第三百三十二話
今年最初の更新となります。
第三百三十二話です。
癪だけど、私たちはこの森で生き抜かなければならなくなった。
あの悪魔どもが見ている可能性がある以上、脱出しようとすればさらなる罰が下される可能性があるので、森から出ることはできない。
当面の問題は食料不足と寝床の確保。
火は野営の経験上起こせはするけれど、ここは凶暴な魔物が潜む森の中。
安全な場所があるはずがない。
ここで重要なのは各々が勝手な行動をせず、自分の役割をこなすこと。
まずは、あの悪魔が残した手帳を有効活用していこう。
森林生活一日目
荷物確認
・ナイフ×6
・水筒×6
・食料:約3日分
・布
どれだけ長く見積もっても食料は三日分しかない。
あのバカ白コート、荷物に石ころ詰め込んで重さを誤魔化していたのだ。
今のところ所業が信じられないくらい外道染みているんだけど、自覚はあるんだろうか。
どうせ、追いつめられた状況でどれだけ動けるかとか、チームワークを養うためとか、仲間割れを起こさせようとしているとか、そんな考えが予想できる。
今日はこれからの生活拠点となる場所を見つけただけで一日が終わった。
場所は綺麗な水の流れる川の近く。
見晴らしもよく、いつ魔物に襲撃されたとしてもすぐに対処できる場所だ。
明日は食料の調達と周囲の散策をしよう。
チームを二つに分け、川の周辺と、森の中を探索させて脅威となる魔物を確認していく。
それはそれとしてリィンがかわいい。
一緒に日誌を見てると和んでしまう。
森林生活二日目
森林を探索した男衆が、凶暴な魔物を目撃したらしい。
大きく、それでいてクマのような雄たけびを持つ魔物。
突然、煙のように視界に現れたそいつは、ケヴィンたちの攻撃を全く意に介さずにその場を去ったらしい。
しかもそれが三体もいるという。
正直、今の私たちの実力なら大抵の魔物に勝てると思っていたけれど、あのケヴィンたちの狼狽えようは凄かった。
攻撃がすり抜け、当たらない。
厄介だ。
そんな魔物がいるなんて聞いたことないし、まさかそいつがウサトが達成しろという試練なの?
あいつならどんな無理難題ふっかけても不思議じゃないのが厄介すぎる。
川には普通に魚も見つけられたけれど、数は多くない。
採りすぎれば逃げて、姿を見せなくなるかもしれないので安定した狩場ともいえない。
幸い、ノノは野草の知識に詳しいというので彼女のソレを当てにさせてもらおう。
魔物の唸り声が聞こえる。
近くから聞こえたり、遠くから聞こえたりもする。
眠れない。
恐ろしい魔物が近くにいるというのに、安心して眠れるはずがない。
森林生活四日目
リィンが食料の魚をつまみ食いしていた。
怒る理由はないし、むしろ微笑ましいとばかりに私を含めた全員が朗らかな気持ちになった。
意外とたくさん食べてびっくりだよ。
森林生活五日目
あの魔物を見た。
私とノノも昼間、目撃した恐ろしい獣は獲物を見定めるように私たちを睨みつけた後に、森の暗闇に溶けるように消えていった。
あれは、いったいなんなんだ。
この世の生物とは思えない。
皆、口には出さないけど疲れてきている。
食料もまだ底をついていないけれど、満足に眠れていないんだ。
あの恐ろしい獣が襲い掛かってくれば、見張りを立てていたとしてもひとたまりもない。
誰も怪我をしていない。
食料もまだ余裕がある。
だけど、確実に私たちの心は弱ってきていた。
森林生活六日目
もう我慢の限界だ。
あの魔物を探して討伐するべきだ。
でないとこっちが駄目になってしまう。
森林生活七日目
昨日と今日を含めて魔物を捜索してみたけど痕跡すらも見つけられなかった。
意味が分からない。
あんな恐ろしくて、大きな魔物はすぐに見つかりそうなものなのに。
姿がないのにあの恐ろしい雄たけびだけは相変わらず森の中から響いてくる。
魔物をこんなに怖いと思うのは初めてかもしれない。
森林生活八日目
ずっと
ずっとずっとずっと 雄たけびが頭から離れない。
遠くから 近くからでも 今でも 聞こえてくる
目を瞑るのが 怖い。
眠いのに 眠ることができない。
眠ったその時にあの暗闇から現れた魔物に喉笛を嚙みちぎられるかと思うと震えが止まらない。
私達は朝を迎えることができるのだろうか。
●
「って、感じね」
「報告ありがとう。ネア」
演習生活が七日目に差し掛かった頃。
今日まで部下たちのところに猫として潜り込んでいたネアが報告のために僕の元に帰ってきていた。
時間的には大分遅いので、コーガ以外の三人は今は眠ってしまっている。
「彼ら、気づくかしら?」
「気づける要素は残している。それを見つけられるかどうかは、彼ら次第だ」
見つけられなくてもしょうがないとは思っている。
そう誘導したし、それでも結果としては上々だ。
焚火の上に設置した鍋で水を熱しながら、僕はこの訓練の趣旨の一つを二人に話す。
「彼らは僕達よりも凶暴な魔物に近い生活をしていたから、心のどこかで魔物を甘く見てしまうんだと思う」
「実際、そうね。最悪倒せばなんとかなるって楽観視していたところもあったわ」
「……まあ、俺らは魔物を戦力としていた部分もあったからなぁ」
コーガの言った通り、リングル王国襲撃時、彼らは魔物を戦力として扱っていた。
そういう意味でも魔物への認識を改めさせなければならない。
向かう場所にいるのは、魔物が多く生息する領域にいるのだから、当然人間や魔族の住む地域の魔物とはレベルが違うはずだ。
「まさに自分との戦いだな。自分の想像した魔物に打ちのめされるか、それに打ち勝つか……どちらに転んでも彼らにとって意味のある演習になるはずだ」
「前から思ってたけど、お前、精神的な苦痛で外道なことするの得意だよな」
何度も言っているけど、ここの兵士たちはある程度身体が出来上がっているので精神面の訓練を優先させた結果こういう方針に固まっただけだ。
まあ、僕としても自覚がないってわけでもないけれども。
「今回の訓練で相当酷いことをしている自覚があるけど」
「自覚があるのね……」
「これも必要なことだ。誰にも死んでほしくないからね」
魔物の領域は危険な場所なのでいくら準備をしても足りない。
そしてなにより、魔王の頼みごとの一つのアレもあそこにあるとなれば、僕も相当な気合をいれなければならない。
「そろそろ森での生活に慣れてきただろうから、ネアは頃合いを見て彼らを誘導してほしい」
「りょーかい」
すると何を思ったのか、少女の姿から黒猫へと変身したネアが僕の傍で畳んで置いている団服の上で丸くなる。
「何やってんの?」
「こっちの方が固い地面に眠らずに済むのよ。あと、私を撫でることを許可するわ」
「なんで?」
「今の私は猫だからよ」
いや、どういう理屈?
結構無茶なことをお願いしている手前、断るに断れないので空いている治癒魔法を纏わせた手で軽く撫でていると、気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らす。
「いや、猫かよ」
「吸血鬼とは思えねーな、おい」
コーガもやや呆れた様子だが、ネアは満足しているらしい。
まあ、手は止めずに焚火に当たりながら、コーガへと話しかける。
「そろそろ行こうと思うんだけど、任せてもいいかな?」
「おう。大体のやることは分かっているからな。お前は魔王様の頼みを済ませてくりゃいい」
僕としてはここを離れたくはないんだけど、タイミングが今しかないからな。
「毒が蔓延する地帯かぁ。なにが待っていることやら」
魔王の頼まれごとの一つ。
彼が勇者ヒサゴさんに奪われた力の一つを回収してきてほしいというもの。
もちろん魔王の独断ではなく、リングル、ミアラークにも情報が共有されているので公式な任務では……あるのだけど、限られた人にしか知らされていない。
危険な力の塊であり、魔王領に悪影響をもたらすそれを回収しなければならないわけだけど……問題はそれが眠っている場所だ。
「どちらにしろ、ただの回復魔法じゃ無理だからな」
「治癒魔法使いが目覚めない魔族には入ることすら不可能な危険地帯。僕しか行けないとはいえ、魔王も無茶を言ってくれるなぁ」
この土地を演習場所に選んだのは、こういう事情もあってのことだ。
「本当に一人で行くつもりか?」
「ネアには部下たちを見てもらわなくちゃならないしね。フェルムがいてくれればよかったんだけど、あの子は今、リングル王国にいるから」
「あー、あいつの同化なら毒とか関係ねぇもんな」
なので僕一人で行って回収してこなければいけないわけで、そのための魔具ももらった。
場所も分かっているし、さっさと行って帰ってくるつもりだ。
「ならキーラを連れて行けばいいんじゃね?」
「いや、駄目だ」
ブルリンの身体によりかかり眠っているキーラを見てそう言ってくるコーガにすぐに否定する。
「こいつなら自分の作った闇魔法のマントに入り込めるし、毒の影響もないだろ」
「この子を危険な場所に連れていけるはずがないだろ……」
グレフさんに任されている身としては、危ない目に遭わせるわけにはいかない。
「お前、分かってねーなぁ」
「なにをだよ……」
「こういう時こそ頼って欲しいんだろうが。過保護すぎるのもあまりよくないぞ?」
たしかにキーラなら毒の影響はないし、あったとしてもマントの状態だったら僕の治癒魔法の効果を常に受けられる。
だからといってなぁ……。
「いきます」
「っ、起きてたのか」
ブルリンから体を起こしたキーラが目をこすりながらそう口にする。
さっきまでの会話を聞いていたのか、眠そうではあるけど頑として譲らない意思が伝わってくる。
「役に立てるというなら行かせてください……!」
「でもな……」
「駄目、ですか……?」
しゅん、と落ち込むキーラを見て悩む。
この調子だと隠れてついてきそうな感じもするし……なによりコーガの言っていることもあながち間違っていないとも言える。
フェルムにも言われたけど、僕は少し過保護すぎる部分があるかもしれない。
それが時として本人にとって余計なお節介にもなってしまうこともある。
「指示はちゃんと聞くんだよ?」
「は、はい!」
「僕が逃げろと言ったら、空を飛んでその場を離れてコーガに知らせる。それが守れるなら、一緒についてきてもいい」
「分かりましたっ……!」
毒以外の危険はないはずだから、戦うことはないだろうけど……。
「何事もなければそれでいいんだけどなぁ」
「そういうこと言ってると、大抵なにか起こると思うぞ。お前の場合」
「……今、口に出してから後悔したよ」
こういうのをフラグって言うんだろうなぁ。
とにかく、キーラを連れていくなら彼女を絶対危険な目に遭わせないようにしなくてはならない。
常に魔物の存在を身近に感じながらの生活で、追いつめられていく面々でした。
危険もないけどメンタルが削られる、地味に辛い訓練。
ウサトだけしか向かえない理由は、頼まれた場所が毒まみれの空間だったからですね。
次回の更新は明日の18時を予定しております。




