第三百五十一話
お待たせしてしまい申し訳ありません。
第三百五十一話です。
アマコとナギさんがヴェルハザルに来てくれた。
予想よりずっと早く到着したことに驚いたけれど、ナギさんがアマコを背負って走ってきたと聞いて納得した。
ナギさんの身体能力なら普通に馬で走るよりも速く、それこそ障害物の多い森の中を駆け抜けることも訳ないからだ。
「それでウサト、早速で悪いけどシアって子について聞かせてくれないかな」
訓練を少し早めに切り上げ、宿舎へと移動した僕はナギさんにそう尋ねられた。
ハンナさんは魔王にナギさん達がやってきた旨を知らせに向かってもらい、キーラを家に、ヴィーナさんも帰らせた今、この場にいるのは僕とネア、ナギさんとアマコしかいない。
「あの子は……シア・ガーミオはヒサゴさんの記憶と魔法を植え付けられた女の子という話は手紙で伝えましたよね?」
「うん」
「正直、彼女の中でどれだけヒサゴさんの影響があるかは分かっていません。分かっていることは、あの子が悪魔を始末することと、魔王の力を無意識に求めているとというだけです」
シアの口ぶりからして無意識に体が動いてしまってるか、別の人格が彼女の身体を動かしていると考えられる。
ある程度、シアについての話と僕が魔王に頼まれた依頼について説明すると悩まし気に首を捻っていたナギさんが不意にその瞳の色を紫色へと変える。
「ウサト、もう一人の私が話したいって」
どうやらもう一つのナギさんの人格に切り替わったようだ。
「……嘘をついているとかじゃないのか? 私が言うのもなんだけれど君は優しすぎる。そこを付け込まれて絆されているって可能性もある」
「それは、ないと思う。確証はないけどあの子は僕に助けを求めるくらいに苦しんでいたから」
「……君に助けを求めるか。そう言われるとなんにも言えなくなるよ」
遺跡での戦いのことを思い出したのか、紫の瞳のナギさんが困ったように微笑み、その瞳を元の青色へと戻す。
僕が騙されやすいのは事実だけど、助けを求めてきたシアの言葉は嘘ではないと信じたい。
「そん時、私がいればなにか分かったかもしれないんだけどねー」
「ネアは何してたの?」
「猫に化けて森に放り込んだ隊員たちを騙して内情を探ってた。あっ、ウサトに命令されて」
「ウサト……?」
フッ、告げ口されちまったぜ。
必要なこととはいえ一日で何度アマコとナギさんにドン引きされればいいのだろうか。
「ここでは魔物の領域への探索隊の指導をしていたんだ。魔王とコーガに頼まれてね」
「もしかしてさっきの人たちって……」
「そう。彼らがそうだよ。それで、そのメンバーに紛れ込んで僕と魔王の内情を調べようとしていたのがヴィーナさんってこと」
今思い返すと全く隠れる気なかった気がする。
ヴィーナさん目立ちまくりだったし。
……話を戻そうか。
「シアと会ったのは僕とキーラだけだった。その時の状況はちょっと複雑でね……魔王の依頼のために目的地に向かったら悪魔に襲撃されたんだよ」
「大丈夫だったの?」
「悪魔はね。アウルさん達も合わせて11人くらいに囲まれて戦ったけど、まあ……なんとかできたよ」
もし相手側がアウルさん達と闇魔法使いの姉妹をうまく連携させていたなら防戦一方で、迂闊にその場を動けなくなっていたかもしれないけど……そうじゃなきゃ特別厄介でもなかった。
「11人って……よく無事だったね」
「フッ、僕が防御と回避に専念すればとてつもなくしぶといからね。一日中だって逃げ続けられる自信がある」
「相手からしたら悪夢だろうね、それ」
実際、アウルさんだけが状況を理解してた。
さすがはローズという規格外を知っている人だ。
もし悪魔に冷静な判断ができるやつがいたら結構やばかったかもしれないな。
「それじゃあ、私達はウサトと一緒にその探索に同行すればいいんだね?」
「そうですね。予知魔法を持つナギさんとアマコがいれば心強いし、もしかしたらシアにナギさんを会わせれば彼女の状態が安定するかもしれません」
「あいつの記憶を植え付けられているから当然私のことを知っているはずだろうけど……ちょっと不安かな」
ナギさんが不安に思うのも分かる。
なにが起こるか分からないのだ。
もしかするとシアの状態が悪化するかもしれないし、なにも起こらないことだってありえる。
「とにかく出発までここでゆっくりするといいよ」
「うん。泊まるところって探した方がいい?」
「あー、そっか……予定より早く到着したから全然探せてなかったな」
魔王に頼めば用意してもらえるかもしれないけど、あまり頼みごとをするのもあれだしな。
ナギさんも休みたいだろうから……よし。
「じゃあ、この宿舎に泊まればいいよ」
「え、いいのかい?」
「部屋は空いてるしね。ネアも文句ないだろ?」
「ないわね。ウサトの言う通り部屋は余ってるし」
「ウサトもここに泊まってるの?」
「まあ、訓練場から近いからね。あー、でも……」
宿舎に泊まってるメンツが僕、ハンナさん、ネア、ナギさん、アマコになるわけだろ?
そう思い起こし、あることを決めながら二人へと向き直る。
「僕は別のところに泊まるよ」
「「「は?」」」
アマコ、ネア、ナギさんの呆気にとられた声が重なる。
「だって女性4人のところに僕が泊まるのは常識的にまずいでしょ」
「なんでウサトが常識を語ってるの?」
酷い言われようなんだけど。
こてん、と首を傾げられてそんなことを言われてしまった。
「ほら、世間体とかあるし都市の人たちにあらぬ誤解をされるわけにもいかないだろ?」
「ウサトはもう取り返しがつかない認識のされ方してると思う」
「まあ、貴方のせいで人間という種族が大きく誤解されてることは確かね」
なにを言われているのか分からんな。
どこか納得してなさそうな様子のネアが頬杖をつきながら僕を見る。
「貴方、ここ以外にどこに行くのよ。アルクのとこかしら?」
「え、アルクさんも来てるの?」
「いいや、丁度いい機会だし。そろそろあいつのところに行ってみようかなって」
「あいつ?」
アルクさんのところに戻るのもいいけれど、未だに遅刻癖が直らないあいつもなんとかしなきゃならないしな。
そう思い僕は三人に口を開く。
「コーガん家」
●
「というわけで、お邪魔しにきた」
「いやなんでだよ……」
魔王都市ヴェルハザルの中央に位置するコーガの住む部屋。
そこに僕は荷物と手土産代わりの夕食を持って訪れていた。
「突然すぎんだろ……」
部屋の中に通され、ここまでに至る経緯を説明するとコーガは露骨に嫌そうな顔をした。
「そろそろお前にも隊長としてしっかりしてもらわなくちゃいけないって思ってね。まず最初の一歩としてその遅刻癖を矯正しようと思ってここに来た」
「余計なお世話すぎる……」
「余計なお世話でも必要なことだろ? 僕とセンリ様が国に帰った後、これまでと同じ自堕落な生活をするつもりか?」
いくら魔王軍がなくなっても僕が指導した探索隊は残る。
それを率いるのは僕ではなくコーガだ。
僕の指摘にコーガはバツが悪そうに頭をかく。
「分かってはいるんだけどよ。いきなり今までやってきたことを変えるのも結構難しいんだぜ?」
「僕にも同じことがいえるけど、君も今までのままじゃいられない。……そうだろ?」
「……まー、それは分かってる」
魔王との戦いを経て僕の立場は大きく変わった。
それに合わせてコーガも戦いばかりじゃなく他のことに目を向ける必要ができた……と僕は考えている。
「正直、今の環境は想像していたより悪くはねぇんだよな。定期的にお前と喧嘩できるし」
「センリ様は?」
「あいつは竜巻みたいなもん」
好ましい意味で言っているのかな?
声色からして嫌っている感じではなさそうだ。
「はぁ……泊まる分には構わねぇけどさ。どうせ元々この部屋二人用らしいし」
「だからベッドが二つあるのか」
「片方は物置みてぇな扱いだけどな」
ふと視線を室内へと向けると一人部屋、というには若干広い。
それほど物は置いておらず、着替えなど必要最低限のものだけ置いているという感じだ。
……コーガの場合、趣味が戦うことっぽいから部屋の中にそれほど置くものがないのかな?
「別に面白いもんはねーぞ」
「ん、ごめん。話は変わるけど、明日お前も早朝訓練に来ない?」
「お前がおっさんと毎朝戦ってるやつのことか? そういえばなんやかんやで行けてなかったな」
「そうそう」
この男、結局朝起きれず早朝訓練に来ていないのだ。
別に強制しているわけでもないのだけど
「明日はネロさんも来るし、なんなら今日到着したナギさんも来てくれるらしいよ」
「国の五つや六つを一夜で滅ぼせそうな面々だなオイ」
戦力だけ見ればとんでもないメンツであることは間違いないだろう。
そもそもネロさんとナギさんだけでも戦力過多すぎる。
「……そんなメンツが集まるってんなら俺も参加するしかねぇよな」
「来るか……!」
「おう、俺を無理やりにでも起こしてくれ」
「まず自分で起きる努力をしろよ」
他力本願かよ。
……まあ、自分から心がけるようになるきっかけになってくれればいいか。
いきなり遅刻癖が直るはずがないし。
「んじゃ、腹も減ってきたし飯にするか」
「そうだね。そういえば普段、なに食べてるの?」
「え……最近はセンリのやつが勝手に作りおきしてる」
着々と胃袋掴まれてるじゃん。
もしかして、本人自覚してない……?
●
思えば救命団に放り込まれてから早起きすることが得意になった。
初期救命団という極限環境の中で寝坊などすればどのような地獄を味わうかは身を以て体験しているので、必然的に得意になってしまったわけだ。
「……よし」
目を覚ますと同時にベッドから出て寝巻から訓練着へと着替えながら、コーガを見る。
やはりというべきかまだ眠っているようだ。
「おい、コーガ起きろ」
「ぐおおおお……」
「朝だぞ。早朝訓練の時間だ」
「かぁぁ……」
微塵も起きる気配がないんだけど。
はぁ、仕方ない。言質は取っているから多少無理にでも起こすか。
僕は手の中で作り出したミニ治癒爆裂弾を枕元に置き、その場から三歩ほど離れる。
「3……2……1」
「ぐぼぉ!?」
「よし」
数秒後、枕元のミニ治癒爆裂弾が破裂し、衝撃波に吹っ飛ばされたコーガが床に着地する。
「な、なななななんだ!? とうとうセンリが寝込みを襲ってきたか!!?」
衝撃波で髪がぼさぼさになり、寝ぼけながらもきょろきょろと周りを見るコーガに笑顔で挨拶を繰り出してみる。
「おはよう!! コーガ! いい朝だね!!」
「……えあ、は!? ……お、おおおお起こし方バグってんのかお前ぇ!?」
声をかけても起きないから仕方がないじゃないか。
それにコーガも許可を出していたわけだし。
「近所迷惑だろうが!!」
「心配するな。無音で破裂するように調整したから。ほら、起こしたんだから顔でも洗ってこい」
「お前どこ目指してんだよ……」
朝から憂鬱そうなため息を零しながら洗面台のある方へと向かうコーガ。
その姿を見送っていると……不意に部屋の扉がノックされる。
「……? こんな朝早くに?」
もしかして……。
コーガは今出られないだろうし、代わりに僕が出るか。
そう思って扉の鍵を外し開く。
予想していた通り扉の前にはニルヴァルナ王国の王女、センリ様が笑みを浮かべて立っていた。
「おはようございます! とうとう今日は自分で起きてくれたんですね!! これも私の努力の——」
「あ、センリ様。おはようございます。早いですね」
「……ウサトさん? あ、あれぇ……?」
僕を見て狼狽した彼女が先ほどのコーガと同じくきょろきょろと周りを見てから、今一度扉を確認する。
「センリか。相変わらずお前もはえーな」
ここで顔を洗ってきたコーガが未だに眠たげな様子で出てくる。
そんな彼を見て、センリ様が声を震わせながら話しかける。
「ウサトさん、これはいったい、どういう……」
「色々あって宿舎の方からこっちにお邪魔することになったんですよ」
「おい聞けよ、センリ。こいつ寝てる俺を治癒魔法を爆発させて無理やり起こしたんだぞ」
「悪かったって」
「すっげぇびっくりしたんだからな……」
……ん? なんかセンリ様の様子がおかしいぞ。
まさかコーガを起こすというセンリ様の仕事を奪ってしまって怒っている、とか?
「今この時確信しました」
「ん?」
「貴方が我が終生の宿敵なのですね……!!」
「……とりあえず誤解されているのは分かりました」
なんか以前のコーガと同じようなことを言い出したな。
しかし、勘違いされたということは分かった。
とりあえず目が据わりはじめたセンリ様の誤解を解こう。
短い期間ですがコーガ宅に居候することになったウサトでした。
変なところで常識的になるところも理不尽ですね……。
次回の更新は明日の18時を予定しております。




