第三百三十一話
恐らく2020年、最後の更新となります。
今回は一話のみの更新です。
あんのド外道コンビに崖から落とされた先は、深い森の中であった。
以前の自分だったら多少なりとも怪我をしていただろうけれど、あのド外道の地獄の訓練を潜り抜けた今となっては全員が普通に受け身を取り、無傷で着地をしていた。
「あの治癒魔法の悪魔ァ!! ふざけやがってぇぇ!!」
八つ当たり気味に木を何度も蹴りつける。
悉く私の嫌な想像を上回っていくとかどうなってんの!?
「帰ったらぶん殴ってぶん殴って……ぶん殴ってやるッ!!」
蹴りつけた樹が砕け、倒れたところで溜飲を下げた私は大きく深呼吸をする。
とりあえずあの治癒魔法という名目で悪魔の所業を繰り返すバカ白コートに仕返しすることをこの人生の目標と定めながら後ろを振り返る。
「ショーン、もう疲れたよ……」
とりあえず気力をなくしているノノは無視。
この子はなんだかんだで立ち上がってくれるはずだ。
「荷物確認!!」
「「ハァイ!!」」
どうしよう、あの暑苦しい男どものノリに付き合いたくない。
しかし荷物確認は重要な作業なので、興奮が収まったヴィーナの尻を蹴りつけながら、私たちも渡された荷物の確認をする。
「やっぱり、ここに来た甲斐がありましたぁ」
「貴女、絶対魔王軍に入った理由不純な動機でしょ」
「はい!」
正直って時には凶器になるのね。
今それが痛いほど理解できたわ。
「仲間っぽいのに頼まれてはいりましたけど、なんかもうどうでもよくなってしまいましたねぇ」
「頼まれた?」
「こちらの話です。うふふふ」
……深くは聞かないでおこう。
さて、荷物を開けるとしましょうか。
まあ、食料とかサバイバルに必要なものが入って……。
「……は?」
カバンの口を開けると、ごろり、と石が転がり出てきた。
……。
は? は? なんで?
今日何度目か分からない嫌な予感を抱きながら、カバンをひっくりかえすと、ぎゅうぎゅうに詰め込まれた石が出てきた。
空になったカバンには何も入っていない。
いや、待て手帳のようなものも入っている。
「なによこれ……」
とりあえず開いてみると最初の一ページ目にペンとウサトが書いたと思われる文面が書き記されている。
———
これを読んでいるということは君たちは森の中にいるということだね!
重い荷物に当たった君は、そう!
大当たりだね!!
———
「エルさん、顔が死神みたいになってますけど大丈夫ですか?」
いけないいけない。
最初の文面で挑発してくるウサトに怒りのあまり感情が無になりかける。
ヴィーナの声で我に返りながら手紙を声に出して読み進める。
「えーっと、六つあるカバンの一つは偽物。加えて六つのカバンにいれられた食料は最低で三日分しかない……」
……この時点であいつ相当やばいことをしている自覚があるのだろうか。
部下を崖から落とすとかリングル王国の治癒魔法使いって無茶苦茶異常な奴らなのでは?
「“君たちにはこれを以て森の中で生活してもらいたい。いや、厳しい訓練を潜り抜けてきた君たちのことだ。まだこの程度の内容では物足りないのはよく分かっている”」
「隊長……」
「今こそ、奮起の時……!」
「そこまで俺たちのことを……!!」
「私が言うのもなんですけど、貴方達三人はちょっとおかしいと思います」
あのヴィーナにまで言われるケヴィンたちの汚染具合よ。
もうケヴィンたちは手遅れ気味なので諦めよう。
「“心配しなくていい。君たちのことはちゃんと見てるから”……え、なにこれ怖」
これ言外に逃げ出しても分かるように監視しているってことよね?
こんな森の奥にいる私達のことが分かるのかって、思いたいけど……あいつならなにをしてきてもおかしくない。
無駄だけど周囲を見回しながら、ノノの荷物の中身を確認する。
……食料に水の入った水筒、簡易的な治療道具に毛布、そしてナイフが入っており、それ以外はまさかの重りだ。
『グルォォォォォ!!!!』
「「「っ!」」」
なんらかの魔物の雄たけびに、身構える。
これは……ブルーグリズリーに似た魔物の威嚇する声……? ウサトの相棒のブルリンは来ていないから別個体か、また別の魔物か?
熊系の魔物は多い。
どれも危険で厄介な個体なので、この状況で襲撃を受けるのはちょっとまずい。
なにより今持っている武器はナイフしかないので、魔法で応戦しなくちゃならない。
「ッ」
がさり、とここから30メートルほど離れた茂みが揺れる。
これは……あっちも気づいてるわね。
襲い掛かってくるのは時間の問題かもしれないわ。
「ノノ、起きなさい!!」
「うぇっ、私騎兵なので個人の戦闘が得意じゃないんですけど!?」
「今日まで訓練を耐えてきた時点で貴女は普通じゃないわ!!」
「それ自分で言ってて悲しくない……?」
……。
ノノの痛烈な指摘に泣きそうになりかけながらも、魔力回しを行い自身の身体に風の気流を纏う。
ケヴィンが地面に手をつき樹木を操ろうとし、ウォルがその腕に部分的に岩の鎧を纏い、魔物の迎撃に備える。
茂みを揺らし、なにかがゆっくりと出てくる。
臨戦態勢に移ろうとしたその時、出てきたその生物を目にした私は呆気にとられた声を漏らした。
「にゃ」
「……猫?」
出てきたのは小さな黒猫であった。
まだ生まれて間もない赤ん坊だろうか? 掌より大きいほどでその小さな身体には泥などがこびりついている。
しかし、なにより目を引いたのはその二つある尻尾。
「あら、リィンキャットじゃないですか」
「……ヴィーナ、知ってるの?」
警戒を解きながらヴィーナに問いかける。
あの子猫が魔物なのはなんとなく分かるけど、見たことのない魔物だ。
「二つの尾を持つ猫の姿をした魔物。魔眼を持つ大変珍しい存在らしく、今となっては絶滅したはずですが……」
「その生き残りってこと?」
「恐らく」
ノノの質問にヴィーナが頷く。
身体が泥まみれなのはさっきまであの雄たけびの魔物に襲われていたからってこと?
ケヴィンたちもさすがにこんな小さな魔物に敵意は向けないのか、すぐに警戒を解く。
すると、こちらにとことこ、と近づいてきたリィンキャットが、私の足に頭を擦り付ける。
「……にゃぁ」
「……」
私は迷いなく子猫を抱き上げる。
泥で服が汚れるがそんなことしったこっちゃない。
ごろごろ、と気持ちよさそうに目を細める子猫に、これまで心の中に積もっていた怨嗟の感情が消え失せていく。
「この子は」
「はい?」
「私が育てる」
「はぁ」
「名前はリィンでいいかな」
「……いいんじゃないでしょうか?」
よし、決まりだ……!
この状況で一匹だけということは既にこの子の両親は既にいないのだろう。
ならば、この私が責任を以て守り抜くしかない。
『グオオォォォ!!』
「ッ」
守るべきものができてしまったが、私のするべきことは変わらない。
凶暴な魔物がはびこる森に放り出された私達。
限られた食料、水、物資。
大型の魔物。
ウサトとコーガという擬人化した悪意の権化。
この地獄のような環境で生き残り、その上で生還した後にウサトの奴に復讐を果たす。
まずは拠点を見つけ、その次は食料の確保だ。
「にゃぁ」
「私一人だけになってもあなたを守るから……!!」
絶対に生き延びてやるぅ……!!
腕の中にいる“赤い瞳”をした子猫と視線を合わせながら、私はこの状況に抗う覚悟を固めるのであった。
●
「魔物? 出ますよ? 凶暴な魔物ではないですけど」
部下たちを森に突き落とした後、僕とコーガは先に森全体を見渡せる高い崖の上で拠点を作っていたハンナさん、ウルルさん、ブルリンと合流した。
僕は今しがた、二度の雄たけびを挙げてもらったブルリンの首元を撫でつけながら、ハンナさんの質問に答える。
「……えっ、凶暴な魔物ではないってどういうことですか?」
「ん? 俺も聞いてなかったんだが?」
「コーガにはちゃんと言っておいたぞ? ……そのままの意味ですよ。この森は少し特殊な環境にあって、気性の荒い魔物はほとんどいないんですよ」
なにも考えずに大事な部下たちを危険な森に突き落とすはずがない。
ちゃんと魔王と、地図を確認した上で今日の演習に踏み切ったのだ。
「この近くに瘴気……毒の魔力が蔓延する場所があるんですよ。直接的な影響はここにはありませんが、魔力に敏感な魔物はそれを嫌がり、この森にはあまり近づかないんです」
「……そういうことですか。しかし、それではウサト君の言っていた訓練にならないのでは?」
「先入観ってのはあながち侮れないものなんです」
そう、それでは訓練にならない。
だからこそ僕は説明の最中にさりげなく凶暴な魔物がいる、という事実を強調させたのだ。
「凶暴な魔物が出るって聞かされれば、否が応でも警戒せずにいられないでしょう? そこでさっきブルリンに雄たけびを上げさせ、その先入観を現実のものにさせる」
「……ウルルさん、キーラちゃん。この人、本当に人間なんですか? やり方が悪辣極まりないんですけど」
まだ話の途中なのでドン引きしたハンナさんが幻影魔法で煙を隠した焚火を囲んでいるウルルさんとキーラに声をかける。
「うーん、ウサト君たちは本当に魔物のいる森に放り込まれたから、まだ優しい方……かなぁ?」
「それが必要なことなら、私は別に」
「え、これ私がおかしいんですか? いやいや、そんなはずないです……」
思いっきり狼狽えているハンナさんに苦笑いする。
気づいてしまえば楽な演習なんだ。
今は魔王も土地に力を巡らし、バランスをもたらしているから食べ物に困るということはない。
「重要なのは彼らに自分たちが作り出した想像の魔物を見破られないようにすることです」
彼らは見えもしない、姿も現さない魔物の脅威と戦わなければならない。
直接襲われる心配はない。
怪我をすることもない。
「倒すことで解決することのできない空想上の魔物の存在は、確実に彼らの心をすり減らしていく」
「……」
「そんな状況でどれだけ自分の力を引き出していけるか、だ」
信じられない生き物を見るような目で見てくるハンナさんの視線を甘んじて受けながら、僕の後ろで横になったブルリンに背中を預ける。
「コーガはいざという時のために待機」
「おう」
「ハンナさんは、幻影魔法で魔物の幻覚を見せてください。過激なものではなく、魔物がいるということだけ分かるものでいいです」
「はぁ、分かりました」
「ウルルさんは、怪我人が出たときのためにコーガと同じく待機です」
「りょーかいです!」
「ブルリンは、森の中に入って定期的に雄たけびをあげてくれ」
「グルァ!!」
キーラはここで僕と一緒に待機だ。
……もしかすると、僕と一緒に魔王の頼みごとに同行してもらうかもしれないけど。
いや、グレフさんに彼女を任されている身としては、彼女を危険な目に遭わせるわけにはいかない。
「おい、ウサト。ネアはどうした?」
「そういえば……さっきまでそこにいたよね?」
「確かにいないですね」
コーガたちがネアがいないことに気づいた。
別に勝手にいなくなったわけではない。
「ああ、ネアには仕事を頼んだんだ」
眼下の森の先。
豆粒程度の大きさのエルさん達の姿を確認する。
「大事な、仕事をね」
あれは精神的に堪えるけど、なんの指針もない森でのサバイバルにおいて心の支えと目的を与えてくれた。
そういう意味ではローズの行ったアレの効率性は認めるしかない。
僕は、赤い瞳の子猫となったネアの姿を目にしながら、薄っすらと笑みを浮かべるのであった。
外道ムーブを積み重ねていくウサトでした。
これもまた皆のため(心折)
今回の更新は以上となります。




