第三百五十五話
お待たせしました。
第三百五十五話です。
ヴェルハザルから魔物の領域までこれといったアクシデントもなく到着することができた。
まあ予知魔法持ちのナギさんとアマコを乗せたブルリンが先頭を走ってくれているということもあるが、どちらにしても普通の魔物程度なら難なく撃退できたことだろう。
でもナギさん曰く魔物の領域ではこんな無理な方法は使えないらしい。
まあ、元より探索が目的なので地形やら諸々を無視して進むわけじゃないからな。現地では魔力感知の使える僕とヴィーナさんの探知能力も使うことになる。
「ハンナさん。大丈夫でしたか?」
「不覚です……」
万全の状態で探索に乗り込むため魔物の領域の手前に到着した時点で休息をとることにしたわけだが……焚火の前で膝をかかえ落ち込んでいるハンナさんを見て苦笑する。
既に周りは暗くなり、設置した野営用のテントには先ほど見張りを交代した部下たちとコーガが眠っている。
「なーんか途中からなにも話さないと思っていたら、普通に寝てるなんてびっくりよ」
「闇魔法で周りが覆われているし、全然揺れないので気づいたらウトウトしてしまって。はぁ、最悪です」
「私は気づいていましたけれど、起こすのも悪いかなと思いまして……」
ネアとキーラの言葉にさらに落ち込んだようにうなだれるハンナさん。
「フッ、僕は救命団員ですからね。そりゃあ怪我人の負担を軽減するために特殊な訓練を積んでいるのですよ」
「ウサトの訓練で特殊じゃないやつってあったっけ?」
「走り込みだな」
「それって普通なの字面だけだよね。中身は別物だよ」
歯に衣着せぬ物言いとはこういうことを言うのだろう。
アマコの鋭いツッコミを食らいながら、未だに落ち込んでいるハンナさんに声をかける。
「でも隊の皆に治癒魔法の魔力を放出していたので、そのせいもあるかもしれませんね」
「絶対そのせいだと思うんですけど……!! 妙に落ち着くなって思ったら……!!」
僕は前の方を走っていたので後ろに治癒魔法を放出すれば、隊の皆に魔力をいきわたらせることができた。
多分、すぐ後ろにいたハンナさんはその影響をもろに受けたのだろう。
「でもウサト、そんな魔力消費して大丈夫なの?」
「そうだよ。明日から領域に入るのに……」
ん? ああ、二人にはまだ系統劣化について話していなかったな。
「最近、系統劣化って技を開発したから魔力を節約できるようになったんだ」
「……え、系統劣化? な、なにそれ……?」
「わざわざ自分の魔力性質を落とす意味不明な技術よ。こいつそれで魔力の消費量を落として、効率化させたのよ」
「えぇ……」
「ふふ、この程度で驚いてちゃまだまだよ。こいつがこの一か月でどれだけやらかしていたことか……」
どこか黄昏た様子のネアが焚火から視線を逸らしながらため息をつく。
そんな彼女にナギさんは微妙な表情をする。
「僕はこれまでの戦いで魔力を使い切って気絶することが多かった」
「書状渡しの旅とか戦いが終わるたびに倒れてたもんね」
「治癒魔法持ちの怪物が魔力切れで倒れることが何度もあるってどういうことですか……?」
僕達が遭遇したトラブルは割と普通じゃないものが多かったからね……。
ハンナさんが引いてしまうのも分かる。
「この系統劣化の研究が進めばオルガさんとアルクさんのような自分の魔法系統の強さに苦しむ人を減らすことができるかもしれない。あと、もしかしたら闇魔法使いにも」
「え、闇魔法使いですか?」
「うん。魔力を暴走させてしまうなら、闇魔法そのものの性質を落とせば危険も少なくなるんじゃないかなって」
「……ありえない話ではないわね」
この系統劣化は思っている以上に可能性に溢れているというわけだ。
「まあ、研究の方はリングル王国のウェルシーさんに任せっきりになってしまったんですけどね……」
「ウェルシー、絶対本国で悲鳴を上げているでしょうね。というか、送られてきた文からして相当だったし」
ウェルシーさんには正直悪いとは思っている。
いや、本当に……系統劣化の報告書を送った後の文でよりそう思った。
“ウサト様、さすがに嘘ですよね?”
“系統劣化? 魔力感知の考察がまだ終わってないのですが?”
“また新技術ですかそうですか”
“……”
“救命団副団長と兼任でも構わないのでうちにきませんか?”
王国お抱えの魔法使いにスカウトされかけてしまった。
技術はあっても魔法に関する学はないので断りはしたものの、リングル王国に帰ったら積極的に協力しようとは思った。
「僕は魔法の専門的な知識そのものはないからな……」
「知識はなくても存在そのものがおかしいの。貴方、あれよ。死んだら研究資料にされるくらい体の構造が不可思議極まりないのよ?」
「怖いこと言わないでくれよ……」
自分の死んだ後のことなんて考えたくもない。
だからこそ、アウルさん達の亡骸を利用している悪魔どもは許せないわけだが。
「ま、貴方が老衰以外で死ぬとは思えないけど。あ、その前に私が吸血鬼にしてやるのもアリねー」
「まだその冗談続いてたのかよ……」
前にも言ってたよね、それ。
書状渡しの旅から帰る時に。
冗談とも言わずに、にこにこと笑うネアに少しだけ薄ら寒いなにかを感じる。
「でも、ハルファさんがウサトを見たらどんな顔するのかすっごい気になる」
「……確かに」
魔眼持ちのハルファさんには僕がどう見えているのか気になるな。
彼は今もルクヴィスで元気にしているだろうか……。
まあ、僕の話はそろそろいいとして……ブルリンの背に乗っていたアマコは大丈夫だろうか?
お世辞にもブルリンの背中の乗り心地は快適とは言えないからな。
「アマコは疲れてないか? さすがにブルリンの背中は揺れただろう?」
「慣れてるから休めば心配ないよ。あとカンナギの背中よりかは揺れは少なかった」
「ねえ、アマコ。それって私が君を背負った時は猛牛みたいだったってこと……?」
「跳ねたり、壁を垂直に登ったりすごい挙動してたから……」
頬を引きつらせたナギさんが肩を落とす。
ヒノモトからこっちまでほぼ一日で来れるくらいだからそれくらい滅茶苦茶な移動をしていたんだろうな。
僕達としては二人が早く来てくれて助かった部分もある。
「でも、魔物の領域の中を進むなら私みたいな強引な移動はできないんだよね。単純に森に迷うし、どんな魔物が出てくるか分からないから」
ナギさんの言葉に頷く。
「ナギさんとアマコの予知魔法、ブルリンの嗅覚、僕とヴィーナさんの魔力感知。この三つで大抵の事態には対処できるはずです」
「……たしかに何が来ても大丈夫そうだね。戦力的にも私と君とコーガがいるし……」
戦力面に関しては十分すぎるほどだ。
悪魔側からしてみればナギさんは本当に怖い存在らしいからな。
「ふぁ……」
そんなことを考えているとキーラが欠伸を漏らす。
「ウサトさん……」
「気にせずに寝てもいいよ」
「はい……」
目をこすりながら自身の闇魔法のマントに入り込んだキーラ。
そのまま闇魔法のマントはひとりでに動いて———僕の肩に装着される。
『えへへ……おやすみなさい……』
「うん。おやすみ」
「ねえ、ちょっと待って……!!」
「ん?」
一連のやり取りを見ていたアマコが話しかけてくる。
「どうした、アマコ?」
「なんだろう、色々と問い詰めたいのに何も言えないこのもどかしさ……!」
「? ……ああ、キーラの闇魔法はフェルムと同じように魔法の中で眠っていても大丈夫らしいよ。どうやら彼女に影響を受けたみたい」
「……もしかしてそれって影響じゃないんじゃ……」
なにか呟いているがどうしたのだろうか。
そろそろ交代の時間だし、僕も明日に備えて休んでおかなきゃな。
●
野営をしきっちりと準備を整えた僕たちは、魔物の領域へと突入を試みる。
魔物の領域と魔王領は断崖絶壁の崖により分けられており、入るにはまず崖から下に降りなければならない。
まあ、これについては僕とキーラで全員の荷物を持った上で、自分で降りることのできるコーガとナギさん以外の面々を下ろしていくだけの話なのでそれほど手間取りはしなかった。
「あんた乗り物としても優秀ね」
「う、うぅ、ショーン……」
「ノノさん、空を飛ぶといちいち思い出して泣き出すのやめてくれませんか……?」
最後の面々、エルさん、ノノさん、ヴィーナさんを変形させたマントに乗せ、崖の下へと降りる。
……悪魔であるヴィーナさんは普通に飛べるはずなのに、そうしないことに少し疑問を抱きつつもエルさんの言葉を訂正する。
「優秀なのは僕じゃなくてキーラですよ」
『い、いえ、そんな……。私だけではこれだけの大人数も運べませんよ』
「そうなの?」
……確かにキーラだけで誰かを運んでいる姿を見たことないな。
『多分ですけど、私の魔法を着ているウサトさんの力が反映されていると思うんです。マントを変形させたときの力も、私一人の時より明らかに強いですし』
「それじゃあ、キーラ自身も成長すればそれだけ君の魔法も強くなるとも考えられるのかな?」
『……! ええ、その通りです……!』
成長性がすごいなぁ。
魔王が注目しているという気持ちもよく分かる。
しかし、僕の身体能力がマントに反映されているとしたらフェルムの同化とはまた違った使い方ができるかもしれないな。
「さて、全員降りれたかな」
「おう。こっから気合入れていこうぜ」
崖を降りた先は深い森の中。
明らかに魔王領のそれとは雰囲気が大きく異なる環境に、傍にいるブルリンが警戒を露にする。
「事前に話した通り、ここからは徒歩での移動となります。先頭は僕の治癒感知、ブルリンの嗅覚、アマコ、ナギさんの予知魔法で索敵」
「グルゥ!」
「うん」
「任せて」
先頭を進むのは索敵能力に優れた面々。
まあ、このメンツの中では僕の治癒感知は対悪魔用みたいなものだ。
ネアは別に指示しなくてもフクロウ状態で僕の傍に居てくれるし、キーラも元よりマントの中にいる。
「ハンナさんは地形と場所の把握を。エルさん、ノノさん、ケヴィンさん、ウォルさん、セインさんは彼女の護衛を」
「「「はい! 隊長!!」」」
「いや、ウサトは隊長じゃないでしょ」
「なんというべきか、またハンナさんの護衛をすることになるとは思いませんでした」
「まあ、やるからにはちゃんとやります。ノノ、ちゃんと私の盾になってくださいね」
威勢のいい返事をする部下たちに、どこか機嫌のよさそうなハンナさん。
口ではなんだかんだ言っても、ノノさんは気心知れた仲なのだろう。
「コーガは最後尾で警戒と指示。魔物との戦闘を避ける時は君の分身を囮にするからよろしく」
「おう」
コーガは一番重要な役割だ。
隊から逸れた者が出ないように見ていないといけないからな。
「あ、あの、ウサトさん。私は?」
「ヴィーナさんは後ろで魔力感知で索敵。では出発!!」
「ひぃん! 私の扱いを心得ているぅ!!」
コーガの後にヴィーナさんのことも言おうと思ったけど、ものすごく不安そうに尋ねてくるものだからついからかってしまった。
まあ、本人のモチベも上がったみたいだし結果オーライということにしておこう。
「……なにが待っている、か」
ようやく踏み入れた魔物の領域。
最初は魔王の頼み事だったはずが、色々と抱え込んでしまったけれど———まずはシアの安否を確認しておきたい。
魔物の領域編開始となります。
予知魔法やら魔物の嗅覚の中に普通に索敵要員として混ざる治癒魔法使い……。
次回の更新は明日の18時を予定しております。




