第三百四十六話
二日目、二話目の更新となります。
前話を見ていない方はまずはそちらをー。
意外にもコーガの住んでいる部屋は街の中心部にある。
どうして人ごみとか苦手そうなあいつが街の中心部なんていう人の賑わいの極致に住んでいるのか尋ねてみたところ至極単純な答えが返ってきた。
『ここなら遅刻しても大抵の場所に最短距離で向かえるからな!』
この時、僕はこの男のだらしない生活習慣を矯正するべきかガチで悩んだ。
なんでそういうところで無駄に頭を働かせるんだお前は本当に……!
元とは言え魔王軍の一軍を率いていた人の発言とは思えないことを晴れ晴れとしたドヤ顔で繰り出したコーガに僕はただただ呆れるしかなかった。
「ここか、キーラ?」
「はい!」
キーラの知らせを受け、街の中心近くの演習場へ到着した僕は人でにぎわった周囲に視線を向ける。
元は魔王軍の演習場の名残りみたいなものだから今はほぼ広場扱いらしいけど……。
「やってるなぁ」
憩いの広場とは思えない打撃音が聞こえてくる。
そちらを見れば遠巻きにその戦いを伺っている街の人々の姿と、実戦とほぼ変わらない勢いで戦闘を繰り広げているコーガとセンリ様の姿を見つける。
『お前いい加減俺の部屋に突撃してくんのはやめろって言っただろ!!』
『私の道を阻むあらゆる有象無象を乗り越えてこそ真の想いは伝わるというものです!』
『扉を素手で破壊するのは違うだろ!』
うーん、口喧嘩しながら戦ってる。
センリ様はこの状況すら楽しんでいるようで、戦っている姿はどこか生き生きしているように見える。
まあ、それはコーガにも同じと思えたが……ん? あそこにいる人は……。
「ヘレナさん」
「おお、ウサト君……」
センリ様の護衛……というよりお目付け役のヘレナさんがどこか黄昏れた様子で二人の戦いを見守っている。
彼女以外にも街の人に被害が及ばないように他の戦士たちの姿も見えるのでどうやらこの喧嘩? で被害が出ないように守っているようだ。
「君が来てくれて助かりました」
「止めに入りましょうか?」
「あー、いえ、ここまでやる気になってしまうと逆に危ないのでこのまま疲れさせた方がいいかなと」
「扱いが完全に獣のそれなんですけど」
ニルヴァルナのお姫様なのにその扱いでいいのだろうか?
「それに、センリ様も充実した毎日を送っていられるのでできるだけ止めに入らないようにはしているんです」
「まあ、楽しそうですもんね」
ニルヴァルナの王族は戦闘民族かなにかなのだろうか。
あのコーガと格闘で渡り合っているところを見るとあながち間違いでもなさそうだ。
……お、コーガが魔法を使うようだな。
『頼むからこれで終わってくれ!』
闇魔法の黒い魔力で作り出された帯がコーガの身体を覆い、人型の獣のような姿にさせる。
闇魔法“獣”。
野性的な動きと帯を用いたトリッキーな攻撃を得意とする姿。
何度も手古摺らされた魔法を身にまとったコーガは、強化された身体能力でセンリ様へ向かっていく。
「キーラ、いい機会だからコーガの魔法を見ているといい」
「闇魔法だからですか?」
「それもあるけど……あいつは僕と同じ技を使えるからな」
正しくは僕が苦労して編み出した技と技術を見て盗んだんだけど。
弾力、暴発、そして魔力操作。
僕と同じ技術を用いて、まったく違う技へと昇華させた奴の動きは悔しいけど一見の価値はある。
『!』
弾力を持つ魔力で加速し向かってくるコーガに若干驚いたセンリ様は構えていた拳を緩く開きながら、後ろへと下がる。
最初の模擬戦と同じようにこのままではセンリ様に分が悪い。
『ならばこちらも!』
センリ様の構えが変わった?
利き腕であろう右腕を大きく引き、左足を前に踏み出す構えをとった彼女に首を傾げる。
そして、追撃をかけようとするコーガにセンリ様が地面に何かを打ち込むように拳を叩きつけた瞬間———コーガの身体は何かに激突するように弾かれた。
『ぐお!?』
……コーガが見えない壁に弾かれた?
いや、よく見るとセンリ様とコーガの間に見えない透明な壁のようなものが見える。
あれは……。
『前にも説明いたしました。私の魔法系統は風に類するもの、と』
『そういえばそうだったな……! 実際に見んのは初めてだけどな!』
風魔法……なのか?
にしてもネロさんともエルさんともどこか違うように見えるけど……。
「ヘレナさん、センリ様の魔法は……」
「ああ、あの方の風系統の魔法は少し特殊でして、風を操るのではなく空気を魔力で固める魔法なんですよ」
「へぇ」
「大抵の相手には体術で事足りるので滅多に使いはしませんけど……あの方も滅茶苦茶強いですもんねー」
魔法って本当にいろいろなものがあるんだな。
見たところ固めた空気を操る、というよりかは地面とかに打ち付けて固定するタイプと見た。
『私の魔法は空気を固めるだけの攻撃力を持たない魔法です。先ほども無理やり地面に打ち込み即席の盾を作っただけで特別なことをしたわけではありません』
普通に考えればちょっと不自由な魔法とも思える。
作れても空気を固めるだけで、あのやり方からして操作するとかはできないのだろう。
……少しだけ治癒魔法と似ているかもしれないな。
『ですが、私はこの魔法を持ったことを後悔したことはありません』
『ほう、そりゃなんでだ?』
『立ちはだかる者を打ち倒すには、この拳があれば十分ですから』
なるほど、一理ある。
なぜか周りにいる人たちは一様に首を傾げてはいたが、僕はセンリ様の言わんとする意味がよく分かった。
『しっかし、随分と説明してくれるじゃねぇか。もしかして嘗められてんのか、俺?』
『いえ、もっと私のことを知ってほしくて……。これでお互いの理解を深められましたね』
『今の話聞かなかったことにできねぇかなぁ!?』
もうここまでくると逆にすごいなぁ、と思っているとセンリ様がおもむろに前に掲げた掌を上に向ける。
空気が圧縮されるように集まると、半透明の空気の塊が彼女の左手の上に作り出される。
そしてそれを彼女は———、
『ふん!』
大きく引いた右拳で打ち出した……!?
砲弾のように飛んでいく空気の塊にコーガは闇魔法の鞭で叩き落しながら驚愕の表情を浮かべる。
「なんて常識外れな魔法の使い方だ……!」
「そうですね……! まるでウサトさんみたいです……!!」
「ええ、まるでウサトくんみたいです」
「……」
なんだろう、悪意とかからかう気持ちはまったく感じられないのが地味に効くな。
こういう時ネアが恋しくなる。
『さあ、ここからですよ』
次々と空気を固め殴って飛ばすセンリ様が今度は前へと飛び出す。
その応用なのか固めた空気を足場にして跳躍したり、拳を放つと同時に追撃するように円柱状の塊をコーガへと叩きつける。
しかしコーガも伊達ではない。
獰猛な笑みを浮かべた奴は、より一層に動きを人間離れしたものへと変えながら戦闘を激化させていく。
「ヘレナさん。これはさすがに止めた方がいいでしょうか?」
「いやー、どうしましょうか。さすがにお二人もまだ周りに配慮する思考は残っているようなのでまだ大丈夫そうですし……それに注目も集めていますからもう少し静観しましょうか」
……確かに周りを見れば二人の戦いを見にきている人もちらほらといる。
この一か月でコーガとセンリ様のやり取りは馴染みのあるものになっているのだろうか。
一種の娯楽として受け入れられているのなら、もう少し様子見するのもありかもしれないな。
「一応、僕も周りに被害が出ないように警戒しておきます」
「あ、頼みます」
魔力感知を発動させつつ、いつでも余波を治癒魔法弾で落とせるように備えておく。
「すごい、ですね」
「うん?」
コーガとセンリ様の戦いに見入った様子のキーラを見る。
「私もああいう風にできるでしょうか……」
「ああいう風って、コーガみたいに? それともセンリ様みたいに?」
「どちらもです。コーガさんみたいに闇魔法をうまく使ったり、センリ様みたいに戦ったり……です」
憧れ、か。
同じ闇魔法を持つ者同士、同じ女性同士、という点でキーラがそう思うのはある意味で自然なことかもしれない。
「その思いは大事にしておいた方がいい」
「え……」
「目標を作ることは大事だからね」
僕もキーラと同じようにずっと目標にし続けている人がいるわけだしな。
ずっと背中を追うばかりでまだまだ追いつける気がしないけれども。
『ハッ、いい機会だ! 新しい技を見せてやるよ!!』
そんなやり取りを交わしている間にコーガが何かをしようとしているようだ。
新しい技……? いったい何をするつもりなんだあいつ。
センリ様が蹴って飛ばしたキューブ型の空気の塊を弾き飛ばしたコーガが、自身の纏う闇魔法を膨張させる。
『行け!』
瞬間、コーガの闇魔法が分裂し、もう一人のコーガが姿を現した。
……分身した? いや、治癒感知では本体は一人だけだ。
もう一体はただの魔力の塊だけど……分身はコーガ自身と全く遜色のない動きでセンリ様へと向かっていく。
『ッ、それはいったいどのような技なのですか……?』
『魔力回しってやつをやってたらできたんだよ! 原理は俺もよく分かんねぇな!!』
いや、本人も分からない技をおいそれと使うんじゃないよ。
動きはコーガの意思によるものか、それともある程度オートで動いてくれるのかまだ分からないけど、コーガがもう一人増えるという点でシンプルに厄介な技にも思える。
「コーガさんがもう一人増えちゃいました……。う、ウサトさん、あれはどうなっているんですか……?」
「魔力回しによる魔力操作の向上による恩恵と、コーガ自身の闇魔法が変質した、ってのもあると思う」
しかし、分身か。
あいつ奇しくも僕と同じような新技を身に着けやがって……。
僕の残像拳もだけどどうしてここまで似た技を……。
『この空気の防壁を突破できますか!』
センリ様が固めた空気を連続で地面に打ち付け、大きな壁のようなもの作り出す。
城壁を思わせる厚みのある盾。
それを前にしたコーガは分身と共に臆せず前に進み———、その右手を伸ばし分身の腕を掴んだ。
『こいつはただの分身じゃねぇんだよ!!』
瞬間、分身は人型からいつか僕がコーガを武器にして振り回していた時のような棍棒へと姿を変える。
そのまま奴はぐるぐると振り回した棍棒を空気の壁へと叩きつけ、一撃で壁を打ち壊してしまった。
———分身の武器化か。
コーガほどの身体能力で繰り出されればその威力も相当なもののはずだ。
なによりあいつは僕よりも武器の扱いがうまそうだからな……。
「……あれは間違いなくコーガさんの闇魔法が変質した結果ですね」
「キーラ……? なんでそんな悔しそうな顔をしているの……?」
「闇魔法って本当に……!!」
……まあ、ともかくこの騒ぎももうすぐ終わりそうではある。
幸いなことに二人の喧嘩、もとい模擬戦は街の人々にとっても娯楽として受け入れられているので後は適度に警戒しつつ終わるのを待つばかりだろう。
●
結局、今回突発的に始まったであろう模擬戦はコーガの勝利で終わった。
勝ち負けとか別にあってないようなものなのでセンリ様も満足そうではあったが、コーガの方は模擬戦が終わるなりこちらへやってきた。
「へっ、どうだ、俺の新技はよ」
僕達が見ていることに気づいていたんだな。
正直に言うと分身できてなおかつ武器になる時点で相当厄介な技だと思う。
「フッ、甘いなコーガ。分身なら二日前の時点で僕が既に習得しているぞ」
「どうやったら治癒魔法で分身できんだよ……」
実践してやろう。
弾力付与を伸ばし薄く纏う。
そこから反復横跳びの要領で、勢いよく横にステップを踏むことで先ほどまで僕がいた場に抜け殻のように残った治癒魔法の残滓が人型となって残る。
「わぁ、魔力がそっくりそのまま残ってますね!」
「果たしてこれを分身といっていいものか悩みますね。むしろ脱皮では?」
ヘレナさんには微妙な反応をされてしまったが、キーラには好評なようだ。
ゆっくりと消えていく魔力の残滓を指さしながら、頬を引きつらせているコーガに笑みを向ける。
「こいつが治癒残像拳だ」
「力技じゃねーか。しかも動いてねぇし」
「甘いなコーガ。僕はこれを移動中にやる。つまり相手は僕が何人もいると錯覚するようなものだ」
「急にやべぇ技に昇華させるのやめろや。お前の動きでそれやられるのはすっげぇ嫌だわ」
悪魔とアウルさんに通じたので十分実戦で通用するはず。
でもこの技もまだ応用の余地があるんだよな。
「お前の分身は自由に動く感じ? それともお前の意思?」
「うーん、その中間って感じ。なんつーか、命令を出すと良い感じに行動してくれるんだよ」
「なんだそれ」
「俺も原理はよく分からん」
そのアバウトさも闇魔法らしいといえばらしいけれども。
軽く新しい技について話していると、センリ様もやってくる。
「あら、ウサトさんも来ていらしたんですか」
「ええ、ちょっと様子を見に」
「フフフ、今度はウサトさんとの手合わせをお願いしたいですね」
頬に手を当てて微笑むセンリ様だけど……まだまだこの人元気そうだな。
それはコーガにも同じことが言えるけれど、やっぱりこの方も王女様と思えないほどに強い。
「ははは、さすがにこれ以上騒ぎを大きくするわけにはいきませんし。センリ様もお疲れでしょう?」
「……疲れてはいませんが確かに騒ぎを起こしてしまったことは事実でした。うぅ、また本国のお父様にお叱りを受けてしまいます……」
しまったという表情を浮かべ落ち込むセンリ様にヘレナさんが苦笑している。
やっぱり王族といえど親に叱られるのは堪えるのか……。
「ウサトさんはネアさんと一緒ではないんですか?」
「え? あ、ああ、そうですね。今日は休日なのであの子も自分の時間を過ごしているんです」
今頃、自室で本を読み耽っていることだろう。
「そうですか。“奥様”なので、いつもご一緒にいるものとばかり思っていました」
「……。は、はは」
もう嘘ついたことを謝って打ち明けたい。
もしかして嘘をついたことに気づいている?
って、うん? 肩になにかが被さったような……。
「キーラ、なぜか君のマントが僕に装着されたんだけど」
「ウサトさん、奥様ってどういうことですか? ウサトさん?」
すぐ隣で服の端を掴んで僕を見上げてくるキーラにアマコに近い圧を感じる。
そしてなぜキーラの魔法が今僕に装着されたのかも不明だ。
とりあえず、キーラには後で事情を話すとしてセンリ様にも頃合いを見て嘘をついたことを謝罪しよう。
「まあ、今となっては気にしてはいないんですけどね」
「はい? それはどういう……」
確かに小声でそう呟いたセンリ様に話しかけると、彼女はにっこりと笑みを浮かべた後に周りへと視線を向ける。
先ほどの模擬戦のせいかこの場には人が集まってきていた。
「人も集まってきましたし移動しましょうか。コーガさん、逃げないでください。今日はお休みを頂いたのでしょう?」
「なっ、てめっ、離せ! 腕を極めるんじゃねぇ!!」
さりげなく逃げようとするコーガの腕を捕まえるセンリ様。
やっぱりこの人は変わった王女様だなぁと思いながら、さっきから僕を見上げているキーラと共に先を歩いていく彼女たちについていくのであった。
【コーガの新能力:分身】
魔力回しによる魔力操作の向上と、ウサトとの共闘・行動を共にし他者と協力することを学んだことで目覚めた闇魔法。
自分が二人いればいいなという怠惰さ、そしてウサトへの対抗心などの感情も目覚める要因となっている。
分身が武器に変形できることについては、以前ウサトに武器(?)として振り回されたことが若干のトラウマになっていたので無意識にそんな能力になってしまっただけ。
今回の更新は以上となります。
ここまで読んでくださりありがとうございました。




