第三百三十七話
二日目、二話目の更新です。
第三百三十七話です。
毒地帯で見つけた謎の遺跡。
周囲にあれだけ充満していた毒が入ってこない時点で何かしらの力が及んだ場所なのは分かり切っているので、さっさと目的のものを回収してコーガ達と合流しよう。
ぶっちゃけ、魔王の力の断片よりシアの抱えている問題の方が大分深刻だからな。
「この遺跡ってなんなんだろう」
暗い通路を治癒魔法で照らしながら歩いていると、ふとシアがそんなことを呟いた。
『何百年も前に放棄された魔王軍の拠点だと思いますよ?』
「……そうなの? キーラ」
『はい。グレフと旅をしている時、似たような場所を見たことがありましたから』
……なるほど、魔王軍が残した拠点が今は遺跡になっているということか。
堅牢なつくりの場所なら今の時代にまで残っていてもおかしくはないし、そんな場所をヒサゴさんが利用しようとしてもおかしくはない。
「因みにシアの記憶にはここは……」
「ゴメン、勇者様の記憶は断片的なものしかなくて……」
「いや、謝らなくていいよ。むしろ、記憶が多くあった方が深刻だからね」
問題は罠の有無だが……。
ここに来るまでの毒がそれにあたるのかな?
「魔族しか住まない地域に、治癒魔法使いじゃなければ突破できないものを作る、か。中々に手が込んでいるな」
「オレの未熟な光魔法じゃ駄目だったから相当だと思う」
そんな会話をしていると階段らしきものを見つける。
下にまで続く暗く、深い階段。
『ちょっと、怖いですね』
「そう、だね。……大丈夫?」
『はい。ついていくとお願いしたのは私ですから』
キーラの場合、以前の騒動のこともあるからな。こういう遺跡に苦手意識があるのも無理はない。
まあ、ここは魔王軍の前本拠地、みたいな場所でもないしそれほど心配はいらないだろうが……もしもの時のために用心を重ねておいた方がいい。
今一度気合をいれて階段を降りていく。
すると———、視線の先の空間に治癒魔法の光とは別のなにかの輝きを見つける。
「……あれが、そうか」
階段を降りた広間の先に、混沌とした光を放つ球体のようなものが存在していた。
その力の波動はまさしく魔王のもの。
あっさりと見つけられて少し拍子抜けしたけれど、これはこれで余計な手間がかからなくて好都合だ。
「キーラ、僕の荷物を」
『はい』
マントからカバンを手にし、中身を取り出す。
ここに来る前に魔王から渡された魔具———水晶のようなそれを籠手を纏わせた右手で持つ。
「ウサト、それは……?」
「魔王に渡された魔具だよ。この地に毒をまき散らしている原因を、これで取り除く」
この地に入るために治癒魔法を持っている、という点とこの力に触れても問題ないファルガ様の籠手を持つ僕だからこそ派遣されたという感じだな。
見るからに不吉な力がビシバシ伝わってくる。
「……この後、どうするんだろ」
『え、分からないんですか?』
「魔王に雑に渡されたから……とりあえず近づけてみるか」
籠手で掴んだ水晶を光を放つ球体へと近づけてみる。
瞬間、球体から光が漏れて水晶に吸い込まれていく。
水晶へと移るように光が閉じ込められると、透き通った色のソレは黒と青の入り混じった怪しげな輝きを放ち始める。
「……意外と簡単だったな」
『お手軽ですね……』
でもこれで十分の一魔王なんだよなぁ。
これが悪魔の手に渡ったら大変なことになりそうだ。
「さて、これを———……っ」
魔王の力を閉じ込めた水晶を懐に戻そうとすると、音もなく水晶に手を伸ばそうとしているシアの、その表情が見える。
なにかに憑りつかれたようにゆっくりと水晶に触れようとする彼女から、水晶を遠ざけ籠手の覆われていない左手で肩に触れる。
「シア、しっかり」
「……あえ? ご、ごめん、ボーっとしてた」
「自覚がなかったか、これはいよいよ早く戻った方がいいな」
「……?」
今の彼女は酷く不安定だ。
彼女に植え付けられた記憶がどのような結果を引き起こすか予想できない。
「……キーラ、予定変更だ」
『はい?』
「夜だけど、このまま空を飛んでコーガ達と合流する」
魔王の力は彼女になんらかの影響を及ぼすかもしれない。
そんなものを持ったまま彼女と行動するのは危険すぎる。
なので最悪、部下たちの訓練を切り上げて一刻も早くこれを魔王の元に届けなければ……。
●
「……毒がなくなっている?」
遺跡から外に出るとあれほどまでに空間に満ちていた毒の霧は、まるでなかったように消え失せていた。
月明かりに照らされた大地は変わらず不毛の大地であったけれど、それでも大地に害をもたらす毒がなくなっている時点で大きな変化ともいえるだろう。
……しかし、取り除いた直後にコレとは……。
「やはり魔王は環境に悪かった……?」
『魔王様のお力って不純なものだったってことですか?』
「ああ、その通りだろうね。性格も悪いし、魔力だって不純だっておかしくない」
キーラのナチュラルな毒舌に苦笑する。
「魔王相手にとんでもないこと言うな、君たち……」
「むしろ僕はこれを本人に言いながら渡すよ?」
笑顔で喧嘩を売りに行くね。
多分、魔王は笑顔でカウンターしてくるけど、その後の展開はそれから考えればいい。
「怖いもの知らずかな!?」
「正直、魔王より僕の師匠の方が怖い」
「えぇ……」
前まではローズにキレられたりするのが怖かったが、今となっては彼女に失望されたりするのが怖い。
副団長としての肩書を背負っている身としてはローズの信頼に応えられるように背筋を正していきたいものだ。
「さて、これから飛ぶわけだけど。シアは……抱えていくしかないか」
「!? お、オレ軽いから大丈夫だ!! 碌なもの食べてないから!!」
「……合流したらもっといいもの食べさせてあげるからね……」
悲しい理由を口にした彼女に同情しながら、マントを広げて飛ぶ準備を整え———ッ!
ッ、治癒感知に反応!!
「シア!」
「きゃ!?」
シアを抱きかかえその場を跳ぶ。
瞬間、先ほどまで僕達が立っていた位置に頭上から振り下ろされた衝撃波が叩きつけられた。
「アウルさんか!!」
「お早い再会ですねぇ!! ウサト君!!」
襲撃してきたのはアウルさんの魔法による衝撃波。
滑空するように空を飛びながら着地———する直前に僕達の周囲に闇魔法で作られた糸が取り囲む。
「さすがに貴女一人のはずがないか!!」
『私が弾き返します!!』
身体に纏われたマントが伸縮し、糸を払いのけようと振り回される。
切断力のある糸を伸縮性のあるマントがぶつかり、あっさりと払いのけてくれる。
「ナイスだ! キーラ!!」
そのまま地面に片手を着いて、着地する。
「シア、僕の後ろに」
「あ、ああ……」
系統劣化により弱めた治癒魔法を周囲に放射する。
「……7……8……11、どうやら昼間逃げ出した悪魔もいるようだな」
治癒感知で周囲に潜んでいる敵の数を把握する。
アウルさんを含めたローズの部下の七人。
闇魔法使いの双子の二人。
そして、二体の悪魔。
「僕の前に出てくるとはいい度胸だな。ミアラーク以来か?」
「ひぃ!? だ、だから来たくなかったのよぉ!! 世界に溶け込んでいるのにこっちを真っすぐ見てるし!?」
魔術で隠れているもう一体の女性の悪魔を確認。
魔術からしてミアラークと同じやつだろう。
声だけが聞こえるが、治癒感知で既に場所と姿は感覚でとらえているので問題はない。
「あちゃー、レアリさんも嫌々来たからなー」
「おい! 名前を憶えられたらどうするのよ!!」
姿も見えないままにアウルさんに怒鳴り散らす女性悪魔。
あれはレアリって名前なのか?
そう考えていると、アウルさんの視線がこちらへ向けられる。
「ウサト君! 君はもう包囲されているから、腐れ魔王の力の断片を置いて逃げた方がいいぞー!」
「いいや、テメェはここで殺す!!」
アウルさんの声を遮り、昼間戦闘したヤンキーっぽい悪魔が僕を見下ろす。
その表情は怒りに染まっており、よほどボコボコにされたことを根に持っているようだ。
「昼間、嘗めたことをしてくれたなぁ、治癒魔法使い……!!」
「! あ、くま……」
「シア、直視するな」
明らかに声色の変わったシアに悪魔を見せないようにする。
彼女に植え付けられた記憶が狙うのは悪魔。
ここでまたヒサゴさんとしての意思が暴走すれば、また彼女を苦しめることになる。
「……でも」
囲まれているこの状況でシアに戦わせないで戦うなんて難しいどころの話じゃない。
いや、彼女の性格を考えるなら無理やりにでも魔法を使って戦おうとしてもおかしくないか……。
なら、この場で取るべき手段は……。
「キーラ、シアと一緒にコーガ達のところに行けるか?」
マントの襟を口元に寄せ、声を潜めてキーラに語り掛ける。
『ッ!? ウサトさんは!?』
「僕が足止めをする。魔王の力の断片は君が持っていてくれ。……大丈夫、君たちが離れたのを確認したら追いかけるから」
『……分かりました』
「いい子だ」
少し逡巡した様子を見せながらもキーラは頷いてくれる。
キーラの魔法ならシアを抱えて飛ぶくらい訳ないだろう。
後は僕が隙を作ればいいだけだ。
「俺の名は、カイラ!! 今日この夜、テメェを———」
「はいパス!」
「なっ!?」
名乗りを上げている悪魔———カイラに掌に作り出した魔力弾を軽く放る。
奴はそれを目にして動揺し、動きを止めながら暢気に魔力弾を両手で受け止める。
「ビビるなよ。ただの魔力弾だろ?」
「ッ!?」
キーラのマントを脱ぎ、全力で跳躍すると同時に魔力弾を抱えた悪魔の顔面に蹴りを叩きこむ。
蹴りと重なるように魔力弾が弾け、周囲へ拡散する。
「今だ!!」
「はい!!」
マントの端でシアを絡み取ったキーラが、空へと舞い上がる。
「なっ、キーラちゃん!? ウサトは!?」
「ウサトさんなら大丈夫です!!」
「で、でも———ッ」
同時に動き出すアウルさん達の動きを治癒感知で察知し、手の中に複数の魔力弾を作り出す。
「治癒魔法乱弾!!」
「ッ、本当にやってほしくない行動をしてきますねぇ……!!」
キーラを追う行動を阻み、アウルさんの前に立ちはだかる。
彼女が振るった剣と籠手が激突し、火花が散る。
「アウルさん、団長にちゃんと報告しておきました!! ええ! めっちゃキレてました!! ははッ!!」
「はああああ!? この悪魔!! 人でなし!! 君には血も涙もないのかな!?」
籠手から剣を離し、後ろへ下がるアウルさん。
同時にアウルさんの同僚———今は操られた亡骸であるベスさんの放った煙幕の魔法と、ナルカさんの音の魔法が僕を包み込む。
視覚と聴覚を同時に阻害されてしまったが、それでも僕の治癒感知は陰りを見せない……!!
「後ろか!」
背後から魔法と剣での攻撃を行うギルグさんとクリスさんの攻撃を避ける。
さらに間断なく繰り出される闇魔法での糸を衝撃波で散らしながら———また敵に囲まれる位置に着地する。
「糸も感知の範囲内。問題ないな」
「いったいどんな感覚で周りを見てんですかね、君……」
思いっきり頬を引きつらせるアウルさん。
やはり彼女だけは他とは違い生前とほぼ変わらない性格のようだ。
……早く、呪縛から解き放ってあげたいけど……今は、それは無理そうだな。
「……なんとか二人を逃がせたな」
「クソが……!!」
「一応、言っておくけど魔王の力の断片は僕は持っていないよ?」
キーラに渡しちゃったからね。
カイラと名乗った悪魔は苛立ちを隠さずに頭を掻きむしる。
「だから嫌だったんですよ!! 私、言いましたよねぇ!! この状況に持ち込まれるのが嫌だって!! もうこれ失敗したも同然じゃないですか!!」
しかし、そんなカイラ以上の取り乱しようを見せるアウルさん。
そんな彼女を苛立つように見てから、カイラが僕を睨みつける。
「もう魔王の力なんてどうでもいい。テメェはこの場で殺す……!! そうすりゃ俺達も力を取り戻せるだろうよ……!!」
僕にとってはその方が好都合だ。
キーラとシアに追手がいかないなら僕が残った意味もあるもんだ。
「それじゃあ、僕は全力で君たちの攻撃を凌いで時間を稼ごう」
「……。こっちの方が数が多いんだぜ? テメェ、イカれてんのか?」
キーラとシアがこの場を離れた時点で僕の目的は達成できている。
後は頃合いを見て逃げればいいだけだ。
「僕はお前たちに勝つ必要はない」
ここで敵をなんとかするのはかなり難しいだろう。
アウルさん達は楽に倒せる相手じゃないし、悪魔の力にも警戒は必要だ。
「ただお前たちをここで足止めして、時間が経ったら全力で走ってここを離れればいいだけだ」
「んなことできるわけねーだろ!! お前は囲まれてんだって言ってんだよ!!」
「だから?」
救命団の治癒魔法使いにとって敵に囲まれている状況なんて慣れたものだ。
もっと言うなら僕は魔王都市でもっと多くの敵に囲まれながら戦ってきた。
いくら僕を取り囲む11人が実力者だとしてもそのうち8人は操られるだけの亡骸、指示されなければ碌な連携を取れるはずがない。
「分かってないなぁ。じゃあ、もっと別の言い方をしようか?」
「あぁ!?」
「お前らを逃がさないって言ってんだ、よッ!!」
音もなくキーラ達を追おうとするレアリの行く先に治癒飛拳を叩きこむ。
「ひぃん!?」という小さな悲鳴を上げる彼女を一瞥した後に、思考を切り替え前髪をかきあげる。
「うわぁ、隊長モードだ……」
「アウルさん、こっからは体力勝負ですね」
「えっ、今の私って死んでいるので体力とかないようなもんですけど……それでも嫌って言っていいですかね?」
アウルさんは唯一状況を分かっているのだろう。
キーラが離脱した後にすぐにあの子を追おうとしていたしな。
「キーラを追わせないために、ここでお前らを足止めする」
僕がこれからすべきことは、この場にいる11人の足止め。
倒す必要はない。
防御と回避に専念し、頃合いを見て全力で離脱するだけでいい。
「それまで、ここから逃げられると思うなよ?」
正直に言うと僕は攻撃するより守る方が好きだ。
そして、なにより走って逃げることが一番得意だ。
防御と回避に専念するだけで大抵なんとかなるウサトでした。
視覚と聴覚を阻害されても特に問題のない治癒感知も壊れすぎる……。
今回の更新は以上となります。