閑話 キーラの変化
今回も閑話となります。
キーラの保護者であるグレフの視点となります。
時系列的には隊への候補者を振るいにかけていた時となります。
キーラを最初に見つけた時のことは今でも忘れられない。
食い散らかされた魔物の死体の前でうずくまっていたあの子を守る黒い不定形の獣。
憎悪や怒りでもなく、悲観に暮れるオオカミのような遠吠えを発したソレは泥のように形を崩し、その姿を影へと戻してしまったが……それを前にした時は生きた心地がしなかった。
一目見てその子が闇魔法使いだと理解できた。
それと同時にどうしてそんな幼い子供が凶暴な魔物の巣にいるという状況に察しがついてしまった自分が嫌になりながらも俺はキーラを両親のいる村へと送り届けた。
『なんてことしてくれたんだ……!』
『どうして戻ってきたの!!』
しかし、あの子の両親から帰ってきた言葉は暖かな言葉ではなく、残酷なものだった。
“忌子送り”
扱いに困った闇魔法使いの子供に嘘を吹き込み、魔物の巣に向かわせる悪習。
闇魔法使いが危うい存在なのは俺とて理解しているが、それでも見捨てることはできなかった。
この魔王領の大地だけではなく、心までも荒んでしまったら最後になにが残るものか。そんな理由だけで俺はキーラを引き取り、旅へと同行させるようになった。
「……それが今では、な」
旅の道中で度々闇魔法が暴走しかけ、不安定な一面を見せていたキーラは今や年相応の子供と同じように笑顔と元気な姿を見せるようになった。
それはひとえに闇魔法……いや、自分自身と向き合うことができたからなのだろう。
最近就いたばかりの職場でそんなことを考えながら、小さく笑みを浮かべる。
「彼が、本当に人間だったとは」
旅の最中に魔物に襲われた俺を助けてくれた魔族が、まさか魔族に化けていた人間だなんて想像つくはずがない。
後々、キーラに真相を聞いた時はとても驚かされたものだ。
だが納得してしまう部分もあった。
魔物に噛み千切られかけた俺の足を傷跡もなく、治してしまった彼の回復魔法———今となっては治癒魔法で治療してくれたのだろうが、そのおかげで俺の足は今でもちゃんと動いてくれている。
「……ラムとロゼの様子を確認してくるか」
幼い二人はこの都市で住む場所を見つける際に知り合った女性に預けている。
キーラとラムとロゼも懐いていることから悪い人物ではないので俺も安心して仕事をすることができている……わけだが、心配なことには変わりはないので昼休みを利用して様子を見に行っている。
「キーラは頑張っているだろうか」
キーラは、ウサトの施す訓練というものに参加しているらしい。
忙しくてそっちの様子を見に行けていないが、あの子の話を聞く限りは有意義な時間を送れているようだ。
『すごかったよ! 皆で都市中を走り回っててね。私はウサトさんの背中のブルリンの背中に乗っていたけど、それでも楽しかった!!』
ちょっと意味が分からない部分もあったが楽しそうだ。
ウサトの背中のブルーグリズリーの背中という表現が本当に意味不明だが、興奮のあまりに語彙が滅茶苦茶になっているだけだろう。
「この時間帯に出るのは初めてだな」
職場の建物を出て通りへと出る。
勇者一行と魔王軍との最後の決戦の後から魔王都市ヴェルハザルは武力的な場所から、同胞を多く招き発展させる場所へと変わった。
その影響もあり通りで見れる兵士の数も減り、代わりに都市の復興のために働く人たちが増えた。
「……ん? なんだ?」
やけに周りがざわついているな。
道行く人々が何かを察して一方向を見る。
その視線の先に目を向けると曲がり角から同じ服を着た集団が飛び出してくる。
「「「フッフッフッフッ!!」」」
「あぁっ、はぁ! はぁん!!」
「公共の場でいちいち喘ぐなァ! ぶん殴るぞ!!」
「あば、あばばば……」
息を揃えて走る三人の男と、どう見ても普通そうじゃない三人の女。
そしてそのやや遅れて後ろからついてくるのは今にも死にそうな顔をしながら全力で走っている訓練服を着た面々。
前の6人はまだ余裕そうな顔をしているが、その後ろにいる彼らの表情はまるで獰猛な魔物に追いかけられているような鬼気迫った表情をしている。
『ひっ、いぃぃぃ!?』
『は、走れっ、止まるんじゃァない!!』
『追いかけっ、追いかけてくる!!』
「な、なんだこれは」
あんな表情、旅をしている間ですら見たことないぞ……?
突然の意味不明な集団に困惑していると、その直後に彼らの後ろからひときわ大きなシルエットが、地面を滑りながらその姿を現す。
「休むなァ!! 走れ!! このウスノロ共がァ―――!!」
……えっ、ウサ……ト?
目に見える彼の姿がウサトそのものだと分かるが、頭がそれを理解しようとしない。
ブルリン、と名付けたブルーグリズリーを背負い、そのさらに上には———、
「キーラ!?」
ブルリンの背中から抱き着くようにしがみついたキーラがにこにこと笑いながら眼下で走っている彼らを見下ろしている。
な、なんでお前がそこにいるんだぁ!?
「あっ、ウサトさん! あの人遅れてます!! やっちゃってください!!」
「ひっ?!」
「おう! ……足を止めるな走れ! ふゥんっ!!」
ブルーグリズリーを背負いながら右腕を自由にさせた彼が目にも止まらない速さで何かを飛ばし、ペースが遅れた男の背中に叩きつける。
治癒魔法特有の緑色の光に包まれると同時に衝撃で前へと押し出された彼は、その顔を恐怖に染めながら必死で足を動かしていく。
「……う、噂に違わぬ治癒魔法使いっぷりなんだな」
二人の勇者と同じく魔王軍に名を轟かせた治癒魔法使い。
その内容のほとんどが誇張されたものだと思い込んでいたが……うん、さすがにブルーグリズリーを背負った上で魔族を追いかける姿を見れば信じるしかない。
「あっ、ウサトさん、ちょっと離れます」
「いいよ! 止まろうか!」
「すぐ戻るので先に行っても大丈夫です!」
すると俺の姿に気づいたのか、ウサトの背中のブルリンの背中から飛び降りたキーラが、闇魔法のマントを広げ俺の方へと飛んでくる。
ふわふわと浮かびながら俺の前へとやってきたあの子は、どこか自慢気な様子だ。
「グレフはロゼとラムの様子を見に?」
「あ、ああ。えーっと、そっちはうまくやってるよう……だな?」
「うん!」
年相応な笑顔を見せるキーラに心のどこかで安堵する。
数か月前までは不安定だった彼女の魔法は今は手足のように操り、確実に自分のものにしている。
「いつもこんな訓練を彼はしているのか?」
「うん。まだ合間の準備運動だけど」
……あれで?
耳を疑うような言葉を理性で聞き流し平静を保つ。
「あ、じゃあそろそろ行くね!」
「お、おう。それじゃあ頑張ってな……」
「うん!」
空を飛んでウサトたちが消えていった方向へ飛んでいくキーラを見送る。
子供というのは時折、親の知らないところで成長していくとはよく聞くが……まさかこれがそういうものなのか……。
「あの子にとっては、良い変化なんだろうな」
闇魔法使いの子供を育てる時点で覚悟はしていた身だが、もうそんな覚悟もする必要はないようだ。
自分自身と向き合うことができたキーラの未来は明るい。
『キーラがいないから僕が気づけないと思ったのか! ぬぅん! 治癒魔法弾!!』
『『『ぎゃぁー!?』』』
「……本当に大丈夫か?」
遠くからこの距離にまで聞こえてくるウサトの怒声とそれを向けられた集団の悲鳴。
その声を聞いた俺は頬を引きつらせながら、少しだけ不安になってしまうのであった。
魔王領でもいつもの訓練をしていたウサトでした。
ルクヴィスで作り出していた光景を、魔王領でもやっています。
この後、すぐさま登場人物紹介の方を更新したいと思います。
その次の話から第15章が始まります。