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治癒魔法の間違った使い方~戦場を駆ける回復要員~  作者: くろかた
第一章 召喚、リングル王国
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第三十七話

四話目の更新です。

 突如、その場に現れ僕の襟を掴み引っ張り上げた女性。

 そのオーガのような眼差し、圧倒的な存在感、美麗な容姿ながらも感じられる凶暴な気性。そう、この女性は最恐最悪の―――


「これはどういうことだ?状況を説明しろ。ウサト」

「あばばばばばばばば、せ、説明するから離してください団長!」


 僕の師匠であり上司、救命団団長ローズ。

 頭を握りつぶさんが如く掴み上げた彼女は若干苛立ちながら僕を下ろす。


「それで、何があった?」

「え、えーと」


 ビビりながらも事の顛末を話すと、彼女は腕を組み何かを考える。

 どうしよう、めっちゃ怖い。僕、これから頭をふっとばされたりするのだろうか……もしかしたらこのまま敵陣にまでぶん投げられてしまうのだろうか。


「勇者が瀕死だって聞いたから来てみれば……お前が全部終わらせているとはな」

「すみません……」

「いや、謝る必要はねぇ。よくやった」

「……団長はこれからどうするんですか?」

「そうだな……」


 背後の犬上先輩達を一瞥した団長。

 恐らくは前線に戻るのだろうが……一応は判断を仰がなくては。


「勇者の復活と敵主力の捕獲……それに相手側の連携の不和……頃合いか」

「はい?」

「拠点に戻るぞ」

「……はい!?」


 突然の撤退宣言に困惑する。この場で本陣、つまりウルルさん達の所へ戻るということはもう前衛を動き回らないくていい、という事なのだろうか。


「もうここには私達は必要ない。戦況も大分傾いてきたからな、相手が隠し玉を出してこない限りはもう大丈夫だろう。こっからは戦場を走る私達が邪魔になる」

「だから後方でまた治療ですか?」

「ああ」


 そういう事なら納得だ。ローズと共に行こう。

 後方に退がったとしても僕にはやらなければいけないことがある。もう血みどろな戦場を走らなくてもいい安心感はあるけど、それ以上にまだ戦わなくちゃいけない先輩とカズキが心配だ。


 ローズから視線を逸らし、戦線へ参加しようとしている二人へ声を掛ける。どちらも血に汚れた鎧と服を着ているが、顔色は異常ない。―――ちゃんと治ってくれてる。そう判断し、安堵しながらも二人を応援するように言葉を紡ぐ。


「カズキ、先輩、僕は先に戻ります。死んだら駄目ですよ。僕よりも強い勇者なんだから、ちゃんと魔王軍ぶっ飛ばすような凄いことして諸手上げながら帰ってきてください」

「分かってるさ。君に貰った命、今度は大切にするよ」

「ウサトも気を付けてくれ」


 少し重い先輩の言葉とこちらを気に掛けるカズキの言葉に苦笑した僕は、兵士さん達に二人を頼むようにお辞儀した後にローズと共に後衛の方へ走り出す。


「よく、生きていてくれた」

「え?」


 尋常じゃない速さで先を走るローズが何かを呟いたように聞こえたが、それは戦場の声にかき消され聞き取る事ができなかった。



「なにぃぃ!?奴が敵に捕まったぁ!?」


 一方、魔王軍本陣で第三軍団長のアーミラは、勇者迎撃に向かった黒騎士があろうことか捕獲されたという報告を訊き椅子から転げ落ちた。

 ありえない、と彼女は思った。

 黒騎士の能力は魔王軍の中では有名だ。圧倒的な防御とカウンターを有し、身に纏った鎧を武器に変え操れる攻防一体の禍々しい鎧。少なくともパワーに秀でた自分では相性的に後手に回らざる得ない厄介な希少魔法の持ち主である。


「勇者か!!」

「いえ、白い団服を着ているとの事から先の戦いで姿を現した『救命団』と呼ばれる一団の一人らしいです」

「白いコート……ローズか……ッ」


 思い浮かぶのは師から話を聞いていた治癒魔法使い、ローズ。

 成程、どんな傷もたちどころに治してしまう彼女ならば黒騎士を捕らえる事は容易いだろう。

 しかし、兵士の口から飛び出した言葉は彼女の予想を上回るものだった。


「兵士によるとローズではなく、黒髪の少年が、と言う事です」

「もう一人だと……クソッ」


 たった一人だけで前線の敵を回復しつくされたというのに、それがもう一人。

 しかも黒騎士を捕らえる程だと。これではローズがもう一人いると思っても変わらないではないか。

 加えて、黒騎士という圧倒的な力を誇った前衛が捕獲されたという事実に、魔王軍の士気は減退してしまった。


「ヒュルルク……バジリナクを下げろ。撤退だ」

「……本気かな?」


 バジリナクを遠隔操作する魔方陣を弄っているヒュルルクに指示を出す。その際に訝しげな視線を向けそう訊いてくるが、もうこう言わざるを得ないだろう。


「ここは私が出るべきだろうが、それでは兵たちが耐えられない。しかもまだシグルスまでもが出ていないという始末、これでは無駄に殺しているようなものだ」

「……確かにね。僕達には治癒魔法なんていう便利な魔法を使う魔族は生まれないから……どうしようもない兵士は助けられない」


 治癒魔法持ちは人間にしか生まれない。魔族と人間では種族的に目覚める魔法の素質が変わって来る。どのような理由でそんな風になったのかは分からないがなんとも皮肉な話である。


「責任は全て私が負う。ヒュルルク、お前の蛇は次の戦いに役に立つ。だが、今は退避する兵達にとって邪魔になるから早く下がらせろ」

「分かった。でもアーミラ。君の判断は間違っちゃいない。今回は人間側が強すぎただげ……っ!?」


 魔方陣を操作していたヒュルルクの表情が強張る。


「どうした」

「……勇者だ」


 額を押さえたヒュルルクの手元の魔方陣にはバジリナクの視界を通して、二人の勇者の姿が見えた。







 魔造生物バジリナク。

 ウサトが森で死闘を繰り広げた作られた魔物。その強化された個体が、騎士達を相手に暴れまわっていたその時、毒と悪臭を撒き散らしていた大蛇の眉間に一筋の光の帯が炸裂音と共に直撃する。


「敵が引いていくね」

「もうすぐ終りってことでしょうか?」

「……結構あっさりだけど、また攻めて来るね」


 神々しい程の魔力を纏った二人の戦士。その様相はボロボロで血にまみれているが、何処にも目立った傷はなく、若干の笑みを浮かべ咆哮するバジリナクを見る。

 怪物を眼前に捉え不敵に佇む二人に、騎士達は息を吞み、そして誇る。まるで英雄譚のような光景がいままさに目の前で始まろうとしているからだ。


「さあ、もう不甲斐ない姿は見せられないよ」

「ええ、ウサトの言う通りに、こいつをぶっ飛ばしてこの戦いを終わりにしましょう」


『グギャォォォォォォォ!!』


 雷と光を纏い、剣を握りしめた二人の勇者は勢いよく走り出す。

 自らの帰りを待ってくれている親友の為、そしてこの世界で自分達を暖かく迎え入れてくれた優しい人たちの為に―――。






 前衛のいる場所で大きな蛇と光が見える。

 多分、森で会った蛇と同じタイプの魔物がいるのだろう。……でもそれと戦う先輩とカズキの心配はしない。なにせ二人は勇者なんだ。僕相手に手古摺っていた蛇では絶対に二人に勝てるとは思えない。


「ウサトォ!サボってんじゃねぇぞ!!」

「うっさいわ!サボってねぇよ!!」


 怪我人を運んで来たトングにそう叫びながら、中に入り切らなくなった怪我人を麻布を敷いた地面に寝かせ治癒魔法を行使する。思ったより死者は少なかった、まあオルガさんの治癒魔法はローズ並に効果があるから当然なんだけど……病気や怪我もほぼ数秒で治すことができるあの人なら安心できるだろう。


「が、は……ぁ……」

「大丈夫ですか?」


 肩に大きな傷を負ったマッチョな騎士さんの肩に手を置く。顔色も悪い所から見てこれは毒、恐らくはあの蛇に食らわされた傷だろう。

 解毒用の魔法じゃなくちゃ治せないが、治癒魔法なら可能。数十秒くらいで肩の傷を塞ぎ、その後肩と脇腹に手を添え全身に治癒魔法が行き渡る様に魔法を行使する。


「………ちょっと、疲れてきた、かな」


 思えばずっと走りっぱなしだった。よくもまあこんなに走って人を助けたものだ。前の世界の平凡な僕からしたら『本当にボク?』って本気で心配されるくらいに変な話だろう。


「う、うぅ……」


 どうやら治療していた騎士さんが気付いたようだ。体の中の毒素は大分薄れてきたようだし、とりあえず今は次の人の治療をしよう。


「き、君は救命団の……そうか、私は助けられたのか……ありがとう」

「生きてくれていただけで僕は嬉しいですよ。もうちょっと寝ていてください、まだ十分に体を動かせる状態じゃありませんから」


 その場で立ちあがり、次に治す人を探す。拠点から溢れるほどの怪我人。それらを見渡していると何処かざわざわとする気持ちになる。僕の治癒魔法は人の傷を治す魔法、その真価は治すことにある。でも人が傷つけたり傷つけあう所を見るのは嫌だ。

 平和な場所で育った僕の我儘、みたいなものだ。


「ん?」


 前線の人達が戦っている場所で一際大きな稲光と光の柱が戦場を照らした。光が収まると真っ黒焦げになってしまった蛇が力なく横たわっているのが見える。


「片がついたようだな」

「……そうですね」


 戦場を見る僕の近くに来たローズが呟いた言葉に同意する。あの蛇がやられたことで、魔王軍の残兵をつなぎとめていた楔が外れ、彼らは大河がある平原地帯の境界へと引いていく。


「追撃とかしないんですか?」

「バカか、戦いは勝ちだが余力に至っては圧倒的に負けてんだぞ?無駄に長引かせて余計な犠牲を作らず、次に備えてんだよ」

「また、来るんですか……」


 僕の言葉に対し無言で答えたローズは、つい今しがた運ばれてきた負傷した騎士さんの傷に掌を置く。僕が代わりに、と思い声をかけようとしたがそれを手で制される。


「ウサト、よくやった。今回の戦いはお前が勇者様を助けた事で勝利を収める事ができたと言っても良い」

「僕のすぐ後に団長が来ていたから、どちらにせよ助かってましたよ」

「いいや、勇者様は確実に死んでいた」


 そっと数秒ほどで騎士さんの傷を跡形もなく治した彼女は、サッと前髪をかきあげこちらを見る。


「よくやった」

「……」


 この人、普通に人を褒められる人だったんだ。でもなんだろう、かなり、いや凄く嬉しい。これまでの地獄に見合うかどうか分からないけど、これまでの努力は無駄じゃなかったって言われているみたいだ。


 異世界に召喚され。

 ローズに連れられて。

 強面連中の仲間になって。

 いきなり地獄の訓練をさせられて。

 森に投げ飛ばされて。

 クマと追いかけっこして。

 蛇と戦って死にそうになって。

 ブルリンと出会って。

 犬上先輩と森に流れ着いて。

 ウルルさんとオルガさんにあって。

 それで、戦いになって……。


「……あれ?」


 気付けば僕の頬は濡れている。コートの袖で拭っても絶え間なく流れ出るそれは僕の目から流れていた。別に泣きたい訳でもないのに、勝手に涙が出て来る。


 すると僕の頭を何かが覆う。僕が着ている白いコートのフード、それをローズが僕に被せた。顔を上げると僕よりやや身長の高いローズの緑色の髪が視界に映る。


「なんだ、意外と子供らしいじゃねぇか」

「そりゃあ、まだ17ですから」


 思えば、僕はここに来た時すごく不安だったのかもしれない。展開が速すぎてそれを自覚できなかったけど、ローズの一言でせきとめていたものが一気に決壊した。


「戦場、すごく怖かったです。魔族の人達も恐ろしかった、人が死んでいるのも沢山見たし、もう大変でしたけど……」


 でも、色々な『縁』ができた。

 犬上先輩やカズキ、ロイド様や城の皆。

 救命団のアホ共とローズにウルルさんにオルガさん。この世界に来て沢山できた繋がりを僕は凄く嬉しく思う。こんな平凡で普通な僕が……勿体ない程だ。


 戦いの終わりを意味する魔法の打ち上げと同時に、僕はローズに言い放った。


「貴女達と会えて……助けになれて良かった……」


 その言葉にローズは少し驚くように目を見開いたその後に苦笑するように優しげな笑みを浮かべた。

 しかし、そこで限界だったのか僕の脚がぐらりとふらつく。脚に力を入れようとしても全く力が入らない、徐々にぼんやりとなっていく思考の中倒れそうになると、ローズが僕の腰を掴み肩に背負う。


「あっ……れ?」

「魔力と体力が尽きたのか……よく保った方だ。今は休めウサト、だが次目が覚めた時が大変だぞ」


 何が面白いのかクククと笑ったローズの言葉に疑問を抱きながら、僕の思考はゆっくりと眠りへと落ちるのだった……。

これで第一部のようなものは終わりです。

呆気ない気もしますが、魔王軍はまた来ます。


これで更新は終了です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ナックの扱いが治癒魔法使いに対してのトレンドだったようで そりゃ魔族(治癒の価値を実感してる側)から観たら皮肉過ぎる
[気になる点] > 治癒魔法持ちは人間にしか生まれない。魔族と人間では種族的に目覚める魔法の素質が変わって来る。どのような理由でそんな風になったのかは分からないがなんとも皮肉な話である。  何がどう…
2022/03/24 22:08 退会済み
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