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治癒魔法の間違った使い方~戦場を駆ける回復要員~  作者: くろかた
第十五章 出張救命団 魔物の領域編
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第三百四十七話

お待たせしました。

第三百四十七話です。

 形はどうあれ隊員六名は無事に演習を乗り切った。

 それも彼らが自分たちで演習に隠された意図に気づいてだ。

 第一段階、隊員の鍛錬が一定のラインにまで達したのならば、次の問題は別にある。


 それは魔物の領域へ足を踏み入れる上で地形などに詳しい人物が必要だということだ。

 言っちゃなんだが僕はそこらへんの知識は全くと言っていいほどない。

 旅の一環で地図の見方はある程度は分かるけれども、深い森の奥……それも方向感覚すらも鈍りそうな場所を正確に歩ける自信もない。

 コーガにも分からないか? とは聞いてみたが答えは———、


『俺も分かんね』


 と、ある意味で予想通りの答えが返ってきてしまったわけだ。

 しかし、そういうことを魔王は考えていないはずがないので魔王都市内で地理などに詳しい人材を紹介してもらったわけだ。

 早朝に頼んでおいたスクロールと共に送られた推薦書には何人かの候補が挙げられており、その中にはちょうど見知った人物もいてくれていた。


「———と、いうことなんですが、ハンナさん。お願いできませんか」


 なんだかんだで魔王都市に来てから行動することの多かった元第三軍団長のハンナさん。

 推薦書を渡された日の内、部下たちに“手拍子腕立て伏せ”を施しながら、その様子を眺めている彼女に話を切り出してみる。


「はぁ、分かりました」

「そうですよね。断りますよね……って、え?」


 普通に断られると思っていたのに、受けてもらえた?

 驚く僕にハンナさんはジトーっとした目で睨みつけてくる。


「地形に詳しく、且つ魔物の領域に入る実力のある者は恐らく私しかいないからですよ。というより、誰が好き好んで凶暴な魔物のいる場所に行こうとするんですか」

「それはそうですけど」

「それにウサト君のおかしな行動に慣れた人じゃないと、確実に正気を失います」


 酷い言われようなんですけど。

 僕は普段の行動からして精神判定が必要なくらいやばい奴扱いされているのか。


「本当にしょうがないですけど。本当の本当に面倒ですけれど、ある程度の戦闘もこなせる私しか候補がいないので仕方なく受けることにするんです」

「そ、そうですか……ありがとうございます」


 理由はどうあれ受けてもらえてよかった。

 初対面の人と行動を共にするよりある程度見知っていて、信頼できる人の方がいいからな。


「それに、魔王様のことですし、どうせ断っても意味ないのは分かっています」

「いえ、断られたら他の人に頼みにいきますよ。……そんなに僕って性格悪そうに見えますか?」

「性格は悪くないでしょうが、悪魔のような心はしているとは思っています」


 どういう表現ですかそれ。

 いよいよ内面まで人外扱いされ始めたんですけど。

 これは駄目な兆候だな、うん。

 僕は今一度拍手をした後に、ネロさんとの交流で習得した怒る演技をしてみる。


「僕のどこが悪魔だっていうんですか……!!」

「この状況を作り出している貴方がいったいなにを言っているんですか……?」


 ハンナさんの視線の先には僕の手拍子に合わせ無言で腕立て伏せを続ける部下たちの姿。

 訓練初日のようなざわつきは一切存在せず、手拍子一つで全員が同じ動き、速さで腕立て伏せを行ってくれるようになってくれた彼らの姿を見た僕は叩く手を止めずに彼女へと視線を戻す。


「……。救命団では日常茶飯事」

「そうなんですか? ネアさん」


 ここでなぜネアに質問を投げかけるんですか。

 さきほどから眠そうな様子で僕の肩に留まっているネアは、翼で目をこすりながら訓練場の光景を見る。


「んー、過酷さは大体同じ」

「どういう環境で生きているんですか」


 遅くまで本を読み耽ってでもいたんだろうな。

 ハンナさんに声をかけられ欠伸をして目をしっかりと覚ましたネアは、やや引いた様子で話しかけてくる。


「ウサト、よく見たら私が操った時の人間みたいになってるんだけど」

「……よし」

「ねえ、これなにがよしなのかしら?」


 やりすぎた感はいなめないけど、もしかするとこれは悪魔に対して有効な戦術になるかもしれない。


「ネア、ハンナさん。悪魔は人の心を惑わしてくる危険な奴らだ」

「貴方みたいに?」

「ウサト君みたいにですか?」


 ……。


「そこで今僕は思いついた」

「……なにをかしら?」

「万が一、彼らが悪魔の影響下に落ちたとしたら……僕のこの手拍子で目覚めさせられるんじゃないかって」

「洗脳し返しているだけじゃないのそれ」

「この人、どうして悪魔の魔力をただの拍手だけで打ち倒そうとしているんですか?」


 適当言ってうまく誤魔化そうとしたけどそうはいかなかったぜ。

 実際、メンタル的な関門はクリアしているんだよな。

 最初の訓練から演習に至るまでやりすぎってくらいには追い込んだつもりだし。

 あと不安なのは悪魔の精神干渉だけれど。


「……あ」

「? どうしたんですか?」

「そうだよ。もういるじゃないか、悪魔」


 今まさに言われるがままに腕立て伏せをしている悪魔、ヴィーナさんの姿を目にしてハッと気づく。

 当たり前のように訓練にいるから全然思いつかなかったけれど、この人がいれば悪魔に対する有効策を考えることができるんだ。

 そうと決まれば話は早い。

 一旦、手拍子を止めた僕はヴィーナさんのいるところへ近づく。


「ハッ、私はなにを!?」

「訓練中でしょ。騒がないでよ……」

「どうしてエルさんは正気なんですか!?」


 途端に騒ぎ出すノノさんに苦笑しつつヴィーナさんに声をかける。


「ヴィーナさん、ちょっと来てください」

「は、え、あ、あの! 私、まだ訓練中———」

「来い」

「ただいま向かいます!」


 訓練という負荷をやめたくないのか一瞬の抵抗を見せた彼女を呼び寄せながら、不思議そうにこちらを見ているエルさん達へ振り返る。


「止めてしまってすみません。このまま訓練を続けていてください」

「やっぱり、ヴィーナを下僕に……?」

「してませんから」


 とんでもないことを言うエルさんに注意しながらヴィーナさんと共にネア達の元へ戻る。

 ……もう隊員にだけヴィーナさんの正体を明かしてもいいんじゃないか?

 エルさんあたりは気づいてもおかしくないと思うんだが。


「で、そいつ連れてきてなにするつもりなのよ」

「解剖でもするんですか?」

「ひんっ」

「しませんしません」


 さわりと笑顔で恐ろしいことを口にするハンナさんにちょっと引く。

 ……さすがに冗談だよな?


「ヴィーナさん。常人が悪魔の魔力に耐性を持つことはあるんですか?」

「んー、微妙ですねぇ。あったりなかったりする……といったらあれですけど。そこらへんについては経験や出生などが絡んでくるんですよねぇ」


 まず話題を切り出してみると、なぜかちょっと残念そうにしながら答えてくれる。

 悪魔のことは悪魔に聞いてみるのが話が早い。


「我々悪魔の魔力はですね。いわゆる誘惑です」

「誘惑?」

「心を麻痺させ思考を鈍らせる。酩酊する、といった表現もありますね。少し強いくらいの人間では耐えることはほぼ不可能です」


 それじゃあ対抗手段は僕のように精神力が強い人間か、ネアの耐性の呪術しかないってことか。

 多分、感覚からしてある程度の実力者なら耐性はあるんだろうけど、それでも少なからず影響はあると考えてもいい。


「我々悪魔はその心の隙間を突き、人間を惑わせるのです」

「なるほどねぇ。それで精神的に追い詰めたり疑心暗鬼にさせて争わせたりするのね。中々に卑劣な魔物ね、悪魔は」

「そうですね。心を操るなんて最低ですよね」


 人を操る吸血鬼と幻覚で人を争わせたりできる幻影魔法使いがなにか言ってる。

 てか、よくよく考えてみたらこの三人、全員精神に影響する類の能力持っているな。


「心を追いつめる能力持ってる人多くないかここ?」

「そうね。4人いるわね」

「たしかにここにいる4人は同じ共通点がありますよね」

「僕、治癒魔法使いだよ?」


 そう言うとネアとハンナさんに鼻で笑われた。

 あんまりすぎる扱いにいつかプチ仕返しを決意していると、ヴィーナさんがおもむろに掌に桃色の魔力弾を作り出し僕へと話しかけてくる。


「ウサトさん。とりあえず私の魔力をぶつけてみていいですか?」

「? 別にいいですよ」

「ウサト君。さっきの話を聞いて普通に許可するのもどうかと思うのですが……?」

「えいっ」


 驚くハンナさんをスルーしたヴィーナさんは僕に若干の桃色がかった魔力をぶつけてくる。

 魔力弾としての多少の衝撃はあれど、特になにか起こった様子はない。


「うわー、本当に効いてない。どうやったらそんな精神力になるんですか?」

「主に訓練とサマリアールの呪いに縛られた魂数百の精神攻撃を受けて慣れました」

「……えーっと。もしかして私のことバカだと思っています?」


 事実なんですけれど。

 困惑した表情で言われてしまった。


「ねえ、ウサト。悪魔に信じられないって状況が面白すぎて笑いそうなんだけど」


 効果がないのは分かっているが、今にも吹き出しそうなネアを睨んでおく。

 まあ、僕に悪魔の魔力が完全に効かないことが分かっただけいいか。


「……とりあえずは悪魔への対策か」

「対策っつってもどうするのよ? 隊員全員に魔力感知を覚えさせるの?」

「いや、それじゃ間に合わない。そもそも魔力感知は誰でも扱える技かどうかすら分からない」


 魔法の特性に依存しているのかもしれないし、本人の資質によるかもしれない。

 それを調べるには時間が足りない。

 ……。

 仕方ない。


「一旦訓練中止!!」


 黙々と訓練をこなしている隊員たちを止める。

 訝し気な表情をした彼らを見回した僕はまず腕に展開させた籠手に魔力を纏わせる。


「は、ウサトなにをするつも———」

「治癒魔法乱弾」


 ぐるん、と腕を振り回し周囲に魔力を散布し、この場に僕達以外の誰もいないことを確認。

 困惑した様子の隊員たちに改めて向き直り、傍にいるヴィーナさんを前に押し出す。


「ヴィーナさんの正体は悪魔です」

「……はえ?」

『『『は?』』』


 全員の呆気にとられた声が漏れる。

 それも当然だろうけど、バレるのが早いか遅いかの違いでしかないのでさっさとバラしてしまった方がいい。


「本来の姿に戻ってください」

「い、いいんですか?」

「構いません」


 戸惑いながらも魔術を解いて悪魔本来の姿へと戻るヴィーナさん。

 彼女の変貌に驚きの表情とざわつきを見せる隊員たちに落ち着くように促し、説明をする。


「実はこの人は敵勢力からこちらにスパイしにきた悪魔ですが、紆余曲折ありこちらに協力することになりました」

『……』

「ですが彼女の立場はこれまでと変わりません。隊の一員であり、扱いを変えることもない」


 ……見たところ驚いてはいるが彼女がいることに反対する者はいないみたいだ。

 ちょっとだけ安心しているとエルさんが手を挙げてくる。


「なんでしょうか?」

「えーっと、悪魔ってあんたがいつも呼ばれているような感じの……やつ?」

「……?」

「な、なんでもないわ」


 笑みを張り付けて首を傾げると一気に顔を青ざめさせたエルさんが引き下がった。

 ははは、なんでだろうね。

 ……後ろで噴き出したネアとハンナさんには後で覚えておけよ。


「このことは外に漏らしてはいけない機密事項ではあるけれど、重要な立場にいる君たちには明かしておこうと僕は考えた」

『……』

「魔物の領域への探索。この任務にあたっての障害が悪魔の介入にあるからです」


 悪魔が僕を目の敵にしているという理由はあるけど、それはあくまで一部でメインは魔王の封印された力の争奪戦にある。

 魔王の力という傍迷惑なものは悪魔には絶対に渡してはいけない。

 そのために残された短い期間でできることをしていかねばならないのだ。


「探索についての詳細は然るべき場で話すとして、今は悪魔の持つ特殊な魔力への対策についてです」


 ここで出てくるのが悪魔への対策だ。

 なるべく簡潔に悪魔の持つ魔力の危険性を説明しつつ、これから僕が施そうとしている訓練の内容に移る。


「これから皆さんにはヴィーナさんの魔力の影響下に入ってもらいます」

「えっ、えーっと、ウサトさん?」

「まーた変なこと言い出したわよ、こいつ」


 こちらに悪魔がいるならそれをうまく活用しない手はない。

 悪魔の魔力を知れば対策もしやすくなるし、何より耐性もつけることだってできるかもしれない。


「悪魔の魔力は精神に影響をもたらせる厄介なもの。魔力の感覚、そしてそれに抗う精神力を身に着けること。それが訓練に新たに加わる要素になります」

「訓練は、普通通りにやるってこと?」

「ええ」


 内容としては“辛い訓練から逃げ出したい”という甘い誘惑に耐え続ける、といったところか。


「抵抗のある方は今の内に名乗り出てください」

「あっ……」


 ここでノノさんが手を挙げかけるが微動だにしない周り……と、「やってやる!」と言わんばかりの反骨心を燃やしているエルさんを見て遠慮気味に手を下げる。


「ノノさん、拒否してもいいんですよ?」

「ヤリマス……」


 な、なんでそんな消えそうな声なんだ……?

 別に強制しているわけじゃないんだけどなぁ。


「あ、あの、ウサトさん?」

「では、ヴィーナさん。早速お願いします」

「ひぃん、私の意思がどこにもない……!」


 協力すると言ったのは君だからね。


「悪魔の私が言うのもなんですけれど、結構この方たちに仲間意識というものがあってですね。私の力で誘惑するというのも憚られるというか……」


『案外悪い奴じゃないのね。……変態だけど』

『悪魔って意外と人情味あるんですね。……変態ですけど』


 エルさんとノノさんにはなんだかんだで散々な評価をされていたようだ。


「ヴィーナさん、安心してください。なにも前後不覚に陥るくらいの力を使えとは言っていません。正気のまま楽な方向に逃げようとする欲が強くなる程度でいいんです」

「も、もし楽をしたら、どうなりますか?」

「? そりゃ訓練ですよ。何を言っているんですか?」

「もしかして貴方って悪魔ですか?」


 悪魔は貴女の方では?

 なぜか悪魔から悪魔認定を受けてしまった。


「安心してください。ヴィーナさんも魔力を放出しながら訓練に参加してもらいます。ものすごく大変ですけど、まあ辛かったら訓練の方はやらなくても——」

「やります」


『これ完全に躾けられてるわね……』

『ヴィーナさん、数日経ってないうちに下僕に仕立て上げられているんですけど』


 その返事が聞きたかった。

 訓練をするにあたってヴィーナさんの魔力の影響を受けないようにウルルさんとキーラにも気を付けるように言わないとな。

 勿論、僕自身も部下たちと一緒にヴィーナさんの魔力の影響範囲内で監視するつもりだ。


「残り短い訓練日数でどこまでやれるか不安だけれど、なにもしないよりはマシだからな」


 魔王の力の他にシアのこともある。

 もし、勇者の力に翻弄される彼女を止めるようなことがあれば……僕はヒサゴさんと同じ光魔法を相手にしなければならない。

常時メンタルに負荷をかけてくる悪魔式トレーニングの開始ですね。


次回の更新は明日の18時を予定しております。


※※※

今月、4月24日よりコミカライズ版『治癒魔法の間違った使い方』第八巻が発売されることになりました!


詳細についてはTwitter、活動報告などに記載させていただきますのでそちらをよろしくお願いします……!


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― 新着の感想 ―
同族にも持たない仲間意識が芽生えたことに感動
[一言] >それにウサト君のおかしな行動に慣れた人じゃないと、確実に正気を失います 流石にこれはないかと。 ウサトの行動は、クトゥルフを目撃したのと同じくらいSANを減らすだけですよ。
[一言] >「悪魔の私が言うのもなんですけれど、結構この方たちに仲間意識というものがあってですね。私の力で誘惑するというのも憚れるというか……」 同族にすらない仲間意識がある辺り同じ釜の飯の効果か苦行…
2021/04/19 20:33 通りすがり
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