閑話 亡霊に憑かれた少女
二日目、二話目の更新となります。
今回はシア視点。
ようやくシアの事情について描写いたします。
私の故郷には勇者が眠る、という言い伝えがある。
各地で掃いて捨てるほどに存在する数多くの勇者伝承の一つ。
その中でも多い、勇者が晩年を過ごしその骨を埋めたと言われた場所が、私の住んでいた家がある場所だった。
“勇者は最後にこの地を訪れた”
“平和な世を見届けず”
“人を見ず”
“残されたものは なにもなし”
“なにも残さず なにも言い伝えず”
“何者と関わることのないまま人知れずその生を終える”
もちろん、私はそんなことは信じてなかった。
というより村の皆も信じていなかったくらいだ。
英雄と呼ばれる勇者が、そんな虚しいとさえ思える言い伝えを残すなんて信じられるはずがなかったからだ。
変わった学者さんとかは興味を持ってはくれたけれど、ほとんどが最後に興味をなくして村を去っていった。
今の時代に過去に活躍していた勇者はいないけれど、魔王が蘇ってここから遠い地、リングル王国を侵略しているという話は聞いたことがある。
噂や記事などで途切れ途切れに情報が伝わってきてはいたけれど……正直、私にとってはそれほど関係のない話だと思っていた。
リングル王国の勇者だとか、
魔王軍の侵略だとか、
戦場を駆ける治癒魔法使いだとか、
リングル王国とか魔王領とかの話は異国の話でしかなかったから、私にとってはずっと他人事だったんだ。
「カームへリオからも軍を派遣して、この結果か……魔王軍との戦いに勝ったことは朗報だけど、これじゃあ痛み分けみたいなものだな……」
いつもの朝。
村に届いた新聞に目を通していた父さんが悩まし気にそう呟いた。
その呟きに朝食の料理をテーブルに用意していた母さんが不安げな表情を浮かべる。
「今の世に魔王軍って。怖いわねぇ」
「心配しなくてもこっちにまではこないさ。魔王軍の三度目のリングル王国への進軍は失敗に終わったからね」
リングル王国が書状を各国に届けている、という話は最近よく聞く話だ。
魔王軍の危険性を知ってもらうだとか……未だに現実味があまりないけれど。
「それに、リングル王国にはとても強い二人の勇者様がいるらしい。それと合わせて国同士が力を合わせればきっと大丈夫」
「父さん、それは楽観的すぎると思うけど」
私は程よく焼けたパンと温かいミルクを口にしながら、楽観的な父さんに話しかける。
「シア、不安なことばかり考えてもしょうがないだろう?」
「……確かにそうだけどー」
「姉ちゃん、それもーっらいっ!!」
隣に座っていた弟、べリオがお皿のパンを横から掠め取ろうとするのを手を叩いて防ぐ。
「やめなさい。もう、意地汚い」
「べリオ、パンならまだあるからやめなさい」
「ちぇっ……」
育ち盛りと反抗期が重なった行動をしだした弟にため息をつく。
やんちゃすぎるのも困りものだ。
いくら五歳も年が離れているからといって……。
「シア、べリオ」
「うーん?」
「なに?」
父さんの声に顔を上げる。
「この前、大雨が降っただろ? そのせいで近くで土砂崩れが起きたのは知っているよね?」
「うん。でも別に家から近いってほどでもないよね?」
「そうだけど。危ないから二人とも、近付かないようにね」
「「はーい」」
弟と声を揃えて返事をして再び朝食に集中する。
そこで、私は我に返る。
『あぁ……』
母さんに父さんに、弟。
のどかな土地に生まれて、この先も静かな人生を送っていけると思っていた。
いつか好きな人を見つけて、大人になって。
子供もできて、その成長を見届けて。
そんな……当たり前の幸せを見つけられると……そう私は思い込んでいた。
『これは……夢だ。……夢、なんだ』
いつかの私の何気ない日常で、幸せだった記憶。
走馬灯のように映りゆく光景を視界に移しながら、私はこれから先に起こるであろう悪夢をただ見ていくことしかできなかった。
私がこうなったきっかけは、弟のべリオを探した時だったと思う。
遊び盛りて色々なところを駆けまわっている弟を探して歩き回った先に見つけた———崩れた土砂の中から顔をだしている洞窟。
まるでその洞窟だけが綺麗にぽっかりと空いていて、今になって思えばただただ不気味な光景だったと思う。
「べリオー?」
何百年も誰の目にも届くことのなかったその洞窟に誘われるように、私は足を踏み入れてしまった。
そこで見つけたのは、鞘に納められた片刃の剣と———誰かの亡骸。
「ひっ、し、死体!?」
骨だけとなった亡骸の手には光り輝く水晶のような球体が握られていて……。
それはひとりでに弾けると、中から飛び出した金色の煙が———私の身体に吸い込まれるように入り込んだ。
「———ッ!!!?」
頭の中が書き換えられるような感覚。
知らない誰かの記憶を見せられる頭の痛み。
私という存在に、ヒサゴという人間の“怒り”と“憎悪”が貼り付けられていく。
「ぁ、う、ああぁ……嫌……やめて……!!」
私という心に無理やり肉付けされた勇者ヒサゴとしての記憶と魔法。
凄惨、という言葉では表現できないほどの記憶。
別世界の人間たちの殺し合いと、愛する妻子と死に別れた彼が行きついたこの世界は……また同じくらい厳しく、残酷な世界だった。
その記憶の一部を見せつけられ、私という存在が塗り替えられていく中で———ヒサゴの、彼の声が脳裏に響く。
———魔王を殺せ
———お前は、魔王を殺さなければならない
それが過去のヒサゴが残したただの記憶の残滓だということは理解できていたと思う。
だけれど、抗うことなんてできなかった。
私の感情はもうヒサゴという人間に憑りつかれ、その自由さえ失いかけていたのだから。
『こうして、私は、変えられた』
私はその衝動に振り回されるままに、村を出た。
家族になにも言うことも許されず、剣だけを伴って———魔王を倒すために魔王領へとたった一人で向かったんだ。
最初はただ振り回されるままに進むしかなかった。
私としての意識が戻った時には、疲労と空腹に飢えなにもすることができなかった。
『幸いだったのは、盗賊を倒して日銭を稼げたからだったなぁ』
次第に意識が鮮明になった時には、故郷に帰る思考すらも許されずただ魔王領へと向かおうとしていた。
許されているのは生きるためだけの行動。
水浴びも、食べることも寝ることも許されるのに元来た道を戻ることだけが許されずに、昼間はひたすらに歩き続けていた。
『眠る時が、怖かった』
目覚めたとき、私の意識はなくなっているんじゃないか。
ヒサゴの意識に影響された意識に私が塗り替えられるんじゃないかって、それが怖くて眠る前はいつも泣いていた。
もう私の魔法は光魔法という別物に変わりはて、母さん譲りの綺麗と言われた赤い髪も今はほとんどが夜闇に映える漆黒の色になってしまっていた。
『魔王と戦ったら間違いなく殺されていた』
魔法もまともに扱えず、実戦経験も記憶でしかないのに魔王を倒しにいくなんて死ににいくようなものだったんだ。
盗賊やその辺のゴロツキは簡単に倒せても、魔王には勝てない。
ただの光魔法でなにができるというんだ。
系統強化も扱えないし、私は誰かを傷つけるなんて考えもしない村娘だった私に……戦いなんて、できるはずない……。
だけれど、止まらない。
脳裏に囁く亡霊の声が私を魔王の元へと向かわせるまでその声を止めることがなかったから。
『死んじゃうと分かっているのに、行くしかなかった……』
その時の私の頭の中は絶望しかなかった。
訳も分からずヒサゴという男の記憶を植えこまれ、衝動のままに無謀な旅に進められている。
自決しようにも私の感情と強く結びついた記憶がそれを許さない。
『彼のおかげで私は救われた』
魔王の敗北。
リングル王国から潜入した勇者たちと治癒魔法使い、ウサトによって魔王は倒された。
あの時、———魔族の兵士たちに交じり、戦いが終わったあの場にいたときのことはよく覚えている。
満身創痍の魔王と、奴と戦った勇者たちが地下から出てきた後に……魔王が自らの敗北を宣言したことを。
【この人間に私達、魔族の未来を託してみることにした】
魔王は生きているのに、人間側が勝利した。
私ではない、勇者ヒサゴとしての記憶と感情が筆舌に尽くしがたい意志を抱いた。
それは、喜びだったんだと思う。
私と変わらない年頃の少年、ウサトと呼ばれる彼は———間接的に私の命を救ってくれた。
例え、彼にその気はなかったとしても感謝せずにはいられない。
もうこの記憶に振り回されることは終わり。
故郷に帰って、家族の元に戻れる。
『そう、思っていたけれど……この忌々しい記憶は、まだ私になにかをさせたかった』
でも、終わりなんてなかった。
魔王の次は、悪魔を殺すという荒唐無稽な役目だ。
無理やり発動される系統強化で腕が傷だらけになって苦しかった。
誰も傷つけたくなんかないのに、戦いたくなんてないのに、どうして悪魔を……誰かを殺さなくちゃならないんだ。
なんのために、勇者はこんなものを残したんだ。
自分の残したものを自分から消すなら最初から残さなければいいのに。
もう、いやだ。
勇者の力なんて欲しくなかった。
父さんと母さんと、べリオのいる家に、帰りたい。
誰か———、
「助けて……」
「分かった」
微睡みの中で呟いた声。
強く、はっきりと応えたその声に私は目を開く。
「———っ」
優しく、心地いい治癒魔法の光。
私の手を握る温かな手。
現実に存在する感触にようやく意識がはっきりとすると、目の前には私の命を救ってくれたウサトがいた。
記憶を植え付けられ、無理やり魔王退治に生かされた少女の話でした。
……とりあえずカンナギは一度ヒサゴをボコボコにしても許される。
今回の更新は以上となります。




