第三百五十四話
二日目、二話目の更新です。
前話を見ていない方はまずはそちらをー。
魔物の領域へ出発する日の朝。
僕は訓練場の宿舎前に遠征に行く際に持っていく荷物を運んでいた。
「ウサトくん、これで全部かな?」
「ありがとうございます。すみません、こんな朝早くから手伝わせてしまって」
一緒に荷物運びを手伝ってくれていたウルルさんにお礼を言うと彼女は、苦笑しながら手を横に振った。
「えへへ、いいよいいよ。むしろ大変なのはウサト君なんだから、私もこれくらいはしなくちゃね! キーラちゃんも手伝ってくれて偉い!」
「い、いえ、そんな……」
頭を撫でられたキーラは気恥ずかしそうに俯く。
その反応にウルルさんはさらに笑顔になる。
「ウサト君。私、妹が欲しかったんだ」
「オルガさんが泣きますよ」
「お義姉ちゃんは近いうちにできそうだし、この際義理の妹もできていいんじゃないかなって思ってるんだ」
「真顔で何やばいこと言っているんですか」
おまけのように義理の妹を作ろうとしているんじゃない。
なんで普段は普通なのにこういう時に、先輩と同じベクトルの変な人になるんだ。
「リングル王国に連れて行っちゃ駄目かな」
「えっ!!」
「駄目ですから」
「え……」
なぜか残念そうな表情をするキーラ。
一部で人攫い呼ばわりされてる救命団が本当に人攫いになったらダメでしょうが。
「キーラちゃん。リングル王国はいいところだよー」
「そうなんですか……!」
「いろんなものが売っているし、変わったものから美味しい食べ物まであるからきっと楽しめるよ!」
「わぁぁ……」
さすがにしないとは思うけど、ウルルさんがキーラをリングル王国に連れ帰ろうとした時は止めないといけないな。
リングル王国の話に興味を持ったキーラは、今度は自分からウルルさんに質問を投げかける。
「それじゃあ救命団ってどうやって入るんですか?」
「……。ウサト君。子供を救命団に勧誘するのはやめようね?」
「濡れ衣すぎる……!!」
一気に素のテンションに戻ったウルルさんが真顔で僕に忠告してくる。
キーラは救命団適性は高いけど、彼女の事情を無視して救命団に誘うはずがないでしょうが……。
「いや、ウサト君。旅の間にナック君を救命団に入団させたりしていたから……」
「旅の間に? それは本当ですか? ウサトさん?」
「え、そうだけど……」
「……ふーん」
ナックの時は色々と事情もあったしな。
あと僕にとっても彼は救命団でやっていける人材だなと考えてしたことだ。
きっと今もオルガさんの診療所を手伝いながら訓練をしているはずだ。
「そろそろ皆が来そうなので、ブルリンを連れてきますね」
ナックも頑張っていることだろうし、僕も自分のやるべきことをしなくちゃな。
そう思い、僕はコーガ達が来る前に厩舎にいるであろうブルリンを連れに向かうのであった。
●
荷物をまとめた後、少し待つとコーガとアマコ、ネア、ナギさん、ハンナさんに6人の隊員たちが集まってきた。
隊員たちはともかくコーガが時間通りにやってきてくれたことに僕は少しだけ安堵する。
もしかすると数週間単位の探索になるかもしれないので荷物の量はそこそこ多くなってしまったが、
「来たぞー」
「ああ。君も遅刻せずに起きられてよかったよ」
「お前の爆弾とセンリの襲撃が過激化したせいで早く起きざるをえなくなったんだけどなァ……!!」
起きない君が悪い。
わなわなと震えるコーガをスルーし、改めてメンバーを確認する。
僕にコーガ、そして6人の部下たち。
そしてキーラ、ハンナさん、アマコ、ナギさんと、最後にブルリンだ。
「まずは……キーラ、魔法を出してもらってもいいかな?」
「はいっ!」
キーラの足元から黒い魔力で作られたマントが飛び出し、僕の肩に覆いかぶさるように装着される。
そのまま幾分か慣れた動きでマントの端を変形させるように指示しながら、地面に置いた物資をマントの内側に放り込む。
「本当に便利ねぇ」
「少し見ない間にキーラの魔法が変わってるね……」
ネアとアマコの声を聞きながら、質量とかそのへんの法則を全部無視してマントの異次元空間に物資を全て放り込む。
これのなにがすごいってマントの重さとかも全然変わらないことだ。
フェルムもそうだけど、闇魔法って本当に不思議な魔法だ。
「ウサトさん」
「ん? ああ、どうぞ」
そして軽く広げたマントにキーラが飛び込むことで最初の準備が終わる。
残った荷物は各々で運んでいく手筈だ。
「コーガ、こっちの準備が済んだから後はよろしく」
「おう」
隊長はコーガなので彼に報告し、話を進めるように促す。
こほん、と咳ばらいをした彼は一歩前に出ると部下たちの顔を見回して口を開いた。
「お前ら、今日出発ってことになるが……まあ……うん、忘れ物はないな?」
僕は迷いなくコーガの頭に軽い手刀をいれた。
「なにすんだよ!?」
「そこはビシッと決めろよ! 元軍団長だろ!?」
「仕方ねぇだろ! 特にかける言葉も思い浮かばなかったんだよ!」
まったく出発前だっていうのに……。
あんまりなコーガだったが不思議と部下達の様子は全然変わっていない。
「いや、伊達にそいつの部下やってないし」
「軍団長時代もこんな感じでした!」
「不変」
元々コーガの部下だったエルさん達にとっては慣れたものだったようだ。
お前……軍団長時代からそんなちゃらんぽらんだったのかよ……。
「これはセンリ様に頼むことが増えたな」
「げぇ……」
「とにかく、これから出発するから各自荷物を持ってください」
コーガの代わりに説明すると各々が用意した荷物を背負う。
探索といってもこれは遠征とほとんど変わらないので、僕がマントの中に収納する物資以外にも個人個人で荷物は持ってもらうことになる。
「アマコはブルリンの背中にね」
「うん。またよろしくね、ブルリン」
「グァー!」
機動力に乏しいアマコを守ってくれるブルリンがいてくれると心強い。
加えてブルリンの嗅覚とアマコの予知魔法と合わされば、アクシデントに見舞われることはないだろう。
「先日、話した通り今日中に魔物の領域の手前まで移動します。走って向かうので水分補給を忘れないように」
「……うん? あ、あの、すみません。ウサト君」
「はい? ハンナさん、どうしました?」
なにか気になったのか周りをきょろきょろと見回しながらハンナさんが僕の肩を叩いてきた。
「つかぬことをお聞きしますが、目的地までの移動手段はもちろん馬ですよね? さきほど目的地まで走っていくなどと申していましたが、まさか聞き間違いではありませんよね?」
「いえ、違いますよ」
「あ、やっぱり聞き間違いですよね。まさかここからあそこまで走っていくなんて———」
「走っていくのは魔物の領域に入る前までですよ」
「……。貴方はバカですかぁ!?」
声を荒らげたハンナさんに詰め寄られる。
団服の胸倉を掴んで顔を近づけてきた彼女の目はとても必死だった。
「私は貴方達と違って普通の魔族なんです!! 普通の魔族はですね! 四六時中走り続けたり、魔物顔負けの速さで走ったりはしないんですよ!」
『いつしか私も普通の魔族じゃなくなってしまいました……』
『ノノ、そこらへんはもう諦めなさい』
確かに言い方はおかしいけど、ハンナさんは一般的な魔族だろう。
身体能力も鍛え上げた部下達には及ばない。
「アマコちゃんだってそうでしょう!?」
「あ、私はブルリンの背中に乗せてもらうから大丈夫」
「グァー」
「じゃ、じゃあネアさんは!?」
「私はウサトの肩にひっつくから走らないわよ」
ブルリンに乗ったアマコと僕の肩にフクロウ状態で飛び乗ったネアの声にハンナさんは狼狽えながらも自分を指さす。
「では私は!? 私も走れって言うのですか!?」
「僭越ながら目的地までの乗り物が欲しいならこの私が立候補します!! 御心配には及びません! 私は頑丈で、よく鳴きます!!」
「エルさん。貴女の隣にいる子供の教育に悪い悪魔の口を塞いでいてください」
「はいはーいっと」
「むぐぐぐ!?」
まったく油断も隙もあったもんじゃないな。
ヴィーナさんの口を塞ぐエルさんの姿を横目で確認し、ハンナさんを見る。
もちろんハンナさんのこともちゃんと考えている。
「御心配には及びません。ちゃんと考えがありますから」
「……本当ですか?」
「ええ。……キーラ、マントの形状を変化させるよ」
『はいっ!』
マントを膨らませ、端っこの方を椅子のような形に変形させる。
それをハンナさんの目の前に差し出し、座るように促す。
「どうぞ座ってください」
「……」
嫌そうな顔をしながら変形させた椅子に座った彼女ごと背中合わせになるように僕の後ろに移動させ、さらにその上から屋根と壁で囲う。
カタツムリ、と言えばイメージしやすいのだろうか。
「これでよし」
「どこがですか? 一つも納得できないのですが?」
「これで地図を見ながら移動できますよね?」
「そうですけど! そうなんですけど……! む、無駄に安定感があるのが腹が立つ……!」
いつもブルリンを背負って走っているので重さなんてあってないようなものだ。
「他の方法もありますけど、聞きますか?」
「一応」
「コーガの分身に任せるのと……ナギさんに背負ってもらう方法ですね」
「因みにカンナギに背中で運ばれてるときは無茶苦茶怖かったよ」
「あ、アマコ……?」
どちらも危険はないと思うけど、悩んだ様子を見せたハンナさんは諦めたようにため息をついた。
「はぁ、これでいいです」
「すみません。馬を連れていくのは難しいと思って……」
「いえ、分かっています。私もあまり我儘を言いたくありませんし」
……とりあえずは全員の準備が整ったな。
今一度部下達を確認した僕は改めてウルルさんへと振り返る。
「では、ウルルさん。いってきます」
「うん、いってらっしゃい! 皆もねっ!」
ウルルさんに見送られ僕達はまず都市を出るべく走り出す。
ここで全力で走れば街の人に迷惑がかかるので軽くならしながら走っていると、背中のハンナさんから声が響いてくる。
「あれ? これ意外と楽なのでは?」
「私が耐性の魔術を使っているってこともあるけど、この人全然上半身ブレないのよね」
僕も意識してやっているからね。
このまま都市を出たら一気に足を速めて目的地まで行こう。
まずは魔物の領域に入るまで、その先になにがあるかはまだ分からないが……僕達の予想を超えたものがあることは間違いないだろう。
静かにナックに対抗心を燃やすキーラと、荷物のように背負われるハンナさんでした。
今回の更新は以上となります。