第三百三十四話
間に合ったので更新いたします。
第三百三十四話です。
今回は悪魔さんの視点から始まります。
ラプドとレアリがしくじった。
我々の存在を知らしめるためにミアラークに向かった同胞の失敗。
相手は全盛からほど遠いほどに弱体化した魔王に、年老いた神龍。
警戒こそすれど役目こそは難しくないにも関わらず、消滅させられ一人逃げ帰ってきたレアリを俺たちは嘲笑った。
『え? え? 治癒魔法使いにしてやられたということか?』
『おまけにラプドも死んでいるし、無様すぎないかぁ』
『その人に怒られたら気持ちよさそうですか?』
『失態だぞ。レアリ』
口々に責め立てられるレアリだが、奴は反論することなく黙り込んだままだった。
その様子に俺を含めた悪魔が訝し気な視線を送ると、奴はようやくその口を開いた。
『あの治癒魔法使いを甘く見ない方がいいわ。これは忠告よ。もう二度と関わりあいたくないわ』
奴の顔は、その青みがかった黒髪と同じように真っ青だった。
人間の悪意、恐怖を糧にする悪魔がよりにもよって治癒魔法使いに恐怖させられている。
その事実に俺たちはさらに奴を嘲笑った。
なにが治癒魔法使いだ。
魔王を倒したとして、それは勇者の助力があっただけのこと。
闇魔法使いを纏うという奇抜なことをしてくるが、所詮は他者を癒すことに長けただけの人間。
それがどういうわけか俺たちが受け取るべき恐怖を集める不具合を起こしているが、それも殺してしまえばそれで終わり。
するべきことを終えたら、すぐにでもその治癒魔法使いを殺しに行こう。
●
魔王の力の断片の回収しに向かった矢先に遭遇した同胞殺しの剣士。
光魔法を扱う忌々しい女をあと一歩のところで止めを刺そうとしたところで———あの治癒魔法使いが現れた。
白と黒の外套を重ね着するという奇妙な姿をした黒髪の男。
この毒が蔓延する大地にいても尚、平気な様子で立っていたそいつは愚かにも俺と、傀儡となった死体共と戦う選択を選んだ。
相手は足手纏いの光魔法使いを抱えている。
加えて、三対一。
先ほどと同じようにこの毒の大地で血祭りにあげてやる。
「ふんっ!!」
———はずだった。
だがそんな予想は大きく外れるほどに、この治癒魔法使いは異様な戦い方をしていた。
三対一という優位を覆す、反応速度。
不可思議な加速。
目と鼻の先にいるにも関わらず、奴に剣の攻撃が通る気さえしない。
「ッ、ぐっうぅ……」
腹部に叩きつけられる衝撃に呼吸が止まる。
拳から繰り出される正体不明の打撃。
釘を打つように叩き込まれた衝撃に、臓腑がひっくり返ったような痛みが走る。
「ッ、はぁ、はぁ……」
しかし、治される……!!
治癒魔法で癒されているにも関わらず感じる痛みに膝をつきかけながら呼吸を乱す。
頭がおかしくなりそうだ……!! 痛みがあるのに怪我もなにもしていない矛盾に精神がかき乱される。
「立て」
「……!!」
両手から治癒魔法の光を放ちながら近づいてくる治癒魔法使い。
悪魔に対して一切の恐怖を抱いていないその瞳に腸が煮えくり返るほどの怒りを覚える。
———ッ、そうだ。
相手は攻撃する度にこちらを癒すような異常者だ。
奴が俺を治癒魔法で攻撃する度に、俺が死ぬことはない。
「ぐッ」
この二重に重なる打撃が忌々しい……!!
右の籠手から繰り出されるそれは防御したとしても衝撃が芯を捉え、痛みとして俺に叩きつけられる。
だからといって籠手にばかり気を取られれば———、
「治癒弾力拳!」
粘性を持つ魔力の拳により怯まされ———、右の籠手が直撃する。
こ、このままじゃ一方的に殴り続けられる。
「お、終わりが……ない? そ、そんな馬鹿な話が……」
「戦っている最中になに言ってんだ?」
操っている双子の背後からの攻撃を見もせずに、避けながらひたすらに俺を殴る治癒魔法使い。
こいつ、俺しか攻撃しないつもりか……!?
ッ、こうなれば!!
「食らえ!!」
「!」
両手に浮かべた魔力弾を奴へと向けて放つ。
悪魔の魔力の性質は、生物を惑わすことに秀でている。
快楽に溺れさせ、酩酊状態に追い込み、時には精神を壊すことさえ可能な魔力は、それこそ毒のように相手の肉体と精神を惑わしていく。
「……魔力弾か」
それを知らずに奴はゴミを払うように魔力弾を籠手で弾く。
宙を舞った魔力は着実に奴の感覚を惑わし、その機能を奪う。
「ハハァ!! テメェはもう終わりだ!!」
「はぁ?」
駄目押しに魔力を纏わせた剣を突き出す。
最早、前後の感覚すらもあやふやだろう奴に剣が突き刺さ———、
「なにやってんだお前」
「———ッ、なぁ!?」
籠手で剣の切っ先が掴まれた次の瞬間には、横から殴りつけた左拳で剣がへし折られた。
ばきん、と木の枝を折るように先端が砕かれた剣に呆然とした俺の顔面に、治癒魔法使いの拳が迫る。
「ッ、が、ば!?」
頭部への二重の衝撃。
たった一度の隙に腹部、肩の関節、みぞおち、顔へと何度も何度も攻撃が繰り出される。
20の打撃でようやく拳を止めた奴は、吹き飛ばされ地面に倒れ伏す俺を観察するように見下ろす。
「が、ばぁ……」
俺の魔力が効いていない……!?
普通ならとっくに前後不覚に陥っているはずの魔力を受けているはずなのに……。
「意識は奪わない。お前には聞きたいことがあるからな」
気絶も、できない。
殴られては癒されの繰り返しで、一瞬で現実へ引き戻される。
なんだこいつは……!!
少なくとも俺の知る魔法使いの戦い方じゃない!! かといって剣士でもない!!
傷一つない身体は、まだ戦えるが着実に精神だけを削られていく感覚は、これまで味わったことがないほどに不快極まりない……!!
「治癒飛拳」
「チィ!!」
距離を取ろうとすれば魔力弾とは異なるなにかが飛んでくる。
それを避け再び距離を取ろうと意識した瞬間には、奴は既に目の前で拳を振りかぶっている!!
距離を取る隙もない……!!
「お前らッさっさと攻撃しろ!!」
「……」
「……」
亡骸を掘り起こし蘇らせた双子の魔族。
かつて魔王領内で盗みを働き続けた“盗賊”の頭目であり、強力な闇魔法を持っていた実力者。
ナイフとかぎづめを用いて飛びかかる双子の攻撃をやつは目視もせずに、横にずれながら回避する。
「キーラ、その子の守りに集中してくれ。僕は大丈夫だ」
『はいっ!』
視線は微塵も俺から離さない。
静かな怒りを感じさせる目にいら立ちを抱きながら、双子と共に同時の攻撃を仕掛ける。
「らぁぁ!!」
「……」
幾度も振るう剣は銀の籠手で弾かれ、どのような体勢からでもこいつは回避と防御の挙動を両立させてくる。
異質だ……!! こんなもの人間がする戦いじゃない!!
いったい、こいつに何が見えているんだ!!
「魔法を使えぇ!!」
「———」
双子が互いの手を叩き、闇魔法の魔力を伸ばす。
それは空中でほどけ、治癒魔法使いの周囲を糸のように覆う。
「そのまま切り刻め!!」
「二人で繋げた魔力を糸にするのか。……そっか、その絆が君たちの闇魔法なのか」
魔力の糸が走り、治癒魔法使いを切り刻むべく収縮する。
奴が血に沈む光景に嘲りの笑みを浮かべていた———が、次の瞬間には手を打ち合わせ謎の衝撃波を発した治癒魔法使いにより、周囲に浮かんだ糸が吹き飛ばされる。
「な!?」
「お前はなにかしないのか? 仲間頼りか?」
無表情のままこちらへ歩いてくる治癒魔法使い。
双子を無視するのか……!?
そいつらはお前の背後を取っているんだぞ!?
「治癒感知を持つ僕に死角はない……!!」
見もせずに背後から迫る糸をあろうことか籠手で掴み取り、力任せに双子を振り回しこちらへぶん投げてくる。
悲鳴もなく地面に叩きつけられた双子にようやく焦燥を抱く。
「影でこそこそしやがって……」
拳を鳴らしながら、別人のように形相を変えた治癒魔法使い。
その様相は最初に見た弱弱しい姿から一変して、あの勇者を幻視させるほどの恐怖を抱かせた。
『ウサトさん、この悪魔さん、どうしますか?』
「今からその心をへし折って、操った亡骸を解放する術を吐かそうかなって」
『了解です……!!』
こうなったら魔術を……いや、この状況で手札を晒すわけにはいかない……!!
ましてや、このような度し難い人間に使うこと自体、恥だ……!!
わざわざあの化物の土俵で戦う必要はない。
翼を広げ、空へと飛びあがりながら眼下の治癒魔法使いを見下ろす。
「———、いない!?」
「空を飛べるのがお前だけだと思ったのか?」
頭上からの声。
その声に上を見上げる前に、背中に強烈な衝撃が叩きこまれ地面へと落とされた。
必死で呼吸している俺の視界に黒色のマントを翼のように広げた奴が俺を哀れむような目で見下ろしながら降りてきた。
「なんだ、テメェ、その目は……」
「ヒサゴさんの封印から解放されたなら、悪事なんて働かずに静かに暮らせばいいのに」
「……ッッ!!」
静かに、暮らす、だと?
「俺達、悪魔が人間に隠れて生きろとでもいうのかァ!! 食料に過ぎないお前らが図に乗るんじゃねぇぞ!!」
「……そうやってまた戦争を起こすつもりなのか?」
甘っちょろいことを口にする治癒魔法使いに激昂しかけたが、それ以上に奴の目に凄まじい怒りが宿るのを目にし喉が引きつりを起こす。
「が、あああああ!!」
「治癒崩し」
怒りのまま剣を振り上げ、叩きつけようとしたその時———正体不明の魔力の波動が全身を包み込む。
ッ!? なんだ!? なにをされた!?
どうしてここで治癒魔法なんかを———、
「治癒加速拳」
「しま———ッ!?」
一瞬の硬直の隙を突かれ、無防備な胴体に一撃をもらってしまう。
異様な加速を見せる拳は防御すら許さない。
硬質な籠手による掌底が腹部にめり込み……ッ、だ、駄目だ、これは———、
「連撃拳」
「がぁ!?」
二度目の衝撃により吹き飛ばされる。
地面に何度も叩きつけられても尚、止まらない勢いにたまらず叫ぶ。
「ッ、助けろォ!!」
「「……」」
胴体が貫通するような衝撃を受けながら吹き飛ばされながら、双子の糸によってなんとか地面に叩きつけられずに済む。
「こ、こうなれば、俺の魔術を……」
「やっぱり出し惜しみしていたのか」
未だに無傷の治癒魔法使いは依然として俺から視線を外さずに、こちらを指さす。
「それ、外さなくてもいいのか?」
「なに……? ッ!?」
攻撃を受けた腹に魔力弾が……!?
いや、これは……なんだ!? 内側から何かが溢れ———、
「弾けろ。治癒爆裂弾」
奴がそう言葉にした瞬間、俺の視界に緑色の閃光と全身を殴打されるような、とてつもない衝撃が包み込んだ。
●
目の前で悪魔と双子の魔族が治癒爆裂弾に包まれた。
警戒すべきところはあったけれど、純粋な強さ自体はそれほどでもなかった。
「……逃げたか」
治癒感知の範囲外に逃げた悪魔と双子の魔族。
今から追うこともできるけど……いや、こっちは怪我人を抱えているから下手に深入りする必要はないか。
「キーラ、怪我はない?」
『はい。この人も大丈夫ですっ!』
「偉い。よく守ってくれたね」
『えへへ』
この子がシアを守ってくれたから僕も思い切り戦えた。
思考を切り替え、治癒魔法をかけたままシアを抱えた僕はどこか安全に治療できる場所がないか、周囲を見回す。
「あ、あの、ウサト」
「まだ喋らない方がいい。毒がかなり回っているからね……大丈夫、僕がいるから」
「……うん……うん……」
こんな場所で戦えば身体がボロボロだ。
僕が駆け付けなかったら、悪魔にとどめを刺されなくても毒で死んでいた可能性が高い。
……本当に危なかった。
「う、うぅ……ぅ」
僕にしがみつき嗚咽の声を漏らすシア。
危うく死にそうになっていたんだ、泣きそうになってもしょうがない。
「……すぐに安静な場所で寝かせるべきなんだけど」
『ハンナさん達の元へ戻った方がいいのでは……?』
「そうだね。そうした方が……ん?」
キーラの言う通り、一旦ハンナさん達の元に戻ろうとすると、毒の霧に覆われた視界の先になにか建物のようなものを発見する。
……あれは、遺跡?
「あそこなら休めるかもしれない」
『行ってみましょう』
シアを抱えたまま、軽く空を飛んで遺跡に近づく。
……ん?
「毒の霧が、薄れていく?」
遺跡に近づくにつれて毒の濃度が弱まっていっているような気がする。
まさか、あの遺跡の周りにだけ毒の霧がないのか?
見た目は古い遺跡だけれど、建物自体は崩れてもなくそのまま中に入れるようだ。
「……毒は、ないな。なんなんだここは?」
とりあえず遺跡の入口付近にシアを下ろし、マントから出してもらった布を枕代わりにさせ、水を飲ませておく。
遺跡の調査もしておきたいけれど、まずはシアを治癒魔法で治しておかないと。
「系統強化」
治癒魔法の効力をさらに強くさせる系統強化を用いる。
全身を濃い緑の魔力が包んだことでシアの表情が穏やかなものへと変わり、気づけば静かな呼吸を立てて眠ってしまった。
「……キーラ、とりあえずここで休もう。マントを解いてもいいよ」
『分かりました』
とりあえずは彼女が目覚めるまで待とう。
キーラも休ませたいし。
「……君はどうして、ここにいるんだろうか」
シア・ガーミオ。
ミアラークで出会った不思議な雰囲気の少女。
なぜ彼女が魔族の領域、それもこんな毒まみれの場所で悪魔と戦っていたのか。
謎だけがどんどん積みあがっていくな……。
悪魔さん視点では、一方的にボコボコにされたと思ったら爆弾送り付けられていたという話。
なんだこの化物……。
今回の更新は以上となります。