第三百四十四話
思ったより早く書けましたので更新いたします。
今回は一話のみの更新となります。
ウサト視点となります。
魔王都市ヴェルハザルで行う朝の訓練はほぼ日課のものとなっていた。
人の少ない街並みを走り、その先にある訓練場で鍛錬を行っているネロさんと軽く手合わせをしてもらうこと。
格上であるネロさんとの訓練は学ぶべきものがたくさんある。
立ち回りから、魔力操作の応用、そして戦闘における感覚的な動き、僕には足りない部分を彼は実戦を通して思い知らせてくれる。
そしてなんだかおかしな話だけれどこの朝の訓練には度々予期せぬ参加者もやってくる。
「それ!!」
渦を巻いて迫る炎の奔流。
熱気と共に迫るそれと相対した僕は、籠手を纏わせた右腕を突き出し治癒魔法破裂掌を繰り出す。
衝撃波の壁に炎が阻まれ———その直後に炎と衝撃波を切り裂き木剣を手にしたアーミラさんが猛烈な勢いで斬りかかってくる。
「はぁ!!」
「ふっ!」
初撃から連続して叩き込まれる斬撃を籠手で弾き、こちらも左の拳を繰り出す。
しかし相手はコーガに並ぶ実力者。
距離を離すことなく対応しながら、絶えず攻防を交わしていく。
「これって朝にする訓練じゃないですよねぇ!!」
「お前なら平気だろう!! 鬱憤晴らしに付き合え!!」
「んな無茶な!」
僕、昨日悪魔と戦ったばっかりなんですけど。
アーミラさんが早朝訓練に顔を出してくるのは初めてじゃない。
大体五日か三日に一回くらいの間隔でやってきては、僕とネロさんに混ざって手合わせを行っている。
「鬱憤晴らしって、なにか嫌なことでも?」
「いや、事務作業ばかりで腕が鈍ってしまうからな。単純に動いていないと鬱憤が溜まるんだ」
「なるほど……」
今はアーミラさんも魔王軍の兵士ではなく、魔族の人々のために働いているんだよな。
この人が武人気質な人なのは僕も理解しているので、こういう機会にストレスとか発散しているのだろう。
僕としても彼女との手合わせは実りのあるものなので文句はない。
「距離を取らなくていいんですか!」
「私は中距離より近距離戦が好きだ」
「単純明快……!!」
でなきゃ剣なんて使いませんよね!!
大抵の相手は炎の魔法でなんとかなってしまうので中距離での戦いが脅威的だと思いがちだが、この人普通に先輩の動きに対応できるくらいに強いし、ネロさんの弟子ともあって剣を使っても相当強い。
なので普通の手段で距離を取ることが難しいので……ッ!!
「っと」
右拳を振り上げアーミラさんを攻撃するように見せかけ、地面へと拳を叩きつける。
「治癒瞬撃拳!!」
「むっ!?」
地面への直撃と同時に魔力を暴発させ、砂煙を起こす。
よし、この隙に―――、
「そらっ!!」
「!」
5メートルほど離れたところで放たれる炎。
衝撃波じゃさっきと同じ状況に持ち込まれかねない。
ならば……!!
弾力付与を魔力回しで右足に移動!!
地面を蹴り、勢いよく足を振り上げ右足に纏わせた魔力を前方へと放つ。
「治癒弾力波!」
蹴りと共に放たれた弾力付与が籠められた魔力弾は三日月状へと変化し、炎を真っ二つに分断させアーミラさんへと向かっていく。
それはこちらに突撃を仕掛けようとしていたアーミラさんの不意を突く―――が、あっさりと切り裂かれてしまう。
「面白い! もっと技を出してみろ!!」
「お望みならば!!」
炎で威力が減衰されていたか!
だが咄嗟の技としては上々!! アーミラさんの突撃に合わせ僕も迎え撃つ。
「治癒崩し」
「ッ」
攻撃の合間に治癒魔法の波動を放ちアーミラさんの感覚を鈍らせる。
隙を突いて攻撃を繰り出そうとするが、彼女から炎が溢れ後ろに下がらざるをえなくなる。
「やっぱり炎は厄介ですね」
「それはお互い様だろう。何度受けても不思議な技だ。こうも調子が崩されるとは……」
多少なりとも無視はできるが、これはあくまで手合わせ。
アーミラさんは炎の鎧を纏う技を使っていない。
「次は治癒残像拳で……!!」
「まだまだ終わらせないぞ……!!」
大分身体も温まってきたのでもっと技を応用していこう。
そう思い、僕とアーミラさんが飛び出そうとしたその時―――突如、間に割って入った影が僕の拳とアーミラさんの炎を纏わせた木剣を素手で掴み取った。
「そろそろやめておけ、お前達」
「師匠!?」
「ネロさん!?」
ずっとこの手合わせを見守っていた金髪の魔族、ネロさんがやや呆れた様子で僕とアーミラさんを見てため息をついた。
「熱が入りすぎだ。訓練場を破壊するつもりか」
「いや、それはアーミラさんのせいだと思います!!」
「なっ! お前だけ責任逃れは卑怯だぞ!!」
僕の技は基本的に大きな破壊力を持っていない!
あるとしても爆裂弾とかだけなので、訓練場の破壊には加担していないと言えるのだ!
裏切られた、といった顔のアーミラさんだが、ネロさんはもう一度ため息をつき、ある方向を指さす。
「訓練場に穴を空けてなにを言っているんだ」
「……」
先ほど治癒瞬撃拳で砂煙を起こした地面は、控え目にいっても抉れていた。
「直します……」
「フッ、一人だけ逃げようとするからだ」
「アーミラ、訓練場の地面を焦がしたお前もやれ」
「ハイ……」
その後、僕とアーミラさんと共にスコップで訓練場の地面を整地するのだった。
ぶっちゃけ、こういうことは初めてじゃないので慣れてしまってきている自分が怖い。
十分ほど時間をかけて作業を終えた僕たちは、休憩がてら訓練場の端でちょっとした雑談を交わすことにした。
「それで、隊にやってきた一人が実は悪魔で変態だったんですよ」
「ふむ」
「師匠⁉︎ それは相槌で済ませるべきではないのでは⁉︎」
少しも動じずに頷いたネロさんに、水筒の水を飲んでいたアーミラさんが大声と共にツッコミをしてくる。
彼女はすぐに僕を見ると指を突き付けてくる。
「おい、なんでお前のところに悪魔がいるんだ。それは魔王様に報告したのか?」
「あ、この後行こうと思います」
「お前はもっと早く行け!! 悪魔といったら目下の敵対勢力だろうが!?」
正論ではある。
ただ、別に緊急事態、というわけでもないんだよな。
朝、ネアに確認してもらったら普通に宿舎で眠っていたらしいから。
……なぜか部屋の外に放り出されていたらしいけど。
「魔王なら別に許してくれるかなって」
「まあ、あの方ならば許すだろうな」
「く、おおおおお……師匠がいるせいでこいつに強く出れない……!!」
そもそも魔王はヴィーナさんの存在に気付いてたしな。
多分、訓練の様子を見に来たのも確認ついでだった可能性もあるし、ヴィーナさんが悪魔と発覚するまでの件もあの人の掌の上という可能性もある。
「だってこのこと報告したらあの人絶対爆笑しますよ。僕はあの人に気持ちよく笑われることがこの世で一番我慢ならないんです」
「……フフッ」
「なにがおかしいんですかネロさん……!!」
「ウサトお前、師匠に食って掛かるのはやめろォ!!」
立ち上がり食って掛かろうとする僕を止めるアーミラさん。
格上相手でも僕は全力で向かっていくぞ……!
「いや、すまない。あまりにも君の置かれている状況が面白すぎてな」
「そもそも師匠って笑うことができたんですか?」
「この人、結構笑いますよ」
「……」
「あの、なんで今僕を殴ったんですか? 結構痛いんですけど」
魔王軍屈指の実力者ともあってその腕力も並ではない。
普通に僕の上腕二頭筋を突破してくるあたり強い。
「弟子の私より、師匠を知っているのが我慢ならん……!!」
「いやいや、どうせこの人、弟子のアーミラさんの前で笑顔なんて見せられないって考えていただけだと思いますよ?」
「……なぜ分かった」
またアーミラさんに肩パンされてしまう。
手合わせしていく過程で、意外とこの人が表情豊かなのは分かった。
そしてローズとは違った方向で人間関係で不器用なのも分かっていた。
「そもそも、アーミラさんはその場にいなかったから分からないんですよ」
「な、なにをだ……?」
「先輩以上にやばい存在が現れた時の衝撃が……」
「あれ以上のが存在するのか……?」
アーミラさんから見ても先輩は相当だったようだ。
いや、ヴィーナさんは本当にどうしようか。
使い魔にするべき……なんだろうけど、僕の精神衛生上それは嫌だ……。
「悪魔はですね……こちらに協力する条件として僕の下僕になろうとしたんです……」
「……フフッ」
「なにがおかしいんですかネロさん……!!」
「さっきも見たぞこのやり取り!?」
さっきと同じやり取りを繰り返しながら僕は元の位置に戻る。
なにやらアーミラさんがものすごく疲れているようだがどうしたのだろうか?
いや、まったく見当がつかないな。
「あ、そういえばアーミラさん」
「なんだ?」
「伝えるのが遅れてしまいましたけど、ここにアルクさんが来ているので会ってみたらどうですか?」
「……む、ヒノモトで戦った奴か」
ヒノモトで戦ったと聞いていたから話でもしてみたらどうかな、という気持ちで話を切り出してみる。
激闘とは聞いていたがアルクさんも、どこか満足そうに語っていたから何か思うところがあったのかもしれない。
「そうだな。一度会ってみようか」
アーミラさんが頷いたところで、空を見上げる。
……そろそろ戻るか。
「はぁ、この後魔王に会いに行かなきゃならないな。また笑われるな……」
「……フフッ」
「なにがおかしいんですかネロさん……!!」
「もう分かってやっているだろお前!! 師匠も悪ノリしないでくださいよ!?」
なんだかんだでネロさんともアーミラさんとも打ち解けてきたな。
こういうことでもこの都市に来た意味はあったと思える。
●
朝ちょっとガチ目な訓練を終えた後、宿舎に戻り朝食などを済ませた僕はネアとヴィーナさんを連れて魔王のいる館へと向かうことにした。
「ハッハッハッ、お前と言う奴はどうしてそこまで私の予想を裏切ってくれるんだ? あれか、私の腹をよじれさせて殺しにかかってきているのか?」
「ヴィーナ、魔王を殴れ」
「え、いや、あのっ、さすがに……え、えへへ……!!」
「落ち着きなさいウサト。ヴィーナも行くな」
躊躇しながらも魔王に向かっていこうとするヴィーナさんを見つつ、ため息をつく。
自覚してきたけど僕は魔王に煽られるとムキになってしまう傾向がある。
この場には魔王と侍女のシエルさん、そして僕とフクロウ状態のネアと悪魔の姿になったヴィーナさんがおり、そんなヴィーナさんを魔王は興味深げに見ていた。
「さてさて、どういう魂胆でこいつの部隊に潜り込んだと思いきや……。順当に私とウサトの情報と魔力回しの詳細とはな」
「押し付けられた仕事はそうですよ。同胞さん達は魔力感知にえらくビビっていたので、仲間内で一番やる気がなかった私が向かわされたって感じです」
「ほう、ではわざわざ正体を明かした理由は?」
にやにや笑みを浮かべた魔王がそう尋ねると、ヴィーナさんが僕を手で指し示す。
「この人に私のご主人様になってもらうためです」
「面白すぎるだろう。この悪魔嘘をついていないぞ? 本当になんなんだ、お前? これで笑うなというほうが無理だろう」
「ウサトさん、変な人を引き寄せすぎでは……?」
シエルさんは同情するように見てくれているが、魔王は論外すぎる。
そもそもなんで僕がヴィーナさん基準でドS認定されているのも意味が分からないし、真のドSは目の前にいるだろう。
「大したことは知ってはいない、そうだろう?」
「ええ、我々は悪魔ですから」
「徒党を組むこと自体稀な存在だからな。むしろ弱っている者がいれば即刻殺しにかかるほどの中で、お前は随分と変わり種なようだ」
「封印されている間に色々と思うところもありましたので」
知れば知るほど悪魔と言う種族が歪に思えてしまう。
ヴィーナさんが特別おかしいのは分かるが、それ以外の奴らも仲間意識というものを感じさせない時点で異様とも思える。
「だが悪魔がこちら側にいるのはいい状況だ」
「ヴィーナさんの処遇はどうしますか?」
「ふむ……」
僕の質問に顎に手を当てて考え込む魔王。
「今の時点では、この悪魔を使い魔にすることはおすすめはしない」
「どうして僕がこの人を使い魔にしなきゃいけないんですか?」
「え、笑顔で否定しにかかりましたね……」
さらっと口にした僕にシエルさんが引いた様子だ。
使い魔、ということについてだが好き嫌いを置いておいてもしない方がいいと考えている。僕の立場として、悪魔を連れていくこと自体に問題が付き纏いそうだからだ。
「そ、そんなぁ……。で、でもそんな雑な扱いもそれはそれで……」
無敵かこの人……?
なんでクネクネしてんの? 引くわ。
「単純に悪魔という存在が脅威と見られている今、こいつを使い魔として連れて歩くのは危険ということ……は分かっているようだな」
「はい。なのでヴィーナさんは貴方の方で監視してもらっても大丈夫でしょうか?」
「え?」
僕の言葉に呆気にとられた声と共に振り返るヴィーナさん。
「今のところはそれしかないだろうな」
「え? あ、あの、ウサトさん?」
「ヴィーナさん」
戸惑いの表情を浮かべる彼女にできるだけ穏やかな声をかける。
「主人だとかそういうのは関係ないんです。そもそも貴女は僕の部下、それで十分じゃないですか」
「え、十分じゃないです……」
「……?」
「あっ、十分、です……」
「おい見ろシエル。無言の笑みで悪魔を屈服させたぞ」
「本人も必死そうなのがあれですよね……」
頷いてくれた……。
これで無理やりついてこられたらいよいよ困ったことになっていたところだ。
とりあえずはヴィーナさんは魔王の魔術によって監視されることになった。
でも監視といってもそれほど厳しいものではなく、普通に宿舎にいれるし訓練もできるものだ。
「……うぅ……なんか違う……」
なぜか本人はものすごく納得がいってなさそうだが。
意外とノリのいいネロとウサトにたじたじにされるアーミラでした。
ヴィーナは『なんか思った状況と違うけれど、こういう扱いもそれほど悪くないむしろいい』……的なことを一瞬のうちに考えていました。
※※※
突然のご報告になりますが本作と並行して書かせていただいている『殴りテイマーの異世界生活』が『WEBコミックガンマ+』にてコミカライズ化することになりました……!
第1話は本日3月26日にて既に配信中です。
詳細な情報については活動報告、Twitterにて記載させていただきました。




