第三十八話
結果的に言うならば魔王軍との戦争はとりあえずの勝利を得た。
こちらの損害は決して小さくはないけど、生存者が沢山いたのは素直に嬉しかった。僕達、救命団がしたことは無駄ではない、そう思えたからだ。
あの後……僕が気絶した後は結構大変だったらしい、動けない怪我人を運んだり、放置された武具とかの悪用を防ぐ為、回収とか、まあ戦後処理?というものを主にやったらしい。
3日位寝込んで起きた僕に一番に文句を言ってきたトングの言葉だから間違いはない。でも救命団の皆は無事で本当に良かった。トングのような脳筋共はともかく、ウルルさんやオルガさんは肉体的に強くなかったからなぁ、本当に良かった。
僕が起きた次の日、丁度カズキと犬上先輩が国民と王様の前で勲章みたいなのを貰っていた。
凄いなぁ、と思いながら拍手していると、ローズと僕も名を呼ばれ壇上に上がる様に言われてしまった。何で僕が!?混乱しながらあたふたと困ったようにローズを見ると、凄く悪い顔で笑みを浮かべたローズは僕の背を叩き無理やり前へ進ませたのだ。
壇上に立つと、国民、というか騎士さん達から凄い歓声を貰った。現代人の性からかとりあえずお辞儀しまくったら、ローズにげんこつされ、涙ながらに王様から戦争で活躍した褒章、というのを貰った。
そういえば何の活躍?って聞いたら、敵幹部捕獲による戦況貢献と数多くの兵士を救った事についてらしい。『受け取っておけ、名誉みてぇーなもんだ』と小声で言ってきた彼女に内心震えた。
まあそれからなんやかんやあって、一週間くらいで元の生活へ戻る事ができた僕は今、ブルリンのいる小屋にて今回の戦争で起こった事について話していた。ブルーグリズリーは知能が高い生物だから、頑張れば人の言葉が分かる様になるらしい。だからこうして結構な頻度で話しかけているのだが、当のブルリンはむもぉーと牛みたいな唸り声で欠伸しているだけ。
「なー、ブルリン。もう大変だったんだよぉー」
「グア」
「お前も連れて行けばよかった。というか運動するぞ、お前野生を忘れかけているし」
ぺしぺしとブルリンの頭をはたき無理やり立たせる。何時もは背負って走っているが、たまにはブルリンにも歩かせよう。こいつも少しずつ大きくなっているし、脂肪ばっかり増えたらただの大飯ぐらいになってしまう。
丁度、王様からの呼び出しがあるし、こいつも連れて行こう。
「行くよブルリン」
「グアー」
『しょうがねぇな』とばかりに僕の隣を歩く様に進みだすブルリン。のっそのっそと歩くその姿に苦笑しながらも、ひと時の日常を噛み締める。ブルリンと共に上機嫌に歩いていると、救命団の入り口の方からこちらへ走り寄って来る人影を見つける。
「あ、ウサトくん!」
「ウルルさん」
僕と同じ治癒魔法を使う同年代の女の子、ウルルさんが手を振って駆け寄ってきた。
「身体はもう大丈夫?」
「はい、良く寝ましたし全快です」
「良かった!もうウサト君とローズさんが出てる時はすごく心配だったから……あ、ブルリンちゃんもこんにちわ」
ウルルさんが小さく手を振るとブルリンはケッとばかりに顔を逸らす。その挙動にガビーンとダメージを受けながらも持ち直したウルルさんは、引き攣った笑顔で僕の方を向く。
「さ、散歩?」
「いえ、王様からの呼び出しです。後は……こいつを少し歩かせようかなーって」
「……あはは、町に出る時は気を付けてねー」
「え?それってどういう……」
「私、お兄ちゃん待たせてるからそろそろ帰るね―――!」
……まるでこれ以上の追及を逃れるように行ってしまった。町で一体何が起こっているというんだ。もしかして、救えなかった人達の事で町の人が怒っている?あの戦いで亡くなった人は王国の墓地に手厚く埋葬した、勿論僕も立ち会ったが……恨む人はいそうだなぁ。僕の実力不足、と言われても否定できないし。
その時は甘んじて恨みを受けよう。
内心、遺族たちからの責めを覚悟しながらも、城の城門へ辿り着く。大きな水路と城壁に囲まれた大きな白の城門には、二人の重厚な鎧を纏った騎士と、赤色の髪の守衛さん……アルク・ガードルさんの三人がいた。
彼は僕の姿を見つけると喜色の表情を浮かべ駆け寄ってきた。
「ウサト殿、お体の具合は?」
「もう大丈夫です。アルクさんも……見たところ大丈夫なようですね」
戦いからそう経ってない今、城門を護っているという事はアルクさんはこれといって大きな怪我を負う事がなかったということになる。アルクさんにはウルルさんとオルガさん達を守って貰っていたからお礼を言わなくちゃな。
「改めて……アルクさん。僕達を守ってくれてありがとうございました」
「いえ!戦いの要であり、私達にとって大事な存在である救命団の方々を守るのは当然のことです!むしろ礼を言わなければいけないのはこちらの方です!」
手を横に振ったアルクさんがバッと頭を下げると、後ろの騎士さん達が兜を外し、スゴイ勢いで頭を下げた。突然の行動に驚いてしまった僕に、頭を下げたままのアルクさんがそのままこちらへ話しかけて来る。
「ウサト殿とローズ殿のおかげで私……いや俺達は生きて帰る事が出来ました!」
「いや……僕も助けられなかった人が沢山います……」
「それでも……貴方がいなかったら此処に居ない同僚が大勢居ます!」
「あ、や……う……取り敢えず頭を上げてください」
慣れないお礼の言葉に困りつつも、アルクさんと後ろの騎士さん達の頭を上げさせる。まあ、お礼を言われて嬉しくない訳がないけど、僕のはあくまで我儘、のようなものだ。そんなに感謝されると逆に困ってしまう。
暇そうに欠伸しているブルリンの頭を撫でながら、無難な言葉を探し紡ぐ。
「僕一人では絶対にできませんでした。戦場で何回も魔族の人達に殺されそうになった時は、兵士さん達に命を救われました。だからお互い様です」
そう言うとアルクさんは呆けた後にくすりと笑みを浮かべ、頭を搔いた。
「成程、やっぱりウサト殿は面白いお人だ……あ!ここに来られたという事は城に御用があるということですね!すぐに開けます!」
「そういえばそうだった……忘れてたよ」
思い出したとばかりに騎士さんたちが城の扉を開ける。彼等にお礼を言いながら扉の先に広がる王城の敷地内にブルリンと共に脚を運ぶ。
相変わらず広い場所だなぁ。
石畳が敷き詰められた道を歩き、見張りの騎士達のいる城の入り口から城の中に入る。勿論、ブルリンは外に置いといた。意外と大人しい奴だから、大丈夫な、はず。
その後、城にはいってメイドさんに王様の居る所まで案内されていたんだけど、そこらじゅうに居る見張りの騎士さん達に物凄くお礼を言われた。……ここは城だけど、もしかしたらウルルさんが言っていた「気を付けて」ってまさかこれのことかな?城の中がこの調子だと町とか凄そうだし。
「おお、ウサトか」
「こんにちは、ロイド様」
メイドさんに案内され、王の居る間に入ると、そこには優しげな表情でこちらを見るロイド王とセルジオ様が居た。……他にいるのは軍団長のシグルスさんだけだ。
「ウサト、突然の呼び出しすまない」
「いえ、全然構いません。それで……今日はどうして僕をここに?」
「それが……シグルス」
「はっ……」
ロイド王に目配せされたシグルス軍団長が、一歩前に踏み出てこちらを見た。相変わらず、凄いいかつい顔つきの人だ、でも何処となく優しげな眼をしている……気がする。うちの強面共とは大違いだ。
というより、ローズとかは見た目は綺麗だけど雰囲気とか怖いからいまいち判断しづらいんだよな。多分、魔王軍との戦いの後に見せたあの笑顔が、ローズなりのデレだったと思うけど。
「ウサト様が捕獲したという魔王軍の幹部らしき者を覚えていますかな?」
「え、ええ……」
あの白い髪の……人だったよね?いまいち男か女か分からなかったけど、後から聞くと僕の治癒魔法でつっきった鎧の上から僕の打撃を受けて再生できずにいたから倒せたって犬上先輩は言っていたから、よくよく考えれば僕とローズ……ウルルさんとオルガさんじゃ肉体的に無理だから……実質的に二人しか倒せる人がいなかったということだったのか。
……でも何でそれを僕に……?まさか……ッ。
「自決、しちゃったんですか?」
ありうる話だ。リングル王国はしないと確信できるが、捕虜に対してむごい仕打ちをされる事を恐れ、苦痛を選ぶなら自らの意思で死を選ぶ、というケースがある。
もしかしたらあの黒騎士もそれを恐れて……
「違います。驚くほど簡単に尋問に応じました」
「あれ?」
「拍子抜けするのも分かります。事実立ち会った私自身そうでしたから」
僕の反応に共感するように額に手を置いたシグルスさん。でも簡単に尋問に応じてくれたのなら何で僕を呼んだのだろうか。
「どうやら黒騎士、と呼ばれた者は魔王軍にそれほどの忠誠心を抱いていないらしい。渋々ではありますが、我らにとって有益な情報をいくつも話していました」
「でも、危険じゃないんですか?」
「無論、我らも全てを信用する訳ではなく、あくまでそういう情報があるという認識です」
そりゃそうだ。抵抗もなく尋問に応じている時点でなにかしらの罠を疑うべき……という事をシグルスさんに言う必要もなく、話を反芻していると、ますます何で僕が呼ばれたのか理由が分からない。
「どうして僕を呼んだんですか?」
「黒騎士が、ウサト様と会わせる様に言ってきかないのです」
「………はぁ!?」
「ウサトとの面会……これが条件だ」
「え!?でもロイド様!僕捕まえただけですよ!」
「捕まえただけ、と簡単には言うが……ウサトが捕まえたのは勇者二人を圧倒する怪物、恐らくお主とローズ以外この王国で黒騎士と戦える騎士はいないだろう」
「えー……」
ロイド王の言葉に混乱する。当然だ、なして恨み抱かれているであろう魔族の幹部と会わなくちゃいけないんだ。そんなに神経図太くないぞ僕は……。
「尋問の最中、黒騎士はある重要な情報を我らに提供する代わりに、ある条件を出した」
「それがウサト殿、お主との対話の場を設ける事だった」
「……とほほ……」
どうやら戦いが終わっても僕は騒乱の中にいるようだ。
落ち込むように肩を落とす。
「一応聞いておきますが……その重要な情報って……」
「ウサトには言っておかねばならないな」
勿論、訊いておかなければいけない。
なにせ、結構重要な役目だからだ。
「魔王軍第3、第2軍団長の魔法系統及び、その能力だ」
…………それ無茶苦茶、ヤバイ情報じゃないですか?
●
カツーンカツーンと地下への足音が周囲に響く。僕の周りにはシグルスさんと数人の騎士さん、ここまでは凄く頼れる人達に守られているだろうと思えるだろう。
だが……。
「安心してくれウサトくん。盾ぐらいにはなってやるさっ!」
「勝てないのが分かってるのはいいですが、後ろ向き過ぎなのはどうかと思いますよ……」
何故か犬上先輩が付いてきている事だ。
いや、心配してくれる辺り嬉しいと思うよ。でも正直、先輩が来たらややこしくなるとしか思えないんだけど。
因みにカズキは、セリア様と共に二人で過ごしているらしい。全くもうご馳走様です。カズキならリア充でも構わない、末永く爆発してください。
「実際、対抗できる手段がウサトくんとローズさんぐらいしかいないのが現状だからね」
「相手を傷つけるような魔法じゃないんだけどなぁ……」
正直、あの時も気絶させようと思っていたし、というより僕の治癒魔法が消えている状態の拳を喰らった彼女って実は、今ものすごい重傷を受けているんじゃないか……?
………。
「シグルスさん!!黒騎士って治療とかしましたか!?」
「いや、実はあやつは終始黒い鎧を纏って……どうした?あやつは何か怪我でもしていたのか?とてもそのようには見えなかったが……」
「……ウサトくん」
「……やばい」
犬上先輩も理解できたのか、すごくまずいとばかりに顔を青くさせる。僕が黒騎士の胴体にした攻撃は、顔面に打ち込んだ拳と胴体への拳、そして脇腹への肘鉄。
……自慢ではないが、岩くらいは最近割れるようになった。犬上先輩と同時に走り出し、地下へと走りおりる。いまさら走ってもどうにかなるようには思えないが……。
「……っ」
降りた先には檻を見張っていた兵士さんがいる。そして彼らの後ろの檻には、もやもやした黒い鎧に身を包んだ暗闇に映える騎士が蹲る様に檻の端に居た。
「ウサト殿、どうなさいました!?」
『…………ウサト?』
見張りの騎士さんの声に反応して、ぬるりと立ち上がり甲冑の隙間から僕と犬上先輩の姿を見た。暗闇だから凄い不気味に見えるが、僕には分かる。
空気に混じる僅かな鉄の匂い。怪我をそのまま放っておいているのか?
『またあったな、治癒魔法使い』
「……怪我してるだろ、お前」
『え?ああ、してるよ。でもいいんだ。これがあれだろ?痛みってやつだろ?』
鎧の中からくぐもった声を出す黒騎士。僕にはその声が何処か喜色めいた子供のように思えた。
犬上先輩もその声の感情を感じとったのか、僕の衣服の袖を掴む。
「ウサトくん、彼女無意識なドMだね……」
「あんた少し黙っていてください……それで、どうして僕を呼んだ?」
『ボクがここに入る事になった元凶をもう一度見ようと思ってね……おっと、ははは、なんだろう動きにくいや』
ぐらりと脇腹を抑えふらつく黒騎士にため息が出る。
これはアレだ。犬上先輩と同じ変態だ。
「騎士さん、鍵ください」
「ウサト様!?」
「ちょ、ウサトくん!?」
救命団相手に怪我人見逃せってのが無理な話だ。もしかすると脇腹の怪我は内臓に影響しているかもしれない。犬上先輩が表情を引き攣らせながら僕の腕を抱え止めようとしているが、ぶっちゃけ先輩の膂力は僕には及ばない。
騎士さんに鍵を渡すように詰め寄ろうとすると、遅れてきたシグルスさんが到着する。彼は僕達と黒騎士を見比べて、呆ける様に言葉を出す。
「一体、どういう状況だこれは……」
「シグルスさん、実はウサト君が……」
●
ボクの目の前にはあの治癒魔法使いがいる。勇者の女に腕を掴まれ止められているようだが、凄い形相でこちらを指さしながら、大柄な騎士に何かを訴えかけている。
瞬間、また不思議なぐらつきがボクの体に襲い掛かる。
『……は』
ジンジンと脇腹がざわつく、この異物感はなんだろうか魔族である自分は頑丈である事に加え再生力も高い、しかも鎧という無敵の防御に守られ、傷つくことが無いそんな自分が……怪我をして、治らない。
数日間で、顔と腹の傷は治ってきている。しかし、この脇腹だけは相変わらず鋭い痛みを主張している。
今までこんな怪我は負った事が無かった。これが『すごく痛い』ということなのだろう。
脇腹を愛おしげに摩りながら、目の前の少年へ目を向ける。
治癒魔法使い、人間固有の希少魔法。能力は単純に治す、それだけ。あの第3軍団長が異常に警戒していたローズという人間の……弟子、と騎士の会話から盗み聞きした。
回復系の魔法使いなど……とばかりに軽視していたが、見事に手痛い返しを喰らってしまった。まさか僕の黒魔法を真っ向から打ち破るなんて。
こいつだ、こいつがボクを傷つけた。
痛みを与えた。
敗北を与えた。
魔王軍という面倒臭い場所から解放した。
「入るよ」
『……!』
ガチャリと開けられた檻の扉から、男が入って来る。彼の後ろで疲れた様に息を乱している勇者とこちらに殺気を送っている軍団長を見るからに、目の前の治癒魔法使いは僕に何かをしようとしているのだろう。
『なに、拷問?』
「手ぇ出して」
『え?……何で?』
「出せって言っているだろうが!!」
『ひっ!?』
温厚な表情から鬼のような貌になった治癒魔法使いに思わず手を差し出してしまう。なんだ、リングル王国の回復要員は殺気すら技能として身につけているのか。普段、怒鳴られ慣れているボクでさえ一瞬だけ恐怖してしまった。
ボクが差しだした手を優しく掴んだ治癒魔法使いは両手に濃い治癒魔法の光を灯し包む。手を覆っていた籠手は治癒魔法を害物とみなさずそのまま透過させ、治癒魔法使いの手がボクの手に触れる。
『何をするつもり……』
手が温かい光に包まれたと思ったら、それが腕から肩、肩から頭に胸、腰にまで広がっていく。
「治しているんだよ」
『必要ない……っ!』
痛みを奪うなッ、そう思い、手を振り払おうとしても優しく包まれた手は万力に挟まれたかのように動かない。そしてもう片方の手は、治癒魔法使いに殴られた左頬に添えられる。
「全く、お前に死なれると後味悪いんだっての……。生憎僕は人の死を引きずるつもりは無いからね。僕は強い人間でもないし、優しい人間でもない。とどのつまり、これは僕の自己満足に過ぎないから、君は黙って治されろ」
『……あ』
スゥと鎧を透過し、頬へ添えられた手は信じられない程に暖かかった。今まで決して誰も、親ですら触れる事を拒んだ自分に触れたその手を、思わず触れる。
「ウサト殿……っ!」
「………大丈夫です。……多分」
「自信満々に言うセリフじゃないよ!?」
こみ上げる感情をどう表現していいか分からない。身を包む治癒魔法の光、魔族とは違う暖かな肌、そのすべてが自分にとって未知で、どうしようもなく恋焦がれていたもの。
「……ふぅ」
頬へ触れていた手の力が抜け、身を包んでいた治癒魔法が消えていく。脇腹の痛みが嘘のように消えてしまった。ものの数十秒ほどで、違和感なく。だが、自然と触れていた手は離れない。
「すいません、離してくれませんか……ちょ、怖いから」
『もう少しだけ』
「?」
「もう少しだけ、触れていてくれないか」
頬に触れている手が濡れている。いや、もう片方の頬も同じように濡れている。訳が分からないままに兜を解除させ、押さえている方とは逆の手で濡れている箇所を触れる。
「はぁ……。泣かれたら断れないじゃないか……」
そうか、ボクは涙を流しているのか……。
薄く輝いた銀髪が視界にぼんやりと揺らぐ先で、困ったように頬を搔いた男を見て、ボクは初めて『人』を見たような気持ちになった。
●
あの後、黒騎士、いや銀髪の褐色少女は素直に情報を喋った。
どうやら僕と話して満足できたのか分からないが、ロイド王の役には立てたようだ。今は地下室から出て、王様に報告を済ませ城の外へと向かう途中、先輩も外についてくるというので一緒に行っていると先輩が薄ら笑いを浮かべこちらへ振り返る。
「全く、ウサト君は敵にフラグを立てるとは……さすがは私の見込んだ男だっ」
「僕は僕の務めを果たしただけですよ、というか僕は恋愛フラグなんてものが立つような男ではありませんよ……」
「いやいや、それは分からないよー」
「しっかし……少しやり過ぎてしまったかもしれないですね……敵同士とはいえ」
戦場で顔を見た時、薄々女性だとは思っていたが、まさか僕とあまり年の変わらない子だなんて思わなかった。あの鎧でガタイを大きく見せていたから外目では分からないが……シグルスさんとかは目を丸くしていたな。
「治す為でも……安易に女性の顔に触れるのは駄目だよ」
「だって……顔面殴り飛ばしちゃったんですよ?具体的に言うならブルーグリズリーを気絶させるパワーでズドンですよ?」
「……それは流石に同情する」
敵同士だったからしょうがないけど、今は捕虜だ。相手が戦意もなく尋問に応じてくれている今、明確な敵とは言い難い、そんなやつを怪我したままほうっておいて死なせるのはすごく嫌だ。これからの精神状態と罪悪感からして見捨てるという選択肢はあり得ない。
でも、犬上先輩とカズキが刺された時は……本当に頭にきた。
「僕、あの時実は本気で怒ってたんですからね。二人が殺されたと思って……でもこうして、生きているっていうのは、なんだか凄くありがたいなぁって思います」
「月並みだね……でもそういう所が君の良い所さ」
ポンポンと肩を叩いた先輩は上機嫌に城の外へ歩き出す。
僕も続いて城の外へ行くと、訓練場があるあたりからドスッドスッという粗々しい足音と共に青色の巨体がこちらへ飛びかかって来る。
「ぐおぉ―――!」
「!!」
ふんぐぉ―――という呻き声と共に青い巨体ブルリンを受け止め、地面に降ろしそのまま一緒に歩く。なにやら犬上先輩が口をあんぐり開けたままこちらを見ている気がするが……
「何かおかしなことでも?」
「いやいやいやいや!!ヒグマ並の大きさのブルリンを受け止めてたらビックリするよ!!」
「あー、慣れですよ。慣れ……町へ行くんでしょ?」
「グァ」
「何かウサト君が少し遠くなった気がする……」
何かあの戦いの後から、凄い違和感を感じるんだよなぁ。なんとなく、ジッとしていられない。気付けば腕立て伏せしている。そうしているとローズから『夜中にうるせぇ!』とか言われて思い切り蹴っ飛ばされるんだよなぁ。夜に筋トレする僕が悪いのだけど。
「しかし、ブルリンは相変わらず可愛いね……」
「グァ~」
撫でようとした先輩の手をひらりと回避するブルリン。……何故、頑なに撫でさせてあげないんだ?僕にはある程度許すのに……まあ、ある程度の信頼を勝ち得ないと無理なのかな?
「町へ行くにも先輩は変装か何かした方がいいかもしれませんね」
「ウサト君もだよ。君も、この国の人達……いや私達にとっての英雄なんだからね」
大袈裟……と言えないのは悲しい所なので、コートの帽子を被ろうとしてブルリンの存在がどちらにしろ僕の正体を示している事に気付き、変装を諦める。
先輩は髪を三つ編みに結っている。とても似合っているが、褒めるとなんかつけあがりそうなので、ノーコメントで……。
「町へ行くんだよね?」
「はい。城に来る前にウルルさんに会ったので、オルガさんにも挨拶しておこうかなって思って」
「確か、君と同じ治癒魔法持ちの人だよね?」
「僕と違って体が強くない人なんだけど、その反面オルガさんの治癒魔法は僕の魔法よりもすごいんです」
「へぇ……」
オルガさんも戦いの後倒れたって聞いたからね。話によれば僕よりは早く起きたんだけど、それでも体の弱い彼は少し心配だ。ウルルさんがいるから大丈夫だとは思うが、顔を見せるくらいはしておいた方がいい。
城門にいるアルクさんに別れを告げ町へ続く道を歩く。
そういえば……。
「ブルリン、一度森へ戻ってみようか?」
「グァ?」
「森ってあの森かい?」
犬上先輩が嫌そうな表情を浮かべ僕とブルリンを見る。彼女にとってはあまり良い印象がないブルリンの故郷のことである。
「ブルリンの家族の墓を建てようと思ってね。魔獣は死ぬと魔素になって消えちゃうんだけど……やっぱりお墓は大事かなって」
「ブルリンの両親のお墓か……確かに大事だね」
「グァー……」
僕の言葉をなんとなく理解しているのか、かぼそい声で吠えるブルリンの鼻を撫でる。父のグランドグリズリーと母のブルーグリズリーの事を思い出しているのだろう。
成長するのが早いブルリンだけど、まだまだ子供だ。一度故郷の森で彼の家族の供養とかしたほうがいいかもしれない。
「僕は迂闊にここを離れる訳にはいかないだろうから何時になるか分からないけどね……でも戦争のほとぼりが収まったら行ってみようかなって………ん?」
「どうしたの?」
街への入り口に金髪の少女がいる。この世界には魔法という存在があるせいか様々な髪色の人達が沢山いるが、その少女を見た時、僕は口角が吊り上がるのを感じた。
こちらに背を向けるように町を見ている少女の頭には三角の耳が生えていた。そして尻尾、即ちこの王国でも数少ない獣人、ということだろう。
僕はその場で走りだした。
「見つけたァ!!」
「ウサトくん!?」
地面に脚がめり込むほどの踏み出しと共に走りだした僕は、数十メートルほどの距離を数歩で詰め、バッと予期したようにこちらを振り向いた、獣人の少女の脇腹を持ち上げ叫んだ。
「話を聞かせて貰うよ!!」
僕に二人が死ぬ場面という予知を見せた獣人の少女は、僕の顔を見て目を丸くした後にもごもごと何かを言い淀むように口を動かしたその後、良く通るような声で一言、ピシャリと言い放った。
「―――生きていたか、なら対価を払ってもらおう。治癒魔法使い」
「は?」
後ろから先輩とブルリンが走り寄る音が聞こえるのを聞きながら、僕は無表情にこちらを見つめる少女と目を合わせながら、彼女の言葉にどことない悪寒を感じる。
そんな僕の悪寒を知らぬ獣人の少女は、絞り出すように……。
「母を、助けてくれ……」
そう、言葉にした。
ウサト「見つけたァ!」(オリジナル笑顔)
第一章エピローグと次章への布石です。
次章は王国外の国の話とかやります。そしてできるだけギャグ色を強くしていきたいと思います。