第三百五十二話
二日目、二話目の更新となります。
第三百五十二話です。
コーガを起こしにやってきたセンリ様の誤解を解いた後、ついでに彼女も加えて三人で早朝訓練へと向かうことになった。
その途中で訓練場所を知らないナギさんとも合流し、四人で街の中を進む。
「面と向かって君と会うのは二度目だね。コーガ」
「あー、そうだな」
閑散としたヴェルハザルの早朝の街並みを歩きながら、ナギさんがコーガに話しかける。
声をかけたナギさんに、コーガの隣にいたセンリ様の目がスッと細められるが当のコーガは気づかずにややバツの悪そうな顔をする。
「あんたには剣で刺されたり魔法奪われたりして、あまりいい思い出がないんだよな」
「あ、あはは……それについてはごめんね」
「ま、敵同士だったんだしそこらへんは言うほど気にしてねーよ」
遺跡での件は状況が状況だからなぁ。
ナギさんも厳密には本人ではなかったし、コーガもさっき言った通り言うほど気にしてないのだろう。
「僕はお前に腹とか足を刺されたことがあるんだが?」
「お前は別に大丈夫だろ」
「すっごい痛かったんだけど」
「俺もお前に武器にされて痛かったわ」
「「……」」
お互いにこの話に決着がないと悟り黙り込む。
伊達に何度も戦ってはいないのだ。
「コーガさん、この方との関係をお聞きしても?」
「ん? 関係ぇ?」
短い沈黙の中でセンリ様がそう切り出してくる。
その質問にコーガは不思議そうに首を傾げる。
「いや、会うのは二度目だしぶっちゃけ俺もよく知らねぇぞ。ネロのおっさんと互角に戦えるくれぇに強いってことは知ってっけど」
「それは真ですか?」
「すっげぇ疑ってくるじゃん……」
早朝の件で警戒心が高くなっているのかな?
傍目で見て微笑ましく思っていると、さりげなく僕の傍に近づいてきたナギさんが困惑気味に声をかけてくる。
「ウサト、センリって子にやけに警戒されてるけど何者なのかな……?」
「この方はニルヴァルナの王女様でここには自身の婚約者を見つけるために来ているんですよ」
「……な、なるほど。そういうこと……最近の若い子ってこんな勢いがすごいんだ……」
どこか感嘆とした様子で呟いたナギさん。
最近の若い子とは言うが、ナギさんも年齢的には僕達とそう変わらないと思うんだけど。
「カンナギ様のことはお父様から聞いております。先代勇者の相棒として戦ったお方と同一人物であり、獣人の扱う流派“カンナギ流”の開祖とも」
「かはっ……」
「ナギさん!?」
突然胸を抑えてむせるナギさんにびっくりする。
どうしたと思い咄嗟に支えると、彼女は赤面させながら声を震わせる。
「か、開祖とかやめてくれぇぇ……別に私、後世に伝えるために技を考えたわけじゃないんだよぉぉ……」
「え、ですがカンナギ流で扱われる十二の型はあらゆる実戦に対応する優れた技とニルヴァルナでも評価されているのですよ?」
「ヒノモトだけじゃなくニルヴァルナにも伝わってるじゃないか……!! ぬ、おおおお、悪夢だぁぁ……!!」
僕から見ても技名とかかっこいいと思うんだけどなぁ。
口に出すとナギさんにダメージを与えてしまいそうなので言わないけれども。
……さっきから悶絶するナギさんを支えているわけだけど、彼女の手が僕の腕に回され離れられないようにしているのはどういうことなのだろうか?
本人ですら気づいた様子がないってことはもう一人のナギさんかな?
「ハッ!? ご、ごめん……」
ハッとした様子で気づいた彼女が僕から離れるが別に怒ってもいないので笑って流す。
「全然気にしてませんよ。もう一人のナギさんですか?」
「う、うん。本当にもう勝手に私の身体を動かしたりして大変なんだ」
大変だということは分かるけど、勇者の刀の中で生まれた意思が外の世界に触れているのはいいことだ。
しどろもどろになるナギさんに苦笑していると目的地の訓練場が見えてくる。
●
当然だがネロさんとナギさんが本気で戦うことはない。
もしそうなったら訓練場どころかその周りが滅茶苦茶になりかねないからだ。
実際、魔王軍との最後の戦いで二人が戦った森は見る影もないほどに刈りつくされてしまっていたほどだ。
なので多忙な魔王にも迷惑をかけるわけにもいかないので、ネロさんとナギさんが早朝訓練で手合わせするようなことはない。
「戌走り」
姿勢を低くさせながら構えた木剣を横薙ぎに振るう彼女の一撃を跳躍と共に回避。
追撃を行おうとするナギさんを視界に納め着地した僕は彼女を迎え撃つように籠手を構え治癒魔法の波動を放射し、治癒感知を行う。
「前に手合わせした時より反応速度が上がっているね」
「治癒感知で動きを読んでいますからね」
「……ふふっ」
木剣を構え楽しそうな笑みを浮かべた彼女は勢いよく地面を蹴り、こちらへ肉薄してくる。
その動きを目ではなく治癒感知で察知し、防いでいく。
「予知魔法の予測してもこれとはね! その感知能力で条件を五分にされているってことかな!」
「ッ!」
予知魔法を使う相手とは戦った経験はある。
ヒノモトのジンヤさんと、もう一人のナギさん。
予知魔法を十分に扱えなかったり、実戦経験が少なかったからという理由で戦えていたわけだが……今のナギさんは違う。
予知魔法を用いた戦闘に長け、その上実戦を詰んだ歴戦の戦士だ。
治癒感知で動きの先読みを潰した程度で簡単に渡り合える相手じゃない。
「ナギさん、忘れていませんか?」
「な、なにを……?」
「僕は予知魔法の攻略法を知っているということを」
予知魔法使いとの戦闘経験もそうだけど、伊達にアマコと共に旅をしていない。
その対策もよく知っている。
「え? も、もう一人の私が怯えた声を漏らしているんだけど……なにをするつもりなの!?」
「今から技をたたみかけて貴女をバグらせます」
「……。どういうこと!?」
驚く彼女に返答せず前に踏み出した僕は、足に纏わせた弾力付与を蹴りと共に放つ。
「治癒弾力脚!」
「! 範囲が広い! しかもこれは……正面から受けちゃいけない!!」
三日月状に広がった魔力弾をジャンプして避ける。
弾力付与で粘性を高めた魔力弾だから避けざるをえなかったのだろう。
あえて空中に飛ばせて———、
「治癒爆裂波ァ!!」
「躊躇が一切ない!?」
狙いを定めない広範囲攻撃で吹き飛ばす!!
これなら当たるはず! そう確信していると空中の無防備な体勢から無理やり地面に木剣を突き刺し———そこを足場にして、治癒爆裂波で生じた衝撃波に頭から突っ込んだ。
「大酉回し!!」
素手で衝撃波を後ろにいなした!?
ええい、さすがはナギさんだ! そう簡単に優勢に立ち回らせてくれないな!!
「ならば次はこうだ!!」
「まだあるの!?」
大きく右腕を引き絞り魔力を練り上げる。
腕を顔の前でクロスさせるように前へと突き出し———籠手から治癒魔法の光と共に衝撃波を前面に放つ。
「くらえい! 強化治癒目潰し!」
「わっ!?」
予知魔法で目潰しが来るのが分かったのか技を放つ前に目を瞑った彼女に掌底を繰り出す。
「あ、っぶなぁ!?」
ギリギリで目を開いた彼女が掌底を木剣の柄で受け、衝撃で後ろに下がる。
防がれるのも計算の内……!
「は!? なんで私、吹っ飛ばされて……!!? 柄か!」
柄にくっつけたミニ治癒爆裂弾に気づいたナギさんが、すぐにそれを地面へと投げ捨てる。
小規模の衝撃波を引き起こし、治癒魔法の粒子を周囲に散布させた爆裂弾を目にした彼女はやや怯えた視線を僕へと向けてくる。
「気付いたようですねぇ……!」
「ほ、本当に予知魔法を攻略する戦術使ってくる」
やっぱり悪魔と違って食らってはくれないか。
「このまま君の出方を伺ってたら翻弄されっぱなしなのが分かった」
「ならば、どうしますか?」
「こっちから攻めていくだけだよ!」
今度はこちらから、と言わんばかりに加速したナギさんが迫る。
技を出すにはこちらから攻める方がやりやすいので、彼女が率先して攻撃してくるのは僕としてもきついものがある。
「威寅」
縦に押しつぶすように振り下ろされる斬撃。
ナギさんの獣人離れした膂力により繰り出されたソレは容易く大岩を砕くほどの一撃……!
だが、その大振りの技にこそこの技が通じる!!
「治癒崩し!」
「ッ!!?」
系統劣化により弱めていた治癒魔法を元に戻し、ナギさんの意識を混乱させる!!
ただでさえ感覚が鋭い彼女は突然のことに目を見開き、一瞬その動きを止める。
その隙を突き、掌底を放つ。
「予知してもなにされたか全然意味が分からない……けど!」
「ぬぅ!?」
横に躱された!?
「君が変なことするっていうのが分かっていればある程度対応できる!」
変なことをするってどういうことですか……!!
掌底がからぶった僕の横で木剣を振りかぶった彼女がそれを振り下ろす。
「とった! って、あれ!?」
“僕”へと叩きつけられる木剣は一瞬の抵抗の後にあっさりと振り切られ地面へと吸い込まれる。
呆気にとられたナギさんは、五メートルほど離れた場所で膝をついている僕を見て困惑したように首を傾げた。
「え? ウサト、今二重に増えなかった……?」
「治癒残像拳……危なかった……まさか奥の手まで使わされるとは、さすがです」
「自分で言うのもなんだけど、私をここまで翻弄したのは君だけだと思う……。ヒサゴだってここまでじゃなかったよ……?」
「フッ、光栄です」
「褒めてはいないんだけど……」
ギリギリで分身が間に合ってくれてよかった。
まさか治癒崩しを初見で対応してくるとは……。
「手合わせはここまでにしようか」
「そう、ですね。あっちの方もちょうど終わったみたいですし」
訓練場内の一方向を見るとそこではネロさんとコーガの模擬戦がちょうど終わっていた。
若干呼吸を乱したコーガにネロさんは感心した様子で話しかけている。
「面白い成長をしているなコーガ」
「おうよ。前みてぇにあっさりやられると思ったら大間違いだぜ。おっさん」
「……おっさんはやめろと言っただろう」
あちらも終わったようだし一旦休憩にしよう。
「分かってたけど、ウサトって目を離すと知らない技とか増やしていて対応するのも大変だったよ」
「ははは。でもここで編み出した技はほとんど見せられましたよ」
「……まだまだ増えそうだなぁ。ま、そこが君の強みとも言えるけれど」
困ったように笑うナギさん。
やっぱり、強かったな。
ある程度は食らいつけてはいたけれど、まだまだ鍛錬が足らないようだ。
ナギさんと共にセンリ様のいる訓練場の端へと移動するとコーガとネロさんもやってくる。
「コーガ、そっちはどうだった?」
「前にボコボコにされた時よりかは戦えてるって感じだな。だがまあ、新しい分身の方はちょっと扱いが難しいかもしれねぇ」
あれって結構あやふやに動いているんだっけ?
コーガの意思で動いているように見えて、彼が指示しなくても勝手に動いてくれるって聞くと結構意味が分からないな。
そこらへんは闇魔法だなぁって思う。
「単純に二対一の状況に持ち込めるのは強みだとは思うよ。分身だから盾にも陽動にもできるし、武器に変えて振り回すこともできる」
「そりゃ俺で試したもんな」
「……。ネロさん、今度は僕とコーガと手合わせしてもらってもいいですか?」
「おいバカ、ぜってぇお前俺を振り回そうとしてんだろ」
冗談だ。
だけどシンプルながら強い能力だというのは本当だ。
単純にコーガと同じ力を持った分身が一人増えるからな。
「実際、コーガの魔法ってどう変わったんだろうね。ちょっと出してみてよ」
「別にいいぞ」
コーガの足元の影が伸び、そこから黒く塗りつぶされた人型が出てくる。
髪の形とか角とかはコーガと同じだけど、今は微動だにすらせずにその場でたたずんでいる。
「ネロさん、これって攻撃したらどうなりました?」
「ある程度の強度はあったな。ある程度の破損なら自ら再生し向かってきていた」
「……痛みとかは……」
「いや、全然ないな。再生する一環で魔力が吸い取られる感覚はすっけど」
使い手の魔力を消費して再生するのか。
オートで消費しちゃうなら魔力消費に気を遣わなければならないけど……。
「自己再生持ちとか強くない?」
「お前が言っちゃ駄目だろ」
「そうですね。治癒魔法持ちのウサトさんは言ってはダメな気がします」
コーガとセンリ様に指摘されてしまった。
「皆忘れていると思うけど、治癒魔法は攻撃系の魔法じゃないからね?」
「「「「え?」」」」
まさかのこの場にいる全員に首を傾げられてしまった。
僕と周りに深刻な認識の違いが生じている……?
「……フフッ」
「なにがおかしいんですかネロさん……!!」
前振りの如く微笑んだネロさんに食って掛かる僕。
そんな僕をコーガは困惑しながら止めてくる。
「と、突然どうした!? お、おっさんに絡むのはやめろよ!!」
「おっさんではない」
「そうだぞ、コーガ。言っていいことと悪いことがある」
「おかしいだろ!!」
ネロさんも楽しんでくれているようだ……ん?
肩を軽く叩いてきたナギさんを見ると、彼女は少し声を潜めながら話しかけてくる。
「なんか、ネロ・アージェンスと仲良くなってない?」
「ええ、この早朝訓練で交流して知りましたけど、この人内面は大分お茶目な人ですよ」
公私混同をしない人なのか弟子のアーミラさんには一切それを見せずに厳しくしていたようだけれども。
「多分、魔王も知らないので機会があれば煽りに行こうと思います」
「魔王相手に煽りにいくとかすごい度胸だよね……。楽しそうだから私も同行していい?」
「勿論です」
そんな約束をしたところで今一度コーガの分身へと意識を戻す。
んー、多分そんなに時間をとれないから今がいい機会なのかな?
「話を戻すけど、この際コーガの魔法について調べてみる?」
「調べるって?」
「どれだけできるか、できないか。それを知っておかないといざという時に困るだろ?」
「確かにそうだな。……漠然と使っていたから細かいことは特に分かってねぇんだよな」
フェルム然り、キーラ然り……闇魔法は既存の魔法と比べ多様性がありすぎる。
コーガの闇魔法も例外ではなく、なにかしらの隠された能力・特性があってもおかしくない。
「とりあえず誰か触れてみ———」
「では私が」
「よろしくお願いします」
「なあ、俺の許可は?」
僕が言い終える前にセンリ様が挙手をする。
驚くべき反応速度に驚きつつ、彼女に任せることにする。
「ナギさん、一応予知魔法で視てもらってもいいですか?」
「了解。王女様に危険がないように見ておくよ」
「ありがとうございます」
コーガの魔法がセンリ様を害すなんてことはないだろうけど、万が一のためにね。
一切躊躇なくセンリ様がコーガの分身の手を掴む。
ナギさんが何も言わないので無言で見守るが……なにも起きない。
「コーガさんが私を無抵抗で受け入れてくれている……!?」
「誤解を生む言い方をするのはやめろ!!」
「闇魔法は使い手の深層心理を反映する魔法ってことはコーガは口では色々言っていても心のどこかではセンリ様を邪険に思わず受け入れているって考えてもいいですねセンリ様!!」
「ウサト、テメェ!! ここぞとばかりに早口で解説すんじゃねぇよ!?」
まあ、センリ様の行動はコーガにとっては口で言うほど嫌ではないと思っていた。
多分、コーガは子供の時に色々あったからそういう接し方とかよく分かっていないので、そういう反応になってしまうだけだ。
「僕も触れてみていいですか?」
「ふふん、触れられますか……!! 貴方に……!!」
「対抗心燃やされている……?」
まだ宿敵認定されているの?
ちょっとだけ引きながらコーガの分身の肩に触れる。
……まあ、センリ様と同じように何も起きな———、ってちょっと待ってなんか勝手に分身が変形しているんだけど!?
「おい、コーガ!!」
「いや、なにもやってねぇよ!?」
「あー……彼の闇魔法はそういうことね」
予知魔法で見えたのかナギさんは引きつった笑みを浮かべる。
彼女が止めないということは危険はないんだろうけど、コーガの分身はぐねぐねと手元で変形を繰り返して———最後には禍々しい見た目をした棍棒へと姿を変える。
「「「「「……」」」」」
全員が沈黙する中僕はとりあえず手の中に作り出された棍棒を掲げてみる。
「なるほど、自分が振り回されたくないから分身にさせたというわけか。面白いことを考えたな、コーガ」
「いや全然面白くねぇよ!! 俺は今自分の魔法の正体に気づいてショックを隠せねぇんだけど!?」
どういう感情でこの形態になったかは分からないけど。
もし僕とコーガが協力して戦うことになれば、これも戦術の一つとして組み込めるな。
……治癒魔法を纏わせて治癒パンチと同じ効果ができればいいんだけど……試してみるか。
「! この分身、治癒魔法が作用するぞ……!? つまり再生能力も治癒魔法で補える!?」
「へー、じゃあ再生するとき俺の魔力消費しなくて済むじゃん」
分身自体の強度も高い。
再生も僕の治癒魔法で補える。
それってつまり……。
「盾にする敵がいなくても治癒ガードが使える……?」
「……待て、今こいつなんつった? 盾にする敵って言ったか?」
「ウサト。その不穏な技はなにかな? 今のうちに聞いておきたいんだけど……?」
「や、やはり我が宿敵……!!」
「……フフ、相変わらず愉快なことをする」
どうやらとんでもない戦術ができてしまったようだ。
形状も僕の意思で変えることもできそうだし、時間が空いたらコーガとの連携を考えるのもアリだな。
飛行ユニット(マント)に合わせてシールドにも棍棒にも人型にもなれる追加装備を手に入れてしまったウサトでした。
今回の更新は以上となります。