第三百四十三話
昨日に引き続き二話目の更新となります。
今回はウサトの視点となります。
演習から都市に戻り魔王へと報告を済ませた僕はその後特に何も命じられることもなく宿舎へと戻ることになった。
正直、疲れている。
悪魔たちとの連戦の連戦で魔力を多く消費したことから休みたい気分でもあったが、ちゃんとキーラとウルルさんをそれぞれの家へ無事送り届けたことを確認した後にようやく僕は宿舎で休息することができた。
「……で、そのヴィーナってやつが怪しいの?」
「そう、だね。魔王は気づいていたらしいから、普通の魔族じゃないのは確定しているようなものだよ」
夜、夕食を食べた後に僕、ネア、ハンナさんの三人でテーブルにつきながらヴィーナさんについて話し合うことになった。
確証はないので彼女の正体がなにかはまだ断定することはできない。
ここで重要なのは彼女がどうしてここにやってきたかということだ。
「あの、すみません」
「はい? なんでしょうか?」
「これって機密事項ですよね?」
「ええ、そうですよ」
おもむろに手を挙げたハンナさんの言葉に頷く。
「なぜ私も同席しているんですか?」
「……」
「……」
「それでネア、続きの話だけど」
「ちょっとぉ!!」
そういえば、と思いながらさらりと話を進めようとすると身を乗り出したハンナさんが半泣きで僕に掴みかかってくる。
「なんで私、また面倒な案件に巻き込まれているんですか!? 厄介ごとならあなただけで解決してくださいよ!?」
「ハンナさん。今まで一人で解決できた事件なんて一つもないんだ。みんな、仲間の力を借りて解決してきたんだ。———貴女も僕の仲間です」
「貴方の厄介ごとに巻き込まれているの間違いでしょうが!! 無駄に良い話みたいに言っても騙されませんからねっ! このっ、このっ!!」
ぽこぽこと腕に拳をパンチしてくる彼女だが、悲しいかな魔族としても幾分力が弱い彼女の打撃程度では僕の上腕二頭筋を突破することはできないようだ。
「ハンナさん、それ以上は拳を痛めます」
「まあ、こいつと関わっちゃったからにはこういうことを覚悟しないとね」
「くぅぅぅ……」
僕としても申し訳ないと思うが、コーガ以外にも協力者は欲しい気持ちはある。
もしかして魔王はこういうことも考えて彼女を僕の補佐として任せたのか?
……いや、まさかな。
「ヴィーナねぇ。確かに私と同じような感じはするわね」
「変身する能力かなにかを持っているってこと?」
ネアの吸血鬼としての力にも変身能力があった。
それを使えば仮に見た目が人間離れした存在でも、魔族の姿になってここに潜り込める。
「それかハンナみたいな幻影魔法って線もあるけれど……」
「それはないでしょう」
「……そうね。ないわね」
二人して僕を見て深く頷かれてしまう。
僕がそういう幻影とかに強いのは自覚しているから幻とかそういう線はないといってもいいだろう。
あるとしても、それは魔王クラスの魔術を使う最悪の相手だ。
その可能性はあってほしくないと願うばかりだ。
「でもどうしてわざわざ僕のところに? 悪魔からすれば僕を殺したいほどに憎んでるんじゃないか?」
先日会った悪魔、カイラの言葉からして僕は相当な恨みを買っていると思っていた。
ヴィーナさんもそれと同じなら、僕の隙をつける機会はいくらでもあったはず……それを今していないということは、なにか別の目的がある?
「貴方を暗殺しにきたとか? というよりウサト君って死ぬんですか?」
「失礼な。自分で言うのもなんですけど、この一年で両手の指じゃ数えきれないくらいに死にかけてますよ」
むしろ僕ほど死にかけた人間の方が少ないかもしれない。
魔王との戦いと書状渡しの旅の最中での出来事もそうだけど、ローズとの訓練の最中でもそういう経験は日常茶飯事だったからな。
あの人間ピンボールは今や遠い記憶のように思える……。
「……あの、ネアさん。なんでこの人懐かしむような目をしているんですか?」
「こういう人なのよ……」
大体一年前くらいのことを思い返し懐かしく思っていると、テーブルに頬杖をついたネアがジトーっとした視線を向けてくる。
「気になってたんだけど、随分と元気そうね」
「うーん、そうだね」
元気、というのは僕が戦闘を繰り返し魔力を多く使ったことを指しているのだろう。
体力面は治癒魔法で癒せるが魔力はそうはいかない。
自然回復を待つしかないので、魔力を使い切るほどの戦闘の後は大抵は休息を取らなければいけない。
「系統劣化は魔力の消費を抑えられるからね」
「貴方に関しては治癒魔法の効果が薄れた方がより脅威的に思えますけどね」
「治癒魔法は必要ですよ? なにを言っているんですか?」
「曇りのない瞳で言うのやめてくれませんか? 叫びますよ?」
相手を無傷で気絶させるのに治癒魔法は必要だ。
むしろ必要じゃないと思った時は一度たりともないくらいに必要だ。
「あと単純な話、僕にとっての系統劣化は順当に系統強化の逆だってことなんだろうね」
「……どういうこと?」
これは推測の域を出ないことなんだけど、戦闘中の状態を考えると系統劣化はまさしくその逆だ。
比べて分かるようにネアとハンナさんに両手を見せる。
「右手のこれが系統強化で」
「ええ、そうね」
「そして、左手のこれが系統劣化」
「なんでできるのかしら?」
ネアの質問に今一度両手を見比べて……ああ、そういえばできているな、と思いながらあえて首を傾げてみる。
「ッ」
「ネアさん落ち着いてください!! 殴りかかるなら話を聞いた後に一緒にやりましょう!!」
「こいつとうとう魔力操作方面でイカれたことしているのよ!? 私が学者ならこいつを隔離してるわ!!」
笑顔のまま椅子から勢いよく立ち上がったネアを頑張って止めるハンナさん。
正直、普通にできて僕も驚いているから許してくれ。
「治癒魔法の系統強化は自分を除く生物への癒す力を強めるってことは知っているよね?」
「ええ、その代わり自分への効果が薄れるのよね」
「その通り。ハンナさん、僕の右手に触れてみてください」
「……爆発したりしません?」
「いや、しませんから」
どんな疑い方だ。
それでも疑っているのかものすっごい怪しみながら差し出した手で系統強化を浮かべた僕の手に触れる。
すると、深い緑色の治癒魔法が彼女へと流れ込みその効力を発揮する。
「どうでしたか?」
「……これは、凄まじいですね。さすがは系統強化……というべきか。これ、瓶かなにかに詰められませんか?」
「無茶言わないでください」
さすがにここまで治癒魔法の商品化を勧められると開発意欲が……いやいや、逸れた話題がさらに枝分かれしてしまうので、今度は左手を差し出す。
「はい、今度は左手の系統劣化を」
今度は特に迷いなく薄い緑色の魔力が籠った左手を掴む。
右手と同じように光が流れ込み治癒魔法の効力が発揮されたが、彼女は不思議そうに首を傾げた。
「これ治癒魔法ですか? 癒される感じはしますけどものすごく弱い気がします」
「系統劣化により劣化した治癒魔法はその効力が弱まるんです。まあ、治癒崩しに応用してますし、元より分かっていたことですが……僕自身に限ってはそうじゃなかった」
「……あー、なるほどねー」
ここまで言えばネアも理解できたようだ。
言葉を切り、ネアを見ると呆れたため息と共に彼女は口を開く。
「系統劣化は自分以外の第三者への効力が極端に弱まるけれど、自分に対しての効果は強くなるってことね……」
「その通り。系統劣化で魔力が最適化且つ肉体への治癒が強くなっているから……当然疲れも溜まりにくいとなんとなく、いや多分……理解している……!」
「なんで最後はそんなふわっとしているのよ」
「やってることおかしいですよこの人……」
話が脱線してしまったな。
僕がこれ以上ドン引きされる前に話をヴィーナさんへと戻さなければ。
「話を戻すよ。ヴィーナさんについてだけど……」
『ごめんくださーい!』
「「「!」」」
宿舎の外から聞こえる声。
先ほどしていた当人の声に警戒を高めながら僕は扉を開く。
扉の先には———、
「こんばんわ、皆さん」
「……ヴィーナさん。明日まで休息をとるように伝えたはずですが」
褐色の肌に特有の角、やや癖のある明るい金色の長髪。
どこかおっとりとした印象を抱かせる魔族に見える何者か、ヴィーナさんはにこりと微笑んだ。
「そろそろバレてそうなので命乞いに来ました♪」
彼女が何を考えているのか依然として理解できない。
ただ、これまで遭遇したどんな悪魔よりも厄介なことは分かった。
●
「白状しますと、私は悪魔です」
宿舎のテーブルにつくなりいきなりそんなことをぶっちゃけたヴィーナさんに調子を崩される。
察しはついていたけれど、まさかそれを自分から明かしてくるとは……。
「その証拠に、ほらこの通り」
ぱちん、とヴィーナさんが指を鳴らすと一瞬、彼女の姿が光りその姿を変える。
角はそのままだが背中に蝙蝠に似た翼、黒色の細い尻尾が生え、先日遭遇したカイラ達悪魔と同じ姿になる。
「魔術かしら?」
「ええ、変化の魔術といいます。精神に作用する魔術はウサトさんには効かないということなので、自分の見た目そのものを作り変えられる私が仕向けられたというわけです」
「ぺらぺら話すわね……」
ネアの訝し気な表情を受け流しながらヴィーナさんは魔族の姿へと戻る。
「どうしてここに来たんですか?」
「単純に魔王と貴方について探るためですよ」
「僕?」
「貴方、相当恨まれてますからねぇ」
なるほど。
でも口ぶりからしてヴィーナさんは違うってことか?
「私は別にって感じです。魔術的に力が衰えても問題はありませんし、そもそも他の悪魔とも価値観が大分異なっていますから」
「人間を見下していないってことか?」
「まあ……簡単にまとめればそうなりますかね? 結局は人間である先代勇者に封印されちゃったわけですし、その間意識を保ったままずーっと狭い空間に閉じ込められていたわけですから、ええ……まあ、分からされちゃったという感じです」
なんでこんな言動が怪しいんだこの人。
さっきから僕のことをチラチラと見ているし大分不安でしかない。
「それともう一つの目的が魔力回し、その技術によって目覚める能力の把握となります」
「へぇ、悪魔にも興味持たれているんだ」
「「……」」
なんともなしに感心したら両隣のネアとハンナさんにものすごいバカを見るような視線を向けられてしまった。
「この危機感ナシの訓練バカは置いといて、貴女はその情報をどうするつもり? まさか、これから交渉に使うとかじゃないでしょうね?」
「まさか。だとすればこの場に来ないですぐに逃げていますよ」
「じゃあ、なんなのよ」
「だから命乞いに来たんです」
「……はぁ?」
素っ頓狂な反応をするネアに相変わらず命乞いをしているように思えない笑みを浮かべているヴィーナさん。
……僕にはこの状況を楽しんでいるようにしか見えないんだけどなぁ。
「悪魔には同族意識は全くといっていいほどありません」
「……それは、まあ、今までの連中を見ていたら分かるけれども」
今まで遭遇した悪魔は三体。
その誰もが仲間に対しての態度は邪魔者を扱うようなものだった。
「元より悪魔という種族は互いが互いを邪魔に思い、場合によっては蹴落とし合いすらも辞さない面倒な種族です」
「えぇー……」
「私も他の悪魔がなにを考えているのかも、どういう能力を持っているのかも全く知らないです。もうお互いに死ねばいいのにって常に思ってるくらいに仲が悪いですね」
悪魔側の内情がガタガタすぎる。
これ、一切連携とかとれていないんじゃないか?
「ここに送り込まれたのも、面倒な連中から離れられるから来た感じですね。あとはミアラークでのウサトさんの暴虐ぶり……ではなく、活躍ぶりを耳にして気になって気になって仕方がなくて……来ちゃいました」
照れるように頬に手を当てるヴィーナさんになぜか悪寒がする。
……。
「ネア、ハンナさん。僕、今日は疲れたから先に寝るから後は話聞いておいて!!」
「拘束の呪術!!」
「幻影自己催眠!!」
椅子から立ち上がろうとした僕の右手と椅子をネアが拘束の呪術で固め、自身の頭に幻影魔法を叩きこんだハンナさんは僕の左腕を掴み、石のように動かなくなってしまう。
ネアはともかくハンナさんはなにがどうした!?
「私は岩、私は岩、私は岩……!!」
「自己催眠してまで僕を止めてきやがった……!?」
「貴方が引き寄せた変人でしょ!! ちゃんと責任を持って応対しなさい!!」
「くっ……」
なぜこうも人外問わずに変な人を引き寄せてしまうのか……!!
最早、運命と割り切るしかないのか畜生!!
……仕方ない。
「はぁ、命乞いっていっても僕は別に君の命を奪うつもりはないよ」
「なら捕まえてくれるんですか……!?」
「放置でいいかな?」
「そんなっ!」
どうしてそこで残念がるのか理解不能なんですけど。
もしや訓練中の被虐嗜好は演技でもなんでもないのでは?
「……つまり、君は入団希望者だったというわけか」
「?」
それならば僕は副団長としての立場で質問しよう。
本人がなにも理解していなさそうな顔をして首を傾げているが、それでも構わん……!!
「ヴィーナさん、貴女がこれからどうしたいのか聞かせてほしい」
「ここで匿ってくれるのなら貴方達に協力しましょう。悪魔側の情報はあまり多くは持ち得ていませんが、役には立つはずです」
「……ふむ」
悪くない話だ。
信用できないというなら魔王になにかしらの拘束用の魔術を使ってもらえばいい。
彼女を味方にすればこれからの悪魔の暗躍に有効な手を打てる。
「あくまでお願いする立場ではありますが、こちらから一つ、条件があります」
「……条件ってのはなにかな?」
ん? なんで椅子から立ち上がるんだ?
そのまま床に座った彼女に嫌な予感を抱いていると———、
「私のご主人様になってくださぁい!!」
そんな、ある意味で予想していた言葉が勢いをつけて吹っ飛んできた。
ヒノモトで知ったのかは知らないが見事な土下座である。
しかし、ご主人様か……。
ネアも最初そう言っていたし吸血鬼の次は悪魔だなんて、ははは……はぁ。
「……うわぁ……」
恐らく、この世界に来てから一番ドン引きしているのが今かもしれない。
えー、やばいよこの人……。
「えーっと、それは使い魔になるってアレかな?」
「場合によっては貴方の犬になります」
「あー……とりあえず口を閉じてくれないかな?」
「きゃうん……!」
ドン引きだよ。
先輩は愛嬌を感じさせるドン引きさではあるけど、この人の場合は心の底から引くくらいに酷い。
もうガチ感がすごい……。
「悪魔の下僕になろうとしている悪魔とかなんでしょうね、これ」
「ウサト、使い魔は私だけで十分よね?」
とりあえずこれ以上使い魔を増やすつもりはないので断ろう。ネアから妙な圧も感じるし。
なにより僕としてもご主人様だとか絶対に嫌だ。
ここはなにか他の条件を模索していくしか……って、
「……ん?」
今、窓になにか見えた気が。
視界の端に見えた影を追うと、窓の外からこちらを覗き込んでいる―——驚愕に目を見開いたエルさんとノノさんの姿が映り込む。
二人はなにかいけないものを見てしまった! といった風な顔で、窓から離れると全力でその場から離れていく。
「あら、見られてしまいましたね」
「……ネア、これまずくない?」
「ええ、まずいわね」
……。
「おい、ヴィーナ」
「! はい!!」
ローズと同じ剣呑な声を発しながら名前を呼ぶと、とてもいい返事が返ってきた。
彼女と一切視線を合わさずに出口の扉を指さす。
「今すぐ誤解を解いてこい。さもなきゃ次の訓練から君には———」
「……ごくり」
「なにもさせない」
「……えっ」
次に全力で作った笑顔をヴィーナさんへと向ける。
ぽかんと呆けている様子だが、配慮はいらないだろう。
「ずっとさ、訓練の様子を一人で見学するといいよ」
「あ、え……あの私の条件は……」
「僕は“今すぐ”って言ったよね? 聞こえなかったのかな?」
「~~! す、すぐにいってきます!!!」
驚くべき従順さと速さで外へと向かっていくヴィーナさん。
その様子を見送った僕は、先ほどまでなかった猛烈な疲れを感じながらもう一度椅子に座る。
「……よし、ヴィーナさんはああいう扱いでいいみたいだな。明日、魔王に報告しにいこう」
「魔王が爆笑する未来が見えるわー」
「悪魔同士、意外と相性よかったのでは……?」
誰が悪魔だ。
なんか今日一番疲れた。
もう今日はさっさと寝よう。
魔王大爆笑案件、再来。
割とヴィーナの扱いを分かっているウサトでした。
治癒魔法の系統劣化については魔力消費の減少と自己回復力の強化というものになりました。
元からしぶとい治癒魔法使いがさらにしぶとくなった感じですね(白目)
今回の更新は以上となります。




