第三百五十三話
閑話・登場人物紹介込みで四百話を超えていることにびっくりしました。
お待たせしました。
第三百五十三話です。
早朝訓練を終えた後、僕は魔王に呼び出しを受けた。
多分、今回の探索についての話もあるのだろうと予測しつつ、一緒に来てくれるというナギさんと共に魔王の仕事場である屋敷へと向かった。
「朝からまた騒がしいことをしているな。相変わらず話題に事欠かない男だ」
いつもの書斎に通された僕とナギさんは、シエルさんが淹れてくれた紅茶を前にしながら魔王と対談する。
「やっぱり騒がしかったですか?」
「騒音という意味ではないがな。最早、ここでは受け入れられた珍事とも言ってもいいだろう」
珍事て。
すると隣でカップを口にしていたナギさんが声を潜めて話しかけてくる。
「ウサト、毎朝あんなことしてるの?」
「いやぁ、ネロさんって結構訓練に付き合ってくれるんですよね。アーミラさんもたまに来てくれるし」
ネロさんは昼間は仕事で忙しくて鍛錬する暇がないらしく、早朝訓練という形で身体を動かせて丁度いいらしい。
「ウサトさんもここでは大分受け入れられていますからねぇ」
魔王の傍に立っているシエルさんが苦笑する。
「確実に人間としてではないがな。お前への民の印象は人間とは異なる別のなにかだ」
「フッ、では一般的な人間の定義とはなんですか?」
「おおよそお前がしない常識的な行動をする人間だ」
……。
「ここは、負けを認めるしかないようですね」
「勝ち目があると思っていることが恐ろしいのだが」
「ウサト……ヒサゴでさえ魔王に恐ろしいって言わせたことないのに……」
素で魔王に引かれてしまった。
ナギさんにも引かれてるし、なんだろうこの敗北感。
「カンナギも随分と早かったな」
「あいつのやらかしに私が無関心でいられるはずがない。それで、シア・ガーミオについての考察を聞きかせて」
溜息を零したナギさんが魔王に尋ねる。
シアのことは僕から話したが魔王の考えも聞きたいのだろう。
「現状ではなんとも言えんな。何分、奴のことだ。このような言い方をするのは癪に障るが、奴は何をするか理解ができん。……こいつと同じでな」
「……?」
魔王に指を差されて後ろを向くが誰もいない。
「見えない誰かに指さしてどうしたんですか? ボケたんですか?」
「自覚がないお前の方がボケているのが分からんのか?」
「……」
「……」
「お二方、話がややこしくなるので落ち着いてくださーい」
シエルさんに窘められてしまった。
無言で睨みあった僕と魔王にやや引きながらナギさんが口を開く。
「あいつのすることを理解しろっていうのが無理がある」
「そもそも奴の思想と行動に矛盾が生じすぎている。少なくとも私やお前の知っている奴は、なんの関係もない人間に自身の記憶と魔法を植え付けるような意味不明な行動をする男でない」
……こればっかりはシアに聞いても分からないことなんだよな。
彼女が持っているのはあくまでヒサゴさんの記憶というだけで、なぜ彼の力も彼女に宿ったのかまでは分からない可能性が高い。
「これ以上あのバカ者の思考を考えるのは無駄だろう。本題に移る……今回の探索の目的について、だ」
まあ、そうだよな。
出発数日前に差し迫ったなら呼び出された理由も探索についての確認だろう。
「おおまかな目的は魔物の領域の開拓でしょう?」
「大部分を占めるのがそれだな。だが他にするべきこともある」
ここで魔王は指を三本立てる。
「一つは魔物の領域にあるであろう私の力の断片の回収。二つ目がシア・ガーミオの保護。三つめが魔物の領域に住む知的生命体の有無の確認」
「知的生命体……?」
「かいつまんで言うと亜人、若しくはお前の使い魔と同じく意思を持った魔物だな」
未開の領域だからかなにがいるのか分かっていないのか。
「そんなの、いるんですか?」
「封印される以前は確実にいたぞ。人間と魔族との争いに傍観を決め込んではいたようだがな」
「え、いたの?」
ナギさんも知らなかったのか驚いているようだ。
魔物の領域に住む知的生命体、か。
遊びで行くわけじゃないのは分かっているけど、男心にそういうのはちょっとわくわくするものがある。
ビッグフットとかそういう系みたいな感じで。
「ちなみにその時にいたのは亜人ですか?」
「エルフだ。元より人間の争いに興味がなかった奴らは深い森に引っ込んだというわけだ」
「エルフ……」
エルフといえばフラナさんと同じということか。
多分だけど、僕の知るエルフとは違うって考えた方がいいかもしれないな。
あくまでいたらの話だけれど。
「三つ目に関してはおまけと考えておけばいい。探索と私の力の断片の回収だけに集中しろ」
「悪魔の介入は?」
「避けられないだろうが用心していれば奴らはさほど脅威でもない。悪魔にとってお前とカンナギは脅威でしかない上に、同胞のはずの悪魔がこちらに寝返っているからな」
どちらかというと脅威なのはアウルさんと闇魔法使いの双子だな。
現状、敵側の悪魔は僕にとってはそれほどやばいって感じはしない。
むしろ味方のはずのアウルさんの方が僕にとっては別の意味で厄介だ。
「で、だ。探索隊の構成員についてだ」
「隊長のコーガを筆頭に僕と6人の部下たちに、地形などを把握する役割を担うハンナさん。そして昨日到着したナギさんにアマコ……危険な場所への探索ということで人数は絞ったつもりですが、結構多くなってしまいましたね」
「予知魔法持ちがいると考えれば多少人数が増えてもさして問題はないはずだ。……ふむ」
顎に手を当て何かを思い悩んだ様子の魔王。
その様子にいぶかしんでいると考えが纏まった様子の魔王が再び僕を見る。
「キーラという闇魔法使いの少女がいたな」
「え? ええ、はい」
「その少女を連れていくといい」
この人はなにを言っているのだろうか。
キーラを危険な場所に連れて行けるわけないだろう。
場数を踏んでいるアマコはまだしも……。
「お前が守ればいいだけの話だ。あの少女の闇魔法の有用性は計り知れん。空を飛び、異空間に物資を保存・保有できる能力はこの探索にうってつけのものだ」
「……貴方にしてはかなり評価しているんですね」
「評価どころか注目すらしているぞ? 戦闘目的ではない闇魔法使いは長い歴史から見てもごく少数だ。カンナギ、お前なら分かるだろう?」
「まあ、そうだね」
魔王に話を振られたナギさんは戸惑いながらも頷く。
「そのごく少数でさえも自らを守るがための能力というものがほとんどだ。その中で他者のために、それこそ空を飛ぶほどの憧憬の念を抱かせ、そのための能力に開花させたことは稀有どころの話ではない」
正直、魔王がここまで多く語ることに驚いた。
そしてキーラとその魔法が彼にとってそこまで重要な存在だということも。
「……気は進みませんが、キーラと彼女の保護者に確認をとります。こればっかりは譲れません」
「ああ、それでいい」
……夜にグレフさんのところに尋ねるか。
僕が守ればいいと魔王はいうけど、もしものことがないとは限らないんだけどな。
「ある程度は話したか。なにか質問はあるか?」
魔王の言葉に少し思い悩む。
現状は特に聞きたいことはない。
あとは部下たちに探索についての内容を改めて説明すればいいだけだし……あ。
「そういえば魔力操作に関して聞きたいことがあったんで今聞いていいですか?」
「なんだ?」
「系統劣化と系統強化を合わせたら反発して爆発するんですけど……」
「……はぁ?」
何言っているんだコイツ……みたいな視線を向けられてしまった。
これはあれかな?
僕は魔力関連での時代を先取りしすぎてしまったのかな?
●
部下たちに探索について説明はそれほど手間はかからなかった。
彼らも元々は魔王軍に所属していた兵士なので、遠征任務に関して理解も早く僕としてもかなり説明しやすかった。
その際に、僕達が敵対するであろう悪魔についてと回収するように依頼されている魔王の力の断片についても明かした。
『恐怖を食い物にする輩、恐怖を与える隊長』
『どちらが恐ろしいと問いかけられれば答えは明白ですね』
『私より悪魔ですからねぇ』
なぜか遠回しに僕が恐怖の象徴呼ばわりされていることに納得いかないが、彼らの精神ならそう簡単に悪魔に影響されることはないだろう。
ここからが問題だ。
キーラが魔物の領域に同行するか否かを彼女とその保護者であるグレフさんに伺わなければならない。
キーラはついていくと言うかもしれないけど、グレフさんは魔物の領域の危険性をよく分かっているはずなので反対するだろう。
「魔物の領域の探索、行きます!」
「ま、キーラが行くというなら反対はしないな」
「あれ……?」
デジャブ?
魔王領に向かう際のフェルムとのやり取りを彷彿とさせるキーラの返答に変な声が出てしまう。
え、えぇ、もしかして悩んでいたの僕だけなのかこれ……?
「お前のことは信頼しているからな」
「……キーラ、本当に大丈夫なのか? 魔王に薦められはしたけど断っても全然いいんだよ?」
「役に立てるなら私も行きますよ。私にとってもいい経験になりそうですから」
もしかして子供扱いしすぎているのは僕のほうか?
「ここに来る前は魔王領内を旅して回っていたからな。魔物への対処もある程度は慣れている」
「ウサトさんに助けてもらった時は普通に危なかったですけどね……」
「あれは俺がヘマして怪我しちまったからだ」
……たしかにキーラはグレフさんと一緒に魔王領を旅して回っていたんだよな。
そういう意味では並みの大人より……それより僕よりも旅に慣れているのかもしれない。
「それに私はもしもの事態以外にマントから出ません」
「魔力は保つの?」
「大きな変形をしなければ魔力の消費はほとんどありませんから」
そこらへんもフェルムの闇魔法と似ているんだな。
というより闇魔法ってすごい低燃費だな。
「睡眠とかは?」
「マントの中で眠ります」
「それって大丈夫なの……?」
「普通に眠っていても解けなかったので大丈夫だと思います」
これってあれか? フェルムの闇魔法の影響受けまくってる……?
そりゃあこの子にとって参考にする闇魔法使いはコーガとフェルムの二人しかいないわけだけど……ここまで似るもんなのか?
「ウサト。夕飯は済ませたか?」
「あ、いえ……」
「なら、うちで食っていくといい。遠慮するなよ? お前がいるとラムとロゼも喜ぶ」
「それじゃあ、ご厚意に甘えさせていただきます」
よし、と笑みを浮かべたグレフさんは椅子から立ち上がると夕食の準備をするべく台所へと行ってしまう。
コーガはセンリ様が作ったものを食べているだろうし大丈夫だろう。
「……今でもちょっと夢だと思ってます」
「なにがかな?」
「私が普通に暮らせていることが……です」
すぐにキーラが何を言わんとしているのか分かった。
忌み子送りという実の両親の悪意に晒された闇魔法使いの子供が、今は普通の暮らしをすることができている。
キーラのこれまでの境遇を考えると夢心地という気持ちも分かる。
「あの時、ウサトさん達と会わなかったら私はきっと闇に堕ちていたんだと思います。もっと自分を嫌いになって、いつしか闇魔法に吞み込まれて……たくさんの人を不幸にしていたかもしれない」
「そうはならなかっただろう? 今ここにいる君が全てだ」
もしもの世界、というのが存在してしまうことは知っている。
先輩とカズキを失った僕が自暴自棄になった世界もあるように、グレフさんを目の前で死なせてしまったキーラが彼女の言うように闇に堕ちてしまう世界だってあるかもしれない。
だけどそれは、あくまで仮定の話であり今目の前にいるキーラには関係のない話だ。
「だから私は貴方と同じように誰かの助けになりたいんです」
「……シアのことかい?」
「……はい」
こくり、と頷いた彼女。
僕以外で実際にシアと会ったのはキーラだけだからな。
彼女の事情も一緒に聞いていたから心配に思う気持ちも分かる。
「あの人は、私と似てますから」
キーラが僕達の探索に同行したいという理由もシアのことを心配してのことなんだろうな。
……あと少しで魔物の領域へ出発することになる。
探索も大事だが、それ以上に今シアが魔物の領域内でどのような状況にいるのか心配になってくる。
魔王にすら理解不能な表情をさせるウサトの新技術でした。
次回の更新は明日の18時を予定しております。




