第三百三十三話
昨日に引き続き二話目の更新となります。
前話を見ていない方はまずはそちらをー。
太陽が昇って間もない時間に、ネアは部下たちの元に戻った。
彼女にはこれから彼らの陽動と、ある程度行動を操ってもらう役割をしてもらう。
……まあ、頼みを聞いてもらう代わりに僕が彼女の言うことをある程度聞くという約束を取り付けてしまった。
僕は僕で魔王に頼まれた任務を行わなくちゃいけないので、まとめた荷物を取り出す。
「私がマントに取り込みますよ」
「ありがとう。キーラ」
一夜明けても意思は変わらなかったキーラは僕の任務に同行することになった。
できることなら、危険な場所に連れて行きたくなかったけれど……この子の意思を無視するのもあまりいいこととも言えないからなぁ。
その分、僕が全力でこの子を守ればいいだけの話だ。
「コーガ、僕が戻らなかったら……」
「ああ、演習は中止。俺、ネア、ウルルで確認しに行く」
「そして私が魔王様に報告ですね。はいはい分かってますよ」
ハンナさんが寝起きの不機嫌さを隠しもせずに投げやりに口にする。
低血圧なのか、心なしか目が据わっているような気がする。
「ま、貴方に限ってはもしもの事態の方が想像できませんよ。そもそも貴方が死ぬかどうかすら怪しいですし」
「ひ、酷い言われようだ……僕だって結構ピンチになるんですよ……?」
「へぇ、その状況に陥った時の相手を言ってみてください」
……。
「邪龍、サマリアールの呪い、暴走した龍人、コーガ、団長、ネロさん、ナギさん、アーミラさん、魔王」
「え、すみません。本当にドン引きなんですけど……」
「ウサト君、前の戦いで軍団長全員と連続で戦っていたからねー……」
「確かにピンチにはなってるよな。その相手がえぐいだけで」
ええい、コーガお前もその枠に入っていることを忘れるなよ……!!
思い返してみてもとんでもない人たちとしか戦っていない事実に気づかされてしまった。
「そもそも僕は仲間のサポートありきみたいなものがありますから、一人ではできることも限られているんです」
「……」
「いや、その“なに言ってんだ、こいつ”みたいな目はやめてくれませんか?」
素で信じられない生き物を見るような目で見られてしまったんだけど。
「こ、今回は私がウサトさんをサポートしますからっ、お、お任せあれですっ!!」
「ああ、頼りにしてる。でも無茶はしないようにね」
「はい……!!」
……大丈夫かな?
この子の能力はすごいけれど、頼りきりにならないようにしなくちゃな。
キーラが闇魔法のマントを作り出し、僕に纏わせると彼女自身もマントに入り込む。その後にカバンをマントに入れながら出発の準備を整える。
「気を付けてね。ウサト君」
「はい。ウルルさんもできるだけコーガとハンナさんから離れないようにしてください。ブルリンもウルルさんを頼んだぞ?」
「グルァー!」
ブルリンの肯定とも思える鳴き声。
未だに理由がない限り、先輩にもウルルさんにも身体を触れさせないあたりいつものブルリンだけど、やるときはしっかりやってくれるのもこいつだ。
「じゃ、行くぞ。キーラ」
『はいっ!』
「いってらっしゃーい!」
手を大きく振ってくれるウルルさんに手を振り返しながら、空を飛んでその場を離れる。
『目的の場所は遠いんですか?』
「いや、それほど遠くない」
少なくとも演習場所に影響を与えるくらいの距離にあるほどだ。
本当は走って移動するつもりだったけれど、空から場所を確認できながら行けるならこちらの方が楽だな。
「空からの移動なら方向を間違うこともないし、すぐに到着する」
『毒が蔓延する、場所なんですよね?』
「正確には毒性のある魔力らしい。だからこそ、僕の治癒魔法じゃなくちゃ駄目だけれど……あとは現地で確認しなきゃ駄目だね」
マントを纏い森の上を飛ぶ。
走る時は身体を動かすって感じだけれど、こっちは僕の意思のままに動くという感じだな。
そして、やろうと思えば空中の移動をキーラに任せることもできる。
「自分の魔法と向き合えているようだね」
『はい! 最初は嫌いだった魔法でしたけど……あの遺跡の出来事を経て、向き合い方を変えることができたんです。この魔法は、私自身だって』
闇魔法は写し鏡のようなものだ。
術者の感情を反映させ、その感情を能力とする。
『だから、あの時ウサトさんに嘘をつかれてよかったと思います』
「嘘はあまりつきたくなかったんだけどね……」
『えへへ』
嬉しそうに微笑むキーラに僕も自然と笑みが零れる。
……おっと。
「見えてきたぞ」
『えっ……』
眼下に見えていた景色が、森から荒地へと変わる。
青々とした自然は朽ちた大地に変わり、その代わり大地からは紫色の煙が噴き出している。
『あれが、目的地ですか?』
「……もう少し先だね。まだここでは毒が薄い」
幸い、空にまでは毒は来ていないけれど……地上はもう人が住める土地じゃない。
多分、あの毒を長く吸っていれば命に関わる。
『不気味な、気配がしますね』
「ああ。さっさと用事を済ませてここから離れよう」
少し空を飛んでいると次第に地上から噴き出す毒の煙が濃くなっていく。
それらが濃霧のように地上を覆い、下が見えなくなった頃に僕は空中で止まる。
「空からじゃ探すのは無理そうだね。キーラ」
『降りるんですね?』
「もし体調が悪くなったらすぐに言ってくれ」
『はいっ』
……よし。
地上へとゆっくり降りていきながら系統劣化で濃度を薄めた治癒魔法を纏う。
毒の霧が治癒魔法の魔力で中和された……身体にも不調はない。
この治癒魔法でも毒の中和が可能なようだね。
「キーラ、大丈夫か?」
『特に異変はないですっ! あ、でも治癒魔法の効果が内側にいる私にも届いているのでむしろ調子がいいです!』
「そ、そうか。なら、このまま進むよ」
『はいっ!』
有害なものを通さずに治癒魔法を通しているのか。
やっぱり闇魔法は凄いな……。
とりあえず、活動する分には問題なさそうなのでそのままマントを纏いながら毒が蔓延する大地を探索してみる。
「魔王によると毒の濃度が濃い場所にある可能性があるって言っていたんだけど……」
『それなら、霧の濃いところに進んだ方がよさそうですね。迷ったら、また上を飛べばいいだけですし』
「そうだね」
キーラのおかげでスムーズに事が進みそうだ。
草一つ生えていない朽ちた大地に、毒々しい色の地面。
この世の終わりって感じの場所を、周囲を散策しながら進みながら、僕はキーラへ話しかける。
「僕がここに来たのは、先代の勇者が魔王から奪った力の断片を回収するためなんだ」
『力の断片、ですか?』
「うん。その強すぎる力は、大地に悪い影響を与える。それがこの毒が蔓延する危険地帯というわけだ」
ここまで来たらキーラにも説明しなくちゃな。
この子なら信頼できるし、なによりこれから回収するものについて知ってもらった方がいいだろう。
『魔王領にこんな場所があるなんて知りませんでした』
「滅多に人が近づかない場所らしいからね」
『……魔王領が、おかしくなった理由って、もしかして……』
「……君の想像通りだ」
先代勇者の目的は、未来への試練。
その一環で彼は強すぎる魔王の力と魔族の戦力を弱めるために、彼から奪った力を魔王領の大地へと埋めた。
……もっとやりようがあったはずだ、と考えてしまうが僕が当時の彼に何かを言える立場にはない。
彼が受けた仕打ちと苦しみは、きっと僕が想像できないほどに辛いものだったはずだろうから。
「ッ」
『どうしましたか? ウサトさん?』
その時、そう遠くないどこかで鉄が打ち合うような音が聞こえた。
戦闘音? こんな毒の霧が蔓延する場所で?
反射的に放射状に魔力を放つ魔力感知を行いながら、その場を駆けだす。
「キーラ! 戦闘準備だ!!」
『ッ、はい!!』
展開した籠手に治癒魔法弾を作り出しながら前方へと放り投げる。
濃霧の遥か先の地面に着弾した治癒魔法は、粒子を周囲にまき散らし———4つの影を捉える。
「……四人!? 一人を三人で襲っている!?」
しかも三人のうちの一人は翼のようなものが生えている。
この翼の形状は、覚えている!!
「悪魔か!!」
ッ、まずい、襲われている人が膝を突いてせき込んでいる!?
毒の影響を受けたのか!? 早く治療しなくちゃ命を落としてしまう!!
足に弾力付与させた魔力を纏わせ、治癒加速拳と合わせてロケットのように飛び出す……!!
『手古摺らせやがって!!』
『がはっ、ごほっ……う……』
『とどめを刺してやるよォ!!』
視界にとらえたのはガラの悪そうな悪魔と、無機質な目をした二人の魔族。
そしてそんな彼らの前に膝をつき、血を吐いている赤と黒い髪の“彼女”は———、シア!?
ミアラークにいたはずの彼女がどうしてここに!?
いや、それよりも!!
「させるかァ!!」
「ぐはぁ!?」
とりあえず波打つような形状の剣でとどめを刺そうとする悪魔を、治癒弾力拳で殴り飛ばす。
即座に共に戦っていた二人の魔族と思われる女性が動き出そうとするが、その一人をキーラが伸ばしたマントが吹き飛ばす。
『ウサトさん!!』
「ありがとう、キーラ!!」
吹き飛ばされた仲間を一瞥もせずにナイフで攻撃してくる女性魔族の攻撃を弾く。
……ッ、この人たちもアウルさん達と同じ……!!
「お前らは!! どれだけ人の命を弄べば気が済むんだ!!!」
こちらに向けられる掌に魔力が集まる。
黒く影のような魔力を認識すると同時に、こちらの左手を重ね———同程度の魔力をぶつけて相殺させる。
「!!!?」
「……闇魔法か」
魔族に、黒い魔力……闇魔法持ちだな。
アウルさん達と同じように無理やり生き返らされた人なら、下手な加減は無意味。
掌を掴み返し、力で逃げられないようにしたところで空いた右腕に魔力を纏わせる。
「治癒瞬撃拳!!」
動きを止めた彼女に掌底と同時に治癒魔法の衝撃波を打ち込む。
二つの衝撃を同時に受けた女性魔族は、起き上がろうとするもう一人を巻き込み濃霧の奥へと吹き飛ばされる。
『ウサトさん、あの人……』
「……闇魔法使いだ」
アウルさん達と同じ蘇らされた闇魔法使い。
よく見れば瓜二つな外見だったことからして双子かなにかか?
だとすれば、もう一人も闇魔法使いの可能性があるけれど……まずは毒で苦しんでいるシアを優先させなくては。
「ぁ、う……」
「喋らないで! 今、助けるから!!」
怪我……はしているな。
毒の影響で血を吐いているけど、こっちも治癒魔法ですぐに癒せる。
「ッ」
シアを抱き上げその場を飛ぶ。
次の瞬間、僕達がいた場所に悪魔が振り下ろした剣が叩きつけられる。
「なんで、テメェがここにいるんだァ!! 治癒魔法使い!!」
「それはこっちの台詞だ。悪魔がどうしてここにいる」
僕の問いかけに粗暴そうな男の悪魔は唸りながらこちらを睨みつけてくる。
シアがなぜここにいるか話を聞きたいけど、まずはこの悪魔をなんとかしよう。
抱き上げたシアをマントでくるむように持ち上げ、治癒魔法をかけつつ両手を自由にした。
「すぅ……」
あまり激しく動けばシアに負担がかかる。
魔力を全身に回し呼吸を落ちつけ、ゆっくりと拳を構えた僕は———系統劣化によって洗練された治癒感知を放出する。
「来い。相手をしてやる」
「治癒魔法使い風情が……!!」
三方向から僕を取り囲むように操られた二人の魔族が移動したのを確認し、気を引き締める。
怪我人を庇いながらの戦闘。
いつもサポートしてくれるネア達もいない。
キーラはまだ戦闘経験も浅く、無理をさせることもできない。
お世辞にもよくない状況だけれど、それでも守るべき怪我人がいるなら、この状況は絶対に切り抜けなければならない……!
いきなり始まるVS悪魔戦。
そして、ミアラークで出会った謎の少女、シア・ガーミオとの再会となります。
今回の更新は以上となります。