第三百十八話
第三百十八話です。
第三百十七話をみていない方はあずはそちらをー。
キーラの闇魔法で空を飛んでしまうという予定外なこともあったけれど、コーガと遭遇することもできたし、とりあえずは魔王の元に向かえそうだ。
アルクさんならまっすぐ魔王のいるところにまで向かってきてくれているだろうし、問題はあったけれど問題はないようなものだ。
『あ、あれ、人間……?』
『コーガ様と歩いているぞ』
『もしかすると、あれが治癒魔法使い……?』
『さっき街中を飛んでた……』
コーガとキーラと街中を歩いていると沢山の視線を感じる。
コーガと歩いているということもあって、敵意は向けられていないようだけど困惑はされているようだ。
「フェルムがいてくれたら魔族に変装できるんだけどね」
「フェルムさん、いないんですか?」
マントでふよふよと浮かんでいるキーラに頷く。
以前よりも使いこなしているから、頑張ったんだな……。
移動するのにも便利そうだし、使い勝手のよさそうな魔法だ。
「あの子は留守番なんだ」
「そうですか……残念です。会いたかったのに……」
闇魔法使いとしてはフェルムは先生だからなぁ。
それとは別にしても、同じ闇魔法使いとして色々通ずるものもあるのだろう。
「ここにはどれくらいいるんですか!」
「大体二か月くらいかな。ここで魔王の、魔族の皆さんの手伝いをしたり、暮らしについての報告を記録として残してリングル王国……僕の所属しているところに提出していくんだ」
「わぁぁ……」
嬉しそうな様子のキーラの感情を表すようにマントの端が、ひらひらと動いている。
まるで、イヌの尻尾を連想させる動きに微笑ましく思っていると、またキーラがこちらを見る。
「あ、グレフもここにいるので会ってくれませんか!」
「グレフさんか。うん、時間を見つけて会いに行くよ。彼の足の調子は大丈夫?」
「はい! もう傷一つありませんし、普通に歩いていますよ」
治癒魔法でちゃんと治してはいたけど、その後どうなったかは知らなかったからな。
怪我も完治していて本当によかった。
「なあ、ウサト」
「どうした、コーガ?」
キーラと話していると、一緒に歩いていたコーガが声をかけてくる。
「さっき、手伝いっつったよな」
「ああ。あくまで役目の一つだけど」
僕としては魔族の方々と親交を深めるということが第一の目的みたいなところがあるけれども。
ふーん、と頷いたコーガは頭の後ろで手を組む。
「多分、お前は俺たちの仕事を手伝わされるんだろうな」
「仕事って?」
「魔物の領域の開拓任務だよ。凶暴な魔物がはびこる森を探索する危ない任務だ」
「なるほど、だから治癒魔法使いとしての僕か」
凶暴な魔物がいるというなら当然戦闘になる。
戦闘になったら怪我人も出るが、治癒魔法は人間にしか目覚めない魔法だから、これまでは危険の伴う開拓はできなかった……ということか。
「それもあるが、単純に強いからな。あとお前、ブルーグリズリー従えてるし」
「ブルリンは従えているんじゃなくて、相棒だよ。むしろ従えてるのは、こっち」
訂正しつつ肩にいるフクロウ状態のネアをコーガに見せる。
ネアはどこか自信満々な様子で胸を張り、その小さな翼を広げる。
「そうよ。私がこいつの使い魔なの。一生付き纏うつもりで無理やり契約してやったわ」
「……なあ、お前厄介なやつが周りに多くね?」
「お前もその一人なんだけど」
戦闘以外は割と常識的だけれども。
「まっ、とりあえずまずはうちの隊の奴らを鍛えなきゃならねぇけどな。魔物の領域に入るとなれば、生半可な体力じゃ保たねぇし」
「体力勝負なところもありそうだもんな」
「ただまあ……正直、俺は人にものを教えるのが下手だからなー」
コーガの言葉に強く同意するようにキーラが頷く。
キーラの場合は、この子を放って会談にとんずらするほどだからな……。
「あ、そうだ。お前、探索隊の訓練をやってくんねぇか?」
「……コーガ、それは救命団、副団長の僕に対する依頼、ということでいいのか?」
「え? ま、まあ、まずは魔王様に許可をもらってからだが……」
出張救命団。
これは現実味を帯びてきたな。
いっそのこと、治癒魔法使いとしてオルガさんとウルルさんのように診療所のようなことをしてみるのもアリかもしれない。
「ウサトさん、楽しそう」
「これはあれね。ろくなこと考えてないわね」
「私も参加できないかな」
「この子、ナックに近いところあるわね……怖いわ」
それはそうと、合流した時にはセンリさんもいるだろうから彼女のことを今のうちに教えておこう。
「ニルヴァルナ王国から君のことを知って会いに来た女性がいるんだ」
「ニルヴァルナ? ニルヴァルナって会談中お前に絡んできた奴らのことか?」
「絡んだとは言わないけど……うん、その人たちだよ」
コーガも見ていたから知っているか。
なら話は早いな。
「いや、怪しすぎるだろ」
「? 怪しくないぞ? ……まったく、僕の人を見る目が信じられないのか?」
「信じられねぇよ! 悪人かどうかは見抜けたとしてもお前は変人か否かを見抜けねぇだろ!?」
正直、僕は人を見る目に自信があるかどうかは微妙だ。
なのでコーガの疑問も尤もだろう。
しかし、変人かどうかという点については否定させてもらおう。
「コーガ、僕が変人を見分ける目がないわけじゃない」
「お、おう」
「僕が遭遇する大体の人が変わった人なだけだ」
「……それってつまり駄目ってことだろ!?」
大抵の出会う人が一癖も二癖もある人だらけなんだ……!
むしろ常識人な人の方が少ないかもしれない……!
「……お前、前の会談の時、ニルヴァルナの連中に俺のこと売ってないよな……!」
「いや、誓ってしてないよ。あれはただの冗談で、君の名前は一度も出してない」
「それは保証するわ。こいつ、貴方の名前を口にしてないわ」
ほぼ一緒にいたネアのフォローも入ったことでコーガも納得する。
「わ、分からねぇ。なんだ、この悪寒……着実に、なにか恐ろしいものが近づいてきている感覚は……!?」
「ははは、考えすぎだって。それに心配いらないよ。別に、魔物が村人を装って騙してきたわけでも、箱入り娘のとんでも王女様でもないし、出合頭に矢を撃ってくる獣人の子でもないから」
「やけに具体的でこえーんだけど」
事実だからね。
あえてそれを言わずにいると、場所は街並みから広場のような場所へと変わる。
広場の中心には、大きな館が建っておりその入り口近くにハンナさんに連れられたアルクさん達の姿を見つける。
「あ、おーい! ウサトくーん!!」
こちらに気づき、手を振ってくれたウルルさんに手を振り返しながら、彼女たちとようやく合流する。
まずは、アルクさんに僕が勝手に動き出してしまったキーラの魔法で連れ出されてしまった理由を説明しておく。
「そういうことでしたか。なにはともあれ無事でよかったです」
「ご、ごめんなさい! ご迷惑を、かけてしまって」
「ウサト殿も気にしていないようですし、怒る理由はありませんよ」
謝るキーラに、アルクさんは穏やかに微笑みながらそう返す。
すると、先ほどからキーラを見て、うずうずとしていたウルルさんが僕の肩を軽く叩く。
「ねえねえ、ウサト君……っ! この子は!?」
「以前知り合った子です。フェルムと同じ闇魔法を持っていて、それもあって少し使い方を教えていたんですよ。……キーラ、彼女は僕と同じ救命団に所属している治癒魔法使いのウルルさんだ」
「キーラです。は、はじめまして……」
初対面のウルルさんにキーラはおっかなびっくりとしながら挨拶をする。
それが彼女の心を動かしたのか、中々の勢いで僕へと振り返る。
「ウサト君! 私、妹が欲しかったの!!」
「駄目です」
「返事が早すぎるよ!?」
その反応は先輩で予習済みだ。
速攻でキーラを妹にしようとするウルルさんを阻止し、先ほどから僕をジト目で睨みつけているハンナさんの方を向く。
「ハンナさん。すみません、騒ぎを起こしてしまって」
「本当ですよ……はぁぁ、なんでこう初日からこんなに疲れなきゃならないんですか……ノノも飛竜にしがみついて動かなくなってしまったし……」
いや、本当に申し訳ない。
状況的にしょうがないとはいえ、ハンナさんに迷惑をかけてしまったことは事実だ。
「まあ、いいです。この後、貴方を魔王様の元へ案内します」
「僕一人ですか?」
「はい。貴方以外の者は特設した宿舎に」
代表である僕だけで話すということか。
幾分か落ち着きを取り戻したのか、軽く深呼吸をしたハンナさんは今一度僕と視線を合わせる。
「えーっと、私、一応年上なのでウサト君と呼ばせてもらいます」
「別に構いませんよ」
「私は今後、貴方の補佐などを任されることになりました。だから、今日のような騒ぎは起こさないでください。絶対に」
騒ぎなんて起こすつもりはない。
今回は不可抗力みたいなものだったので、騒ぎなんてそうそう起こるはずがないだろう。
「フッ、安心してください。騒ぎなんて起こしませんから」
「どうして、貴方を見ているとこんなに不安になってくるんでしょう……」
「こいつが何かを起こさないことなんてあるわけないじゃない……」
小声で不穏なことを呟くネアをスルーする。
僕はここに騒ぎを起こしに来たのではなく、自分の役目を果たしに来たのだ。
「では、ついてきてください」
「あ、少し待ってください。コーガ、ちょっとこっちに来てくれ」
「ん? おう」
魔王の元へ行く前に……。
今の今まで静観していたニルヴァルナの方々の中にいるセンリさんにコーガを紹介する。
「センリさん。彼がコーガです」
「まあ、貴方が……はじめまして、センリと申します」
「お、おう、コーガ・ディンガルだ」
にこり、と微笑んだセンリさんが手を差し出し握手を求める。
その手を見て少し驚いたコーガに、僕が頷くと彼はややぎこちない様子で右手を差し出し、握手に応じる。
「なあ、ウサト。ニルヴァルナはこんな力強い握手をする国なのか……?」
「! フフフ!」
「そろそろ手を放してくれるとありがたいんだが……」
センリさんが握手を離そうとするコーガの手にさらに力を込める。
困惑する彼に、俯いた彼女はゆっくりと何かを話し出す。
「改めて名乗らせていただきます。私の名は、センリ・ヴィン・ニルヴァルナ」
「うん? ……うん!?」
ヴィン・ニルヴァルナ……?
待って、確かニルヴァルナ王国の王であるハロルド様のお名前が、ハロルド・ヴィン・ニルヴァルナって名乗っていたから……。
も、もしかして……!?
「ヘレナさん!? まさかこの人!?」
「お察しの通りです。すみません、本当にすみません……」
ものすごく疲れた様子で胃のあたりを抑えたヘレナさん。
そうしているうちにコーガの手を依然として離さないセンリさんが、その表情を朗らかな笑みから、肉食獣を思わせる———ローズに近い“笑み”を浮かべる。
「ニルヴァルナ王国、第二王女です」
……。
硬直したコーガと僕の視線が交差する。
一瞬の静寂の後に、彼が取り乱しながら闇魔法で作られた左腕で僕を指さす。
「ウサト、お前ぇ!? 謀ったなぁ!?」
「僕も知らなかったんだよ!?」
「じゃあ、他に誰がいんだよ!?」
誰が派遣される人の中に王女様が紛れ込んでいると思うか!?
「まさか……まさか、こんな強い勇士達と出会えるなんて思いもしませんでした」
……達? まさか僕!?
コーガから僕へと視線が向けられたことで、ここまで彼女と交わした会話を思い出す。
よくよく考えなくてもそういう片鱗は出ていたのに、どうして気づけなかった!?
「薄々気づいてたけど、思ったより切羽詰まった王女様だったわね」
「ネア、気づいてたら言ってよ!?」
「貴方の会話の綱渡り感が面白かったから……今も面白いわー。ぷふっ」
駄目だ僕の使い魔は悪意しかねぇ!
これ、完全に僕までターゲットにされてるじゃん!
やべぇ、婚約者にされる!?
すると、さりげなくこちらに近づいてきたアルクさんが僕の肩に手をのせる。
「あ、アルクさん……!」
「ウサト殿。経験上、こういう時はですね、状況に流されないことが重要です。ついでに相手の精神を逆なでせずに、最良のタイミングを見極めると尚いいです」
「貴方の過去にいったいなにが……!?」
経験上って言いましたよね!?
思いもよらないタイミングでアルクさんの意味深な過去の一端を知ってしまった気がするんだけど!?
「とうとう、ようやく、ついに見つけました。私の婚約者」
「なあ!? こいつ目がやべぇんだけど、戦うことしか考えてない目をしてるんだが!?」
相手が相手だから無理やり手を振り払えないコーガが慌て始める。
この流れ的に僕もターゲットに入れられていることは明白。
センリさん……センリ様は美人なお方だし光栄な話ではあるのだが、前にも言ったように僕にも立場や使命があるから今は避けなければ……!
こ、こうなれば……! 許せ、コーガッ!
「は、ははは、コーガ、君も同じようなものじゃないかっ…! 僕から見ても、二人はお似合いだと思うよ……!」
「えっ? そう……ですか? そんなこと言われたの初めてです……」
「ウサト、テメェェェ!?」
即座にコーガを身代わりにすることを決意する。
これは魔王的にはウェルカム案件なはず……!
すると必死な面持ちのコーガが、僕を指さす。
「そういうことなら、こいつ人間なのに俺を殴り倒すし! 動きも人間とは思えねぇくらいにやべぇぞ!! 選ぶならそっちにするべきだ!」
「!?」
なんてやつだ、僕を売りやがった……!!
しかも、大声で言うもんだから近くにいる魔族の人たちにまでドン引きされてしまった……!
センリ様の視線がこちらに向き、かつてない焦燥を抱く。
「これってあれだよね、三角関係だよね? 修羅場だよね? 私初めて見たなー」
「醜い争いね。……キーラ、目が怖いからマントを荘厳にはためかせるのはやめてちょうだいね?」
「……」
ウルルさん、これは修羅場は修羅場だけど、三角関係ではないです。
僕とコーガがセンリ様のタゲを押し付けあうデスゲームなんです。
「では、ウサトさんにコーガさん、どちらが強いのですか?」
「そりゃ俺だろ」
「まあ、僕ですね」
……。
「「……あっ」」
「フフ、どちらも強いんですね」
反射的に答えた時には既に遅く、センリ様は満面の笑みを浮かべる。
すると、彼女はおもむろにコーガの腕を抱き寄せると、そのままどこかへ向かおうとする。
「コーガさん、挨拶がてら模擬戦でもしましょうか……っ!」
「ちょ、ウサトは!? あいつ強いぞ!?」
「まずは貴方です」
まずは、という部分に不安は残るがとりあえずはなんとかなったようだ。
あれがオウカ様の言っていた妹君か。
予想とは大きく違ったけど、やはりニルヴァルナの人だって分かる豪胆さだったな。
「ウサト! この際、ハンナでもいい!! ねえ、タスケテ!?」
必死な様子のコーガが僕とハンナさんに助けを求めてくる。
さりげなく隣の彼女を見ると、なんだかとても楽しそうな様子でほほに手を当てている。
「いえ、なんか面白そうなので頑張ってください」
「コーガ……下手なことをすると国際問題になるから気を付けてくれ。……南無」
「このドSどもォォ!? あぁ、連れてかれる!?」
コーガに合掌する。
まあ、いきなり婚約が決まるとかそういうことではないだろう。
……正直、悪かったと思ってるから、後でコーガに謝っとこう。
コーガとウサトの醜い争い回でした。
センリはずっとウキウキしていました。
今回の更新は以上となります。