第三百三十話
二日目、二話目の更新となります。
今回はエル視点から始まります。
ベッドから起きる。
なにも考えずに顔を洗い、歯を磨き、着替える。
隣で死んだような目で私と同じ動きをしているノノを横目で見ながらも、一週間繰り返してきた動きを行っていくことが私たちの日課となっていた。
「あ、おはようございます、エルさん、ノノさん。二人とも、今日もいい天気ですねー」
このド変態だけは全く変わらない様子だが、こちらはそうもいられない。
なんかもう心を削りに削りまくる訓練をさせられている身としては、こんなことでなにかを言う気力すらもなくなっているのだ。
私とノノはまだマシな方だろう。
のめり込みすぎると、ケヴィンたちのような修羅場を潜り抜けた訓練人間になってしまう。
「「はぁ」」
また今日も地獄すら生ぬるい訓練が始まる。
しかしそんな訓練にも徐々に適応していっている自分が嫌になりながら、私たちは朝食を食べにいくべく宿舎の食堂へと足を運ぶのであった。
●
「よしっ! 今日はみんなで演習に行くぞー!!」
「……は?」
いつも通りの地獄の訓練かと思った私たちに突き付けられたのは、それなりの大きさのリュックであった。
「え、演習?」
「うん! 今日は魔王領のちょっと深い森にまで演習だ!!」
なにも知らされてないのに?
しかもこんな朝早くから出発?
呆気にとられる私たちにウサトは、苦笑すると人差し指を立てる。
「あ、勿論遊びに行くんじゃないぞ? ちゃんとした訓練だ!」
「「「はいッ!!」」」
駄目だぁ!!
ケヴィン、ウォル、そして新たに加わった長身の男、セインもこの状況に一切の疑問を抱いていない!!
というより、そういうことが訊きたいんじゃないだけど!?
どうしていきなり演習に行くことになってんの!? ちゃんとそういうことは前日に伝えてよ!?
「今から出発だけど、演習に参加するメンバーは……」
「ウサトさーん!」
すると宿舎に空を飛んでやってくる影。
闇魔法で形作られたマントで空を飛ぶ少女、キーラちゃんがこの場にやってくる。
「おはよう、キーラ。グレフさんから許可はもらえたかな?」
「はい! ウサトさんがいるなら安心だって言っていました」
「うーん、責任重大だな。……ということで、キーラも同行することになった」
この子もウサトの外道染みた訓練を近くで見ているはずなんだけど、一向に態度を変える気がしないんだよね。
いったいどういう経緯でここまで信頼を勝ち取ったのか気になる。
きっと、生半可な話じゃないでしょうけど。
「君たち6人以外では、僕とさっき参加の決まったキーラ、そしてネアとコーガだ」
「……他の人はどこに?」
「ここにいるわよー」
空からフクロウの姿に変身したネアが彼の肩に留まる。
……戦時中で謎に包まれていた治癒魔法使いの使い魔の正体が吸血鬼だとは、誰も想像できなかったでしょうねー。
私も後で知って本当に驚いたわ。
なんでこの人間、吸血鬼を使い魔にしているのだろうか?
「あとはコーガだね。彼は……うん、ちょうど来たみたいだ」
彼の言う通りコーガと、彼の後ろに付き従うようについてくるセンリが現れる。
「おはようございます。ウサトさん」
「あ、おはようございます。すみません、王女様にコーガを起こしに行かせてしまって」
「いえいえ、むしろ感謝ですよ」
ニルヴァルナ王国の第二王女様とやってくるという光景を逆に見慣れてしまったことに、複雑な心境に駆られていると、早足でやってきたコーガがウサトに食って掛かる。
「ウサト、お前なぜセンリに俺を起こしにいかせる!?」
「いや……君、ちゃんと時間通りに起きないからだろ」
「私は別に構わないんですけどね。ふふふ」
コーガの様子にため息をついたウサトは、私達から彼へと体を向ける。
「大体君は隊長という立場にあるのにだらしなさすぎる。朝くらいちゃんと起きたらどうだ」
「いや、お前が早すぎるんだろ……」
「それは今日だけだ。君はいつも朝、遅刻するじゃないか。それじゃあ部下に示しがつかないよ。……君たちもそう思うよな」
同意を求めるようにこちらを向くウサト。
概ね同意するけど、まともに答えるのは癪なので無視す———、
「隊長の仰る通りです。副隊長」
「職務怠慢、我不満」
「ええ、威厳を保ってこそ隊長です」
駄目だこいつら完全に洗脳されてる……!!
目に見えて訓練の成果が出てるから妄信しているのか……!!
しかもウサトは隊長じゃなくて副隊長だしッ!!
「立場逆転してるじゃん! もうお前が隊長でいいじゃん!!」
「バカ野郎!! そんなことでこの隊を任せられると本当に思っているのか!! 君には隊長としての自覚が足りない!! それでも元軍団長か!!」
「え、えぇ……なんかお前から正論言われるとすっげぇ悔しいんだが……!?」
引いた様子のコーガにため息を零したウサトがさらに追及する。
「いいか。君はちゃんとやればできるはずなんだ。それをしないのは君が今まで君自身の実力で周りに有無を言わせなかっただけだ。魔族も変わろうとしている今、君自身も変わらなきゃいけないと僕は思う」
「その通りです。コーガさん、貴方はやればもっとできる方のはずです」
「ねえ、お前らどの視点からの言葉なの……? 保護者目線でアドバイスしてくんの、すっげぇ恥ずかしいんだけど……」
時々思うけど、ウサトはいったいどういう立場から発言しているのか時々分からなくなる。
でも本心で言っているあたり、普通にコーガに注意しているんだなぁとは思う。
「はぁ、コーガも揃ったことだし出発するとするか。センリ様は、先日伝えましたが……」
「分かっております、立場上私はここを離れることはできません」
そりゃそうだ、とは思う。
魔族のいる都市に来る時点で相当やばいことなのに、その上都市の外に行くのは危険どころの話じゃない。
それを納得しているのか自身の胸に手を当てたセンリは朗らかに笑って見せる。
「夫の帰りを信じて待つ。それが良妻の教えと存じております」
「夫でもねぇんだけど!? もう既にここに帰りたくないんだが!?」
「では出発!!!」
「ねえ、聞いて!? ウサト!? 俺の声届いてる!?」
コーガを無視し私たちも支給されたカバンを背負う。
……結構重いけど、これに食料とか色々入っているのかな?
まあ、結構遠い場所みたいだし馬を用意して……。
「……え、待って」
こいつが馬を用意するか……?
いや、するはずがない。
現地まで、そのまま走っていくとかすごいありえそう。
少なくともこの鬼畜外道のバカ白コートはそういうことをする……!!
「あ、そうだ」
そう考えていると、バカ白コートがこちらへ振り返る。
話すのを忘れていた、的な表情を浮かべた奴はコートのポケットから六つの紙を取り出す。
もう見ることさえ拒否反応が出そうなソレは、魔術が籠められた紙、スクロールであった。
「移動中はこれをつけていこうか。いい準備運動になりそうだし」
「「「ハイッ!」」」
「「ヴェッ……」」
「わぁ、楽しそう……」
野太い声を響かせる男衆。
引きつった声を漏らす私とノノ。
意味不明に喜ぶヴィーナ。
なんでこいつ、常に私の予想を上回る仕打ちをしてくるの……?
もう勘弁してよぉ……。
●
本ッ当に目的地まで走っていくとかバッカなんじゃないの!?
走るのには慣れてるけど、目的地まで走ることも含めて演習とか意味わかんないですけど!?
スクロール付きの上にカバンも背負っているからきついってレベルじゃないんだけど。
しかも地面、ぬかるんで走りにくいし!!
「で、ウサト。もうすぐ到着するのか?」
「そうだね。もうそろそろかな……」
私達と同じ荷物を持っている上に、魔術の力が強いスクロールを張り付けているウサトとコーガの暢気な会話にいつものごとく恐ろしさがこみ上げる。
というより、キーラちゃんがいつの間にかマントになってウサトに装備されているんだけど、誰も疑問に思わないのだろうか。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「ヴィーナァ、息を乱しながら喘ぐなァ!」
隣のこいつは平常運転すぎる。
しかし伊達に二週間、ウサトにしごかれ続けたわけではなく、以前よりも格段に動けるようになったことは事実ではあった。
身体能力の大幅な底上げと精神面での強化。
そのどちらをも可能にさせた治癒魔法を用いた訓練は、悔しいけど絶大な効果を発揮していると認める。
「そりゃ、あんな化物共が戦場に現れるわけよ……」
救命団と呼ばれる組織の“人攫い”と呼ばれる連中。
私たちの受けた訓練と同程度のそれを日々受けているのならあれだけ出鱈目な動きをしていても不思議じゃない。
むしろ、リングル王国の騎士が全員この訓練に耐えられるような人間だらけだったら、もっと早く魔族は負けていたかもしれない。
「そして魔力回し……」
ウサトが発見した系統強化に並ぶ新たな魔法技術。
それに至る訓練を行ってきた結果、自分でも驚くくらいに魔力の扱いがやりやすくなった。
なんて表現するべきか……今まで使っていなかった部分を扱っている、という感じだろうか?
「はぁ……」
おまけに、魔力感知やら系統劣化という意味不明な派生も発見したという。
認めたくないけど、魔力操作とその開発力に関してもこいつは変態的に凄い。
……認めたくなかったけど。
「ウサト、近くまで来たわよ」
「よし、じゃあ皆、ここからは歩こうか。スクロールも外していいから、しっかりと息を整えるようにね」
……近くにまで来たの? 朝から結構な距離を走ったけど、ここはどこなんだろう?
胸に張り付けたスクロールを外しながら歩いて呼吸を整えていると、ウサトが私たちに治癒魔法を施してくれる。
え、怖い。
休憩が許される状況が怖い。
「いったい、なにを企んでいるの……?」
「えぇ、なにも?」
絶対嘘だ……ッ!!
この二週間で分かったのはこいつが嘘をつくのが驚くほど下手くそだということだ。
そもそもこいつなら、スクロールをはがさずにこのまま走りながら治癒魔法施して次の訓練にいってもおかしくないくらいのことはするはずだ。
「ん、見えてきたね」
「おー、あそこがそうか」
先頭を歩くウサトとコーガの呟きに私たちも先を見る。
木々に囲まれた場所から開けた空間に出るとすぐ先に崖があり、その下には鬱蒼とした森が広がっていた。
「皆、ここが演習の場所だ。よく覚えておいた方がいいから、前に出てくれ」
ウサトに促され、私たちは崖の傍にまで近づく。
崖は……断崖絶壁って感じじゃないな。
ちょっと急な傾斜になっていて、ここから落ちたらここまで上るまで結構な時間がかかりそうだ。
「全員、注目」
背後の声に振り返ると、黒いマントを羽織ったウサトとコーガが私達から10メートルほど離れた場所に立っていた。
その妙な距離に首を傾げる。
「ここは魔王領内に存在するヴェノマの森と呼ばれる場所だ。凶暴な魔物も多くいる危険な場所ではあるけど、魔物の領域に入る前の演習場所としては最適とも言える」
「ウサトの言う通り、ここならお前らのこれまでの訓練の成果。そしてチームとしての力を高めることができるってわけだ」
……なんだか、嫌な予感がする。
いや、よく分かんないけど、本当の本当にすっごい嫌な予感がする。
謎の悪寒に苛まれている私たちに、張り付けたような笑顔を浮かべたウサトは人差し指を立て、言い放つ。
「期間は特に設けない。今日から六人、協力して森で生き抜いてね」
「「「は?」」」
え? 森で生き抜く?
……ちょっと待って、なんで籠手を展開しているの?
その拳に纏った治癒魔法でなにをするつもりなの?
「おっし。やれ、ウサト」
「了解。治癒———」
空高く拳を掲げたウサト。
次の瞬間、治癒魔法の緑色の閃光が走り、勢いよく拳が地面へと叩きつけられた。
「———瞬撃拳ッ!!」
拳の直撃と同時に治癒魔法の衝撃が重なり、轟音が轟く。
ウサトの拳から地面にひびが入り、それらが私たちの足元に達した瞬間、足場が崩壊し———、
「「ちょっと待てぇぇぇぇぇ!!」」
私とノノが絶叫した頃には既に遅く私たちは滑り落ちるように深い森へと投げ出された。
す、スクロールを外せといったのはこれが理由!?
あ、あああ!?
「「じゃ、頑張ってねー」」
「このバカ白コートォォォォ!!! クソ上司ィィィ!!?」
「悪魔ァァァ!! いやああああああ!?」
「さ、さすがっ、流石すぎますぅぅぅ!!」
崩れ落ちた崖から落下した私たちは、むかつくくらい晴れやかな笑顔で私たちを見下ろす悪魔共の顔を見ながら、暗い森へと転がり落ちていくのであった。
ま さ に 外 道
これもまた皆のことを思っての所業です(しんせつ)
ウサトとコーガはハンナ達と後で合流する手筈となっていました。
今回の更新は以上となります。




