第三百四十八話
昨日に引き続き二話目の更新となります。
前話を見ていない方はまずはそちらをー。
前半がエル視点。
後半からウサト視点となります。
ヴィーナの正体が悪魔だった。
ということはぶっちゃけどうでもいい。
悪魔という存在が実際にいたことにちょっとだけ驚いたが、そもそも私たちを纏めているのが悪魔なんて比べようもない存在である魔王様なのだ。
むしろ姿かたちが悪魔らしいヴィーナよりも素の姿で悪魔のような動きをしだすウサトの方が悪魔じみているとさえいえる。
ここで問題なのはやることなすこと常識外れの治癒魔法使いウサトがまた新たな訓練を私たちに課したことだ。
「……ッ」
いつもの準備運動がてらに都市内を何周も走り回る訓練。
慣れた今となってはほとんど疲れずにこなせている、はずの訓練はヴィーナから放たれる悪魔の魔力により大きく様変わりしていた。
“楽をしたい”
“こんな意味不明な訓練を投げ出したい”
“もう、辛い思いをしなくてもいいんじゃないか”
内心で延々と溢れ続ける甘い誘惑。
それが悪魔の魔力により引き出され、増幅されたものでありそんな感情に苛まれながら私たちは訓練をし続けなければならない。
あいつの考えることだ。
どうせ悪魔云々の力を理解すること以外に精神的な訓練も兼ねているのだろう。
「ッ、負けて、たまるかぁ!」
常に心の力を削られていくような感覚に苛まれながら前を向き、足を動かし続ける。
同僚たちも同じだ。
ケヴィンたちも雑念を振り払う……いや、そもそも思考すらも抱く余地がないほどのハイペースで走っている。
「雑念があるから訓練に集中できないんだ!」
「心頭滅却……!」
「なにも考えなければいい」
さすがにこいつらと同じところにたどり着きたくない。
現状、私も問題はない。
この程度で心折れてウサトとコーガに笑われるなんて絶対に嫌だからだ。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。え、えへへ!」
「ヴィーナ、罪悪感に興奮を見いだすのをやめろ……!」
集団で走る私達のみに影響するように魔力を放っているヴィーナに静かに怒鳴る。
こいつが悪魔だってことにそこまで驚かない理由の一つは、悪魔なんて正体よりもこいつの変態っぷりがぶっちぎりでやばかったことだ。
あの夜、ウサトのいる宿舎でこいつが土下座していた真相が悪魔と告白したこと以外何一つ間違えていなかったことがひたすらに怖い。
「皆さんの苦し気な感情が美味しいし、その一方で自分だけいい思いをしている卑しい自分に罪悪感を抱いたりしてもう最高ですね」
「くたばれ」
「ごちそうさまです」
くっ、罵倒はこいつの力になってしまうんだった。
悪魔って気持ち悪い生き物だなおい!
「でも皆さんうまく適応していると思いますよ。ウサトさんのように力技で耐性がついたわけではありませんが、簡単な誘惑なら打ち破れるほどの強さは持っています」
伊達に地獄のような訓練を潜り抜けたわけじゃないから。
……でもヴィーナの口ぶりだと、ウサトの精神は生半可なものじゃないようだ。
「でも、ノノさんって全然影響ないんですよねぇ」
「ギクッ」
「……えっ、そうなの?」
ヴィーナの呟きにこの三日間、口数少なくして訓練に臨んでいたノノが肩を震わせる。
精神的にきつすぎて無言になっちゃっていたと思ってたけど……この子、ヴィーナの魔力の影響を受けていなかったの?
気まずそうに斜め下を見たノノは、ぎこちない笑みを浮かべる。
「え、えーと、私だけいくらやっても魔力の効果が出ないので。ら、楽ができるかなぁって思って黙ってました」
「ウサトに報告していい?」
「笑顔で私を地獄に突き落とそうとしないでください!?」
でもどういうことだ?
ヴィーナの魔力がノノには効いていなかったってことなのか?
走りながら訪ねてみると、なぜかここでノノがどやっ、とした表情を浮かべる。
「フッ、私はいつも逃げたいと思っていますからね。最初から最低値なものにいくらマイナスしても変わらないってことですよ」
「どうやらノノさんは、すっごいおバ……単純なので私たちの魔力が効きにくいようです」
「今、おバカって言いかけませんでしたか? あの? ヴィーナさん?」
「単純な方が効力が薄いのね……」
「怒っていいですか?」
意外とノノは悪魔ってやつの切り札にはなるのでは?
よくよく考えれば、今前を一心不乱に爆走している訓練バカ共も心を無にして走っているようなものだ。
「……まあ、あれとノノとは同じにはなりたくないわね」
「エルさんもエルさんで、おかしな精神力していると思いますけどね」
「黙れ豚野郎」
口汚くヴィーナを罵倒した後に訓練に意識を向ける。
相変わらず楽をしたい方向に意識が流されそうになるけど……これも慣れればすぐに問題はなくなるだろう。
●
ヴィーナさんの魔力を用いた訓練。
それは一見して影響があるようなものには思えなかったが、ゆっくりと効果は出ていたようだ。
でも精神的な負荷を受けても部下たちは訓練から逃げ出さず、それどころかより強い気迫で訓練に臨んでいる。
順調に訓練が進んでいることをこの三日間で実感しながら、僕と同じように訓練の様子を見ているコーガとちょっとした話し合いを行っていた。
コーガ以外にもマント姿でふわふわと浮いて魔力回しの練習をしているキーラと、コーガについてきてやってきたセンリ様もその場にいる。
「魔物の領域への出発はいつ頃になった?」
「一週間後だ。諸々の準備は魔王様の方で手配してくれるらしい」
一週間か。
もう少し時間が欲しかったけれど、あまりわがままも言ってられないか。
「ヒノモトから呼んだやつは間に合うのか?」
「昨日返事が返ってきた。ギリギリにはなるだろうけど出発前には到着してくれると思う」
先日、ナギさんとアマコがこちらに出発したことを知らせる文が届けられた。
ナギさんはともかくアマコが来ることに驚いたけれど、僕としてもあの子がいてくれるのは心強い。
「またコーガさんと離れ離れになってしまうなんて、とても悲しいです」
ちらちらとコーガの様子を確認しながら悲しむような演技をするセンリ様。
コーガの方はさほど気にした様子もなく笑顔を浮かべる。
「そうだな。俺も悲しいぜ」
「コーガ、そんなにセンリ様と離れるのが悲しいなら。今回の探索から君を外すこともやぶさかではないんだよ?」
「俺一応隊長だかんな!?」
じゃあもっと隊長らしい振る舞いを心がけてくれよ。
「冗談だよ。戦力的にも君がいないと駄目だからな」
「性質の悪い冗談ばっかり言いやがって」
「僕がこんな冗談を言うのは魔王とネロさんと君だけだよ」
「全然嬉しくねぇからなそれ!? なんで魔王様とおっさんの並びに俺がいるんだよ! てかなんて奴ら相手に冗談口にしてんだお前!!」
怒涛のツッコミをしてくるコーガ。
魔王は笑って反撃し、ネロさんは天然でスルーし、コーガはツッコミで返す。
相手によって反応が違うのは結構楽しかったりする。
「えーっと、これもしかしてコーガさんよりもウサトさんを先に倒さなきゃいけない感じですか?」
「どうしたんですか……?」
僕とコーガのやり取りを見ていたセンリ様が突然物騒なことを口にしだしたんですけど。
ど、どういうことだ?
なにかセンリ様の気にいらないことをしてしまったのだろうか?
「でもまあ、センリが帰るまであと一か月の辛抱だな。へっへっへ」
へらへら笑うコーガにセンリ様が悲しむ……訳でもなく無言で額に青筋を立て、硬く握りしめた拳に力を籠めはじめる。
デリカシーなしかこの男。
こういう時は僕が仲裁に入らねば……!!
「センリ様、コーガって実質いてもいなくてもそんなに変わらないので国に持って帰っても別にいいんじゃないかなって思うんですけど」
「それです!」
「それです! じゃねぇよ!?」
よし、一瞬冷え切った空気が元に戻った。
なぜここまで空気が読める僕が鈍感呼ばわりされるか理由が皆目見当がつかないぜ……!
「これも冗談だけどね。でも魔王なら笑顔でオッケー出すと思うよ」
「今まで言わないでおこうと思っていたが、お前魔王様と性格そっくりだわ」
……ん?
「なんだ、おい? 喧嘩か? 試作技の実験台やるか? ん?」
「沸点おかしくねぇ……?」
「えっ、喧嘩ですか!!」
「ここには蛮族しかいねぇのか!!」
僕が魔王と性格そっくりとかありえないわ。
あの人満面の笑みで人を弄り倒す性格最悪の人だぞ。
「……ウサトさん、あと一か月で帰っちゃうんですか」
隣で無言で魔力回しの練習をしていたキーラが落ち込んだ声色でそんなことを呟いた。
僕がここにいれる期間は二か月。
あと一か月経てばリングル王国に帰らなければならないからなぁ。
「もうちょっと世間が落ち着いたらリングル王国に遊びに来るといいよ」
「……ウサトさんのお弟子さんもリングル王国にいるんですよね? どんな人なんですか?」
同年代とあって興味があるのかな?
さすがに救命団に入るとまでは飛躍はしないと思うけど、ナックのことは話しておくか。
「ナックかい? そうだな、いい子だよ」
「……」
「僕と同じ治癒魔法使いで将来有望だよ」
「……へぇ」
『闇魔法使い相手に地雷踏んでも無事でいられるやつはこいつくらいだろうな』
『やっぱり愉快な方ですね』
なにやらコーガとセンリ様がひそひそと何かを話している。
ナックもオルガさんのところで頑張っているかなぁ。
いや、僕が心配せずともあの子はちゃんとやっているに決まっている。
「君がリングル王国に来たら紹介するよ」
「その弟子さんにもちょっとお話したいことができました。ええ、はい」
? まあ、楽しみにしてくれてなによりだ。
……さて、と。
「ん? なんかすんのか?」
「ちょっと系統強化と系統劣化の検証を君にも見せようと思ってね」
ネアには既に見せてものすごく怒られたが、この際コーガにも見せておこう。
両手それぞれに作り出した系統強化と系統劣化。
「系統強化と系統劣化、これをくっつけると」
それらを浮かべた指を近づけると、バチッ! というけたたましい破裂音と共に治癒魔法が弾ける。
「なぜか反発する」
「いや、本当になんでだ?」
系統強化が魔力の質を高める技術なら、系統劣化は魔力の質を下げる技術。
どちらも魔力の延長線上にある力ではあるものの、対極の位置にあるものといってもいいのかもしれない。
単純な話、プラスとマイナスはゼロになるんじゃなくて最早別物だから反発しあうものだと僕とネアは考えた。
「今まで系統強化を使った応用ってできていなかったからな。ちょっと応用できないかなって考えた」
「へぇ、なにするつもりなんだ?」
龍の力に飲み込まれかけ暴走していたカロンさんの時のように、系統強化が必要な時があるのかもしれない。
最悪、シアがヒサゴさんの記憶に飲み込まれ光魔法を暴走させてしまうこともありえない話でもないのだ。
「……本当は使わないことが一番なんだよな」
でもこれから何が起こるか分からないんだ。
魔王の力、勇者の記憶を持つシア、暗躍する悪魔たち……まだまだ問題は沢山ある。
徒労に終わるならそれでいい。
魔族と人間の……この世界で生きていくって決めたのは僕だから、できることは全部やっておきたい。
今一度考えをまとめた僕はセンリ様へと話しかける。
「センリ様、魔法で壁のようなものを作ってもらってもいいですか?」
「ええ、構わないですよ」
センリ様の空気を固める風魔法で長方形型の壁が地面に打ち込まれる。
かなり頑丈に作ったのか、壁も厚くできている。
「とりあえず弾力を弱めて粘性を高めた治癒弾力弾を打ち込む」
「さらっと知らん技術使ったな……」
左手に浮かべた系統劣化によって特性を弱めた治癒弾力弾を空気の壁にくっつける。
系統強化と系統劣化が接触すれば反発して衝撃を引き起こすなら、対象にくっつけた系統劣化の魔力に重ねるように系統強化を叩きこんだらどうなるか……!
「下がってて……!」
右腕に籠手で覆い、釘を打ち込むように系統強化の魔力を纏わせた掌底を系統劣化の魔力に叩きつける。
「ふんっ!!」
瞬間、破裂音と閃光が走り、殴りつけた僕の右腕が反動で大きくのけぞらされる。
しゅううう、と籠手の掌から緑の煙を発しながら一撃を叩きつけた箇所を見れば―——、
「……うわぁ」
「またやべぇ技編み出したなお前」
「結構頑丈に作ったつもりなのですが……」
作り出した空気の壁が強制的に解除されるほどの威力。
衝撃波だけでも治癒爆裂弾より上か、これ?
それに加えて、閃光と共に周囲に拡散する系統強化により効力が増した治癒魔法も広がっていることから広範囲に治癒魔法を施せそうでもある。
「まあ、これを使うなら連撃拳と爆裂弾で事足りるし、よほどのことがない限り使うことはなさそうだな。……ん?」
宿舎の窓から飛び出してきた見慣れた黒いフクロウがこちらへ突っ込んでくる。
部屋で読書に耽っていたネアは勢いよく僕の肩に飛び乗り、有無を言わさない口調で僕に翼を突き付けてくる。
「さっきの爆音は貴方の治癒魔法ね!! 白状しなさい! 今度は何したの!!」
『おいすげーぞセンリ。爆音が鳴っただけでこいつの治癒魔法の仕業って理解してるぞ』
『フフフ、微笑ましいですね』
『いや、どこがだよ』
どうして真っ先に僕の仕業と看破されたのか納得がいかないけれど、丁度いいのでこの系統強化と系統劣化の妙な現象についてまた話し合うとしよう。
……リングル王国のウェルシーさんにも頼まれているわけだし。
ウサトの新技については系統強化で発動する爆弾というイメージがしっくりきそうですね。
系統強化なので勿論治癒力も大幅アップしています。
あと技を見せた後、相手に系統劣化の魔力を複数くっつけるだけでプレッシャーをかけられます()
今回の更新は以上となります。




