第三百二十一話
お待たせしました。
第三百二十一話です。
基本的に可能であれば朝の訓練は欠かさないようにしている。
それは魔王領でも変わらないので、ちゃんと事前にハンナさんに許可をもらった上で僕は都市を走ることにした。
朝、太陽が顔を出すと同時に目覚めた僕は、手早く着替えなどを済ませた後に外に出る。
「おや、ウサト殿?」
「おはようございます。クルミアさん」
宿舎の警備を行ってくれていたクルミアさんに挨拶しながら準備体操をする。
「おはようございます。やっぱり救命団は早いですねー。やっぱり走り込みですか?」
「はい。クルミアさんは今交代ですか?」
「ええ。なにがあるかは分からないので一応の警戒はしておかないといけませんから」
頼りになるなぁ、でも無理をしてもらうわけにもいかないのでいつでも治癒魔法をかけられるようにしておこう。
「もし、体調を崩すようなことがあったら僕かウルルさんに声をかけてくださいね」
「私としてはウサト殿の方が無理をしすぎないか心配なんですが」
「そこらへんは大丈夫です。訓練が休憩みたいなものですから!」
「……そ、そうなんですかぁ」
「いや、冗談ですけど」
「えっ!?」
冗談だと思われていなかったの……?
さすがに訓練が休憩とか意味が分からないと思うんですけど。
「では、いってきます!」
「あ、はい!」
その場を軽く駆け出し、都市の街並みを走る。
まだ完全に明るくなっていないからか人の姿は見えないが、とりあえず街の道のりとか構造を把握することが目的でもあるので周囲を見回しながら走る。
「すごいしっかりした建物だな。魔王が作り直しただろうから、そこらへんも考えられて作ったんだなぁ」
もしかしたら城も分解して魔族の人たちが住む家屋の材料にあてられたのかな?
すると目の前に見回りを行っている二人の魔族を見つける。
『はぁ、昨日空飛ぶ治癒魔法使いを見てなぁ』
『先輩それ、俺も聞いたんですけど噓でしょ』
『お前、あの治癒魔法使いに遭遇したことがないから言えるんだ……! アレはなぁ、遭遇するたびに得体の知れない姿に変身しているんだ……!!』
なにやら話しているが、特に気にせずすれ違うように走る。
「あ、おはようございまーす」
「おう、おはよっべ!?」
「あば!?」
当然ものすごく驚かれるわけだがこういう積み重ねが大事なのだ。
ベテランっぽい人は、なんだか妖怪に遭遇した人みたいな壮絶な顔になっていたけど。
まあ、人間は魔族の方からすれば初めて見るって人も多そうだからああいう反応をされてもしょうがない。
その後も気を取り直して走るも、二度見されたり、幻と疑われたり、中には拝まれたりとちょっと意味が分かりたくない反応をされたりはしたけど……うん、これといった問題はなかったかな。
「……ここは、都市のはずれの……訓練場か?」
気づけば建物が少なくなり、その代わり訓練場のような場所を見つける。
木材とか石材が積み上げられておかれているから、普段は兵士の訓練などを行っている場所なのかな?
「いい訓練場だなぁ。広いし、大きな岩もあるし。……うん?」
誰かいるな。
気になって近づいてみると、五段ほど積み上げられた石材の前に立っている魔族の人を見つける。
金髪で背が高い彼は、ゆるく握ったように見える剣を———僕の目でかろうじて捉えられる速さで振るい、一瞬にして石材をバラバラに切り刻んで見せた。
「おお……」
思わず感嘆の声を漏らしてしまう。
既に僕の気配に気づいていたのか、音もなく剣を鞘に納めた彼はこちらへ振り向く。
「……君か」
「お久しぶりです。ネロ・アージェンスさん」
元魔王軍第一軍団長。
魔王を除いて、魔族最強の一人といえる彼は少し驚いた反応を返す。
「ネロでいい。君がこの都市に来ていることは知っているが、まさかこんなところで会うとはな……」
「僕としても貴方とここで会うなんて予想外でしたよ」
ローズの因縁の相手だった人。
今となってはその因縁もなくなったようなものだけど、僕にとってはローズと同格の実力者なので印象的どころではない。
「朝の訓練ですか?」
「む? そうだな。昼はあまり時間がとれんのでな」
「僕は天気がいいので、いつも通りに走ろうと思いまして」
「……天気が関係あるのか?」
いえ、雨でも走るときは走りますけど。
ネロさんは不思議そうに首を傾げる。
「あ、そういえば自己紹介していませんでしたね。ウサト・ケンです」
「……」
「どうしましたか?」
「いや、仮にも君を殺しかけた相手なんだが……」
確かに一時はネロさんに胴体を分断されそうにはなりましたけれども。
「その分は僕の師匠が返しているでしょうし、気にしていませんよ」
「……君も変わった人間だな」
「よく言われます」
むしろ、変わった人間ってあたりまだ有情ですけどね……。
まあ、それは自分でも自覚しているけれども。
「……ローズの部下が、蘇ったそうだな」
「……! はい」
まさか自分からその話題を出してくるとは思いもしなかったので驚く。
アウルさん達の死の原因にもなったネロさんの部下たちとの戦いは知っている。
その当事者であるネロからすればかなり複雑な話のはずだ。
「どう、だった?」
「もし遭遇したら団長の元に引きずってでも連れていく所存です」
「いや……そういう意味で聞いたんじゃないんだが……」
確固たる決意で答えたら微妙な顔をされてしまった。
「今の部下の君からすると、過去の所業を行った俺はどう見える?」
「どう見えるって言っても……避けようがなかったって感じですね。魔王が蘇る前の魔王領はかなり酷い状況だって話ですし……」
中立的に考えれば魔族がそれほど必死になる理由が確かにあったのだ。
そもそもいくら今の部下とはいえ、ほぼ部外者な僕がネロさんに何か言えるはずもない。
「結局はどちらかの意地を通す以外、道はなかったんだと思います。多分それは貴方もよく分かっているでしょう?」
「……ああ、そうだな」
ローズとアウルさん達はリングル王国を守るため。
ネロさんとその部下たちも魔王領にいる人々のために。
当時からしても人間と魔族の遺恨が深い中で、どちらも傷つかない方法で終わる方がありえないのだ。
「でも、そういう質問は団長に会ったら絶対言わない方がいいですよ?」
「む? なぜだ?」
「いちいち過去のことを蒸し返すんじゃねぇ!! って激怒すると思うんで」
あの人なら絶対こういうこと言う。
ついでに一発どついてきてもおかしくない。
「……ローズととても似ているな、君は」
「ずっと目標にしていますから」
「そうか……」
目を伏せ十秒ほど黙り込んだネロさん。
その沈黙にどれだけの感情が込められているのかは推し量ることはできない。
「魔王様が目にかけるのもよく分かった」
「いや、あの人の僕への認識はそんないいものじゃないと思うんですけど」
信頼されているのは分かるけれど、変な方向で期待されているというか。
「君のことを口にするときは楽しそうだからな。何をしでかすか分からない、と」
「それって警戒されてません……?」
「魔王様をして、何をしでかすか分からないと評されるのは普通じゃないぞ?」
それって喜んでいいのか……。
昨日のことを考えると否定もできないけれども。
「……ここで君と遭遇したことは、俺にとっても意味があることなのかもしれないな」
「ネロさん?」
おもむろにその場を歩きだすネロさん。
石材の積まれた場所から広い位置へと移動した彼は、足を止め僕の方を向く。
「どうだ? この偶然も巡り合わせ。一つ手合わせをしてみないか?」
「……!」
思いもよらない提案。
彼のその言葉に一瞬呆気にとられながらも、自然と口角を上げる。
「願ってもないです……! 僕があの時と同じだと思ったら大間違いですよ……!」
「そうでなくてはな……」
足を半歩開き、展開した籠手を前に突き出す構えを取る。
朝にするべきことじゃないけど、断る理由はない……!
以前は圧倒的な実力差の前に防戦一方にならざるを得なかったが、僕もあれから成長している。
「では、いくぞ」
「はい!」
ネロさんの姿が掻き消える。
それを認識すると同時に籠手を動かし、目前に迫った鞘に納められた剣をはじき返す。
「ッ」
「! ……フッ」
眼前で小さく口角を上げるネロさんが、さらに連撃を繰り出す。
……ッ、これは受け止めきれない!
直感的にそれを予感した僕は、そのまま前方に衝撃波を放ち後ろへと下がる。
「凄まじい危機察知能力だ」
「……」
素で先輩の雷獣モードと同等以上か……!
目で追うだけじゃ対応しきれない。
……なら、早速使ってみるか……!
「———系統劣化」
治癒魔法の効力を落とし、魔力の消費を抑える技術。
目を閉じ、呼吸を整えながら魔力を放射状に放つ。
「自ら魔力の質を落とした? 見たことのない技術だ」
その呟きと同時に、閉じた視界の中に存在するネロさんが動き出す。
視覚ではなく魔力感知で彼の挙動を察知———不可視に近い一度目の斬撃を弾く。
「……! できた!!」
「まだ続くぞ?」
続いて繰り出される高速の斬撃を魔力感知で捕捉!
後ろに下がりながら籠手で弾き、いなしながら全て防ぎながら、さらに応用を加える!!
「ここからさらに!」
系統劣化を解除! 治癒魔法の濃度を元に戻し、一瞬だけ放つ!
追撃の剣を振るおうとしたネロさんは、その表情を顰めさせ、その動きを僅かに止める。
「ここだ!!」
その隙を突いて、追撃も籠手ではじき返し———お返しに治癒飛拳を叩きこむ!!
返す剣で治癒飛拳を切り裂き、僅かに後ろに後退したネロさんは驚きに目を丸くさせる。
「! 手元をくるわされた……?」
「名付けて治癒崩し、です!」
ネロさんほど実力者なら、僅かな魔力の変化に否が応でも反応できてしまう。
そこから僕の動きを予測することもできるだろうけど、それを逆手に取ったのが“治癒崩し”だ……!
「一瞬にして濃度を変える治癒魔法で、感覚を惑わしてみせるか……」
って、もう仕組みがバレてしまった。
さすがに格上であるネロさんには分かってしまうか……。
「く、くく、ははは!」
「ね、ネロさん?」
突然、笑い出した彼にびっくりする。
クールな印象だった彼は、ひとしきり笑った後にどこか憑き物が落ちたように微笑んだ。
「ああ、なるほど。これは魔王様が目をかけるわけだ。いやはや、本当に末恐ろしいな」
「……」
「認めよう。魔力の扱いにおいて、君以上の使い手を俺は見たことがない」
彼の雰囲気が再び、戦闘時のものへと変わる。
体が心から凍てつくような、悪寒に苛まれながらも僕も口角を上げながら籠手を構える。
「悪いが、もう少し付き合ってもらおうか。ウサト」
「上等! 今度はこちらから行きますよ!」
“系統劣化”により、僕の魔力が及ぶ範囲にいる限り、相手の動きを全て把握。
“治癒崩し”で魔力の放射に緩急をつけ、相手の調子を崩す。
それが新たに強化された治癒感知だ。
まだ実戦で使うにはほど遠いけれど、それは今この時で試していけばいいだけだ!
●
「で、その後どうなったの?」
宿舎の朝食の場で、ものすごいバカを見るような目で僕を見てきたネアに、ややドヤ顔で頷く。
「まともに防御できるようになったけど、拳が全然当たらなくて結果ボコボコにされた」
「朝からなにやってんのかしらこの訓練バカ」
悔いはない。
むしろ、いい経験になったと言っておこう。
「まさかあの後、元第一軍団長と戦っていただなんて予想外すぎるんですけど……。そこらへんは、アルク君はどう思う?」
「はは、ウサト殿らしいですね」
「アルク君。それ言えば、なんとかなると思ってない?」
苦笑するアルクさんと、呆れた様子のクルミアさん。
一方でウルルさんは楽し気に笑ってくれている。
「ウサト君の周りって本当に話題に事欠かなくて楽しいね。今度から私も朝、走ろうかなー」
「お、ウルルさんも走りますか?」
「ウサト君がいいならついていってもいいかな?」
「まさか、ウルルもそっち側なの……?」
ネアが唖然とした様子で僕たちを見ているが、ウルルさんも救命団に所属しているからな?
診療所を開くことになった理由も、身体の弱いオルガさんのためだろうし、僕とローズ、そしてナックのような素質自体はあったんじゃないかと思う。
「と、いうより! 貴方のその系統劣化ってなんなのよ!」
突然、ネアが身を乗り出して僕を睨みつけてくる。
「いや、だから魔力の質を落として魔力の消費を抑える技術だって」
「なんでできるのよ!?」
「……できた、から?」
「普通はできないのよっ! このおバカっ!」
薄々気づいてたけれど、やっぱりこれも普通じゃできない感じか。
単純に系統強化の逆ってわけじゃないだろうし、魔力回しの恩恵によるものって考えるのが自然か。
「治癒崩しも全然意味が分からないし……!」
「これは仕組み自体は簡単だよ?」
ネアは戦うタイプじゃないから想像しにくいから説明しておこう。
「最初は系統劣化で全身から弱い治癒魔法を放ちながら戦うってのは、分かるよね?」
「?……え、ええ」
「で、相手が攻撃する寸前に、放っている魔力の質を一瞬だけ元に戻す」
「ええ」
「急に一瞬だけ強めの治癒魔法の波動が全身に作用して———」
「……」
「相手は混乱する。初見はほぼ確実だと思う」
「予想していたより五倍えぐい技なんだけど……? なんで貴方は治癒魔法で相手を混乱させる技を思いつくの?」
酷い言われようだ。
まあ、簡単な例えとしては熱いシャワーを浴びてたら、一瞬だけ冷たい水に変わってびっくりするって感じと似ていると思う。
僕の解説に、ウルルさんはほわぁーと感心しているようだが……。
「剣士にとっては天敵に等しいですね。治癒魔法だから、という先入観があるのも厄介極まりない」
「それ、攻撃の寸前に確実に動きを止められるってことじゃないですかー……スズネさんとか、普通にひっかかりそう……」
アルクさん達にはちょっと引かれてしまった。
とりあえず、後でコーガに食らわせて昨日逃げた仕返しをするつもりだ。
「ウサト殿、系統劣化ですが……」
「はい?」
アルクさんに声をかけられ、そちらを見る。
「その技も、魔力回しをすれば誰でも会得できる可能性があるということですか?」
「確証はありませんが、恐らくは」
「……もしかしたら、生まれながらに魔力の強い人々のためにもなるということですね……」
「!」
アルクさんは、オルガさんと同じように元から系統強化に近い強さの魔力を持っているのは知っている。
彼の自身の魔法に対する認識はよく理解しているし、彼以外にも自分の魔法に振り回されて苦しんでいる人もきっといるはずだ。
「……ウェルシーさんに相談してみるか」
確証のない技術を広めるわけにもいかないし、まずはウェルシーさんに要相談だな。
並行して僕なりに検証をして系統劣化についてまとめた報告書を後で送ろう。
「リングル王国でウェルシーがひっくり返る姿が想像できるわね……うん?」
ネアが呆れたようにそう呟くと、宿舎の出入り口の扉を誰かが勢いよく叩く音が聞こえてくる。
「来客かな?」
「では、私が確認してきます」
クルミアさんが扉を開くと、その前には肩で息をしたハンナさんが立っている。
やや怒った様子の彼女が僕を見つけると、早足で目の前に近づき詰め寄ってくる。
「ハンナさん、おはようございます」
「あ、おはようございます……じゃなくて! 貴方何やっているんですか!?」
「何って……何を?」
「なんでただ朝、走るだけでネロさんと戦うようなおかしなことになっているんですか!?」
いや待って、ネロさんと模擬戦をしただけでそんな大きな話になるのか?
「偶然会ったので……」
「偶然会ったら貴方たちは戦うんですか? おかしいですよね? バカなんですか? ただ走るだけでしたよねぇ!?」
「ボロクソに言われてるけど、概ねハンナと同意見ね」
ここでネアがハンナさんの意見に同調してしまった。
「すみません、次は許可を取ります」
「そういう問題ではなく……ッ! え、いや、待ってください? 次?」
「ええ、なんともありがたいことに、また戦ってくれるというので……」
まさかネロさんから誘われるとは思いもしなかったな。
ネロさんとも親交を深められるし、僕としても断る理由がなかった。
「いや、ネロさんって訓練厳しすぎてついてこれる人が、アーミラさんくらいしかいないっていうやばい人なんですけど……」
「慣れてますから」
「もうやだこの人間ぅ……」
そのまま崩れ落ちるハンナさん。
さすがに悪いと思ったので、とりあえず声をかける。
「えーっと、治癒魔法かけますか?」
「すみません、一回グーで殴ってもいいですか!? 意味ないのは分かってますけどぉ!」
その後、僕の腹筋を殴って手首を痛めたハンナさんが、屈辱に涙を浮かべながら治癒魔法の治療を受けている姿がそこにあった。
治癒崩しは相手が強ければ強いほどにかかりやすい弱スタンって感じです。
ウサトの動体視力からノーモーションで飛んでくるのがえぐい……(白目)
次話は間に合えば明日の18時に更新いたします。
※※※
本日10月26日より、コミカライズ版『治癒魔法の間違った使い方』第七巻が発売いたしました……!
第七巻もウサトが怖い顔をしたり滅茶苦茶(!?)したりします……!




