第三百四十二話
お待たせしました。
第十五章開始となります。
エル視点でお送りします。
あの地獄のような演習を終えたあと、そのまま走ってあっという間に都市に戻った私達には二日間ほどの休日が与えられた。
演習による精神的な疲れを取る、という意図もあるようだが、それとは別にウサトたちも訳ありの要件があるようで帰った直後に彼は魔王様のいる中央の屋敷へと向かっていってしまった。
「まあ、そんなことは関係ないんだけどねぇ……!!」
私は裏切られた。
あの憎き治癒魔法使いとその使い魔の吸血鬼に。
胸を抉られたような喪失感と、悲しみは尋常のものではない。
この恨み、どうやって晴らしてやるべきか……!!
「あの外道ぉ……! よくも私を騙しやがってぇ!」
「荒れてますね。エルさん」
ベッドで足をばたばたとしながらウサトへの怒りを発散させていると、暢気そうな顔のノノが声をかけてくる。
「あんたは悔しくないの!?」
「え、なにがです?」
「ネアがリィンに化けていたことぉ!!」
なんでこいつはこんなに暢気なのだろうか。
あのメンタルと肉体を問答無用で破壊してくる訓練になにも言うことはないのか!?
「私にはショーンがいるから別に」
「あんたに聞いた私がバカだったわ!!」
そうだこいつバカだった!
相棒のドラゴンへの信頼がハンパじゃない。
ヴィーナは度し難い変態ではあるが、ノノは別の意味でやばい奴だ。
「あんたはこの隊に対する不安はないの!?」
「あると言ったらここから出られるんですか?」
問い詰めたらものすっごい虚ろな瞳を向けられたんだけど。
自分から振っておいてなんだけどこの話はやめておこう……。
そのまま沈黙が続き、各々の時間が過ぎていく。
「……あいつ、疲れてたわね」
ふと、さきほどのウサトの様子を思い出す。
あの体力の怪物が珍しく疲弊していたのだ。
「えっ、そうでしょうか?」
「見た目では分かりにくいけど、確実に疲弊しているわ」
コーガも知っていたことから魔王様が要請した案件と見ているがそれは私にとってはどうでもいい。
確実に言えることはあいつは悪魔と呼ばれる奴らと交戦していたことだ。
コーガとの会話で聞こえたのでそれは間違いない。
「それなら今、完璧な奇襲ができる」
「すみません、正気ですか……?」
初めてノノに罵倒された気がする。
やはり駄目だろうか。
一日経ったといえどもそう簡単に回復はしないと思うんだけど。
「仮に奇襲が成功したとしてどうするんですか?」
「気が晴れる」
「……」
初めてノノにバカを見るような目で見られた気がする。
しかし今はその視線を受けたとしても仕返しをしなくては気が済まない。
それくらい私は猛烈に怒っているのだ。
「でもそれならリィンに扮していたネアさんの方が簡単じゃないんですか?」
「……それは無理よ」
「え、なんでですか?」
「騙していたとはいえ、私がリィンに酷いことをできるはずがないじゃない……!!」
「すみません、病気ですか?」
騙していたとしてもあの十日間、私の精神が正気を保っていられたのもリィンのおかげだ。
そんな子に私がなにかできようはずがない……!!
私の猛烈な葛藤を前に、興味を失ったノノは適当に相槌を打つ。
「業腹ではありますが演習自体はそれほど間違ったものではないと思いますよ。業腹ではありますけど」
「……それも腹立たしいところなのよね」
私たちは魔物を嘗めていた。
この魔王領という大地で生きてきて魔物と関わらない方が少ない。
だからこそ凶暴な魔物の脅威とその対処法も理解していた。
「よく考えたら演習といっても魔王領内でやってる時点で、魔物の領域に出てくるレベルの魔物が出てくるはずがないのよね。はぁ、最初のアレのせいで冷静さを欠かされたわ」
コーガと揃って崖から落とされたときのムカつきで完全に冷静さを失ってしまっていた。
……もしかして、あの一連の外道じみた行動は全てアレのために……?
「まさか自分で作り出した魔物と戦わせられるなんて予想すらしていなかったわよ……。あー、本当にバカらしい」
「ギリギリまで気づけませんでしたもんね。みんな、いもしない魔物を怖がって追いつめられるなんて今思うと信じられませんよ……」
ウサトならなにをしてもおかしくない。
これまでの頭のおかしい訓練からしてそんな先入観もあったんだと思う。
どちらにしても私たちがまんまと騙されたことには変わりないけれども。
「……そういえばヴィーナは?」
「あれ? いませんね。どこにいったんだろう?」
ふと部屋の中を見回してみればヴィーナがいないことに気づく。
どうりで部屋が静かだと思ったが、この時間になって彼女がいないのはちょっと変だ。
「もしかして、夜道を徘徊してる……?」
「まさかそんなわけが……」
「「……」」
二人して黙り込む。
あの変態ならなにをしてもおかしくないという、ある意味でウサトとは別ベクトルの印象が私とノノに刻み付けられていた。
「ちょっと外出許可もらいにいって探しに行くわ……」
「私も手伝います……」
さすがに今、平和を築こうとしている都市に住む人々に変態の恐怖を刻み付けるわけにはいかない。
ウサトへの仕返しは置いといて私とノノは、外出許可をもらうべくウサトたちが泊まる近くの宿舎へと向かうことにした。
「ヴィーナって結構謎よね」
「そうですねー。正直、会ったのはここが初めてですし」
夜道を歩きながらそんな会話を交わす。
ヴィーナは本当にどこから湧いてきたんだってくらいにアクが強い。
元第一軍団所属とは言うが、あそこまで変人なら噂くらいは耳にしても良さそうなものだけど……もしかすると猫でも被っていたのだろうか?
「まあ……悪い奴ではないと思うわ。度し難い変態ではあるけれど」
「変態と言う時点で最大の欠点なんですけどね……」
それを抜けば基本的に気安く話せる人物ではあるんだ。
時折見せる恍惚とした顔やらが台無しなだけで。
それだけだったら今頃、私とノノは奴から距離を置いていたことだろう。
「……明かりがついてるわね」
「あ、なら丁度いいですね」
宿舎の一階に明かりがついていることから誰かしら起きているようだ。
ウサトあたりは既に就寝しているかもしれないが、ハンナあたりが出てきてくれたらこちらとしてはありがたい。
とりあえずノックするべく手を掲げ———、
『なら、こちらから一つ条件があります』
そんな声が微かに聞こえてきたことで叩きかけた手を止める。
……今の、ヴィーナの声?
「エルさん、どうしたんですか?」
「シッ、静かに。ヴィーナはここにいるみたいよ」
この時間帯にヴィーナがここにいるっておかしくない?
もしかすると何か重要な話でもしているのか?
……駄目なのは分かっているけど、同僚としても気になるところがあるので少し覗きに行ってみよう。
「窓から中を見るわ」
「えー……」
扉から離れ、建物の壁沿いに歩きながら明かりが漏れる窓へと近づき、ノノと共に中を伺う。
その先にはテーブルについたウサト、ネア、ハンナと……三人の前で向かい合っているヴィーナの姿があった。
『……条件ってのはなにかな?』
重苦しい雰囲気。
どこか警戒した様子のウサトが腕を組みながら、若干の敵意をにじませた視線をヴィーナへと向けている。
い、いったい何が起こっているの?
ヴィーナがウサトを怒らせたの? いや、そもそもあいつを単純に怒らせるのって余程のことをやらかさないとならないと思うんだけど……。
すると、おもむろに椅子から降りたヴィーナが床へと座る。
「ん?」
彼女の不可思議な行動に首を傾げていると、さらに彼女は床に手を着き———、
『私のご主人様になってくださぁい!!』
そんな、魂が籠っていそうな勢いの声を発した。
ピシリ、と空気が凍ったような幻聴が聞こえたような気がした。
『……うわぁ……』
さっきまであれほどぶん殴ってやりたかったウサトが、かつてないほどに嫌そうな顔をしているのを目撃してしまった。
そんな彼の顔を見て溜飲が下がるどころか、逆に同情してしまいそうになるくらいにヴィーナのやらかした行動は酷かった。
『……ん?』
「あ、やっば……」
そして、その後不意にこちらへ視線を向けたウサトと目が合ってしまう。
気軽に盗み見しようとした罰なのだろうか、もしかしたら私たちはとんでもない状況に巻き込まれてしまったのかもしれない。
ウサトが異世界に来てから一番ドン引きした瞬間がこことなります。
次回の更新は明日の18時を予定しております。




