしら厄介ごとが起きる予感がしまくりだけど僕のせいじゃないからね?
「シア、なのか?」
彼女が僕達に気づいたとしたらすぐに接触してきそうなものだけど……それともそれが許されないくらいに危険な状態なのか?
だとすれば説明がつくけれど、彼女の魔法は光魔法で自分の姿を変えるものじゃないはずだ。
……謎は深まるばかりだな。
武器扱い以上にえぐい分身爆弾。
なんでこの治癒魔法使いは爆弾魔みたいな戦法しているのだろう……(他人事)
次回の更新は明日の18時を予定しております。




