第三百四十話
お待たせしました。
第三百四十話です。
前半がウサト視点
後半からエル視点に切り替わります。
キーラと無事に合流することができたけれど、その時には既にシアはいなかった。
彼女が精神的に不安定だったことは分かっていたので、その状況は予想できなかったわけでもないが……ここでシアの状況をなんとかできなかったことが後に響くかもしれない。
……まずは魔王への報告が先か。
『ウサトさん、あれ!』
「ああ、コーガ達だ」
空が僅かに明るくなったところで僕とキーラはようやくコーガ達が野営をしている場所に到着した。
僕達の接近にいち早く気づいたブルリンと、見張りをしていたコーガがこちらに気づいたのを確認しながら地上へと降りる。
「おー、おかえり。無事に回収できたか?」
「グルァー!」
「ああ」
「……んぅー? あっ、ウサト君おかえりー」
ウルルさんとハンナさんも起こしてしまったようだ。
寝起きの機嫌がとてつもなく悪いハンナさんは、その目つきをこれ以上になく鋭くさせながら僕を睨みつけてくる。
「チッ、なんだ無傷ですか……」
「ついさっきまで11人の敵と戦って足止めしてました」
「なんで無傷なんですか……?」
悪態をつかれた後に素でドン引きされた……。
ゆっくり話したいところだけど、今は急がなくちゃな。
「コーガ、訓練を切り上げる。急いで都市に戻るぞ」
「ん? 別にいいけどさっきの話に関係あんのか?」
「ああ。目的地に悪魔がいてね。一度、撃退したと思ったら、今度は11人で奇襲してきて……」
「へー、どうしたんだ?」
ひとまずキーラのマントに離れてもらいながら、コーガへと軽く説明する。
「キーラと目的地で会った訳ありの子を逃がして、足止めしてた」
「おう、足止めしてるはずのお前がどうしてキーラと一緒に到着してんのか訳わかんねぇんだが?」
「相手を治癒魔法でふっ飛ばして、その後走って追いついた」
「だよなー。そうだと思った」
「コーガ君!? 普通に受け入れるにはおかしなこといいすぎだと思うんですけど、この人!!」
やろうと思えばコーガも僕と同じことができるだろうしな。
こいつ着々と僕の技をコピーしているわけだし。
ともかく、だ。
「魔王様の力は回収できたんだろ?」
「ああ。……キーラ」
「はい!」
ふよふよと浮かんでいたキーラがマントから魔王の力が封じ込まれた水晶を取り出す。
キーラからそれを受け取り、コーガ達へ見せる。
「こいつがあるってことは、急いで戻る理由は訳ありの奴ってことか」
「うん。……正直、急いで魔王とファルガ様に報告しないといけない案件だ」
「そこまでですか……」
それと、ナギさんにもだな。
ヒサゴさんの記憶と力を持つ女の子だなんて普通じゃない。
彼の力を考えると後々大変なことになってもおかしくない。
「僕は今から演習を止めにいってくるから、これを持っててくれ」
「おう。……あと、演習中の奴らのことなんだが……」
「ん?」
何かあったのか?
慌ててないところを見るに、怪我人が出たとかじゃないのは分かるけど。
「多分、魔物がいないことに気づいたようだぞ」
「……ほう」
「その上で、あいつら待ち伏せしているみてぇだ」
なるほど。
ということは、これは僕かコーガを誘っているということか。
僕達が作り出した凶暴な魔獣という認識を見破り、その上で僕とコーガを罠にかけ一泡吹かせようとしているってわけか。
「お前が来なけりゃ俺が行くつもりだったが……どうするよ?」
「……」
系統劣化の応用で魔力の消費を抑えるようにできていたが、そこそこ消耗している。
徹夜なのでそこそこ眠い。
でも体力的には全然問題ないので———いける。
「それじゃあ演習の成果を確認しにいってくる」
「じゃ、俺達はこっから見てるわ」
「気を付けてねー、ウサトくーん」
手を振ってくれるウルルさんとキーラに頷きを返してから、崖から飛び降り森へと入る。
急いで都市に戻らなくちゃならないけど、この演習の成果を確認するくらいは許してほしい。
僕としても彼らの成長を見るのを楽しみにしていたんだから。
●
違和感のようなものはあった。
叫びはすれど襲い掛かってこない魔物。
決まった間隔で響いてくる雄叫び。
そして、極めつけは私達が目撃した魔獣の姿に明確な差異があること。
牙が短いと言えば、誰かが牙が長かったと言う。
角があったと口にすれば、角なんてどこにもなかったと言う。
この食い違いの時点で私達は、大きな間違いをしていることにようやく気付くことができたんだ。
「……」
多分、ウサトの目的は魔物の領域に入ることを想定とした演習。
それも普通のものじゃない。
本物の魔物じゃなく自分たちが作り出した空想の魔物と戦わせるという意味が分からないことをさせているのだ。
それのなにが性質が悪いって、今の今まで———一週間以上演習が経過する時点まで奴の思惑に気づけず、精神的に消耗させられていたってことだ。
「気づけたからといって、それがいいわけでもない……!!」
きっとウサトにとってはこの訓練の趣旨に気づいても気付けなくてもどちらでもいいと考えているはずだ。
どちらに転んでも訓練の成果になるからだ。
悔しいことにこの訓練は理に適っている。
私達は確かに魔物を嘗めていたし、サバイバル演習くらい難なくクリアできると思い込んでいた。
楽観視していたといってもいいだろう。
それも今となってはものの見事に打ち砕かれてしまったが。
「やり方はやばいけどねェ……!!」
正直に言おう。
ウサトの思惑通りになってものすごく腸が煮えくり返るような心境である。
このまま普通に演習を終わらせていいのか?
断じて、否である。
「お前らぁ! あの腐れ外ど……隊長に演習の成果を見せたくはないのかァァ!!」
「「「おおおおお!!!」」」
まず直後に行ったことは、筋肉と訓練に魅入られた元同僚と新入りをその気にさせることだ。
うまく乗せて奴を一泡吹かせる作戦に参加させ、後はヴィーナとノノを加える。
「ノノ、ウサトに演習の成果を認めさせればショーンとまた会えるわよ!!」
「ショォォォン!!」
それ気合いれる掛け声なの?
手刀で薪を叩き割ったノノに軽く引く。
訓練という肉体改造のおかげで、それくらい難なくできてしまうことに私自身も最早違和感すら抱けない。
「おい変態」
「はい?」
「協力しろ」
「はぁい」
ヴィーナに関しては一番扱いやすい。
なぜならばこいつは変態だからだ。
なんやかんやで全員の心を一つ? にさせ、短時間で作戦を練った私たちは獲物を罠にかける狩人として、コーガとウサト、そのどちらかに誘いをかけるようにその姿を森の中へと消す。
奴らならば私達の意図に気づき、挑発に乗ってくるだろう。
「にゃ」
「とにかく奴等に一泡吹かせられなきゃ収まりがつかないわ……!!」
夜が明け、徐々に太陽が昇ってきた頃。
私とヴィーナは高い木の上に昇り、待ち伏せを行っていた。
肩にいる二又の尾を持つ黒猫、リィンの顎を撫でて平静を保っているが、正直な気持ち滅茶苦茶緊張している。
「ヴィーナ」
「反応はまだありませんねー」
両手から薄い桃色の魔力を煙のように地上へと放っているヴィーナに声をかける。
目を瞑った彼女から放たれた桃色の魔力は空気に溶けるように透明になっていく。
「……いつの間に魔力感知ができるようになっていたのかしら」
「この森に入って少し経ったくらいですね。でも、動きながらするのは普通に無理です」
つい先ほど知ったけれど、こいつは魔力回しによって身に着けられる技術、魔力感知を身に着けていた。
「ウサトは普通にやってるじゃない」
「多分、この魔力感知はああいう使い方をするものじゃないです」
「はぁ?」
「にゃ」
こくこくと頷くリィン。
あっ、かわいい、と一瞬我に返りながらヴィーナを見る。
「これは攻撃系の魔法と併用して使うことはほぼ無理ですね。できたとしても、かなり器用なことをしていかなければなりません」
「……あいつ、肉弾戦主体だったわね」
魔法で攻撃する意識と、魔力を感知する意識を同時に行うのは難しいといいたいのは分かった。
当のウサトは治癒魔法がオマケ……というか最終的に接近して殴ることを目的とした変則的な肉弾戦主体のやばい奴だ。
「単純にウサトさんの体内での魔力操作が巧いということもあります。恐らく、あの方は常時魔力を体中に循環させ、魔力回しの効率化を行っているのではないでしょうか?」
「……やっぱ化物じゃん……」
「それを可能にする下地があったということも理由の一つでしょうねー」
まともじゃない。
いったいどういう考えで魔力回しをし続けるという発想になったのか気になるわ。
……まさかいい訓練になるとかそういう何気ない発想からじゃないでしょうね……? だとしたら狂気すぎるわ。
「魔力回しにより魔力の巡りを活性化させ、感覚を特化させる。……正確には我々生物に眠っていた魔力の可能性を目覚めさせる技術とでも言うべきでしょうか?」
「凄いのは分かるけど、それほどなの?」
「少なくとも私はこのような技術を使う人間を知りませんから」
いちいち含みがある言い方ね。
こいつは本当にそういうところがある。
「……感知に引っかかりました。やってきたのは、ウサトさんです」
「! じゃあ、合図を送るわね」
あらかじめ拾っておいた石ころを掌に浮かべ、風の魔法で弾き飛ばす。
それは少し離れた場所に置いていた金属製の水筒にぶつかり甲高い音を響かせ、周囲に待機している仲間達に合図として知らせる。
「対象、音の存在に気づきましたが変わらず進んでいます。恐らく私の魔力にも気づいています」
「やっぱり乗ってきたわね……!!」
なら思う存分に罠にかけてやろうじゃない……!
中途半端な攻撃と、個人での攻撃じゃ奴は対応してくる。
「ここで求められる条件は……」
リュックに大量に詰め込んだ石を風の魔力ですくい上げ、浮かばせる。
それらを周囲に浮かべ、構えた指先で狙いを定める。
「く、ふふふふ……!! よくも私の鞄にだけ石をしこたま詰め込んでくれたわねェ……!! その用途通りの使い方であんたに攻撃してやろうじゃないの……!!」
「にゃぁ~」
飛んでくる方向で場所がバレないように扇状に発射位置を広げてから、命中力と速度を上げるために回転をかける。
———この地獄の半月の訓練をする前はできなかった技術。
あいつが教えた力で目にもの見せてやるわ……!!
「ヴィーナ、報告と方向の調整よろしく」
「了解です」
まだ木の枝と葉っぱで姿は見えないので、打ち出す方向はヴィーナの指示に従う。
……それに、生半可な攻撃じゃすぐに対応される。
あいつの使う治癒感知に文字通りに死角は存在しない。
でも———、
「発射!!」
———魔力感知外からの遠距離攻撃による掃射なら話は別!!
ほぼ同時に迫る攻撃ならあいつの治癒感知の優位性をなくすことができる!!
回転を伴った礫がウサトのいるであろう方向へと飛んでいく。
静寂の後に、連続しての弾くような音が響いてくる。
「全て回避されました」
「想定内ね」
礫という囮で治癒感知は潰した。
次の動きに移ろう———とした瞬間、私とヴィーナの間に何かが通り過ぎすぐ後ろの木に激突する。
顔のすぐ横を通り過ぎた魔力弾に喉が引き攣りを起こしかける。
「あぶなぁ!?」
「気付かれたようですね。……おかしいですね、方向は誤魔化せていたはずなのですが。あ、こちらに全力で走ってきます」
「そ、そそそそ想定内!! ケヴィーン! ノノ!」
目視で確認できる位置に、信じられない速さで地を駆けるウサトの姿を確認する。
無意識に出そうになる悲鳴を押し殺しながら、あらかじめ待機させていた二人に動き出すように命令する。
返事はない。
しかし、数十メートルほど近くにまで接近したウサトの足元にばしゃり、と投げつけられた水の魔力弾が叩きつけられる。
『ッ、これはノノさんの……』
ノノの魔法は普通の水魔法じゃない。
油に近い、可燃性の水を作り出すことができる変わった特性を持つ水系統の魔法。
滑る地面を目にし、ウサトが足を止めたところでさらに奴の足元から触手のように伸びた樹の根っこが襲い掛かる。
ケヴィンの木を操る魔法に、ノノの水を操る魔法。
治癒感知の範囲外から魔法を操る二人の攻撃にウサトは冷静に回避を行う。
「足を止めたわね……!! ウォル!!」
「了解!」
さらに近くで待機させておいたウォルが自身の土魔法で空中に多数の礫を放つ。
それらを私の風魔法で拾い、浮かべながら動きを制限されているウサトへと一斉に放つ。
「……!! 悪魔よりよっぽど手強いな!!」
対してウサトは、地面に固定するように足を叩きつけた後に、右腕に籠手を纏わせ、左腕に弾力のある魔力を纏わせながら、礫と木の魔法を迎え撃つ構えを取った。
「……体力勝負ならこっちが負けるでしょうね」
それでもあの治癒魔法の化物はその回復力と体力だけでこちらを上回ってきてもおかしくない。
……そもそもこの一連の作戦の流れは———理不尽なほどの回避力を持つウサトをその場に釘付けにすることが目的なので、作戦は順調に進んでいる。
「セイン! 今よ!!」
私の声と同時にウサトの足元から飛び出した二つの腕が、奴の両足を掴む。
「捕まえましたぜ! 隊長ォ!!」
「セインさん……!? おおっっと!?」
ウォルとは異なるタイプの土魔法。
土そのものを泥にして操るセインの魔法によりウサトの動きを大きく制限する。
———この時点でノノ、ケヴィン、ウォル、セイン、ヴィーナの目的は達成した。
そして、私が五人に明かした作戦もここまでだ。
ここからが私の本当の目的だ。
「ようやくこの時が来たわねェ……」
「んっ、良い感じの悪意……」
危なくないように肩に乗っているリィンを優しくヴィーナに渡しながら、この時のために作っておいた棍棒を手に取る。
風の魔法を纏った私は未だに動きを封じられているウサトめがけての突撃を敢行する。
奴は足を地面にとられながらも周囲から飛んでくる石の礫と木の魔法に対処に気を取られている。
「えっ、エルさんなにを———」
茂みに隠れながら水の魔法を放っていたノノがぎょっとした目でこちらを見る。
計画にない動きをしている私を見て驚いているようだが、これが私の真の計画!
「この作戦は私が最終的にぶん殴ることだけが目的なのよぉ!!」
「「「「えええええ!?」」」」
「!」
目と鼻の先の距離で奴が私の存在に気づくが既に遅い!!
棍棒は既に奴の胴に迫り、痛烈な一撃としてすれ違いざまに奴の身体に叩きつけられ———驚くほどの手ごたえの無さと共に振り切られる。
「なっ、ぁあ!?」
いや、これは全身筋肉の奴を殴った手ごたえじゃない!?
手元を見れば、魔力で作られた布のようななにかが棍棒に纏わりついている。
……弾性を帯びた魔力!? そもそも棒切れが当たる瞬間、ウサトの身体が二重に見えたような気が……。
「上出来だ」
「……ッ!」
「治癒残像拳。まさかこんなあっさりと新技を使わされることになるなんてね」
肝心のウサト本人はいつの間にか動揺を見せた私の背後に立っていた。
私は自分の作戦が失敗したことを悟り、声を震わせる。
「……どうやって拘束を……?」
「地面を殴って脱出した」
ウサトが先ほどまで拘束されていたところを見ればぬかるんだ地面に拳大の穴が空いているのが見える。
……こいつ、やっぱりおかしくない……?
「ここまで追いつめられるだなんて思いもしなかった。よく頑張ったね」
「隊長……」
「もっと褒めたいところだけど、実は急いで都市に帰らなくちゃいけない。皆、早速で悪いけど帰還準備を始めてくれ」
はい! という野太い声を響かせたケヴィンたちが帰還の準備を始める。
意外とあっさり訓練が終わると聞いてもいまいち実感が湧かない。
「……ふぅ」
少し疲れた様子のウサトが団服の首元の襟を軽くゆるめながら吐息を吐き出していると、ヴィーナと一緒に木から降りてきたリィンがとてとてとこちらに駆けてくるのが見える。
「あっ、リィン」
思えばこの演習はこの子がいなければまともな精神を保っていられなかったかもしれない。
作戦自体は失敗に終わったけれど、リィンと言うウルトラ可愛い天使を見つけられたことはこれ以上にない成果と言えるだろう。
自然と口元が緩むのを自覚しながら、こちらにやってくるリィンをしゃがんで迎え———た私をそのまま通り過ぎたリィンはあろうことか、背後にいたウサトの肩に飛び乗った。
「ちょっと貴方また変な技増やしたわねぇ!?」
「……ぇっ」
え、喋ってる?
あれ? どうしてウサトもそんなに驚いて……ない?
ぽこぽこと前足でウサトの頬を叩きながら、人の言葉で文句を言い始めるリィンに思考が追い付かない。
「いったい何があったのよ!」
「悪魔とアウルさん達に襲われたって感じかな。目的も達成できたし、怪我もしてないけどちょっとまずいことになってね」
「……後で聞かせなさいよ。ほら、それより早く説明してあげなさい」
唖然とする私に気づいたのかウサトがこちらを見る。
するとリィンがウサトの肩から飛び降りた瞬間、見覚えのありすぎる黒髪赤目の少女の姿へと変身する。
「ネアには、君たちの監視とサポートをお願いしていたんだ」
「やったのはそれだけじゃないけどね。……えーっと、ごめんなさいね?」
リィンに化けていた吸血鬼、ネアは気まずそうにしながら苦笑を浮かべる。
「私、この人の使い魔なの」
こいつらは本物の悪魔だ。
今まで可愛い可愛いと思っていた存在に裏切られたショックと、疲労により私は立ったまま気絶するという奇天烈極まりないことをしてしまうのであった。
悪魔より手強いチームワークを見せた部下達でした。
各自の魔法お披露目回でもありますが、ノノの魔法は地味ですが能力的にかなり強い部類です。
次回はなるべく早く更新したいと思います。