第三百四十九話
お待たせしました。
第三百四十九話です。
今回はアマコ視点でお送りします。
ウサトからの知らせを受けて魔王領へ向かうことになった私とカンナギ。
一度魔王と戦うために訪れた都市にまた行くことに、思うところがないと言えば嘘になるけれど今は要塞化していないらしいから気を張らずに向かっていきたい。
でもその前に私たちは魔王領とヒノモトの間に存在する“魔物の領域”を抜けていかなくちゃならない。
「……ふぅ」
深く暗い森の奥。
日の光がわずかにしか差さないその場所で、一体の大きな猪の魔物の影が地響きと共に地面へ倒れ伏す。
最早息絶え、魔素へと還っていく魔物を見下ろした私と同じ狐の獣人、カンナギは魔物の血の滴る刀を払いながら鞘へと納める。
「アマコ、もう大丈夫だよ」
「うん」
巻き込まれないように隠れていた木の陰から出る。
「みんな、私の知っていた時代と違うと思っていたけどここだけはほとんど変わっていないようだ」
「そうなの?」
「ここだけ文明が進んでいないからかな。この領域は魔物だけが生息する場所だからね」
移動する最中に襲い掛かってきた魔物はカンナギによって苦も無く倒されてしまった。
さすがはローズさんと同等の実力を持つ人。
獣人族の私から見てもその身体能力は異常だ。
「じゃ、先を急ごう」
「……」
そう言ったカンナギはカバンを前に回すように抱えると、私の前でしゃがみ背中を見せる。
「どうしたの?」
「いや、さ。分かる。効率的なのは分かるんだけど……」
カンナギ、ずっと走りっぱなしでは?
———魔物の領域へ入る場合、馬は連れていくことができない。
凶暴な魔物が多く生息するこの場所では馬などは格好の餌食でもあり、馬自身も濃密な魔物の気配に逃げ出してしまうため必然的に徒歩での移動を余儀なくされた……のだけど。
「心配いらないよっ! 私体力も獣人離れしているからね!」
カンナギは私をおぶり、その上で荷物を抱えながら走って目的地まで向かおうとしているのだ。
そういう滅茶苦茶なことはウサトでも——、
『馬が使えないなら君をおぶって走ればいいのでは?』
——いや、ウサトなら普通に同じことを考え付きそうだ。
そしてカンナギと同じようにできるだろうし。
「さすがにウサトと比べると劣るけどね!」
治癒魔法があるとはいえカンナギに体力で上回っているのはどういうことなんだ。
でもスズネのように邪な考えじゃなく、本当に善意で言ってくれているのは分かっているので大人しくカンナギにおぶさる。
すくり、と重さを感じさせずに立ち上がった彼女はそのまま地面を蹴り凄まじい勢いで森の中を駆けていく。
「魔物の領域に入ってから半日。もうすぐ抜けられそうだよ」
「結構早くない?」
意外と狭いのかな?
魔物に足止めを食らったのも数えるくらいしかなかったし。
「いや、私が進んでいる道は端の方。それも最短距離を突っ切る形で魔王領に向かっているんだ。普通に超えようとすれば魔物の襲撃も相まってかなりの時間がかかる。……なにより危険もあるしね」
「そう、なんだ」
「もっと奥深くに入れば凶暴な魔物もわんさか出てくるだろうね」
カンナギの足が速すぎて周りの景色をまともに見ることができなかったけれど、なんとなく彼女が岩のような場所を飛び跳ねていたり、どう見ても崖のような場所を垂直に上っているような感覚があった。
「……カンナギ、大丈夫?」
「ん? 体力なら全然——」
「ううん。……焦っているよね。やっぱり手紙のことが関係してる?」
「……そうだね。焦っているというより混乱しているって感じが正しいかな」
カンナギ本人からその話は聞いている。
先代勇者の記憶と魔法を持つ少女、シア・ガーミオ。
先代勇者をよく知るカンナギとしては気が気じゃない話のはずだ。
「ミアラークで感じてた違和感はきっとその子だ」
「違和感って、ミアラーク居たときに言ってた話?」
「うん」
呼吸一つ乱さずに木々の間を駆け抜けるカンナギの横顔を見る。
ミアラークに居た時彼女が気にしていたなんらかの違和感。結局は分からずじまいだったけれど、ウサトが会っていたというシアという子がそうだったのか。
「近くにヒサゴと同じ魔力を持つ人がいるなんて思いもしなかった。……あの時、私が動いてればその子を見つけられたのかもしれないのに……」
「なぜかウサトに接触したんだもんね……」
「それはおかしな話じゃないよ」
え、と反応を返すとカンナギが答える。
「魔王とヒサゴの関係性は結構複雑だ。その魔王が人間、それも勇者じゃない者に倒されればただの記憶といえどもシアって子に与えた影響は大きかったはずだ」
「魔王を倒したから……ってこと?」
「あとは単純にヒサゴの“人間が魔王を殺して平和を勝ち取る”っていう筋書きが崩されて、そのへんも影響されたって可能性もある」
邪龍の時もそうだったけど、そういう騒ぎに巻き込まれるときって切っ掛けはウサト本人にはないんだよね……。
ルクヴィスはナック。
サマリアールの時は邪龍から引き抜いた小刀。
ミアラークはカロンさんが邪龍の波動で暴走してしまったから。
ヒノモトは捕らわれた私を助けるために、とか。
思い返してみてもウサト本人は巻き込まれてばっかりだった。
「あのクソボケ能天気オヤジがまたやらかしたことについては驚いてない。ある意味いつものことだったし」
「いつものことだったんだ……」
「でもなんの罪もない女の子に自分の記憶と魔法を植え付けるなんて気色悪いことをしているのは許さん……!!」
か、カンナギがものすごく怒ってる。
「だから、そのシアって子をヒサゴの呪いから解放してあげなくちゃならない。まだ手紙からの情報でしか分からないけど、その子は普通の女の子だったはずなんだ。そんな子がヒサゴの力なんていう必要のない力なんて持っちゃいけない」
「……そこらへんはどう思っているのもう一人のカンナギ」
不意にそう尋ねるとカンナギの横顔から見える瞳が紫色へと変わる。
魔王との戦いの前に私たちが訪れた遺跡で、もう一人のカンナギはウサトに光魔法を与えようとしていた。……元あった治癒魔法と引き換えという形で。
さすがに記憶とまではいわないけど、同じようなことが起きていることについてもう一人の彼女はどう思っているのだろうか。
カンナギの瞳がすぐに元の青色へと戻ると、彼女は苦笑する。
「悪いとは思ってる、だってさ」
「そっか……。その刀に宿ってた光魔法ってどうなったの?」
「邪龍の力で塗りつぶされちゃったよ。だからこれはウサトの籠手と同じ、ただ頑丈なだけの刀ってこと」
腰に差している鞘に納められた黒刀に視線を向ける。
それなら安心だ。
ウサトにはやっぱり治癒魔法が一番合う。
それ以外には考えられないし、なにより―——、
「治癒魔法だからこそウサトは滅茶苦茶なことができるんだからね」
「それもそうだ。もしかしたらこの一か月でまた変な技編み出しているかもしれないね」
「まあ、確実になにかしらしているだろうね」
真顔でそういうとカンナギは困惑した表情を浮かべる。
「じょ、冗談だったんだけど」
「カンナギはウサトを分かってない。ウサトは目を離したら変なことをしているわけじゃないの。目を離さなくても変なことをしている」
「え、えぇ」
ネアは一緒に戦うことが多いからそこらへんは彼女なりに続々と増えていくウサトの技を把握しようと頑張っているみたいだけど。
「今頃悪魔対策だとかいって滅茶苦茶していることだってありえるし」
「さすがにそれは……いや、あるかも」
「でしょ? そういう人だもん。……だから安心できるとも言えるけど」
カンナギも刀と籠手を通してウサトの行動を見てきたからね。
……なんやかんやで私達もこの一か月で大分仲良くなれた気がする。
元より打ち解けていたけど、母さんという距離感が壊れている要介護な人のおかげで結束が高まった。
「……そろそろ魔物の領域を抜けられそうだ。その後は止まらずに都市まで行くけど、休憩とかとらなくて大丈夫?」
「心配ない。カンナギこそあまり無理はしないようにね」
「了ッ解!」
木々を駆け、さらに加速するカンナギ。
すぐに視線の先に暗い森とは異なる空から差し込む日の光に照らされた場所が見える。
「うーん」
もうすぐウサトたちのいる都市へと到着する。
大体一か月ぶりの再会になるだろうけど、それでも久しぶりに会えることは嬉しい。
まあ、それとは別に―——、
「絶対なにかやってるだろうなぁ」
「あはは……」
ルクヴィスのこともあるし、最悪ウサトがブルリン背負って都市内を駆けまわっている光景を予想しておくべきかもしれないな……。
アマコの予想通りに悪魔関連以外にやらかしまくっているウサト。
次回はアマコ視点から魔王都市の日常風景? を目撃することになるかもしれません。
今回の更新は以上となります。
※※※
4月24日にて、コミカライズ版『治癒魔法の間違った使い方』第8巻が無事発売されました……!
今回もウサトが滅茶苦茶したりする巻となっております……!