閑話 リングル王国では
お待たせしてしまい申し訳ありません。
今回は閑話となります。
イヌカミ視点です。
救命団の一日のはじまりは早い。
太陽が顔を出したあたりで起床し、支給された訓練服に着替えて諸々の支度を終えた後にあてがわれた自室から出る。
救命団の訓練服はジャージみたいで動きやすいので好きだ。
城に住んでいた頃は、ちょっと堅苦しい空気もあったわけだしこういう格好をするのは個人的には嫌いではない。
それに、元の世界ではこういう服を着ると嫌な顔をされていただろうからな。
気を取り直して私は隣の部屋の扉の前に立ち———、
「フェールムっ! あっさだよぉー!!」
声を張り上げ寝坊助魔族をいつもの如く起こそうとする。
すると、ばたーん! という何かがベッドから落ちる音と共に、騒がしい音の後に勢いよくドアが開かれる。
「うっせぇぇ!! 毎朝、でかい声で起こしに来るなぁ!! スズネェ!!」
寝巻のまま怒りを露にしているのは救命団の先輩であり、かつて敵として戦った魔族、フェルムだ。
「ネアから頼まれているからね! さあ、早朝訓練の時間だ!! 今日も一日がんばろー!!」
「なんでこいつ朝からこんな元気なんだよ……」
低血圧なのかな?
しかしここで起こさなければお叱りを受けるのは彼女自身。
ここは心を鬼にしながら、日課の訓練———すなわち、一日の始まりともいえる走り込みへと向かっていこう。
●
救命団では朝食・昼食は各自自由に済ませ、夕食は団員で集まって済ませるといった方式をとっている。
まあ、これに関しては夕食以外は特に取り決めがないらしいので比較的自由なので私は早朝訓練の後、新しい宿舎の方で簡単な朝食を作りフェルムと共にそれを食べるようにしていた。
「おい」
「なにかな?」
カップにいれたミルクを飲んでいる私に、目玉焼きがのせられたパンを頬張ったフェルムがむすっとしたかわいらしい表情を向けてくる。
「……この一か月、なにが一番腹が立つか分かるか?」
「うん?」
「無駄に朝飯が美味いことだ」
ツンデレかな?
「フッ、フェルム。私はこう見ても大抵のことはできるのさ」
「……腹立たしいことにその通りだけど、自分で言うな……!!」
料理に関しては得意か不得意かで言われれば得意な方だろう。
救命団入りで、ウサト君に我が料理をふるまえる機会があればと邪な気持ちを抱いてはいたが肝心の彼はすぐに魔王領に派遣されてしまったしなぁ。
「ウサト君が魔王領に向かって一か月かー」
魔王領への派遣。
彼の立場を考えれば、彼自身が向かうことはなんらおかしい話じゃないけれど……またなにか騒動に巻き込まれていたりしないか心配である。
「この前来た手紙には魔族を鍛えてるとか書いてあったよな」
「だね。ウサト君も頑張っているみたいだ」
「頑張ってるというより、頑張らせているの間違いじゃね? 絶対あれ、文面以上にえぐいことやらかしているようにしか思えないんだが?」
大体半月くらいに前に来た手紙には、魔物の領域への調査のために部隊の教導を任されたって書いてた。彼が、周りの環境が大きく変わっても救命団として変わらず魔王軍で活動していることに嬉しくなったし、なんならその場にいないことも悔いたくらいだ。
「キーラの魔法も安定しているようでよかった……」
「キーラちゃんは君にとっても弟子みたいなものだったからね」
「……まあな」
「そして私の妹でもある」
「それはねぇよ」
ぴしゃりと否定されてしまう。
しかし、なんだかんだであの子と行動を共にしているあたり、ウサト君が闇魔法使いに好かれるというのもあながち現実味を帯びてきたな。
またもや強敵登場の予感しかしない……。
「今日は昼間の訓練は休みだよな?」
「そうだね。ローズさんもそう言ってたし」
フェルムの問いかけに頷く。
救命団とて毎日厳しい訓練を行っているわけではなく、しっかりと休日というものが存在する。
ウサト君は構わず訓練をしていることがあるらしいけれど……。
「じゃあ、ナックの様子でも見に行く?」
「えぇ、お前ひとりで行って来いよ。ボクは宿舎にいるから」
「お昼は外で食べてくるけどいいの?」
「……うぐぐ」
最早、フェルムの胃袋を掴んでいるのも同然……!!
不貞腐れたようにそっぽを向くフェルムに、にこにこが止まらない。
「なら、もう少ししたらナックのいる診療所に行こうか」
「……はぁ、仕方ない。まともにやれてんのか様子くらいは見てやるとするか」
おっと、またツンデレを稼いでる。
フェルムもなんだかんだであざといなぁ。
●
宿舎から街へと出た私とフェルムはウサト君とローズさん以外の治癒魔法使い、オルガのいる診療所へと向かう。
そこにはもう一人の治癒魔法使いであるウルルもいるのだけど、彼女は今ウサト君と共に魔王領へ派遣されているので、彼女の代わりにナックが住み込みで診療所を手伝っているのだ。
……はじめてナックの存在を知った時を考えると、彼もものすごく成長したと思う。
そのひたむきな向上心は一体誰に似ただなんて言うまでもないだろう。
「あ、スズネさん! フェルムさん! おはようございます!!」
「おはよう、ナック。手伝いの方は順調そうだね」
早速診療所に到着すると、ちょうど診療所を開く時間帯だったのかナックが扉を開いていた。
私とフェルムに気づいた彼は、明るい様子で挨拶をしてくれる。
「学ぶことはたくさんありますけど、楽しいです!」
「それはよかった。今日は訓練も休みだから様子を見ておこうと思ってね」
「ボクは昼飯を食いについてきただけだ」
むすっとした様子のフェルムだが、そんな反応にもナックは慣れた様子だ。
まったくこのツンデレさんめ、と人知れずほっこりとしていると診療所の扉の前にいる私たちの元に見知った人物が近づいてきた。
「おや、スズネ様?」
「ウェルシー?」
見慣れたローブ姿に水色の髪に眼鏡をかけた女性、ウェルシーは驚きの表情を浮かべた。
王国お抱えの魔法使いである彼女がどうしてここに?
プライベート……という割にはいつものローブ姿だが……。
「スズネ様も診療所にご用事が?」
「この子の様子を見にきたんだけど……ウェルシーは体調でも悪いのかい?」
「えーっと……少し過労気味でして」
過労?
ウェルシーが多忙なことは良く知っているが、きちんと休みをとっているイメージだったので正直意外だ。
「ここ最近、働きづめでしたので……私はまだ大丈夫と言ったのですが、部下に診療所に向かうように言われてしまいまして……」
「なにかあったの?」
「はい。騒ぎ……というほどでも……いえ、魔法体系からすれば大騒ぎみたいなものですが……まあ、ウサト様のことです」
「「「……あー」」」
私、フェルム、ナックの声が重なった。
最初の沈黙も同じ時点で、同じことを考えたことだろう。
「ウサト様、魔王領で系統劣化なる技術を身に着けたらしくて。これがもう本当の本当にこれまでの常識を覆すようなもので……」
「系統劣化? それはあれかな? 系統強化の逆ってことかな?」
「はい……。でも単純に逆の技術ってわけじゃないのが悩み種なのです」
疲れたため息を零したウェルシー。
系統劣化……魔力回しにより編み出したものだろうか?
「うーん、もしかしてウサト君は魔力消費を押さえようとしてそれを考えたんじゃないかな?」
「! その通りです。魔力の特性をあえて薄めることによって、魔力の消費を抑えるというのがウサト様が系統劣化に至った理由らしいです」
「そんな簡単にできるのかよ……」
げんなりとしたフェルムの呟きにウェルシーが目を逸らす。
「私どもとしましても魔力感知に関する技術は未知の領域。それらを調べ記録に残さなければなりませんが、肝心のウサト様がもう、ものすごい勢いで新しい技術を発見していくものですから大変で……」
「まあ、ウサト君だし」
「ウサトだしな」
「ウサトさんですし」
「それで納得してしまう私も私ですが、あの方は普段どれだけ珍妙なことをしているのでしょう……」
“なにをするか分からない”
それがウサト君の最大の武器でもある。
「そのためには診療を受けるついでにオルガさんの元を訪ねようと思ったんです」
「あ、オルガさんの治癒魔法ですか?」
ナックの声にウェルシーが頷く。
「ええ、生まれながらにして高濃度の魔力特性を持つ彼に話を聞けば、色々と参考になると思いましたので」
「そういうことならすぐに案内します! スズネさんとフェルムさんはどうしますか?」
「いや、迷惑をかけるわけにもいかないからね。君がうまくやっているのも確認できたし、お昼でも食べに行くよ」
元からそういうつもりだったからね。
そのままナックと共に診療所へと入っていくウェルシーを見送った後に、私とフェルムは再び街の中を歩き始める。
「あいつ、相変わらず無茶苦茶やってんだな」
「フッ、それでこそだ」
「こっちに帰ってくる頃には、また変な技か団員増やして帰ってこなけりゃいいんだが……」
「……」
いや、それは普通にありえそうで怖い。
主にウェルシーの心労と、私達の危機感とかで。
早く救命団の生活をエンジョイしてる先輩でした。
フェルムも何気に付き合いがいい……。
次回の更新は明日の18時を予定しております。




