第三百二十九話
クリ……スマス……?
お待たせしました。
第三百二十九話です。
今回はウサトの日誌から始まります。
訓練記録一回目
【人数】
36人
【日誌】
初日は隊員に感覚を掴んでもらおうと考えていたが、それはすぐに改めることにした。
二人の魔族の物言いもあったことだが、それを抜きにしても募集で集った方々は人間よりも優れた身体能力を持つ魔族、それに加えて元兵士らしき立ち振る舞いの方もいたので手加減をする方が失礼だと僕は考えた。
なので今日は前々から考えていた訓練法を試してみた。
折れない心を作ることは生半可なことではない。
僕にそれができるだろうか。
どうしようもない不安に駆られてしまうが、それでもやるしかない。
訓練記録二回目
【人数】
22人
【日誌】
昨日の今日で14人は減ったが、思ったよりも逃げた人は少なかったな。
正直、昨日の時点で一桁にまで減らすつもりだったけど、想定以上に骨のある人たちが集まってくれたようだ。
でも、あくまでこの訓練の目標は魔物の領域を探索すること。
正直、犠牲を出したくないので探索に向かう隊員は文字通りに厳選していかなければならない。
個人の評価としては、
以前から僕が鍛えていた三人が優秀だ。
中でもエルさんには期待している。
訓練記録三回目
【人数】
18人
【日誌】
4人減ってしまったけど、訓練内容は変えない。
むしろここからもっと厳しくしていく。
ヴィーナさんは、まあ……うん、世の中には特殊な人もたくさんいるのだろう。
時折、僕を見る目が別の意味で怖いけど。
キーラは呑み込みが早い。
なんというべきか、ものすごく一生懸命に励んでくれているので僕も教え甲斐がある。
僕も訓練をしている彼らに負けないようにしなくちゃな。
ネアに頼んでいた重力の呪術の解析も終わりそうだし、明日からはスクロールを張ってみよう。
訓練記録4回目
【人数】
15人
【日誌】
今日は組手を行うことにした。
参加メンバーは僕とコーガ、そしてセンリ様だ。
僕とコーガは重力のスクロールを張り実質的なハンデを負いながら組手を行ったが、これが中々に良かった。
重くなるということは動きが鈍るということだ。
だとすれば、自然と体は無駄な動きを省き、最小限の挙動で最適な動きを行うように意識していくことになる。
これはもしかしなくても訓練に使えるのではないかと思い、今日魔王に追加のスクロールの発注をお願いしておいた。
なぜか、ハンナさんとネアにはドン引きされてしまったけれども。
訓練記録5回目
【人数】
15人
【日誌】
おお、一人も欠けずに一日を超えられた。
これは快挙では?
かなりいい兆候なので我ながら嬉しくなってしまい今日は訓練に力を入れることになった。
昨日のうちに魔王に発注しておいたスクロールを隊員全員に配り、そのままいつものメニュー+組手をこなすことになった。
スクロール自体は、僕とコーガのものほど効力は強くなく、せいぜい張った本人の体重の2倍から3倍くらいの負荷がかかるだけだ。
……でもちょっとやりすぎちゃったかな?
センリ様はスクロールを張ったまま元気に跳ね回っていたけど……。
訓練記録6回目
【人数】
8人
【日誌】
いきなり7人も減ってしまった。
予想外なのは、残ったメンバーにノノさんがいることだ。
元より肉体的に強くはなかったはずの彼女がここまでの訓練についてきてくれた事実は僕とハンナさんにとっても驚きの事実であり今日それを素直に褒めたら、なんだか……「こいつ本当に人間か?」みたいな目で見られてしまった。
いや、真面目になぜ……?
でもなぁ、今日でまだ何人かはリタイヤしそうな予感がする。
ローズっていつもこんな気持ちで新人さんの訓練とか見守っていたのかなぁ。
色々と感慨深い気持ちになる。
訓練記録7回目
【人数】
6人
【日誌】
残ったメンバーは
男性は、ケヴィンさん、ウォルさん、そして募集メンバーのセインさん。
女性は、エルさん、ノノさんに、ヴィーナさん。
恐らく、以上の六人でこの探検隊は編成することになるだろう。
減らしすぎだとは思わない。
正直、三人くらいしか残らないつもりで指導していたので、上々以上の成果とも言えるだろう。
●
募集した人を含めた訓練を開始してから早一週間が過ぎた。
内容としては上々。
僕の課した訓練にも対応できるようになり、うまく仕上がってきているといってもいいだろう。
訓練期間中は訓練場の宿舎に泊まっていた僕はそれぞれの隊員のことを日誌に書き記しながら、これからの訓練方針について考えていた。
「ククク、そろそろ頃合いかな?」
「まーた、なにか企んでいるんですか?」
立場的に僕と共に宿舎に移動することになったハンナさんが訝しみながら声をかけてくる。
僕の前の席に座った彼女は、ジト目で僕を見ながら頬杖をつく。
「ちょっと森でのサバイバル生活をします」
「……もしかしてそれって私も参加ですか?」
「できれば来てほしいですね。魔王から頼まれた仕事もついででやっておかなければなりませんし」
「魔王様から? 初耳なんですけど」
まあ、口止めはされたからね。
これは僕とコーガ、そしてネアにしか伝えていない。
「そういうタイプのお願いって感じですね。いわゆる機密事項ってやつです」
「ああ、面倒そうなやつですか。じゃあ、言わなくてもいいです。巻き込まれたくないので」
……。
とりあえず掌に浮かべた魔力弾を握りつぶし、周囲に隠れた存在がいないことを確認する。
「……ウサト君、なぜ今魔力感知を?」
「そこまで言うならしょうがないですね」
「えっ?」
「実は魔王からあるものを回収するように言われているんです」
「能動的に私を巻き込むのはやめてくれませんか!? あ、あー!! き、聞きたくないです!!」
そこまで嫌がるとは思いもしないんですけど。
ハンナさんの悲鳴に宿舎の奥からネアが出てくる。
「ちょっとなにやってんのよ。声、結構響いてたわよ」
「あ、ごめん。今ハンナさんにこれからの予定について話そうと思って」
眠そうに欠伸をしたネアは首を傾げた。
「……もしかして魔王に頼まれたアレ?」
「いいや、別のこと。丁度いいから君も聞いてくれ」
ネアも交えて僕が考えている訓練の予定について話すことにする。
といっても僕がローズに施された訓練を参考にしたものなので、それほど複雑なものじゃないけど。
「簡潔に説明するなら、残った6人を森に放り込んでサバイバル生活をさせる」
「ふーん」「サバイバル、ですか」
「用意した荷物は6人分、そのうち1つは重りをいれただけのフェイクにする」
「……ん?」「……はい?」
「加えてその中身の食料の分配に偏りをつける。そうだね……大体三日分くらいが目安かな?」
「……」「……」
「チームワークと集団での絆を試してみようと思う」
少し残酷なことをするかもしれないが、魔物の領域内は危険だらけだ。
食料を調達できず追いつめられることもあるかもしれない。
そういう事態に陥った時、どのような行動・決断が求められるのかを体験させておきたい。
勿論、そのような状況にさせないのが副隊長を任された僕の役割だが……いざという事態は想定しておかねばならない。
「正直、引きました。我ながら自分の性格が悪いことを自覚していますけど、これは普通に引きました」
「……アリかないか言えば、アリね」
「えっ……」
ハンナさんにはドン引きされてしまったが意外にもネアはちょっと納得した様子だ。
「まあ、方法が外道極まりないのは認めるとして、そういう状況を想定した演習をやらせるのは全然間違っていないと思うわ。外道極まりないけど」
「二回も言ったね」
「そういうことよね、外道。あっ、間違えた。ウサト」
普通に外道って呼ばれたんですけど。
いやまあ、僕としても酷いことをしているという自覚はあるんだけど。
……続きの話をしようか。
そう思い、テーブルに丸めて置いていた地図を広げる。
「訓練場所だけど、ちょうどいいところがあったからここにすることにした」
「ああ、前に見せてほしいて頼まれたやつですよね。……都市から少し遠いですね?」
「魔王の頼みものがこの近くにあるからね」
むしろ魔王の頼みの方がついでだ。
期間としては……そうだね、一週間から十日前後って感じか。
「魔物の生息数が多いから、ここにすることにしたんだ」
「もうなにも言いません。……ですが危険では?」
「そのための僕達だよ。勿論、もしものことがないように待機している」
僕は一時的に抜けてしまうけど、隊長であるコーガとハンナさん、そしてウルルさんとブルリンも残す予定だから大丈夫なはずだ。
「まあ、これでも優しい方ですよ」
「これで……?」
「うちの団長はグランドグリズリーを倒すまで帰ってくるなって言って僕を森にぶんなげましたからね」
ローズとしては冗談……というか無理難題のつもりだったのだろう。
そもそもあの時点の僕ではグランドグリズリーは倒せる相手じゃなかったはずだ。
「いやぁ、僕も真に受けてグランドグリズリーと戦おうとしてたら、まさかの『面白そうだったから』って理由で訓練期間延長されちゃいましたし」
「ネアさん、これはこの人がおかしいのですか? それとも団長の方の方がおかしいのですか?」
「言うまでもないわ。どっちもおかしいのよ」
呆れたため息をついたネアは腕を組み背もたれに背中を預ける。
「で、それはいつからやるのよ?」
「明日準備をして、明後日の朝には出発だね」
「……結構早いわね」
「その方が彼らのためになるかなって」
今がベストの状態なんだ。
六人という人数。
ある程度性格も知り、馴染んだところで行う。
「はぁ、本当に面倒ですね……遠征なんて」
「ハンナさんって口では面倒くさそうにいいますけど、なんだかんだで付き合ってくれますよね」
「仕事ですからね」
少し驚いたように目を丸くさせたハンナさんは、胡乱な目つきで僕を見る。
「正直、今の都市での生活は悪くないです。戦いなんて面倒なこともせずに済みますし、変に知恵を巡らせる必要もありませんからね」
「貴女、悪だくみが好きなものだと思ってたわ」
「別に好きじゃありません。あ、でも罠にかかった人や、苦しんでる人を見るのは好きです」
性格が出てるなぁ。
隣のネアの指摘に気だるげに返しながら彼女は僕へと視線を戻す。
「そういうところは、貴方に感謝してないこともないですよ。色々と散々な目にも遭わされましたけど」
「……」
「なんです、その意外そうな顔は。本当に失礼な人ですね」
いや、素直に感謝されるとは思わなかったので。
照れるように視線を逸らしたハンナさんは、おもむろに立ち上がる。
「では、そろそろ寝ます」
「あ、はい。おやすみなさい」
そのまま自室へと向かっていくハンナさん。
静かになった食堂で一息つくと、目の前に移動したネアがジト目で僕を見ていることに気づく?
「え、なに……?」
「いや、貴方って本当に人たらしねって思っただけよ。私がいうのはなんだけど、彼女も結構性格がねじ曲がっているのに」
「……? いや、ハンナさんは性格は悪いけど、ねじ曲がってはいないだろ」
「……そうなの?」
ネアの言葉に頷く。
今日まで行動を共にしてきて分かった。
「むしろ、根は優しい人だったんだと思うよ」
「えぇ……」
「訓練中もノノさんのことを心配するように見てたし」
ハンナさんの性格は元々はもっと明るいものだったんだと思う。
それを陰らせたのは、彼女の過去。
そこに触れるつもりも資格もないので、言葉には出さないが……彼女もまたかつての荒廃した魔王領という土地に裏切られた魔族の一人ということなのだろう。
「これから誰かを裏切ることも騙す必要もない。それは、ハンナさんにとってはいいことだと、僕は思う」
「……やっぱり貴方、人たらしだわ」
心なしか僕の後ろに視線を向けたネアが、そう言葉にする。
振り返ってみるが誰もいない。
治癒感知をすれば分かるが……うん、別にしなくてもいいか。
「僕もそろそろ寝るけど……その前に明日の訓練について考えなきゃな」
「今度は何すんのよ」
「いつも通りの訓練、になにか変化を与えたい。また鬼ごっこでもやってみようかな。……スクロール付きで」
「地獄絵図が目に浮かぶわね」
お互いに苦笑する。
それでも、僕は責任を以て彼らを鍛えなければならない。
例え、恨みを買おうとも。
心を鬼にしていこう———ナックの時と同じように。
訓練方針がえぐいのも皆のためを思って(親切)
スクロールを大量発注されて困惑する魔王様でした。
次回の更新は明日の18時を予定しております。